リトルデビル ワズ キャッチ バイ ミー?
何度か起きては詩織の様子を伺った。
寝苦しそうな様子もないし、オデコに手を当ててもちょっと熱いかなくらいで大丈夫そうだった。
朝起きて最後のオデコチェック。
「大丈夫だと思うんだけど」
自分のオデコも触って確認する…あんまり変わらない気がする。あとは実際に熱を測ってなければ、詩織の判断に任せよう。雨は止んでるみたいだし制服も洗って乾いている。学校に行っても良し、帰っても良し。まぁ行くなら薬は飲ませるけどね。
立ち上がって朝の用意を先に始める。起こしてから着替えるなんてナンセンス。歯ブラシを口に突っ込みながら部屋を覗くとモゾモゾと動いたのが見えた。
-----そろそろ仕掛けた時限爆弾が爆発するんだけど。
自ら起き上がる事を期待しているとアラームが鳴り始めた。体をビクつかせ、詩織が手を伸ばしている。
にっこり笑ってタオルを手渡した。
「制服とか…下着も乾燥機の中に入ってるから、向こうで着替えたり用意して来なよ。あと熱も測って」
テレビを見れば今日は曇り。また雨なんて急に降ったりしないだろうね? と疑いながら眺めていると向こうから声。
「熱ないから学校行くわ。あ! 今日の牡羊座…まぁまぁね」
「まぁまぁかな」
-----朝ご飯…あ、そうか。コンビニ行こうと思ってたんだ。
テレビの時計を見れば、いつもより20分早い。けど、このくらいに出ないと行けないのだ。朝ご飯の為じゃない。実は…この家、神無月さんの家と結構近いのだ。だから朝にたまーに鍵をかけていると声をかけられたりする。その流れで一緒に登校したりもするけど、今日はヤバいでしょ、見られたら。別に悪い事なんてしてないけど、いや、してないからあらぬ誤解を受けたくない。そんなの圧倒的に損じゃないか。笑われるだけ笑われて実際は何も無しなんて。僕はそこまでピエロになりきれない。
テレビを消して詩織の名前を呼ぶ。
キョロキョロしながら急いで鍵をかけた。
「何警戒してるの?」
「いや、神無月さんとあっちゃマズいかと」
先に敷地内の死角から出ると普通のOLさんが1人歩いているだけだった。ホッとため息をついてコンビニへ向かった。
教室で朝ご飯を食べ終わった後、ポケットから1つの袋を取り出す。
「飲もうか」
「い、嫌よ。もう熱も下がったからいいじゃない」
「あのね、風邪って治りかけが大事なの。ほら、鼻摘んでてあげるから」
鼻を摘もうとしたら躱された。
「昨日の夜も言ったよね、赤ちゃんじゃないんだから自分で飲んでって」
「赤ちゃんじゃないんだから自分の体の事は私が良ーく分かってるわ。もう、飲まなくても大丈夫だって言ってるもの」
舌を出してあっかんべをして来た。
ため息一つ。
教室の外の気配を伺う。階段を上ってくるような音は聞こえない。やるなら今しかない。
立ち上がると詩織も構えた。やっぱり今日は一筋縄ではいかないみたいだ。詰め寄ると頬膨らませてバックを取られないようにしている。だからフェイント。教室のドアの方を一度見て詩織の視線がつられた所で右手を出した。
「きゃう!!」
「はいはい、飲もうねー」
体が崩れたトコロを狙って顎を持ってまたしても口の中にサラサラ流し込んでやった。
「んんー!!」
「はい水」
「おは…何をしているんですか?」
顎を持っているトコロを坂東に見られた。彼ならあらぬ誤解はないとホッとため息をつきながら漢方薬の袋を見せると理解したように頷かれた。そして変な顔して水を流し込んでいる詩織を見て哀れそうな表情を向けた。
「苦いのダメなんですか?」
「ダメ。だからカプセルがいいんだけど」
「だったら売ってるカプセルに詰め直すって手もありますよ。オブラートに包むのも手です」
ポンと手を打った。
今夜からの分はカプセルを渡しておけばいいのだ。わざわざこんな苦労をしなくたって、苦くさえなければ彼女は飲むだろう。
-----ああ、でもお昼がね。
そう。今日は1年生から3年生まで全国模試があって購買部は開いているけど薬なんて置いてない。保健室だって常備薬はあるけど、一度薬を飲み始めたらあまり他の薬は飲まない方がいいのだ。薬が抜けるまで、そうだな物にもよるけど1週間くらいは。
「お昼はないわよね」
「…うん、ないよ?」
嘘をついた。
次の作戦は昼休みに甘ったるいジュースを買ってやって「奢ったじゃない」と脅し(?)をかける作戦なのだ。今本当のことを言えば購買まで連れて行く事も出来そうにない。本当は水で飲むのが1番なんだけど、仕方ないよね。
テスト問題を軽快に解いていく。今日の教科は国語に数学、昼から英語だ。
カリカリというシャープペンシルの音だけが響いていて、心地がいい。数学の時間になる頃にはスピードも上がって一気に解き上げた。突っ伏して眠りへ誘う。夜、看病で熟睡出来なかった分を取り戻すのだ。
チャイムが鳴って起き上がると一番後ろの席の人が解答を持っていってくれた。だからすかさず隣の親友に声をかける。
「ご飯の後、飲み物買いに行こうよ」
「行く! 神無月ちゃんと委員長は?」
頷く2人を見下ろして財布と昼ご飯をゴソゴソする詩織を横目にこっそり話しかけた。
「あのね、詩織薬を飲まなきゃいけないんだけど、飲みたがらないんだ。もし逃げたら皆で捕まえよう」
言うとイタズラな笑みで2人とも笑った。聞いていた末長もにんまりと笑った。これで僕の作戦がさらに確実なものとなった。僕もニヤッとして机をくっ付けた。坂東だけが詩織の顔をまたしても可哀想なものを見る目で眺めていた。
普段通り食べ終わって、コクリと合図をすると女の子2人が詩織の手を握った。
「飲み物、買いに行こう?」
「行く! 私ね、今日はプリンジュースな気分なの」
呑気にキャッキャ笑顔を零す親友。末長と吹き出しそうになりながら3人の後を追った。
購買部。自動販売機にお金を入れながら振り向く。
「詩織はプリンジュース? 奢るよ」
満面の笑みで喜ぶ詩織の為にボタンを押した。そして手渡す。
「受け取ったよね?」
「え、ええ」
「じゃあ、飲もうか」
サッと漢方薬の薬を出すと詩織の顔が青くなった。
「も、もう嫌よ!!」
叫びながら人ごみを飛び出した。追いかける。と、先にジュースを買って待ち構えていた神無月さんと委員長が笑いながら彼女の両腕を掴んだ。
「ぐ、グルだったのね!?」
「詩織っちの為じゃない」
「そうですよぉ。お薬はちゃんと飲まないといけないんですからぁ」
捕虜のように連行され、僕の前に立たされる。
「はい、あーん」
神無月さんが音頭をとるのですぐに袋を開封して口の前に突きつけた。けど、やっぱり口を開かない。ため息をつきつつ、促す。
「もう迷惑かけないの」
「んー!!」
「んーじゃなくってさ。こぅ、口を開けてっていってるの!!」
顎を持って逃げられないようにした後、鼻を摘んだ。
離さない、口も開けない。…離さない、口も開けない。
2分経過。
確かこの子は結構息を止めてられたんだっけと、黙って見つめる。周りがざわつき始めた。
3分経過。
「甘いのと一緒に飲めば平気だよ、多分」
ググと力を入れるがそれ以上の力で顎を閉じて来る。もう、この作戦も無理みたいだ。その前に彼女が死んでしまうかもしれない。
鼻から指を離すと安心したような顔をした。
「一人じゃ飲めないから皆で手伝ってるんじゃないか」
「ふん」
女の子2人と顔を見合わせる。
どうあがいても飲まないつもりだ。末長を見るとニヤニヤしていた。何?
「これはもう…誰かに飲ましてもらうしかないな」
「今やってるじゃない」
「いや、この場合は番長だろう」
「は?」
「マウス トゥー マウスでいこう」
ピッと人差し指を出しながら携帯を出し始めた。
「ああ、いいんじゃない? 彼なら大喜びだよ」
「イヤよ!! なんでそうなるのよ!? ちょ、離してぇ、五十嵐にはリザがいるんだからぁ」
「じゃあ飲もう」
「それもイヤ」
堂々巡りだ。はぁ。
しかし詩織の解答を聞くなりSの末長は本当に電話をかけ始めた。
スピーカーフォンになったコール音が鳴り響く。
おいおいと思いつつ、僕も止めない。だって、本当にかけているのは僕への携帯。お尻の辺りでバイブしている。
詩織がもがいた。
「イーヤー!! 飲む、飲むわよ!!」
手渡すと顔をしかめながら自分の手で薬を入れた。すぐさま持っていたジュースを開けて流し込んでいる。
「よくできまちたー」
「がんばりまちたねー」
末長と一緒に赤ちゃん言葉で話しかけて先に歩き出す。後ろで変な声が聞こえた。
と、肘を小突かれた。
「別に山田くんがマウス トゥー マウスでもよかったんだぞ? せっかくそっちに携帯したのに」
「ファーストキスは甘いもんだと決めてるから、苦いのは勘弁だよ」
笑われた。別に甘くも酸っぱくもないと。
いやいや、苦いでしょ。薬つきなんて。