踊るオタク
「近いうちにお兄ちゃんが来るって」
「ああ、じゃあ住民票とか用意しとくよ」
-----あ、でも僕未成年だから、親の印鑑証明とかいるんじゃないかな?
今度の土日にでもメールで捕まえようと算段して、先程配られた冊子に目を通した。
お兄さんが来るというのもある意味イベントだけど、明日から僕ら3年生にはイベントがある。決していい…とは言い切れない。
何かって? じゃあこのしおりを読み上げれば分かるかな? 大正学園3年生、受験強化合宿。
毎年受験生に行われている行事だそうで、4日間、朝から夕方までガッツリカリキュラムが組まれていて、しかも夜の時間もしっかり自習時間という事で先生達の前で勉強をしなくてはいけない。しかも強制参加。僕たち受験生のプライベートをさらに無くすつもりらしい。全く…ありがた迷惑ってやつだ。ま、食事を作らなくていいのは、いいかな。
「坂東と末長は夜遊ぶもの何持っていく?」
「何がいい? 言ってもトランプとかウノくらいだけどな。ゲーム持ち込み禁止らしいし。取り上げられたくないからな」
-----だよね?
本当に勉強する事ばっかりだ。持ち物だって、服以外に教科書を持っていかないといけないからかなり思い。
僕たちはバスに乗る前、先生達の説明を聞きながらポーッとした時間を過ごした。多分、これから寝るまでこんな風に出来る時間なんてなさそうだ。くじ引きで決まった隣は神無月さん。窓際を譲ってポッキーを2人で貪る。
「末長とはどう?」
「たまにケンカするけど、いい感じだよ」
「ははぁ。あんまり話してくれないから教えてくれるとイデ!!」
ゴミの塊が後ろの方から飛んで来た。斜め後ろを見ると通路の向こうで末長が僕を睨んで舌打ちしていた。にっこり笑ってゴミ袋に入れながら逆にさらに続けてやる。
「5ヶ月記念は何してもらったの?」
「それがね、可笑しいの! 何くれたと思う?」
「さぁ…あ、わかった。神無月さんの隠し撮イデ!!」
頭を擦ってゴミをまた袋に入れる。
「隠し撮りだ?」
「あはは。違うよ〜、5ヶ月だからってキャー!!」
「打ち止めかなぁ?」
2人で振り返って神無月さんの彼氏を見つめる。額に青筋が立っていた。
笑って違う話に切り替える。
「詩織っちの耳、ピアス付いてなかった?」
「うん。こないだの土曜に開けたんだよ。早いね、気づくの」
「私の席、詩織っちの右側の席だよ?」
「ピアス側だね」
揺られに揺られ、いつの間にか寝ていた目を擦ると窓の外には緑が広がっていた。
多分、高原だと思うんだけど。そんなに興味はない。だって、僕らには緑の絨毯を駆け回るような楽しそうな時間なんて用意させていないのだから。伸びをしながらバスから飛び降りた。荷物を部屋に置いたら、大きな会議室みたいな所に集められてすぐさま勉強開始。プリントが配られ、時間内に解いては参考書を開きながら説明を聞いていくという作業をひたすら行った。ご飯は、まぁまぁ美味しかった気がするけど、あんまり覚えてない。だってゆっくり食べるような感じじゃなかったんだもの。バスの到着が遅れたからって昼食時間が減らされたのだ。僕ら男は良かったけど、女の子達にはキツかったんじゃないかな?
「じゃあ今日の授業はここまで」
先生の合図と共に皆が一斉に伸びをした。そりゃそうだ。だって今何時だと思う? 18時過ぎだよ? 学校よりキツい。これなら普段通りの方がいいね。ま、宿題がない分なのかな?
ご飯を食べてクラス単位ごとにお風呂に入って、また自習時間で勉強。
さすがに僕も集中力が途切れて来た。携帯をひっくり返してみれば時刻は9時を過ぎていた。
-----自習時間が終わるのは9時半だったから…あとちょっと。
ガシガシ目を擦って参考書に目を移した。
「うー!! 何時消灯だっけ?」
「12時。あと、まぁ2時間半は自由だな」
自分たちの部屋に戻って荷物を整理しつつ、布団を敷いた。
部屋はクラスの半分ずつ。10人が一緒で、もちろん末長と坂東が一緒。誰かが大富豪をしようと言い始めたので、布団の上で円陣を組んでトランプを配った。まぁ、盛り上がるよね。で、男ばっかりだと賭け事に移る訳だ。これって何の法則?
「賭けるのはいいけど…山田くんいるからなぁ?」
「は? 山田くんがいるとどうなるんだよ?」
「知らないのか? コイツ、賭け事とかクジになるとメチャメチャ強いから。はっきり言って負けなし」
目を合わせてくる田畑くんに「いい子だからね」とにんまりしたらせせら笑われた。
「偶然だろ?」
「じゃあ2人で賭けしよっか?」
「いいぜ? じゃあ金は見つかった時面倒くさいから、野球拳みたいにするか。1回負けるごとに負けたヤツが脱ぐ!! 先に素っ裸になった方が負けだ。ついでに朝一のジュースを奢るってのはどうだ?」
「いいよ。僕、1枚も脱がずに勝ってみせるから」
勝利宣言。
それだけの自信が僕にはある。根拠はないんだけど、小さな頃からこう言う事だけは本当に強かった。普通のゲームとかはまぁ普通なんだけど、賭け事が絡むとクジ同様、なぜか僕には強運が舞い降りてくる。そう、普段は強運な姉さんさえも負かす程だ。だから、町内のくじ引き大会だとかガラガラの福引きだとかって言うのは僕が必ずかり出される。しかも、ここからが自分でも凄いと思っているトコロなんだけど、言われた通りの商品をゲット出来るのだ。特賞が欲しい時には特賞、3位が欲しい時は3位を。そんなわけで確固たる自信があるワケ。ま、そのぶり返しかは知らないけど、普段はそこまで運の良い方じゃないかもね。伝説の男の弟伝説しかり、不良に絡まれ巻き込まれる事しかり、皆に成績がバレている事しかり、まぁ色々だ。
さて、田畑くんは何分持つかな?
「2人だから…ババ抜き?」
「ポーカーにしようぜ」
「いいよ。末長配ってね」
皆に囲まれ、2人で5枚のカードをもらう。
にんまり笑った。だってポーカーって僕の最も得意中の得意なものだから。運もいる、しかしその上に心理戦だってかかってくる。僕のカードは…
「なぁ、何回カード替える?」
「選んでいいよ」
「じゃあ2回」
頷いてカードを見た。僕のカードは5の♠と♥、2の♦、♠、あと8の♥が一枚。すでにツーペアの状態だ。さて、何を出すか。でもさ、全部、絵が載ってないっていうが気にくわないよね。よし。
「僕4枚替える。あ、ねぇパスってありなの?」
「まぁいいか。俺は2枚」
5と2のカードを捨てて戻って来たのはJが2枚とQ1枚、10が1枚。うーん、じゃあ次は3枚変えよ。
変えて戻って来たカードでほくそ笑んだ。田畑くんの顔を見ても向こうもにんまりしている。
「セーノで出そうか」
「いいぜ、セーノ!!」
田畑くんは全て♥のフラッシュ。でも僕は1つ上のフルハウス。しかもQ3枚にJ2枚。
「クソ、勝てると思ったのに」
「残念。あ、黒木くん、田畑くんの服脱がしてよ」
1枚はぎ取られていく上着を見つつイタズラな笑顔を落とす。
「上下合わせてあと何枚?」
「トランクス、ズボン、Tシャツ、あとこの上だから、4枚だな」
「じゃあ後4回で終わりだね」
「生意気〜」
キャッキャ騒ぐ周りの男子達。僕もニヤニヤして田畑くんを見るしか出来ない。そりゃそうだ、すでに彼はトランクスしか履いていないのだもの。え、僕? ぼくは1枚たりとも脱いでいないよ。当たり前。
真っ黒な上にピンクのパンサーが描かれてあるプチ可愛いトランクスを目の前に笑うと睨まれた。ふふん、勝負の世界は厳しいんだよ?
時計を見ればまだ時間は11時。
じゃあ田畑くんを丸裸にした後は、皆で裸の彼を布団にくるむのかな? なんて想像しながら末長のきるカードを眺めた。
「山田くん、今回は1回もカード変えないでいこうぜ?」
「いいよ」
どうやらカードを替えるから悪いのだと思っているようだ。違う違う。僕のが強運なだけ。
カードを拾い上げて鼻で笑った。勝ったからだ。
「もう、先に脱いでくれてもいいよ?」
「んな!? それはこっちを見てからだろ? いくぞ、フォーカードだ。どうだ!?」
「ロイヤルストレートフラッシュ!!」
どよめきが起こった。
まぁそうだよね。こんないいカード、なかなか1発で上がってこないもの。でも残念、僕が引き当てちゃった。さぁ、脱いでもらおうか。
前を向けば少し顔の青い彼。でも僕は容赦なんかしてあげない。いいじゃないか、どうせ男ばっかり、さっきもお風呂で裸の付き合いしただろ?
ゲラゲラ笑う男子の真ん中で、手をワキワキしながら田畑くんの最後の砦に手をかけた。
と、手がガシッと掴まれた。往生際が悪いよ?
「オカしい、絶対にオカしい。山田くん、イカサマしてるんじゃないのか?」
「そんな訳ないよ。見てただろ? 末長が配ってるトコロ」
「イヤ、絶対にオカしい!! 誠二、ヤレぇ!!」
「ぎゃー!! 誠二くん、くす、くすぐった…。は、あははは、む、無理〜、そこ弱いから!! あは、はははっは!!」
後ろから思いっきり脇をコチョコチョされた。耐えきれず布団の上に転がる。
はぁ、も、もう止めて、腹筋が、腹筋が壊れる!!
転がっても、薄涙を目に貯めても彼はくすぐる事を止めてくれない。爆笑する男子の真ん中で僕が一番爆笑してる。ヒーヒー言って息が苦しくなった頃、ようやく手が離された。
「はーーー、はーーー、も、無理…」
息を切らして仰向けになると、田畑くんが僕を見下ろしてにんまりしていた。
嫌な予感MAXだ。
逃げようと上半身を起こしかけたら彼が太ももの上に乗っかってきて、手が僕のTシャツにかかった。
「山田くんも脱げー!! おらー!!」
「止めてー!! 賭けになってないじゃないかぁ!?」
「ウルセーおらおら」
嫌だ、男に脱がされるなんて!!
必死の抵抗をするもすでに上半身は裸だ。
周りに助けを求めるも、皆お腹を抱えて爆笑悶絶して誰1人僕の事を助けてくれない。ひぃいいい。
「ちょ、そっちはもうやだー!!」
「いいだろーが、俺なんかトランクスなんだから!!」
「それは君が賭けに負けたからだろ!?」
言うも彼の手が僕のジーパンのボタンを外しにかかる。肩を押して抵抗を試みる。お互い、本気の攻防だ。
「やーめーてー」
「抵抗するなぁ」
と、大きな音がして入り口のドアが開いた。
「男子共、遊びに来たぉ…」
「暇してると思ってお菓子持って来まし…」
雪崩れて来た女の子達の顔が引きつった。僕も固まった。
ノリのいい神無月さんも、普段は変な顔一つしない委員長も、頬をピクリとさせてこっちを見てる。
最初に動いたのは男子。この状況に耐えきれなくなって笑いをかみ殺しそうと口を押さえて布団に頭から潜っていった。
「き、キャー!!」
「イヤー」
「不潔ー!!」
バタバタと神無月さんと4人の女の子が顔を押さえながら走っていった。残ったのは委員長と詩織とわずか3人。
ヤバいと思って未だ固まったままの田畑くんを押しのけ、その場に転がっていた枕で体と顔を隠した。もう、見られているのに。これがパニックってヤツだろう。ゆっくり目だけ出すと、黒髪の親友とパチっと目が合った。
「やっぱりユーヤは…り、り、凛の事を狙ってたのね!?」
「ちが!!」
否定も半分に詩織も部屋を飛び出した。
青ざめる僕と田畑くん。震える周りの布団とお尻。
せめてと残った委員長と女の子に話しかける。
「あの、ご、誤解しないで、ちょっとふざけてて。ね、田畑くん」
「お、おう。そんなんじゃ…」
「いいの!! やっぱり2人ってそう言う関係だったんだね!?」
「「は!?」」
今度は僕と田畑くんの顔が引きつった。
「キャー、ほら言ったじゃない!? 山田くんが受けなんだって!!」
「でもぉ。私的にはやっぱり田畑受け、山田攻めなんですぅ」
「どっちでもいいわ、いいもの見ちゃった!!」
「あーん、カメラ持って来てれば良かったぁ。も1回、も1回して!! 写メ撮るから!!」
2人で顔を見合わせ、別々の布団に潜り込んだ。
「嫌ーどうせなら同じ布団にしてぇ!!」
「そうですよぉ、今更ですぅ」
-----ひぃいいいい。この子達、そういう趣味だったの!? いいけど、僕を巻き込まないでぇ!!
数十分にも及ぶ、女の子4人の引っ付けコールに僕はすっかり脅えてしまった。
だって、本気で僕と田畑くんをそういう関係に持っていこうとするんだもの。はっきり言おう。僕は女の子が好きだ!! 男なんかとネンゴロなんてしたくない。なのに…ああ、この仕打ち。酷過ぎる。
僕は知らなかった。
委員長が実は、結構オタクでBL系が好きなんだってコトを。
僕は知らなかった。
この子達が実は、前々から僕らの事をそういう関係なんじゃないかなんて妄想を駆り立てていた事を。
僕は今、思い知った。
やっぱり、僕はくじ運とギャンブル運がいいだけで、他の運はサッパリなんだって。特に女性運。
もう、責任とってよね、田畑くん!!
…いや、そう言う意味じゃなく…。