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リトルデビル イズ ア ベイビー


 洗面台から買い置きしておいた歯ブラシを取って手渡した。


「もう寝た方がいいよ。クスリ探しておくから」


 言うと目を擦りながら詩織が部屋から出て行った。ズボンを引きずって歩く後ろ姿を眺めて、ため息を落としながら押し入れを開けた。

 -----確か、前に風邪引いた後に色々買ったはずなんだけど。

 僕の手の上にあるのは解熱作用のある薬と自分の代謝を促す漢方薬。ご飯を食べて数時間…飲ませるなら漢方薬だろうと粉状の薬が入った袋を1回分千切って机の上に置いた。ついでに冷蔵庫の中も覗く。

 -----軽く食べられそうなのって…。

 探していると詩織の声がした。


「アイス食べたい」

「歯を磨いた後だよ?」

「もう1回磨くからいいのよ」


 返事をして勝手に取るように言って部屋に戻った。布団を敷かなくちゃいけないからだ。

 布団のシーツを整えながら思った。この布団は本当は家族が来た時用の予備なのに、肝心の家族は誰1人使う事なく、詩織だけが使用しているなと。初めて出会った時、お兄さんが来た時、それ以外コイツは一切活躍をしていないのだ。末長や坂東が遊びにきて泊まるときも、何も敷かないで雑魚寝よろしくフローリングで転がっていただけだったと記憶している。ある意味、詩織専用と化しているこの布団…いいのか悪いのかさっぱりだ。

 後ろを見るとすでにパクパクアイスを頬張っている親友が見えた。


 自分の布団も用意して今度は僕が洗面台に立つ。

 -----明日の朝には治ってるといいけど。

 乾燥機にかけた自分たちの制服を見た。そう、明日は土曜だけど全国模試が控えてある。休んだって別に出席日数に関わってはこないけど、模試は受けておきたい。だって今度のは浪人生も混じった順位も出るし、自分の受けたい大学を選ぶとその中でも順位を出したり評価も付けてくれる、ついでに言うと生物を習い始めて初めて、でもある。今どのくらい自分が出来るようになったかだって知りたいのだ。


「ユーヤ、もし明日の朝までに熱下がってなくても学校に行ってくれる?」


 僕の心中を読んだかのように詩織が言った。

 タオルで顔を拭きながらそれは出来ないことを伝えると頬を膨らましてきた。


「ダメよ。じゃなきゃ今から外に飛び出してやるんだから」

「何馬鹿なコト言ってるの」

「ユーヤが明日絶対に行くならしないわ」


 目を合わせると顔は真剣そのもの。言い出したら聞かないこの子を僕が説得するって言うのは…無理そうだ。多分止めても振り切って飛び出すね。

 -----まぁ明日にならないと熱なんて分かんないし。模試も昼チョイ過ぎまでだし…。


「わかったから、飛び出さないでよ?」

「約束よ?」


 コップについでおいた水を含んで詩織が薬を見た。眉をハの字にした。


「どうしたの?」

「私、粉イヤ!」

「イヤって言われても、粉以外ないよ」

「苦いもの」


 プイと横を向いてコップを置き始める彼女。

 この意地っ張りは聞いてあげてはいけないだろう。子どもじゃないんだから、苦いって理由で飲まないなんて。半分呆れつつも、もう1度促したけど結果は同じ。ツンとそっぽを向いてハイハイして布団の中に逃げようとしている。


「コラ!」


 背中の服を引っ張って動きを止めた。


「最後の忠告、飲みなさい」

「嫌よ」


 見つめ合う。

 頑固一徹って言葉はこの子の為にあるのかな? 頑として薬を飲む為に動こうとしない彼女の替わりに粉の入った袋の上側を指で弾いて千切った。


「飲もう?」

「嫌って言ってるじゃない。粉飲むくらいなら、自己治癒力でなんとかするもの!」


 またしてもハイハイして布団に逃げ込もうとしている。詩織の手が枕を付くため上がった瞬間、僕も動いた。肩を掴んで起き上がらせ、後ろからブニっと頬を揉む。


「本当に最後の忠告だから…。飲もうよ」

「うぶー」


 言葉を発せない彼女は替わりに首を横に振って意思表示をしてきた。

 振り返った目を合わせてにっこり笑う。詩織の体がビクついた。けど、そんなのおかまいなしだ。

 ここぞとばかりに合気道の技を使って自分に引き寄せ、詩織の体を倒して顎を掴んだ。グググっと力を入れて口を開けさせ、


「赤ちゃんじゃないんだから、自分で飲んでよね!!」


 口に一気に粉を入れた。

 瞬間、詩織の目が大きくなって立ち上がってコップに手を取って一気に飲み干した。


「ニガー!!」

「はいはい、もう1杯飲めば?」


 ミネラルウォーターをコップに注ぎながら彼女を見つめる。


「うぇ〜。最悪」


 ため息をついている彼女にもう1度歯磨きするように言うと今度は大人しく言うコトを聞いて歩いて行った。

 -----明日もこんなんだったら、次の手を考えておかないと…。

 確か薬の服用は1日3回の食後だ。朝はいい、けど昼が問題だ。もし熱が下がって学校に行く事になったら、どうやって詩織に薬を飲ませればいいのか。だいたい朝だって困る。今のは不意打ちだったからなんとかいけたのだろうけど、僕より断然強い彼女に今のてはもう通用しないだろう。うーん…ピンと来た!

 -----背中触ってやろう。

 詩織の弱点その2、背中の左側腰の上辺りを思い浮かべながらにんまりと笑った。そうなると、別に嫌がってくれたって面白い。

 -----って、S発言…。

 出てしまったのは本性か、それとも反骨精神か。後者でお願いしたい。


「ねぇいつかしたみたいに手を握っててくれる?」

「…腕出してね」


 眼鏡を掛けたまま団に潜ってから横を向いてやる。出てきた腕を捕まえて電気を消した。


「おやすみ、強引なお医者様」

「おやすみ、おてんばお嬢さん」


 お互いに嫌みを言って目を瞑る。けど、僕は完全に眠る事なんてしない。たまに起きて様子を見てあげないといけないから。暗転してしばらく呼吸を繰り返していたら詩織が寝入ったのが分かった。ゆっくり目を開ける。

 暗さに慣れた目に綺麗な横顔が映ってきた。

 -----そういえばちゃんと寝顔見るのって去年の夜市以来だな。

 あの時も気分が悪いこの子の手を握って様子を見つつ床で寝た。あれはキツかった。起きたら手の色は違って痺れてるし、変な体勢だったから肩も腰も痛かったし、何より床で一晩だったからお尻が耐えられなかった。立ち上がるのだって押さえながらだったし。全く…僕は君に救われてるばっかりな気がしてたけど、意外に僕だってご奉仕してるんじゃないか。まぁ五分五分だね…。

 キュッと手を握ると、反応して握り返してきた。

 ついでに寝返りをうってこっちを向いてきた。サラリ落ちゆく髪に上がってきた詩織の体温…体が凍り付いた。

 決して目の合う事のない目蓋を見つめる。


「あー、起きてる?」


 声を出したけど返事はない。帰ってくるのは小さな寝息だけ。


「完璧寝てる…」


 -----僕を信用し過ぎだってば!!

 心の中で叫んだ。

 いくら何度かこういうことがあって何もなかったからって毎回そうとは限らない。そうだろ? 虎視眈々ってヤツだ。詐欺師の常套手段でもあるね。初めは本物を掴ませといて、信用してきたら詐欺に移る。それと一緒。すでに君は僕の事を信用しきっている…知らないよ、急にガブリと噛まれたって。


 僕は聖者でもなんでもない。親友で男だと思われていなくたって実際は男だもの。押し入れの中にはしっかり見せられないものが仕舞い込まれているし…この状況だって心の奥底ではチャンスだって思ってるかも知れない。少しは自分の可愛さと男心を理解した方がいいね。いつもドキドキさせられて振り回されて…姉さんじゃないけど何も思わないヤツの方がオカしい。そうだよ認めるよ、今日だって実際手を繋がれるのを待っていてしまったし、心臓だって何度も高鳴った。


 今、禁断の箱を開けるのなんて簡単だ。校長のヅラを取るなんかより。

 腕に力を入れて手を引くと、ズズと詩織の体がこちらに流れてきた。反対側の腕を出す。

 目の前の人物の前髪をサラリと横にかきあげた。

 -----淫らな夜に恋焦がれてました!!

 ガバッと起き上がる。

 作り笑い。


「次はないぞ?」


 -----なんて。

 ツンと指で鼻の頭を弾いてから布団の中に手をしまう。ったく、姉さんが僕だったら今頃君は容赦なく今頃組み敷かれてるね。

 枕を自分の頭でまた潰しながら天井を見つめた。

 -----僕の理性万歳。いや、残念か?

 卒業するまでにあと何回こういった事があるのだろう。実際起こってみないと分からないけど…年頃の男の子としては、もうあまり経験はしたくないね。体が持たない。ついでに言うと脳に悪そうだ。

 知ってる? エッチてさ、大脳に起因してるんだって。だから、浮気だとか禁断の恋だとか、そういうしてはいけないと思っている状況、場所でする方が気持ちいいのだとか。ということは、こういうことを考えて抑制している事自体僕の脳に悪いね。受験生なのに。え? もう、しちゃえって? まさか。最近僕はSなんじゃないかと少し自覚し始めたけど、鬼畜ではないから友達に手なんて出せないね。それに、相手は詩織だよ? 天国にイく前に本当の天国に行かされるね。まだ死にたくないし、友達をなくすつもりなんてない。


「ん」


 詩織の声。薄目で横を見る。

 すぐに目を反らした。

 ゆっくり目を閉じる。

 -----お休み、僕の小悪魔さん…。


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