めろめろキャンディ #1
「もう事後報告は止めてくれる?」
「だってなー、山田くんにカノジョ出来たりなんていう、まさかが起きたから」
「あれは!!…もういい」
会話の相手は親友末長。いつも何かを行動をする直前に僕の了承を得るということを繰り返している人物だ。まぁ姉さんと違って何かをする前に伝えてくれるし、許容の範囲内だから特に何も言うコトなく、彼を受け入れている。今日もそのパターン。さて、本日の彼の事後報告っていうのは今から僕の家に神無月さんと詩織がやってきて4人でクレープパーティをしようというのだ。なぜクレープなのかというと、神無月さんが好きだという理由だけ。で、末長が一足先にホットプレートを持ってきたというワケ。
「言っとくけど、僕の家にフルーツなんてないよ?」
「大丈夫。女子2人が生クリームとかフルーツとか買いに行っているから」
「そう」
-----全く準備のいいことで…。
要領の良さに感心しながら半分呆れのため息をついた。もし、僕がどこかに出掛けているということは想像しなかったのかと思いつつ、そういえば昨日の夜、詩織から今日の予定はあるかなんて聞かれたことを思い出した。準備は家主の知らないトコロで着々と進められていた訳だ。ホント、皆の行動力と僕の暇さを呪いたい。ま、誘ってくれたからいいか。
「コンセント借りるからな」
「うん」
まだ特にすることはないため、机の真ん中にホットプレートをセットしたまま2人であぐらをかいてテレビを見始めた。
冷たいフローリングに手を当ててポケーッとしていると、末長が視界の端でこっちを向いて座り直したのが見えた。来るなと思いつつ、黙ったままリモコンを手に取り音量を下げる。名前を呼ばれ、目線をゆっくり親友に向けながら返事をした。
「僕たちがさ…付き合ってもう4ヶ月過ぎたの知ってるよな」
「美羽さんと?」(神無月さんの下の名前は美羽です。)
「下の名前で呼ぶな、阿呆の山田」
「で?」
「……」
次に繋がる言葉はなんとなく察しはついている。けど…それが僕の想像を飛び越えている可能性もある。
黙って彼を見つめた。
無言30秒経過、…1分経過。わかった、僕が言うのを待っているのだろう。
顔を反らして天井を見つめて喉に空気を送った。
「そろそろ…って言いたいのかな?」
「まぁ」
「僕がまだ死なない程度だよね?」
「ああ」
-----チュウか…。
ニヤけそうになるのを鼻をすすって耐えた。付き合い始めたことを報告してきた時は僕がビックリして死んでしまうことをするまで何も言わないなんて言っていたくせに…相談したら言ったのと一緒だよ。
-----ああ、これが彼なりの報告なのかな?
勝手に一人で解釈して頷いた。
まぁそんなことはどうでもいい、彼の悩みは次のステップであるチュウに進みたいと言うことらしい。でもこれって僕が何か言ったからどうにかなるような物じゃないよね。ということは…4ヶ月でそう言うことをしていいものか、と聞きたいのだろう。うーん、僕に聞くより経験豊富な田畑くんに聞いた方が…いやいや、彼はダメだ。手を出すのが早すぎる子だから。むむむ。
「山田くんの意見を聞きたいんだよ」
悩んでいると末長が隣でさらに困ることを言ってきた。
-----僕の意見って…。
僕ならどうするかってことだろ? カノジョが出来て4ヶ月かぁ、経験ないから分からないけど…うわ、想像するのも無理。
そう言おうと思って隣を見ると真剣な表情の末長。こんな意見、言えない。すぐに方向転換した。
「相手がOKそうだったら…」
「だよなー」
末長の声を聞きながらあらぬ方向を見たら、ヘルメットが目に入った。
-----ヤバ。
ある意味、(理性が)ぶち切れてしでかしたことを思い出した。かぶりを振る。あれはヘルメット越しであって、実際に距離に直すと多分3cmは離れていたのだ。詩織の唇が当ったのだって、ヘルメットだ。……。僕は酷いヤツなんかじゃないよね?
「た、タイミングって」
「き、聞かないでよ!!!」
顔を合わせ、2人で真っ赤になって「うあー」と声を出して床に転がった。お互いに思ってる、自分たちは馬鹿なんじゃないだろうかって。でも、そうするしか出来ない。男の子って言うのも、難しい生き物なんだよ、ナイーブなの!
フローリングの伸びたまま、床にオデコを並んでくっ付けて同時にため息を吐いた。
「ごめん、頼りにならなくて」
「期待はしてなかったから、いい」
一瞬、む…なんて思ったけど、仕方ない。だってこの有様だもの。男2人で何やってるんだって話だよ。それもこれも末長が意外に奥手だから…。
「もう、しちゃいなよ。その場合…部屋は提供しないけど」
「人前でするわけないだろ?」
腕立て伏せをするようにゆっくり起き上がり、半回転した。
テレビのリモコンを拾って音量を上げた。
「ま、走り出したら止まれないからね、末長は」
「山田くんもな」
はははは、といつかした高笑いをした。
インターフォンがなる。ゆっくり立ち上がってわざと末長の太ももを踏んで玄関へ行った。
「ねぇ苺は全部切る?」
「丸ごとを少し残して後は切っちゃおうよ」
台所で包丁を握ってキャッキャしながら女の子がはしゃいでいる様子をチラ見して末長と一緒にホットプレートに乗ったクレープ生地を眺めた。仰せつかった役割はただひたすら焼くこと。そしてある程度焼けたら冷蔵庫に入れて冷ますっていうのを繰り返すってことだ。
正直、たいした作業ではないからすぐに枚数が焼けて何度も冷蔵庫を往復する。
「末長って甘い物好きだったっけ?」
「食べないことはないけど、そこまでだな」
内容があるようでないような話を繰り返した。
しばらくしたら大きなお皿に一杯フルーツが盛られてきた。ホットプレートの電源を落として邪魔にならないように台所に持っていき、その帰りに初めの方に冷やし始めた生地の山をテーブルに持っていった。
女の子2人が合唱をしてすぐさま手を伸ばした。
「神無月ちゃんは生クリームどのくらい?」
「いっぱーい」
お互いに載せ合いっこしてクルクル包んでいる。
「…末長にもしてあげようか?」
「キモイわ!」
冗談は一喝されてしまったので、仕方なく自分で好きな具材を入れてグルグル丸めた。
…それにしても女の子はよく食べる。ご飯系なら僕らの方がいっぱい食べているけど、なんたって甘い物をひたすら食べることが出来るのか、何度考えても不思議で仕様がない。あー、塩っぽいモノ欲しい。
末長も同じ考えに至ったらしく、手を止めて僕と一緒にクレープではなくテレビに目線を向けている。
と、詩織が急に立ち上がって僕を見下ろしてにっこり笑った。
何か聞く前に足の先が台所の方へ向いた。不思議に思って見ていると、冷蔵庫の前で脚が止まった。
「もうクレープ生地はないよ?」
「いいのよ」
言いながら冷蔵庫の上の部分のドアを開けた。そっちは冷凍室の方だ。
にこにこしながら戻ってきたその手にはアイスのカップが収まっていた。なるほど、クレープの中に挟む気なのだろう。感心して見ていると腕を肘で突つかれた。
「勝手知ったる…」
驚いて横を見ると末長がニヤニヤしていた。苦笑いをすると今度は向こうから声。
「詩織っちホイホイ…」
----そんな、ゴキブリみたいに…。
鼻を鳴らして笑い、細めた目で末長をじろじろ見た。
そして向かい側でアイスを掬ってクレープにアイスを落とそうとしている親友の目を手で覆った。そのまま僕も窓の外を見上げた。
「タイミングは今だと思う」
「ばっ!!!!」
「ユーヤ、アイスが見えないじゃない」
「何の?」
三重奏を聞きながらほくそ笑む。
多分そんなことするわけないんだろうけど、ニヤニヤが止まらない。もう、部屋でされたっていいっていうか、してほしいから!!
頭を叩かれた。
振り返れば顔を真っ赤にした男の親友。
「した?」
「山田くんの大馬鹿野郎」
にっこり笑って詩織から手を離した。
途端、アイスがスプーンから滑り落ちて詩織の服に付いた。
「「あ」」
固まった僕らにおかまいなしに詩織が「溶けるー」と言いながら、カップアイスを頬張り始めた。服よりアイス…らしい。
立ち上がってクローゼットを開いた。
「ごめん。脱衣所で着替えて来なよ。責任持って洗っとくから」
「わかったわ。じゃあ、こないだ借りたピンクので。他の大きいのよ」
「はいはい」
-----ハッ!!
気づいた時には遅かった。
背中に今度は末長のイヤらしい視線を感じた。ロボットのように首だけ動かすと口パクで「進んでるー」と言ってきた。げんなりした。この部屋じゃ絶対的に僕の不利だ。詩織がアイスを食べ終わると同時に指定された服を手渡してキッチンに続くドアを閉めた。
「誤解していいか?」
「ダメ」
元の場所に腰を下ろしながらチロリと睨む。
と、今度は神無月さんが墓穴(?)を掘った。
「さっきの“タイミングは今”って何?」
「それはすんぐ…」
口を塞がれた。2人でにらみ合って、テレパシーを飛ばす。これでイーブンだと。
太ももを蹴られた。
-----仕方ないなぁ。
これで本当にチャラにしておいてあげよう。
「末長と一緒に詩織にイタズラしようと思ってたんだけど…まぁ失敗したから。気にしないで」
苦しい言い訳を取り繕って笑うと「どんなよ〜?」と笑われた。苦笑して「今度は神無月さんにそのうちするから内緒」と言っておいた。
-----しておけば、悩みも解消したし、こんな言い訳しなくて済んだのに…。
唇を突き出し、タイミングを誤った(?)を親友を盗み見た。多分、近いうちにするとは思うけど…教えてもらえないような気がする。それこそ、僕が死んでしまうようなコトするまで。早く、僕も神無月さんも天国に送ってよ。
「ねぇ、時間もあることだし、片付け終わったらどこか行かない?」
「賛成〜天気いいしね。ちょっと熱いし、近くの川なんてどうかな」
「あ、だったらスリッパ持ってくれば良かったわね」
「ねー」
2人してまたもや盛り上がりも見せる女子を末長と一緒に眺めた。