花火戦争
「ユーヤ、花火しよう!」
土曜午後7時。
夕食の洗い物をするためにキッチンに立っていたらインターフォンが鳴ったのでドアを開けると、大きな袋を下げた詩織が立っていた。
空を見上げれば西の方はピンクがかっていて、少しだけ空は明るい。
「いいけど」
早く早くと急かされて、準備することも出来ず着るものもそのままで家を出てしまった。7月に入ったと言えど、夜になると少し寒くなる時もあるので本当は上着を持ってきたかったがそれさえも許されなかった。
自分はしっかり外に出てもOKな服装しているくせに…。
考えてみれば、実は彼女の私服姿を見るのはこれが初めてだ。
隣を歩く美人を横目で盗み見る。上着には首元がスクエア型に空いた女の子らしいデザインの物に、首に薄い色の花柄のストールを巻いている。下半身は色の薄い少しだぼっとしたジーンズ(ボーイフレンド)を少しロールアップして、足下は大きな宝石みたいな石が付いているミュールを履いて…なんだかんだで今年の流行を取り入れた年頃の女の子の格好をしていた。
-----意外、服には興味ないかと思ってた。
いつもあれだけ暴れているのだから、もっとボーイッシュな格好の私服ばかりを持っているのだろうと想像していたのでそう思った。ま、失礼な話だが。
「ところでどんな花火買ってきたの?」
「コレなんだけど」
大きな袋の中には手持ち花火を筆頭に線香花火、ネズミ花火、蛇花火、家庭用打ち上げ花火とありとあらゆる種類の花火。しかも量が半端ない。プチ花火大会が催せちゃうよ。
「んと、打ち上げ花火も今日するつもりなら公園は無理かな。河原とか、人がいない所にしないと」
「じゃあ河原に行くわ」
明らかに打ち上げる満々といった表情で、橋の方角へ歩き始めた。
河原に着くと、予め用意しておいたペットボトルの蓋を開け、詩織がどこからか拾ってきたバケツに水を入れた。よし、準備万端。
「まずはコレ!」
手には線香花火。
「それって最後の締めなんじゃないの?」
「ダメよ、クライマックスは大きいのでないと」
彼女なりのこだわり(?)があるらしい。買ってもらった物を消耗させてもらうので文句を言えるハズもなく、踞って火をつけた。
ヴヴヴヴと小さな振動が細い紙縒り(こより)の部分から手に伝わって、赤くて丸い玉を作る。ある程度の大きさになると火の玉は、軽快な音を立てながら赤ちゃんのような小さな手を出しては引っ込めた。バランスを崩すことなく、最後まで玉を落とさないでいるとゆっくり弾けるのを止めて終焉を迎えた。この最後の寂しい感じがいいんだよね、癒されるっていうか。
しかし詩織はなかなか最後まで出来ないようで、途中で火の玉が地面に落ちてはジュッと石に焼き痕を残していた。
僕の線香花火を見ながら、彼女は唇を尖らせる。
「普通、コレをやってる時は『綺麗だね』とか言って、私のことを褒めてくれるもんじゃない?」
「ええ!?」
「漫画で見たのよ」
てっきり、最後まで線香花火を保てないのを悔しがっているかと思ったので、声を上げてしまった。そんなこと言うのは友達じゃなくて、恋人だ。推測するに彼女の読んだ漫画は、まだ友達同士の男女が花火をしている設定だったのではないだろうか。その続きは言わずもかな、恋愛に発展していくに決まっている。
僕は一瞬考えて、
「褒めたいのは山々だけど、詩織、容姿のこと褒めたらキレるでしょ?」
彼女はそれを聞くと首を傾げ、斜め上を向いた。考えてる考えてる。
「それもそうね」
ポイっと終わった線香花火をバケツの中に放り込んで、ニッと笑った。頭の中には勝手に詩織に言ったらプッツンされる言葉が浮かんでは消えた。
-----まったく、天然なのか確信犯なのか、こっちのほうが参っちゃうよ。
手持ち花火を受け取って、ライターで火をつけた。遅れて彼女は僕の花火の火に自分の花火を突っ込んで点火する。
音を立てて火花を散らす花火を使って踊るように文字を書いている詩織を僕はただ黙って見つめた。
どのくらい消化しただろうか?
手持ち花火もあともう2、3本というところで、川の向こうから笑う声がした。人数はよくわからないが、男女何人かで相手側も花火をしているようだった。
最後の手持ち花火に火をつけようとした時だった、何かが空を切る音がして、僕から3メートルくらい離れた川の上で花火が弾けた。※ここから先は絶対にマネをしてはいけません。山田裕也からの切実なるお願いです。
「あー、惜しい!!」
ゲラゲラと馬鹿笑いする男女の声がした。
呆気にとられていると2発目、3発目を打ち込んできた。
「うあ」
危ないじゃないか、止めろよ!!
そう大声で注意を促そうとした時だった。僕の足下らへんからもの凄い勢いで何かが飛び出し、それは対岸の川の上で爆発した。明らかに花火だった。
周りを見渡すと、すでにロケット花火の持ち手の部分が土に斜め45度で突き刺さっていて、詩織が次々に火を着火していた。
「いけー!!」
彼女が叫ぶと同時にヒューンと音を立てて向こうで弾ける。
「ちょっと、詩織!?」
止める間もなく彼女はさらに用意しておいた武器を突き刺しては飛ばし続けた。対岸から悲鳴と怒号が聞こえて、僕は青ざめた。
-----怪我でもさせたら!?
しかし僕の心配は取り越し苦労だったようで向こうも負けじと花火を打ってくる。
「花火戦争ってわけね!?」
「負けないわよ」と何かに火をつけた彼女は、赤青緑などの色とりどりをしたピンポン球くらいの花火に火をつけて、自慢のしなやかな体で遠投した。煙を噴きながら軽ーく川の向こうに辿り着き、まるで狼煙のように、もうもうと上がる鮮やかな色をした煙が男女数人をいぶし始めた。
「煙幕だー」
「うわー、ゴホゲホ」
「量、多っ!!」
相手が怯んだ間にさらに、どう投げたら届くのか、トンボ花火や爆発花火まで投げ始めた。
別にキレてるわけじゃないから僕にも止められない。もう、戦国の武将が自分の兵達がうまく敵国の城を落としているのを見ながら高らかに笑うよう、僕には笑うしか出来なかった。
というか、ゴミはどうするわけ!?
しばらくすると向こうの攻撃が止んだ。花火切れだろう。
詩織はその様子を見ると
「なんだ、もう終わりかー。まだあるのに」
とボソリと呟いた。コラ!
はぁー。ようやく終わったと、片付けを始める。川に落ちてしまったのは仕方がないので、とりあえず向こうから飛んできたものや詩織が遊び終わった物をせっせと拾い集めた。
橋の上から声がし、
「テメーら、マジふざけんなし!」
「アブねーだろーが」
ふっかけてきた。
いやいや、始めたのはアンタ達でしょ?
僕は黙ってゴミを拾った。振ってくる罵声。
「たーまやーー!!」
ボヒュと音がして、あっという間に僕の身長を超え橋を超え、彼らも通り越し、橋の上の街頭辺りでパーンと赤い花火が散った。
呆然とする僕に男女グループ。
「う、うわーーーー!! あの女、超アブねー!!」
誰かが叫んで、男女はどこかへ走り去っていってしまった。
当らなかったから良かったものの、詩織は何考えてるんだ。腹が立って詩織が呼んだのに僕は応じなかった。
すると、ツツツと横にやってきて捨てられた子犬か子猫のような顔をする。
-----う…お、怒ってるんだからな。
ツンとそっぽを向いてやった。しかし彼女にはそんな僕の小さな抵抗なんて効くハズもなく。
「怪我してない?」
と腕やら腹やらをさわさわと触り始めた。
-----やめ…て…。
男女経験もなけりゃあまり女の子と話さない男同士ならわかるよね? 僕の心臓は今にも口から飛び出しそうだった。
「だいだいだ、大丈夫だから!」
しかし彼女は触るのを止めてくれない。それどころか、彼女の冷たい手が首筋や耳にまで!!
「怒ってない、怒ってないから!」
茹でタコのように顔を赤くして、離れた。よかった、夜で。
「よかった、期限直してくれて。楽しかったねー」
にこーっと、満面の笑みで歩き始める詩織。
…これも計算のうち…?
聞くことは敵わなかったが、たぶんそうだと僕は思う。
美人で破天荒で少女趣味で友達大事で“美人”だと褒められるとすぐキレる友人は、僕の手にはまだまだあまりそう。
はー。僕は彼女に見つからないように夜の道で小さくため息をついた。
日曜。
詩織を誘おうと思ったが、彼女は携帯を持たないし、家も知らないことに気づいた。
結局、日曜1日使って僕一人で河原のゴミ拾いをする羽目となった。