表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/253

笑顔は僕を救う!? #2


 さらに教室内を見渡す。

 椅子と机が少しあるだけ…。


「じゃあ、始めるか」


 ビクつく体に鞭を打って脚を動かした。


「逃げんなよ」


 トンと肩が壁に付いた。腹筋を使ってまずは上半身を起こす。そこから壁に背中を押し当てて、脚をどんどん体の下に持っていけば立つ事に成功した。馬鹿にしたような口笛が聞こえる。

 舌打ちしたい気持ちを抑えて人の合間から窓の外を見れば、ほぼ予想通り。向こう側には僕らB〜D組が使用している校舎がそびえ立っていて、真ん中に10時過ぎを指し示した大きな時計が見えた。ということは、A組校舎か。で、ここの高さは…2階くらいだろう。

 でも、残念ながらそれ以上は人の壁で見えない。

 ------一人でこの人数なんて、絶対に無理!! ってか、1人も倒せないから!!

 焦る僕をよそに嘲笑した1年生達が目に入ってきた。


「俺から行ってもいいか?」

「ズルいぞ。ジャンケンだろ?」


 目の前でゲームが繰り広げられる。商品は勿論僕。取り合いをされるなら綺麗なお姉さん達がいいなんて思いながらも僕は気づいた。今日は木曜、今の時刻は10時過ぎ。ってことは僕のクラスは校庭で体育をしているはずなんだ。外に何かしらの合図を送れば…。

 耳を澄ました。

 -----やっぱり声がしてる!!

 窓を見れば、2枚、開いている。

 ベランダのないこの校舎からから後ろ手で縛られた状態から何かを投げるとなると、かなり距離が伸びないという事を頭に置いておかないといけない。ついでにいうなら、バランスが取れないから投げる最中に倒れる可能性だってある。何かを校庭に落としたって、それに気がついてもらえない可能性だってある訳だ。でも、今の僕には手段なんて選んでられない。


 正直に言おう。

 何も思いつかないのだ。

 そりゃ僕が五十嵐番長みたいに力はあれば、ロープを引きちぎれるかもしれない。詩織程の力量があれば、戦うっていう選択も出来るかも知れない。けど、僕には2つとも無理だ。誰かしらに助けを求める事しか出来ない。教室のドアは閉められている。腕の使えない僕に出来る事と言えば、ぶつかってドアを外す事くらいだろうか…。でも倒れてしまって、逃げられない。

 だから、僕の出来る事は誰かが僕の投げたものに気がついて助けにきてくれるのを待つ事だけ。これがダメなら、クマよろしく潔く死んだ振りをするつもりだ。そうだろ? 何かを投げたと同時に多分、怒らせてボコられ始めるだろう。だから、チャンスは1回。


 選択から始める。

 財布とキーケース、投げるならどっち?

 …財布だろう。大きさも丁度いいし、重さも十分ある。財布が降ってきたとなれば、誰かしらチラリとお金の事が頭を霞めるはず。キーケースより拾ってもらえる確率は高い。

 ゆっくりと財布を手の中に納めた。

 未だジャンケンをし合っている彼らにに向かって2、3歩駆けた。

 -----今だ!!

 サイドステップをきって財布を手放した。


「いで!!」

「あ」


 米神に汗を、心臓に違う意味での高鳴りを、今の行動は与えてしまった。そう、財布は狙った外には跳んでいかず、前に立っていた赤い髪をした男の子の頬にモロにぶち当たったのだ。青筋を立てて睨まれた。

 -----違う!!

 別に当てるつもりなんてなかった。誤解だ。別に君とケンカしたい訳じゃない。いろんな言い訳が頭の中を駆け巡るが彼にそんな真意が伝わるはずなんてない。心の中の叫びだもの。でも、言ったって火に油を注ぐようなもんだ。

 そう、口に出すなら他の言葉がいい。

 奴らを怯ませ、尚かつ、僕の都合のいいようになる言葉が。


「俺からいくぞ!! 財布投げつけられたんだ!!」

「ちっ、しかたねーな」

「ちゃんと残しとけよ」


 -----考えろ、何がいい?

 番長の名前を叫ぶか、いや、彼がこの校舎にいる保証はない。僕のコトを確実に助けてくれる人物、そんなの決まってる。校庭にいるであろう詩織だ。

 でも、何を叫んでいいか分からない。美人だなんていえない。その場にいる全員を倒し始めるだろう。

 -----ヤバい、頭を殴られたせいか、全く思いつかないよ!!

 彼女のブラのサイズでも叫んでみる? ははは、いいかもね。急にブラジャーのサイズなんか叫ばれたら、さぞかしこの子達はビックリするだろう。ちなみに前の雨の時に乾燥機にかける時見てしまった詩織のサイズは65のE。やっぱり大きいとおも…なんて考えてる場合じゃない!!

 ボキボキと指の関節がならされ、僕の前に赤い髪の子が立ちふさがった。


「歯、くいしばれよ」

「……」


 ゆっくり目蓋を閉じ、歯を噛み合わせた。

 もう僕には手がないもの。さっきも言ったけど、財布の作戦が終わった時点で僕は諦める事を決めていた。

 目の前の気配が、ゆっくり拳をあげたのが分かった。

 -----くる!!

 息を止め体に力を入れて、襲ってくるであろう衝撃に備えた。


「ユーヤ?」


 -----詩織の声!?

 目を開いてステップを踏んだ。頬に拳が擦る。同時に親友の名前を力の限り叫んだ。

 途端、左側のドアが倒れる大きな音と共に詩織が教室に突っ込んできた。数人の男の子達が扉の下敷きになるのが見えた。

 目が合う。


「やっと見つけた」


 ふっと笑って彼女は警棒を取り出しながら、倒れたドアの上から飛び降りた。


「いい度胸してるじゃない、今年の1年生…私達に喧嘩売ろうなんて。ユーヤ、低く構えて!!」


 ヒュッという音を立て真っ黒の棒が一気に伸びた。

 教室に風の流れができて、長い黒髪とスカートが靡き始めた。

 と、華奢な体が躍動した。僕の後ろで惚けている赤い髪の男の子がグーで殴り跳ばされ、声もなく、男の子の体が傾れてく。

 慌てて膝を曲げる。バランスが巧くとれなくてよろけて、2、3歩後ろに下がると壁が背中に当たった。

 3人程ぶっ飛ばした後、詩織が駆けて来た。そのまま僕の膝を踏み、空へ舞い上がる。幾重にも重なったプリーツが広がり、目の前に真っ赤なカーテンを作った。その一瞬、たった1秒にも満たない間、僕は彼女に魅せられた。

 勢い良く、蹴りを繰り出しながら男達の中心に詩織が入っていく。


「ぎゃ!!」


 うめき声で覚醒し、僕も動き出す。

 情けない話だけど、ここは任せて足手まといは逃げるしかないのだ。そう、これは彼女が作ってくれた隙。無駄に大きな動きで自分に全員を引きつけてくれたのだ。僕が逃げなきゃ、意味がない。

 脚のバネを使って床を思いっきり蹴った。


「逃がすな!!」


 誰かが叫ぶ声がした。斜めになったドアを踏みつけ、教室を飛び出す。

 左足でブレーキをかけながら、左右の選択をする。僕はA組校舎なんか入った事ないのだ。


「こっちよ!」


 腕が捕まれ、体が引っ張られ始めた。


「ちょ! この状態で階段は絶対に無理だから!!」


 体勢を低く構えるだけでもよろめいたのだ。もしこのまま階段なんて降りたら落ちて脳挫傷は確実。折角抜け出せたのに、死ぬなんて嫌だよ。

 赤いスカートを追いかける。

 階段を前に数人の人達。今度はグリーンのエンブレムだ。


「あ、詩織先輩、山田様」

「そんな挨拶いいのよ! ナイフかハサミ持ってない!?」


 言葉を無視し、詩織が喚くと一瞬狼狽えながらもキーに付いているナイフを取り出した。


「貸して!!」


 奪うようにそれを受け取る。

 僕の体を回し、金属のそれをロープに当てたのが分かった。切りやすいように腕の間を広げる。何度かロープがしなった後、手が解放された。振り向きながら諭す。


「逃げよう!」

「いいえ、逃げないわ」

「え?」


 大きく瞳を開いた。漆黒の目が僕を捕らえている。


「なん…で?」

「ああいうのはね、ちゃんとやっつけおかないと同じ事繰り返すものなのよっ!!」

「「ちょ!!」」


 僕と2年生の声が重なり、振り返った時にはもう細い体は宙に浮き、警棒がしなっていた。

 -----20人はいたんだよ!? 体力持つの!?

 前に20人くらいなら4、5人ずつ相手すれば倒せると言っていた言葉が頭をよぎった。ここは狭い廊下。多分条件的にはイケル範囲だろう。でも、体力の問題だってある。幾ら強くたって彼女は女の子なのだ。僕のようなひ弱な男に持久力で勝っていたって普通の不良達には通用するかは分からない。

 けど、僕には彼女を追いかける事しか出来ない。それこそ、走り出したら止まれない。


「詩織!!」


 追いつき様に声を出しながら僕も軽くジャンプをした。そして片足を出す。

 擦る蹴り。

 威力は決してないけど威嚇くらいにはなるだろう。180近くの男が暴れ始めたら、少しは相手もビビる。その隙を使って詩織が実際に倒せばいいのだ。助けてくれたせめてものお礼だ、僕が囮になろうじゃないか。

 地面に脚が着地したと同時に、構えた。息を吐きながら数人を見据えれば案の定、臆した様子。

 ポンと背中を叩たいて詩織が僕の脇を飛び出した。加速し、警棒が音を出す。ミゾオチに、背中に、頭に、容赦なく詩織が打撃を与えていく。


「あ」


 取りこぼしされた一人が僕に向かって走って来た。舌打ちをする。詩織は間に合いそうにない。

 地面を踏みしめ、目を見開く。

 -----蹴り? いや、腕が引かれ始めた…。

 出される拳を半回転して避けつつ、腕を握った。


「あれ?」


 ----しまった、ここからは訓練してない!!

 そう、僕は詩織を止める為だけに2人から色々と教わったのだ。これ以上何を出来るっていうのか、打撃系は1つしか教わってない。しかもこの体勢からなんて絶対に無理なコト。脇同士がぶつかった瞬間、どうにでもなれとそのまま去なした。ついで転がった体を追いかけ、肩を踏む。


「脚退けろよ!!」

「うーん、気絶してくれれば退けるんだけど」


 靴の下で暴れる1年生に緊張感なく笑いながら言った。なぜか青ざめられた。

 まぁいい。後ろにいる2年生に声をかけ肩に乗るように言っておく。

 そしてもう1度駆けた。詩織の肩が大きく息をし始めたのが分かったからだ。助けれるなんて思っちゃいない、逃げるんだよ!! 残りは5人。微妙な人数だ。

 もう1度親友の名前を呼ぶ。

 手を出すと、タイミングを合わせて僕の手を掴んで来た。失速し、反対側に走ろうとしたら勢いを利用して投げられた。


「最悪!!」


 叫ぶ。今の状況に、親友の行動に。

 右足を踏みしめ、二宮先輩から唯一教わった打撃の技を繰り出す。キュと足先の方向を変え、左足を振り上げながら回転した。そう、後ろ回し蹴りだ。カッコいいからって2人でふざけて教わった技…。

 でも、残念ながら詩織のように格好よくはいかない。

 ガツンと何かにぶつかり、振り切る事が出来ずに回転が止まり始めた。よろめいて、壁に手を付く。


「ほら、ユーヤが本気出し始めたわよ!?」


 -----ちょっと!! 変な事いわないでよ!!

 思いつつ、黙って耳を傾ける。多分、彼女の体力的に、ここらへんが打ち止めなのだろう。下手なコト言って向かって来てもらっても僕も困る。

 口裏を合わせるよう、すぐに体勢を整えた。

 怯む1年生。

 -----この子達の目的は伝説の男の弟の名前と指図されない事だったな…。


「あのさ、伝説の男の弟の話なんだけど…」

「いい!!」

「は?」

「い、いらねーよ!!」

「いや、でも僕もあんな称号いらないし」

「俺たちもいらないです!!」


 急に頭を下げはじめた。

 驚いて目を見開くと、全員が顔を見合わせた。


「だだだ、だって、詩織先輩みたいな人、俺たち扱いきれねーし!!」


 ポカンと口を開けた。

 -----セットだなんてコトも言ってったっけ、そういえば。

 隣の親友を見れば、威張ったように胸を張り、腰に手を当て鼻で笑った。


「そうよ、私を扱えるのなんてユーヤくらいなもんなんだから。伝説の男の弟の称号も諦めるのね」

「ちょ!!」


 僕だって本当にいらない。

 たとえ姉さんが本当にKENさんと結婚するような事になったとしても、僕はそんな名を語りたくなんてない。欲しくないんだよ!


「わかったら、さっさとユーヤの荷物持って来なさいよ!」

「は、はい!!」


 ダダッと数人が走って僕の財布と携帯、鞄を持って来た。ついでに僕の前で跪いて殿か王子に献上物を捧げるように「ははぁ」と差し出して来た。

 -----ヤバい感じだ、これ。


「いや、そんなことしなくても…」

「させて下さい。俺たち、マジ、伝説の男の弟はすげーんだって、わかりましたから!!」

「は?」


 顔をしかめた。


「詩織先輩が山田先輩の下に付いてるのって、マジで強いからなんスね!?」

「俺たち、見た事なかったからスゲーの知らねかったから…マジすみませんでした!!」

「山田先輩になら、指図されても構わねーっす」

「ちょうビビりました。人を倒して起き上がれねーように肩踏みつけて、笑顔出すなんて、マジ、並みじゃネーす!!」

「俺たち、改めます!! マジ、舐めてました!! すみませんでした!!」


 言いつつ、土下座を始めてしまった。

 -----ひぃいいいい。

 青ざめ、同じ位置まで腰を低くすると、今度は僕より低い姿勢で頭をゴツンと床に押しつけ声を揃えて謝って来た。


「そこまで謝るんなら許してあげるわ。そうでしょ? ユーヤ」

「いや、だからさ」

「ユーヤがまだ足りないって言ってるわ!! こびへつらいなさい!!」

「ひぃいい」


 最後の叫び声は僕。

 だって、もう頭を下げる事なんて出来ないのに、姿勢低くペコペコし始めたから。ついでに最初の方にやられた子達も覚醒するなり混じって、人数が増えたから。


「やめてよー、僕そんなことされたって」

「違う詫びの入れ方がいいの!?」

「違う!!」


 地団駄を踏んで否定したが、変な風に受け取った1年生達はそれから僕の鞄を持ってきたり、靴箱にいけば靴を履かせようとしたり、とにかく本当の従者のように振る舞って来た…。ああ。


 こうして、僕の伝説がまた増えてしまった。

 20人相手にしても傷一つ作る事なく、全員を舎弟にした男だと。

 さらにもう一つ、倒れた人間の肩を踏みしめて嬉しそうに嘲笑する“微笑みのどS”という、なんとも不名誉な称号が与えられてしまった。一生懸命否定したけれど、インパクトがデカかったせいか、しばらく皆から「山田くん」と呼んでもらえなかった…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ