池田屋、二階。縦書き表示RDF


少しグロ要素を含みます。ご注意ください。史実では新選組の沖田総司は池田屋で吐血していません。
池田屋、二階。
作:acha


 「……旦那、時間切れだよ」






 血生臭い旅館の一室で、自らが斬った肉片にもたれ掛かる主人に時を告げる。

















襖や障子には幾つもの刀傷が咲き、
鮮血滴る元人間の死体からは臓器が顔を覗かせていた。



たっぷりと生き血を啜った畳はどす黒く変色している。



























 彼が身に纏う浅葱色の隊服は鮮血に染まり、
右手に握るのは愛刀の代わりに鮮やかな朱色だった。






























 「もう、そんな時間なんですね」









彼はその言葉を噛み締めるように、
ゆっくりと朱色に染まった右手を仰ぐ。















 下の階からは、乱闘する喧騒が伝わってくる。






先程の彼と同じように、一階の彼らもまた、
浅葱色を鮮血に染めているのだろう。


















 そっと彼に近寄って、隣に腰を下ろす。



彼の顔に掛かる漆黒の髪を、静かに撫でた。



 すると甘えるように、瞼を閉じて、彼は力無く微笑む。





















 刀と刀が重なる音、生身の肉に刃が食い込む湿った音が、
熱気と共に包まれる。





裏口から、正面から、砂埃を舞い上がらせ、
この旅館に踏み込む幾千の足音、
それがこの熱気を加速させた。







































 ……最後に、頼まれごとをしてくれませんか。



と色のない唇で囁く。



 無言のあたしを肯定ととったのか、彼は続けた。

































 “坂本龍馬を、斬ってください”




































 そんな望み、わかりきったこと。
最後まで貴方は、隊長として朽ちていくのね。












 再び大きく咳き込んだ彼の手のひらには、
また新しい朱色が咲き誇る。





ひゅーひゅーと喉を鳴らして、額から汗が滲み出した。

















 ――侵食が、始まった。

















 もう少しだけ、夢を見させて欲しかった。



もう少しだけ、貴方のそばに居たかった。












 こうなることは、最初からわかっていたのにね。





 たとえこの交わりが、
禁忌の理に触れても、

貴方が笑ってくれるなら。









 遠いあの日に結んだ契約は、恐怖するくらいに、
貴方を強くさせた。



天才剣士の名を欲しいままにして、その刃は貴方自身と、
貴方のたった一つの居場所を守るために振るわれた。








 貴方の優しさがあたしを救って、
あたしの弱さが貴方をいずれ、滅ぼすことになる。





いつかあたしは、貴方の魂を喰い尽くして。

貴方の屍だけが、この世に残る。








 醜いあたしは、貴方の澄んだ瞳を、
少しでも美しく泳げたのかな。



 貴方と過ごした歳月も、いずれは雲に紛れて霞んでしまうの。



 交わることのない唇、重なることのない肌、これから先ずっと。









 ふいに、生暖かい雫が、頬を濡らした。












 「鬼の貴女でも、涙は流れるんですね……」





蚊の鳴くような声で、うっとりと彼は呟く。














 こんなにも心が通じていても、
触れ合うことさえ許されない。



 想いを伝えることさえ、
言葉にすることさえ、
それは一瞬で溶け出してしまう。















 唯、あたしだけを見て、笑顔をください。



 この先、幾月の時が流れても、貴方のことだけは、
心に焼きつくように。



 美しくて悲しい、貴方の心音を忘れぬように。
























 「綺麗な妖さん、愛してます」












 ほら、貴方はそう、虚しい嘘を吐く。






その一言があたしの心を満たしていくの。












 本当はすべてを貴方に捧げたいのに。

弱いあたし。
醜いあたし。
穢れたあたし。












































 あたしの最後の悪あがきよ。



貴方の魂、ゆっくりゆっくり、味わって。



 ゆっくりゆっくり、旅立たせてあげる。





 この浮世に少しでも、長く、
貴方の心を留めるため。



貴方の心に少しでも、長く、
あたしの記憶を留めるため。



 そしてほんの少しの罪滅ぼし。





















二度と瞳をあわせることはないけれど。



二度と言葉を交わすことはないけれど。

































 輪廻する貴方を、見守っているから。


拙い文章で申し訳ないです。ありがとうございました。













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