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プール開き

 学校に行く道を歩きながら僕は、生気のかけらもない何度目かのため息をついた。

 夏も近いこともあってか、アスファルトの地面からムワッした熱気があがり、日差しは刺すように鋭く、汗が染み込んだ下着がじっとりとまとわりついてきて気持ち悪い。思わず歩を進めるのを止めた。別に暑いせいじゃない。

 昨日の事件の後、末長から電話があった。なんでも僕が走り去っていった後、大変だったらしいのだ。その内容を簡単にまとめるとこうらしい。


 一、番長が倒れているということで、A組の奴らが「山田裕也は何処に行った」と騒ぎまくっていたこと。

 一、学内でケンカがあったということで職員室も騒然となったこと。

 一、やっぱり山田裕也は伝説の男の弟なんだと一気に全校生徒に広まってしまったということ。


「ぁあー、どうしよう」


 頭を抱えてその場に座り込んだ。言ったところでどうにかなる問題ではないが、声を出さずにはいられなかった。なんたって五十嵐番長を自分が倒したということになってしまっているのだから。

 ----学校行きたくないな。

 そう思うものの、一度親に無理行って転校させてもらっている手前、ズル休みをするというのは性格上にも絶対できるはずがなく。こうして僕は気分が全く乗らないまま学校に向かっているという訳である。


「気分でも悪いのぉ?」


 視界の中に真っ黒なローファーが見えた。むむ、うちの学校指定の…。それだけで吐き気がする程、気分はさらに落ちていく。


「…山田…くんだよねぇ」


 名前を呼ばれて始めて天を仰いだ。赤ふち眼鏡に少し栗色をしたミディアムの髪の毛、鼻筋が通った鼻に少したれ目で、どちらかといえば童顔萌え系の眼鏡っ子タイプに入る…あれ、どこかで見たことあるような…

 立ち上がりながら頭の中で顔検索を始める。えーと、一度見た顔は忘れないんだけど、名前なんだったかな?


「鮎川…(あゆかわ かなで)さんだっけ、思い出した、委員長だ」

「はい」


 嬉しそうに満面の笑顔で返事をしてくる。えくぼと声優のような可愛い声が印象的だ。結構、僕の好みかも。


「急がないと、学校遅れちゃいますよぉ?」

「あーうん。なんていうか、行きたくないなーなんて…」

「昨日のことで、ですかぁ?」

「いや…はは」


 笑うしかない。きっと彼女も僕に声をかける気なんてなかったのに、呼びかけてしまって後悔しているはずだ。噂は既に全校生徒に広まってしまっている、まして同じクラスであれば尚更、あの話題を知らないはずがない。


「私、嘘だって思ってますよ、あの話。噂なんて所詮、噂でしかないですし。一番信じられないものの一つですぅ」

「本当に?」

「ホントです、じゃなきゃ声なんてかけません」


 ウィンクをしてくる彼女は、眼鏡っ子だというのに意外に明るい。敬語で話す姿も委員長らしいっちゃらしいし、ちょっと語尾を伸ばして言うところも、所謂隙があるって奴に思えてなんだか可愛い。もし僕にも男女交際のチャンスがあるならば、こういう女の子と付き合いたい。

 ぽーっと眺めるだけの僕を見て、困ったような顔をする。


「あ、でも一緒に登校したら虹村さんに怒られちゃいますかね?」


 そっちは信じてるのね。


「別に付き合ってる訳じゃないよ」

「本当!?」


 両手を叩いて上目遣い&喜色満面で目を合わせてきた。かあいい、いいなぁ和む感じ?

 彼女のおかげで行く気を取り戻し、並んで校内に入ったのはいいけれど、味方なのはやっぱり彼女だけだった。

 あらゆる方向から浮説が飛び込んでくる。番長を指一歩んで倒しただの、避ける様はまるでバトリックスだっただの、虹村詩織とはいくところまでイッてしまっているのだの、走ったまま隣の学校に殴り込み行っただの、ここらへんを仕切るヤクザのなんとか組は僕の指揮下にあるのだの、自衛隊を一声で動かせるだの、まったく本当のことが一つもなかった。伝説の男も、当時はこんなだったのかな?


 教室に入れば入ったで、末長にどうして手を繋いでいただの、なんでクラスNo2の委員長と一緒に登校してくるのかだの、お前は少年漫画の主人公かだのと責められ続けた。坂東に助けを求めようにも「新入りのゴールドについて調べなくてはいけませんので」と、全く相手にしてもらえなかった。

 約束の地はどこにあるのか? やはり委員長しかいないのか?

 授業中はそればかりを考えていた。


「ユーヤ、ユーヤってば!」


 名前を呼ばれて覚醒する。隣を見れば、かなり近所に詩織の顔。


「うわっ」

「もー。次水泳だからジュゴンに怒られるよ」


 手を振りながら走っていく彼女を見ながら、ゆっくり立ち上がった。

 今日から僕たちのクラスも水泳の授業が行われることになっていた。なんでもこの1週間は学校指定の衣替え時期であると同時に、プール開きの期間でもあるらしく、そういえば校庭の端からはしゃぐ声が聞こえていたことを思い出す。

 僕はといえば、前に通っていた学校が水泳の授業を行っていなかったため、スクール水着を持っていないと体育教師のジュゴンに伝えたところ「来週までに用意するように」と言われたので、今日は見学役に徹するという訳だ。制服のままでいいらしいので、着替える時間がない分ゆっくり出来るわけだが、如何せんどうしたらいいかわからない。

 ふと前を見ると、末長がこっちを見てニヤけていた。


「もう行かないと授業遅れるよ」


 時計の針はすでに授業開始5分前を指している。更衣室に行って着替え始めなければ、間に合わない時間だ。


「ふふふ、心配は無用」


 眼鏡もかけていないのに、末長の目がキラリと光った。

 な、なんだ?!


「僕も今日は見学だからね。ふふ、ふふふ」

「え、君も?」

「ふふ、気づいていないのかい、僕は今日の朝思いっきり脚をくじいてしまったのさ」


 そう言いつつ、不幸な境遇の脚を浮かせてみせた。

 しかし、僕は頭をひねらざる得ない。彼なら「同じ水の中で女の子と…」なんて言いそうだったから、てっきりプールに入れないことを嘆いているかと思いきや、不気味な笑いを漏らしている。ご機嫌な様子を問うと、


「プールの授業はさ、女子は比較的自由なんだけど、男子は毎回500mとか泳がされて女子を盗み見るどころじゃない。見学なら誰にも邪魔されずに、舐めるように、水着姿が堪能できるじゃないか!!」


 カッと目を見開いて、高笑いを始めた。

 女の敵だコイツ。

 壊れた人形のように笑うことを止めない、ある意味ホラー末長をプールサイドまで引っ張っていった。ジュゴンに言われた通り、先生の後ろでプールを眺める格好で体育座りをし、大人しく皆の入場を待った。本当は末長と話したかったのだけど、話しかけたらもの凄い形相で「何人たりとも俺の邪魔はさせん!」と聞いたことのあるフレーズで一喝されてしまった。

 シャワーから水が出てくる音に遅れて高い声が聞こえてきた。

 -----冷たそうだなぁ。

 天気はいいとはいえ、まだ6月下旬。気温は高いとは言えど、水温がどうかと言われれば違うはず。キラリ、キラリと光る水面を見つめながら目を細めた。


「うぉおお。来た、女子だ!!」


 末長は興奮したような声を上げ、隣にいる僕の膝をバシバシ叩いた。お前は野球中継を見ている親父か?

 そういえば、更衣室で1人だった詩織は大丈夫だっただろうか? あれだけのプロポーション、女子が黙って見ているはずがない。先日の朝、見てしまった詩織の下着姿を思い出してしまい、ブンブンと頭を振った。


「こんなところで高みの見物?」


 濡れた長い髪を束ねながら、両膝を付いてにっこり笑う詩織。

 ----ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!! 太もも、胸、くびれ、じゃない、近過ぎだよー!!


「お、お、お、お美しい!! 人魚姫だ…」


 しまった!! 見とれてしまっていた分、プッツンワードを防ぐのを怠ってしまったことに後悔する。が、彼女は何事もなくにこにこ笑って、末長に手を振っている。あまりに怪訝そうな顔をしていたのか、詩織がコソコソ話をする素振りを見せた。


「実は、耳栓入ってるの。水泳だから全然おかしくないでしょ?」


 なるほど。

 感心して頷いていると、詩織は僕にも手を振って水の中へ飛び込んで行った。


「はぁああ。天国、ここは天国なのかい?」

「そう…かもね」


 プールを真ん中で隔てるブイの向こう側では、ジュゴンが拡声器を持って男子生徒をしごいていた。 


「唯一残念なのは、写真を撮れないってことだよね」

「撮る気だったの?」


 呆れて末長を見た。一瞬、彼に後光が射した。

 わけはなく、振り返るとフェンスの向こうにカメラを構えた五十嵐番長とその手下A&B。


「「あー!!」」


 お互いに指を指して仰け反った。

 ----何撮ってるんだよ、犯罪だよ。

 言うが早いか、末長が番長の方へ歩いていった。


「後でデータ下さい」


 胸ポケットから徐に紙とペンを出し、まるで芸能人がサインを書くようにスラスラと何か書いて渡した。


「報酬は、勉強する詩織さんの写真…でどうでしょう?」

「ノった」

 あれのどこが、昔かたぎの不良だよ。昔かたぎってのは硬派じゃないの?

 2人が怪しげな協定を結んだ頃、拡声器からジュゴンの怒号が耳を突き抜けた。


「お前ら何やっとる!? A組、貴様らー!!」


 拡声器特有の高い音と同じ速度かと思う程早く、ジュゴンが跳んできて末長と番長、手下A&Bをゴンケツで殴った。

 半分泣き顔で帰ってきた親友。僕は同乗することすら出来ずに、


「自業自得だよ」 とだけ言った。

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