挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

ある一本の木の下で

作者:キュウ
 ある一本の木の下で――。
 少年はいつも、その木の下でしゃがみ込んでいた。
 その木は、青い空も水平線から湧き出る雲も全て、周囲をぐるりと見回せる、風のよく通る野原の上にぽつんと一本だけ生えていた。野原には毎日、何人もの子供達が集まって、いつもかけっこや花いちもんめなんかをして楽しげに遊んでいた。その木以外にはこれといって何も見当たらず、芝生ばかりが続く野原は、子供達にとっては絶好の遊び場だった。
 少年はいつも、その木の下で、彼等の様子を伏し目がちに見つめていた。
 日の光を厭うように木の陰に隠れて、誰にも気付かれることなくただ「うらやましい」と、そう思って見ていたのだった。
 温かい地面を駆け回る少年少女の、青い若草たちを揺らす笑い声が包む輪っか……その中に加われたら、一体全体どんなに良いだろうか。悲しいことに、彼にはこれっぽちも想像がつかなかったが、きっとそれは、幾度も繰り返される絵本の読み聞かせや、愉快な人々の回転木馬のような似通う伝聞、町のニュース、そのいずれよりもまさって、楽しいものに違いない。そんなことを考えてもしかし、少年にそれはできなかった。いつからか抱いた夢は、あくまで雲を掴むような夢のまた夢、そんなそこはかとない朧げなものでしかなかった。
 腕で抱えた膝に顔をゆっくりと沈めて、彼は心臓の音を聴いた。
 ……痛む。苦しい……。
 嗚咽にも似た落ち着かない音に耳をすませるだけで、そんなことを思ってしまう。こんな身体では、こうして眺めていることが精一杯。おめおめと家に帰ったとしても、冷たいシーツを纏った白いベッドで天井や優しい両親に囲われ寝ているだけ。
 なんて虚しいんだろう……。
 そう思い、毎日散歩だと言って家を出る少年に、彼の両親は何も言えない。なぜならば彼等は、残念ながら、少年の残り時間を知っていたからだ。楽しさなんて、ましてや虚しささえ、じきに、何一つ感じられなくなってしまうと知って、彼等はもう息子に温かな瞳を向けることができなくなった。
 彼はそっと目をつむった。
 その瞼には、楽しそうに駆け回る彼自身と、野原に集まる子供達の姿が映っていた。それでもやはり、少年の心は充たされない。こんな景色は、もう何度見てきたか知れない。
 新しい景色が見たい……。でも見るにはどうすれば……?
 彼はそっと目を開けた。膨らむ期待感が、しぼむばかりの風船のようだと知りながら、できるだけゆっくりとゆっくりと、顔を上げた。
 しかし目の前に映るのはいつもの子供達。……やはり、何も変わらない。ああもう、どうすることもできないんだ……。
 少年は姿勢を崩し、木にもたれかかった。こうしてみると、そよ風が心地良い。もはや自分に残された快楽はこれくらいのものだ。その身に感じたことは無いものの、まるで自由にカモメが路を切り開く広大な大海原に出たような、そんな妙な感覚だった。言い知れない浮遊感が身にまとわりつく。手足が不思議と軽くて、瞼の闇の中で彼は、好きなだけ挙措を整え、また乱すことができた。何だか無性に不安が消えていくように感じた。
 少年はそのまま、深い深い眠りについた……。

 目を覚ますと、少年は子供達と一緒に追いかけっこをしていた。初めて遊んでみた。なんて楽しいのだろう。
 それに、不思議と身体が軽い。今までの胸の痛みも無い。やっと手に入れたのか、とうとう自由だ、ついに念願が叶ったのだ。
 そう駆け巡る思いたちは、どこにも去ってはいかないし、少年の心を晴らしていくのに充分すぎるほどの快感をはらませていた。
 ……それなのに、少年には誰も話しかけて来ないし返事をしない。見向きさえしない。
 踏み鳴らす足音が遠ざかるのを感じた。こんなにも近く、今にも手で触れられそうなところに彼等はいるというのに、とても自分の持ちうる感覚がもたらすところとは思えなかった。
 徐々に薄れていく現実感が、ある事実を差し出してきているかのようで、少年は、野原を駆ける風からさえも、その奇妙な肌触りに違和感を覚えだした。
 ふとあの木を見やると、そこには目を閉じた子供が独り、枯れた木によりかかっているのが目についた。その寝顔は本当の楽しさを知らない、夢の中に安住する住人、そんなものを思わせた。
 その、一本の木の下で――。
一瞬で終わってしまうお話ですが、
この背景には何があったのか、この後どうなるのか、
ぜひ皆さんの想像で補ってみてください。

HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
コメントや編集後記、ほかのお話のまとめも掲載しておりますので
ぜひこちらにもどうぞ

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ