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What is Love?

作者:夕月永羽
「愛とはいったい何であろうか」こう質問された時あなたならなんと答えますか。
ある人は、愛は真実だと述べ、また、愛は感じることであると言った。他にも多くの人が、多く多くの言葉で愛を語っていた。とりわけ興味深いのは、マザーテレサの残した言葉だ。
The opposite of love is not hate, it's indifference.
和訳すると「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」なぜ興味深いかだって。だって、愛の反対が無関心だったしても、無関心の対義語が愛になることは無い。対義語とは、本来双方向で結ばれる関係である。なら、マザーテレサの言う愛の定義は間違いなのだろうか。マザーテレサの格言をいじって、こう言い換えたらどうだろう。「憎しみの反対は愛ではなく無関だ」案外意味は理解できるし、ちゃんと成り立っているように思える。一般的に、愛と憎しみは対立の関係にあると言っていい。なのに、そのどちらの対義語も無関心だ。なら、愛と憎しみは同質のものだろうか。
もう一度訊ねよう。愛とはいったい何であろうか。愛とは憎しみとなのだろうか。
そんなはずはあるわけがない。もしそうだとしたら、結婚ほど報われないものは無い。世の中の夫婦は十割十分十厘の確率で、どちらかが配偶者を殺している。夫婦の数だけ事件が起こる。そんな世界では人類の半数が警察官で、残りの半数は司法に類する仕事に就くだろう。そして殺し合うのだ。残念なことに――いや間違えた。ありがたいことに、現実はそうではない。日本では愛し合って結婚したにもかかわらず、約三割の夫婦が離婚すると言われているが、よっぽでのことが無い限り配偶者を殺す事件など起こらない。どうやら、愛と憎しみは同じではない。だが残念なことに、愛が憎しみであるという論が否定されただけで、愛が何なのかはわからない。
愛とはいったい何であろうか。愛とはどこにあるのだろうか。
琉水(るな)先輩、そろそろ部室に入れてもらっていいですか。寒くて凍え死にそうです」
目の前の先輩に苦情を申し立てる。部室に到着してから十分以上、外で琉水先輩の演説を聞かされ体が寒さに耐え切れなくなってきた。こうなるのが分かっていたら、杏と一緒に変えていればよかった。
「すぐに入りなよ?穂乃花ちゃんも部員なんだから、許可なんてとらずに入ればいいのに」
間違って先輩の顔を殴り飛ばすところだった。琉水先輩は私より頭一つ分ほど背が低いため、手を伸ばすとちょうど顔に当たるのだ。直前で自制をした自分の右腕が恨めしい。まったく琉水先輩はなんでこうなのだろう。誰が、私の入室を邪魔していたか分かっているのだろうか。
琉水先輩を避けて部室に入る。小さな小部屋を間借りしている我が部室はあまり広くない。中央に学校の勉強机が四つ置いてあるだけなのに、息苦しさを感じる。だが、この小部屋は優秀なもので、なんとエアコンが付いている。今の設定温度は二十度。やや低めだが、かじかんだ体はエアコンが付いているだけでもましだった。
部室には、入口に仁王立ちしている琉水先輩のほかに、もう一人の部員である朱理先輩もいた。二つ並びで向かい合う机の左側に、こちらの方を見て微笑んで座っている。声がしないから今日はまだ来ていないのかと思った。いたのなら、もっと早くに琉水先輩の演説を止めて、私を中に入れてほしかった。
「それで、琉水先輩はなぜ入口で仁王像と化して、愛について語る哲学者になったんですか」
朱理先輩の向かいの席に座り、琉水先輩に聞いてみる。正直まともな回答など期待していない。
「かわいいい後輩への愛を伝えるためだよ」
そうか。愛とは、かわいい後輩を寒い廊下で十分以上も立たせるという事か。なら琉水先輩の否定した愛とは憎しみであるという論理に一票投じさせてもらおう。やっぱり、さっき殴らなかった自分の右腕を恨めしく思う。
「よかったらまだ終わってないから、続きを最後まで聞いてちょうだい」
入口の戸を閉め、私の隣に腰かける。残念だが、琉水先輩の愛の告白を聞くつもりはない。そもそも、愛の告白というふうではない。もっと哲学的な話だ。
これ以上この話につきあうのも面倒だが、私が止めるように言っても聞く耳を持たないだろう。助けを求めて朱理先輩を見るも、彼女は湯呑でお茶を飲みながらニコニコとほほ笑んでいる。学校に湯呑を持ち込こむ人を始めて見たが、そんなことはどうでもよかった。残念ながら朱理先輩は止めるつもりはないらしい。
そしてまた、琉水先輩の私への愛の告白ではなく、愛とは何かの哲学的演説が始まる。私は睡眠欲求に自分が蒔けることを切りせつに願った。
今までの話から、愛が何か分からなくなった。ただ、先ほどの見方はずいぶんひねくれている。類似点を探せば、愛も憎しみも感情だ。誰かに向けられる感情の反対は、誰にも興味を示さない無関心に行き着くのは当然の帰結だ。
だとすれば、愛の正体やいかに。
人間が、生物が生まれてくる最大の理由は、種を反映させること。とりわけ、人以外の生物はそのために生きていると考えて差支えないはずだ。だが、人はそのプロセスに愛という感情を求めてしまう。生まれてから、死ぬまでに種の本能に従い、必然的な行動を起こさせるものが感情。上っ面を取り繕わずいえば、愛とは本能のままに人を行動させる感情、その一言に尽きてしまうのだ。だから、人は愛のままに行動して、後悔するのかもしれない。いろいろと愛について考察はできるものの、結論を言えば愛とは感情であり、人の持つ本能を美化した言い方であると結論付ける。
「瑠璃ちゃんは愛についてどう思う」
瑠璃ちゃんって誰だ。確かに私の苗字は瑠璃川だが、今まで一度もそんな呼び方をしたことは無いだろうに。
「いや、意味わかんないんですけど。愛について語りあうんじゃなくて、琉水先輩が私に告白してる場面じゃないんですか」
女性が女性に告白というのも十分理解不能なのだが、それはおいておく。万が一にも琉水先輩が同性愛者という可能性もありうるのだ。もちろんそんな可能性が一億分の一もないことを私は知っている。
「勘違いじゃないかな。何でそんな話になってるの」
「琉水先輩がさっきそう言ってましたよ。どんだけ記憶力無いんですか」
「勘違いだよ、勘違い。いいから、次は穂乃花ちゃんの番だよ」
あくまで勘違いで押し通すらしい。そしてまた呼び方がいつも通りに戻っている。
「そもそも、なんで愛とは何かだなんて言い出したんですか」
「かくかく、しかじか、人生って色々あるよね」
まったくこの先輩は。
「今の説明で私に入ってきた情報はゼロですよ。もし、分かる人がいれば、それは人じゃありませんね」
かくかく、しかじか、で伝わるのはフィクションだけだ。
「ねえ、そんなことはどうでもいいから、穂乃花ちゃんの意見を早く聞かせてよ」
愛とは何かか。今まで考えたこともなかった。めんどくさいし、言う必要性も感じないが、琉水先輩は答えるまで追いかけてきそうだ。諦めて、思いついたことを適当に話すことにする。
「愛とは執着することです。
誰かを思い好きになる。芸術や音楽に熱を上げる。愛という言葉を使う人は、必ず愛すべき対象を持っている。それに、多分な時間を注ぎ、惜しみなく体力を使う。それが種の生まれ持つ本能であろうと知りながら、愛という無駄な感情に操られ人生を費やす。
人が誰かを好きになった時、人はその人のことを知ろうとする。人が何かにはまった時、人はより深く関わろうとする。そして何より、失うこと、相手が自分から離れていくことを恐れる。愛する人に結婚を申し込み、一緒に暮らしていくのは、離れたくないという感情があるから。好きな曲を何度も効くのは、それに思い入れがあるから。
でも本当にそうなのでしょうか。人の感情はそんなにきれいなのだろうか。例えば、結婚するという事は、誰かを自分の支配下に置くこと。それは独占欲の現れ。何度も同じ曲を聴くのは、自分がその曲が好きだという事を認識したいがため。つまり、自己アイデンティティーがほしいだけ。それを人は愛と呼び、言い換え美化している。
愛とは、貪欲に対象を欲し、得ようとする感情のこと。調べ、感じて、奪い、慈しみ、そして自分のものにしようとする感情のこと。それこそが愛。人間の感情の極み。希望よりも熱く、絶望よりも深いモノ。なら愛には、執着という言葉こそがふさわしい。
だから、愛とは何かと聞かれれば、私は執着することと答えます」
私が口をつぐむと、部室に沈黙が降りる。
朱理先輩はやはり、ニコニコ微笑んで私の話を聞いている。そして時折お茶を飲む。普段ならすぐにでも何か話そうとする琉水先輩は、何かを考えるかのように難しい顔をしている。だが、童顔なため変顔しているようにしか見えない。
せめて誰かコメントしてほしかった。これでは話損だし、いろいろと気恥ずかしい。
「すごい考え方だと思うし、穂乃花ちゃんの言うことも分かるな。なんだけど、やっぱり愛っは、もっと美しいことを指す言葉だと思う。うー、なんて言ったらいいんだろう」
そこで、琉水先輩は言葉を詰まらせる。それ以上何を言っていいのかわからないようだ。
「迂遠的な言い方をしてますが、琉水はあなたのことを心配してるのですよ。良くない考えに取りつかれてるんじゃないかって」
朱理先輩が助け舟を出す。なるほど、確かに琉水先輩らしい。
「私も本気で言ったわけではないですから。ただ、そういう見方もできるって話です。考え方は十人十色だと思います。きっと愛を型にはめようとすることが間違っている。どんな表し方をしても、きっと正解なんだと思いますよ」
私は、カバンから教科書とノートを取り出し、今日の分の課題に取り組む。途中チラッと琉水先輩の方を見ると何故かつまらなさそうな顔をしている。
まったく、私が無視したからと言ってそんなにいじけることは無いのに。本当にかわいい先輩だ。
「良ければ回答を言いましょうか。変わった呼び方をすると思ったら、それが答えだったんです。すぐには気付けませんでした」
私の話し方に、琉水先輩は笑顔で首を横に振る。そして私からノートとペンを取り上げると、短く文章を書いて戻してくる。
『普通に話していいから、ちゃんと説明して』
戻ってきたノートにはそう書いてあった。ありがたいことだ。ルールを守って説明するには、早くも手詰まりだった。
「しりとりですね。誰かが話した言葉の最後の文字から、次の発言を始める。それが今日のルールです。朱理先輩も参加してますよね」
なぜか、今日の琉水先輩は言い回しがおかしいと思っていた。瑠璃ちゃんなんて呼ぶから何事かと思ったが、よく思い返せば、その直前の琉水先輩の最後の言葉は、結論付ける、だから「る」で終わっている。これが最大のヒントになった。しかし、しりとりのルールに従って、よく愛は何かなどという難しい演説が出来たものだ。ところどころ接続詞で強引につないでいる感はあるが、それでも良く会話が成り立っていたものだ。私など、三文でつまってしまったのに。
琉水先輩はまた、私のノートを持っていき次の言葉を書く。
『五十点。まだ半分』
私の会心の答えを琉水先輩に辛辣な評価を下す。
方向性はあっているらしい。なら、もう一度最初から、今日の話を思い返してみる。すぐに残りの答えは見つかった。
「私が部室にいる間に限り、私以外の全員がしりとりで話をする、ですね」
『正解』
琉水先輩は新しいページを開いてでかでかと中央に書く。
私が廊下で寒い思いをしながら話を聞いていた時、琉水先輩はしりとりをしていなかった。始めたのは、私が部室に入ってからだ。愛の話をしたのも、この法則に近づけないためのカモフラージュだろう。そんなことをする時間があれば、別のことに力を注げばいいのにと思う。それでも、私は十分に楽しめたから、この件については良しとしよう。だが、もう一つ、こちらについて苦情を言わせてもらう。
「そのノート、課題用のノートなんですがどうしてくれるんですか」
琉水先輩はノーといボールペンで文字を書いた。フリクションだったら消せたのだが、残念なことにそんな高価な物は持っていない。
琉水先輩は、あっとし、助けを求めるように朱理先輩の方を伺う。朱理先輩は気にせずニコニコとほほ笑んでいるだけだ。助けるつもりは微塵も無い様だ。
「ごめん。今度から注意するから命だけは助けて」
「私を何だと思ってるんですか。というか、それで謝罪のつもりですか」
ノートの一ページを使われた程度で人を殺していたら、私の周りは血の海だ。誰がそんなことを好き好んでするものか。
「まあ、いいですけど」
ノートのことはそんなに怒っていない。余計なことが描かれたページは破ってしまえばそれで解決するのだ。
「それより琉水先輩、しりとりになってないんですけどいいんですか」
今度はしまったという顔する。
「いいんじゃない。だって話しづらいんだもん」
そう言って琉水先輩は笑い出す。私もつられて笑みがこぼれる。
「穂乃花ちゃん、丸くなったよね」
「五年前から体重変わってませんよ」
失礼な。誰も太ってなどいない。
「琉水は性格がって言いたいのよ」
私の勘違いを朱理先輩が訂正する。
なるほどそっちだったか。恥ずかしくなって顔を背ける。
今度は二人分の笑い声が部室に響いた。。

いつものように笑い合い話をする。この時間がいとおしいと思う。まさに愛していると言っていい。
私は愛を執着だと言った。何故なら私がこの時間に執着しているから。琉水先輩と朱理先輩と知り合って笑うことが増えた。誰ともかかわらず、笑うこともないと思っていた。私が丸くなったように見えるなら、それは二人の先輩のおかげだ。
この時間を失うことを恐れる。維持するためにはあらゆる手を用いるかもしれない。でも、そうして得た時間をきっと私は愛することができない。
愛という言葉を用いる人は、その対象を心から好いている。その時間を楽しんで過ごせるからこそ好きになるのだ。私は先輩たちと裾す時間が好きで、そんな時間を愛している。先輩たちとなら素晴らしい時間を過ごせる。自分が自分でいられる。自分の居場所が見つけられる。

愛とは何であろうか。
そう聞かれた時、私の答えは決まっている。

愛とはすばらしい時間を過ごすことなのだ。

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