笑顔は僕を救う!? #1
暗転。
寝てた訳じゃない。じゃあなんで真っ暗なのか、寝かされたからだ。
どこだったかな、ああそう、校門の前で。なんか後ろ頭を重いっきり殴られた気がする。僕の頭を叩けるなんて僕が伝説の男の弟じゃないって知っている知り合いだと思うんだ。けどさ、これって酷過ぎじゃない? 気絶するくらい殴るなんて、人間の頭はそんな強く出来てない。中身は豆腐のように柔らかい(多分)のだから、もっと丁寧に扱って欲しい。っていうか、誰だよ殴ったの。誰だっていいけどね、とりあえず一言言ってやろうと思う。「何するんだ、死ぬかと思っただろ?」って。そんでもって、病院に連れて行ってもらうね。
記憶喪失になんかなってたら大変だよ。ちょっと検査。ボールペンは、上の突起を押すと出ます、そんでもって書くものです。僕の名前は、山田裕也です。そろそろイヤ、今日で18歳になって1ヶ月です。家族構成は、父さん母さん姉さん。あ、冬からベタを飼ってます。親友の名前は、末長と詩織。パンツは、好きです…じゃない履くものです。なんだ、大丈夫みたいだ。ドラマにもなりゃしないじゃないか。
じゃあ今の時刻は?
わからない。朝、殴られたのだけは覚えてる。どの位寝てたの? そしてここはどこ?
うっすら目を開けると残念ながら妖精もいないし、美女もいなかった。かわりにいたのは数人の男の子。見覚えは…ない。けど同じ高校の1年生だ、大正学園のブルーのエンブレムが付いてるもの。ついでに言わせてもらうならA組かな。ピアスついてますよ。別に校則違反じゃないけど、あからさますぎるその大きなピアス、何? ボディの持ってきちゃたか。
「起きたみたいだぜ?」
まずは様子見。周りだけを見渡した。動かせるのは顔だけ。手は後ろ手で縛られてて僕は横に寝かされたるから脚もあんまりって感じかな。というか、動かない方がいい気がする。口も何か貼られてたりする訳じゃないけど、動かさない。だって、何か下手に動いたり喋ったりしたら、この状態、フルボッコは確実だ。今までの経験がそう、叫んでる。
僕を見下ろす男の子達。3人。
「何か喋ってみろよ」
「ここどこ?」
聞いたのに教えてくれない。
鼻で笑っている。
じゃあいい、自分で判断しよう。殴られたのは確か校門前だった。僕って身長あるから体重もその分ある。この前は計ったときは身長178の体重64だった。そんな体を運ぶって言うのは結構大変だ。だから車とかで運ばない限り遠くに運ぶ事は出来ない。見た所1年生ばかりだから、多分学校内。
窓の外を見た。
-----太陽が見えない。
ということは、少なくともここからは北が見えてるってこと。北側に窓が面している教室っていうのは特別室、実験室。ああ、あとA組の校舎も入るのかな。僕らの教室から見たとき、窓がこっちを向いていたもの。で、見渡すに教室な作りをしているから、図書館でも実験室でもない。ある数個の特別室かA組の校舎内ってトコだろう。
立ち上がる事が出来れば、空以外が見えて自分がどこにいるか分かるのに…。正直難しそうだ。
後ろ手に縛られてるってことは手の勢いを利用しておき上がれない。詩織とかなら腹筋と脚の力だけで起き上がったり、跳んだりして立つ事が出来るのだろうけど、僕にはそんな芸当できない。せいぜい失敗して顔か頭を打つのが関の山だ。
-----今何時かな?
空の具合からしても、お腹の空き具合からしてもまだ、そんなに経ってない。ということは10時くらいかな。
さて、そうなると知りたいのは僕をこんな目に遭わせた理由なんだけど…。
考えていると声が降ってきた。
「山田先輩。俺たち、1年生なの、見て分かるだろ?」
頷くと話が続いた。
「俺たち高校生にもなって年上から何かしら言われるの嫌なんだよね。つまり、五十嵐番長もあんたもいらないってワケ。わかる?」
All right.All right.
要はお山のてっぺんのおさるさんになりたいってワケね。なればいい、勝手にしてればいいから巻き込まないで欲しい。僕は学校のトップなんかじゃない。
が、そう思っているのはこの場で自分だけのようで、1年生達はそうは思っていないようだった。その事を知るには次の言葉。
「でさ、五十嵐番長もアンタには手を出さないって言うじゃん? ってことは、山田先輩が学校のトップだよな」
「そうそう。伝説の男の弟だかなんだか知らねーけどさ」
「強いったって俺たち実力見た事ねーもん。だから怖くねーし。実際ここまで連れて来れた訳だし、すでに俺たち最強じゃね?」
正直、思考回路の単純さに呆れた。
けどあながち間違っちゃいない。華丸をあげよう。だから、腕ほどいて。
「んで、目的なんだけどさ。俺たちに伝説の男の弟の称号譲ってよ」
大きく目を開いた。
驚いたのもある、けど、それ以上に歓喜にだ。僕にとってそれは全然価値のあるものでも何でもない。無用の長物だ。勝手に噂だけが流されてしまって作り上げられた、ある意味僕のゴースト。ドッペルゲンガーとでも言おうか。
「くれよ」
「あげるよ」
のしをつけて。
今度は男の子達の目が大きくなった。まさか、こんなにすんなりと事が運ぶとは思っていなかったのだろう。目を真ん丸にして僕の方をまた見てきた。
「マジで…」
「あげるって。僕いらないから」
言葉の途中で答えた。
だって、本当にいらないもの。駆け引きなんかあるわけない。やると言ったらやるのだ。もしろ貰って欲しい。ついでに姉さんもあげようか?
-----よし、これで帰れるかな。
と思ったけど、僕の思考回路の方が単純だった。さらに次の言葉で驚愕する事となる。
「じゃあ詩織先輩もセットだ」
「は?」
うーんちょっと、頑張って思考を彼らとシンクロさせてみようか。えっと…やっぱ無理。どうしたらそんな考えになるのか分からないよ。詩織は物じゃない、ホイホイあげるようなものじゃないし、まず僕らは付き合ってもない。
顔をしかめると笑われた。
「だって、元々あの人が一番近しいって話だったんだろ? アンタの今の称号ってのも詩織先輩と付き合ってるからくっ付いてきたんじゃないの? もしくは、マジで強いからそう言われてるか、どっちかじゃん? しかもこの辺じゃ昔からあの人は強いって有名だろ? 虹村詩織が俺らに付いたとなったら、学校だけじゃなくってこの辺一帯仕切れるじゃん」
三角!!
三角マイナス1点かな。悪くない答えだけど、全体的に間違っているというか…。でも確信には近いよね。惜しいというか。
ついでに野望は大きくていいと思う。少年よ大志を抱けって、誰かも言ってたし、悪くはない。けど、僕を巻き込むのは間違ってるよ? 僕から伝説の男の称号を貰ったって詩織は貰えない。だいたい僕のものじゃない。
「ま、どちらにしろ、アンタを倒してしまえばいいって話だよな」
----待って。今、どこら辺を割愛したらそうなる?
僕は彼らと同調は出来そうにない。たった2つしか違わないのにちょっとしたジェネレーションギャップみたいなのを感じた。
とりあえず僕が言われている事を整理してみようか。
1、伝説の男の称号が欲しい。
2、詩織をくれ。
3、僕を倒す。
…どういう事だろう? 1をクリアしたらもう後はどうでもいいじゃないか。とりあえず3から聞こうか。今されるとなるとピンチだし。
「僕を倒したらなんかいい事ある?」
「だって、アンタを倒せば俺たちがトップじゃん。ついでに詩織先輩もビビって俺らに付くだろ?」
-----そこ、勘違いしちゃいけないのに。
そうか、でもそうかも。去年の1年生(現在の2年生)も僕の事を強いと勘違いしていた。ということは噂がさらに混迷極まっていることもあるだろう。僕が詩織より強いと。
だからね。詩織より強い僕を倒せば詩織が付いて来る(と思ってる)。そういえば、前に詩織が強いから倒せば名声上がるって言って絡んできた不良いたから、彼女を手中に収めるってことはそういう輩も一緒に支配出来るって算段だろう。うん、わかった。ようやく分かった。
でも、とりあえず詩織の話は置いておこう。そうだろ? 今僕が考えなくてはいけないのは、ボコボコにされるかも知れないってことだ。逃げる道を探さなくてはいけない。1人3回蹴られたとしても9回…。痛いよ。
「ちーす」
「ちーす」
挨拶するのを見て正直ビビった。だって、10人どころか20人くらい人がゾロゾロ入ってきたのだもの。しかも僕の方を見て顔色一つ変えない。ってことは今入ってきた人達も、この計画へ参加してるってことだろう。1-Aは何人いるか知らないけど、ほぼ全員でこの犯行を行っていると推測して間違いなさそうだ。はぁ、20人から3回ずつ蹴られたら…確実に死んでしまうね。
とりあえず、今僕が出来る事はまず逃げ道の確保。もしくは誰かに危険を知らせるってことだ。もしここがA組校舎なら五十嵐番長、普通校舎なら詩織。
ゆっくり気づかれないように縛られた手を後ろポケットに持っていく。入っているのは財布に携帯、キーケース。僕の頭の方には筆記用具とファイルが入った鞄。目の前には机と椅子。後ろは見えないけど、構造から言って廊下側の壁といったトコロか。
-----さぁ、どうしようか?
携帯は見えないのに適当に打っても誰に電話がかかるなんて分からない。けど、感覚でいけばリダイヤルくらいはいける。昨日の夜、詩織と電話したからイケルと思うんだ。
「おい、携帯取り上げたか?」
「あ、ヤベ」
-----ああ。
僕のポケットから携帯が抜き去られた。唯一の通信手段が断たれた。
残されたのは財布にキーケース。どうしろって言うんだよ。キーでロープを切れと? 馬鹿言ったらいけない、どれだけかかるんだよ。
「どうするー?」
「そうだな、とりあえずフルボッコにして、その携帯から虹村詩織を呼び出せばいいんじゃねーの? 声聞かせるか、出せなきゃボコボコにされた写メでも送りつけときゃいいだろ」
ははははと、何重にも重なった笑い声が教室中を木霊した。