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柴犬の尊敬

 -----なんか面白いのないかな。

 平積みされた小説の前をゆっくり歩きながら題名を見て歩く。そう言えば今日当りに、集めているシリーズの本が出るって他の本に挟まっていた広告でみた記憶があった。方向転換をして新刊コーナーへ行くと、見やすいように斜めに立てかけられた本達が並んでいた。シリーズ物といっても、この作者は毎回題名を変えてくる…だから著者名で探さなくちゃいけない。目で名前を探しながら、1歩ずつ脚をずらしていった。

 -----河野安彦、河野安彦…あった。

 スッと手を伸ばすと、隣からも手が伸びてきていてぶつかった。

 細くて長い指をしたピアニストのような手の持ち主を見れば、少しだけ顔色の悪そうな、でもそれが逆に魅力的なお姉さん。彼女は僕に一礼すると「貴方も河野さんのファンですか?」とはにかみながら聞いてきて…なんて運命的な出会いだったらよかった…。残念、手がぶつかったのは指の綺麗なピアニストさんでもなければ、女の人でもない。


「山田先輩!!」


 この呼び方する人なんだけど分かるかな? そう、先日3-Bにいきなり飛び込んできて僕に弟子入りを頼んだ後、現在詩織を師匠と崇め、しかも可哀想なことにスパルタな武道の指導を受けている柴犬(黒&子犬)こと、大正学園1年生の聡だ。


「しば…聡」

「今、俺のこと柴犬って言おうとしただろ?」


 笑って誤摩化し、一度引っ込めた手を出して本を掴んだ。


「好きなの?」

「いや、ドラマでこのシリーズのやつやってたから、面白いのかと思って。集めてみようかと思ったんだ」

「ふーん。でもこれ結構出てるよ? これで7シリーズ目だから」

「え!?」


 どうやら知らなかったらしい。本を手に取って「げ」なんて言っている。さらに値段を見てもう一度「げ」と顔を引きつらせた。まぁ、そうだろうね。分厚いしハードカバーだから1冊2000円はするもの。それを今から7冊だなんて、高校生にはちょっとキツいよね。

 渋々元の位置に戻す彼に笑いかける。


「よければうちに来る? 揃ってるから、貸すよ?」

「いいのか!?」


 頷くとキュンキュン言って付いてきた。





「あがっていいのか?」

「うん。特に何もないけど」


 言うなり靴を脱ぎ捨てパタパタ中に入っていく。

 -----柴犬、子犬。

 スニーカーを揃えてやりながら僕も中に入ると、すでに本を見つけて引っ張りだそうとしていた。その顔は目がキラキラして、もう読みたくてたまらないといった感じだ。「どうぞ」というと大きく頷いて、あぐらをかいてすぐさま読み始めた。ないのにはっきりと見える、振っている尻尾が…。

 -----っと、そういえば今日はハイターかけようと思ってたんだっけ。

 窓を開けて換気状態を良くし、洗面台と流し台にハイターを流し込んだ。文明の利器だと思う。これ1本で掃除が驚くほど楽になるなんて。ああ、完全なる主婦状態だ、まぁ一人暮らしもそろそろ1年になるからこんなもんかな。

 満足感を覚え、聡の横で僕も、どピンクのクッションをお腹に抱えて、今日買ったばかりの本に目を走らせた。


 インターフォンがなった。

 覗き穴を覗けば、何も見えなかった。多分、向こう側から指か何かで塞がれているのだろう。こんなことをするのは勿論、1人しかいない訳で…ドアを開けて冗談から始める。


「もうストーカーさんは十分なんですけど?」

「残念、パズル持ってきてないわ。デージーの花も」


 言いながらニッと笑って袋を突きつけてきた。透明なビニール袋の中には大きなキャベツが2つ。


「どうしたの、コレ」

「ホテルで余っちゃったみたいだから貰ってきたの。冷蔵庫入る?」

「一つは…。あ、今聡が来てるんだけど、聡に1つ持って帰ってもらおうか」


 言うなり2人で部屋の奥を見ると彼は本に夢中で詩織に気がついていない様子だ。イタズラな笑みを僕に向けて、鞄を預けながらゆっくりと靴を脱いでいる。脅かすつもりなのだろう。何も言わず、冷蔵庫へ1つキャベツを入れた。

 部屋に戻ると、詩織が聡の後ろに膝をついて僕に目配せをしてきた。そして素早い動きで彼の目を手で覆った。だから僕が声を出す。


「ダーレだ?」

「な、山田先輩しかいないだろ!? 男同士でこんなことされても嬉しく、うわぁ!!」


 手を退けながら振り返って座ったまま飛び上がった。真っ赤な顔して胸の辺りを押さえて呼吸を整えている。くくく、人が悪戯するのを見るっていうのも凄く楽しい。口を押さえながら聡にキャベツが入ったビニール袋を差し出した。

 ポケっとした顔で目を合わしてきた。訳が分からないのだろう。


「詩織がキャベツ持ってきてくれたんだけど、1つ入りそうにないんだ。持って帰ってよ」

「う、うん」


 受け取りながら詩織の顔をジロジロ見ては、はぁとため息付いている。恋でもしたの?


「何?」

「いや、俺はヅラじゃなくて良かったなって」


 どうやら恋じゃなくて呆れのため息だったようだ。僕らのイタズラの噂を聞いて、今のと合わせて合点したのだろう。この2人ならやってても可笑しくないって。まぁ僕の場合はストレス発散のためにやっただけで、そんな風に思われるのは少し心外だけど、仕方ない。やらかしたコトが大きかったのだ。ぷぷ、また思い出しちゃった。ヅラが回転した瞬間を。


「先輩達2人って、ホント仲いいよな。喧嘩、したことないんじゃないのか?」


 本にしおりを挟みながら、聡がこっちを向きながら座り直した。

 仲いい…今まで言われたことあるような無いような、ある意味新鮮な言葉を聞いた気がした。言われてみれば、確かに学校も帰るのも一緒、春休みは塾に通っていたから毎日のように顔を合わせたし、一緒にいる割にはケンカをしていない気がする。でもまぁそれってさ、


「まぁ。僕が引き際を知ってるからね」


 詩織と僕の性格の違いだよね。彼女は引くことを知らない意地っ張りさんだけど、僕はそんなことない。もし僕まで意地っ張りだったら、姉さんとKENさんのように顔を合わせる度ケンカだろう。


「そうね、そうかも知れないわ」

「幼なじみだったり?」

「違うわ、じゃなきゃユーヤはこんなとこに一人暮らしなんてしてないわよ」


 ポンと手を打って確かにと言っている。


「じゃあ、初めて会ったのは学校なのか」

「いや…」


 2人で顔を見合わせて言葉に詰まった。

 だってなんて説明していいか分からないからだ。正直に話せばこうなる、僕が日直の手伝いで遅くなった時にケンカしてた詩織に凄まれている途中で、不良達に追いかけられたから逃げて家に押し込んだのが始まりです、だ。なんていうか、聞こえ悪くない? 家に押し込むなんて…言い方の問題かな? 連れ込む、さらに悪い気がする。引っぱり入れる、これも適切じゃない気がする。招き入れる、初対面なのに?


「学校の帰り…かな」


 柴犬が小首をかしげた。

 でも次の言葉は言わせてあげない。だって僕がタラシみたいじゃないか、出会ってすぐ家に入れただなんて。あ、しかもよく考えればその後、うちに泊めたな。うわ、絶対誰にも言えない。。。


「で、詩織は他にしたいことあって来たんじゃないの?」

「そうそう。もう化学の宿題した? なんか難しくって教えてもらおうと思って来たのよ」


 詩織も同じ考えに至ったかは定かではないが、聡を誤摩化すように僕の口裏に合わせるよう、ささっと付いて来た。そういう察しのいいトコ、好きな部分だと思う。っと、化学の宿題だっけ、そういえばまだやってない。


「聡、宿題しててもいい?」

「うん。勝手に読んでる。ほかの本も見てみていいか?」

「自由にしていいよ。詩織、他のとこやった?」

「それ以降はしてないわ」

「わかった。すぐ追いつくから」


 ファイルからプリントを取り出して、テーブルで詩織と向かい合わせに宿題をこなしていく。シーンとした部屋の中で、カリカリというペンの走る音と聡が動く音だけが聞こえ、すぐに集中することができた。と、聡が急に大きな声を上げた。


「どうしたの?」


 振り返ることはせず、シャーペンを動かしながら聞いた。


「山田先輩…こういうのを普通に部屋の目立つとこに置いておくのは、ちょっと…」

「は?」


 思わず顔をしかめた。置いてマズい物なんて部屋に出しておく訳はない、そうだろ? でも、聡の声が明らかに警笛を鳴らている。ペンを握ったまま振り返ると男の人の半裸写真があった。いや、誤解しないで欲しい。別にアニキが好きな訳じゃない。これは…


「今月のaMaMの付録でしょ? それ、捨てようと思って…」

「aMaM?」


 そうか、普通の男の子は女性誌なんてみないから分からないのだろう。未だ僕のことを誤解したような目で見る聡をたしなめる。


「女性用ファッション雑誌の名称」

「そ、そんなの読んでるのか!?」

「詩織の」


 姉さんのことから話さないといけないのは凄く面倒だ。勝手に詩織の物だと言い放ってペンを握り直した。


「で…スクロースは還元性を示さないけど、グルコースとフルクトースは示すから…」

「じゃあ答えは乳酸ね」

「うん」

「終わったー!!」


 両手を上げて伸びをした後詩織が机に突っ伏した。と、すぐに僕の顔を見て口パクで「アイス」と言って来た。推測するに、キャベツと宿題は口実でアイスが食べたかったからうちに来たのだろう。別に、いいけどね。


「あ、でも食べる前に手を洗いたいんだけど。ほら、鉛筆で手、汚れちゃったのよ」

「洗ってきなよ。あ、でも今、キッチンと洗面台にハイターかけてるから悪いんだけど、お風呂場で洗ってくれる?」

「わかったわ。じゃあ私、ストロベリーね」


 返事をするとニコニコ笑いながら起き上がって手をブラブラさせながら部屋を出て行った。

 僕も立ち上がりながら聡に声をかける。


「聡、アイスは何味が好き?」

「バニラ」

「残念、バニラはもうないんだ。バニラチョコチップならまだ残ってるけど、それでいい?」


 尻尾を振りながら頷いている。前々から思っていたけど、食べ物でつられるタイプだ。扱いやすいというかなんというか、可愛い奴。

 -----男だけど。


「キャ!!」

「「キャ?」」


 男2人で顔を見合わせた。


「ゴキーさんか!?」

「うーん、じゃあお湯湧かさないと。殺虫剤ないんだよ」


 -----引っ越して来て1度も見たことなかったんだけど。

 首を捻ねる。まぁアパートなんだから出ても可笑しくはないが。昼間っからっていうのが不吉だ。まぁ夜出たら出たで嫌だけど。ため息をつきながら顔を向けると…


「ちょ!!」

「うわ!!」


 目を伏せた。

 だって…髪はビショ濡れ、薄ピンクのシャツも濡れてキャミソールとはいえ下着が透けている詩織が「やだー」なんて言いながら部屋に入って来たから。

 多分、後ろで見えないが聡も同じようなことをしていることだろう。で、同じように顔を赤くしてるハズ…。


「あっち向いて!!」

「えー?」


 ブチブチ文句を言いながらも足先が反対側を向いたのを確認してから顔を上げた。

 -----何やってるんだよ、もぅ。

 僕がそのままシャワーに回しておいたまんまだったからいけないっていうのか? 違うよね?

 すぐさまタンスからTシャツとパーカーを引っ張りだして足下に投げてやる。


「ズボンは濡れてないよね?」

「ええ、靴下はダメだけど」

「じゃあ着替えたら貸すから、とりあえず上だけ先に替えて!」


 語尾強くキッチンと部屋の間にあるドアを勢い良く閉めた。


「「はー」」


 2人でため息をつきながら向かい合う。

 僕はテーブルの前に腰を下ろし、聡は真っ赤な顔でどこかに目を泳がせた後、俯き加減で口を開いた。


「いつもあんななのか?」

「たまに」


 頬杖付きながら窓の外を見た。

 洗濯物が風に揺られている。

 目を合わせると、顔色が少し戻った聡がため息をついた。何?


「転校したのって」

「もうすぐ1年になるよ」

「1年間もあんな…。山田先輩を改めて尊敬した…」

「うん。誰も褒めてくれないからもっと褒めてよ」



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