6.真実
「アナフィラキシー・ショック」
「!」
ぽつりと呟いた呉の言葉に、彩は目を見開いた。
「藍さんは一度、蜂に刺されたことはあった?」
「小さい頃に・・・」
彩の肯定の言葉に呉は一度頷き、言葉を続けた。
「一度蜂に刺されると、人間の体にはその蜂に対する抗体が出来るんだ。抗体を持つ人間が再びその蜂に刺されるとアレルギー反応を起こす。この反応の激しい状態をアナフィラキシー・ショックというんだ。場合によっては死に至る、と聞いていたけど」
呉はゆっくりと、一言ずつはっきりと言う。
「犯人は・・・多分だけどBチーム全員じゃないかな。長谷川さんは部屋に入らなかった、というのがひっかかるね。彼女は『ハチが駄目』だった。『複数の蜂』。多分彼女が一度刺された蜂も入っていたんだろう。だから松田さんは彼女をドアの前で止めた。そういう役なんだろうね。あと堂島さんが呟いた『この死骸』。アレが『いないはず』のアナフィラキシー・ショックを起こした蜂だったんだろう」
松田の言動。そして部屋に入らなかった長谷川。複数の、蜂。
「・・・何故助けてくれなかった!」
彩は椅子を蹴った。木製の椅子は簡単に壊れた。
「何故姉さんを助けてくれなかった! 警察は姉さんの命を価値のないものにしたんだ!」
「やっぱり・・・藍さんは『姉』だったのね」
今にも呉に掴み掛かりそうになっている彩の腕を唯は掴んだ。
彩は驚いて唯を見た。
「やっぱりって・・・」
「『藍』って呼ぶのに慣れていなかったから。あと似てるしね、色素」
「ははっ・・・ゲームは君達の勝ちだ。僕は負けた」
自嘲気味に笑う彩に、唯は掴んだ手に力を込めた。
今、離すと消えてしまう、そう予感した。予知ではなく、予感だった。この従弟は彼に似すぎている、と唯は感じた。いつも唯達の近くにいる彼に。突然消えてしまいそうな空気を纏っているのは血縁だから、と理由だけではないような気がした。根本的に、性質的に零に似ている。
「偶然部屋に蜂がいて、偶然容器が開いていて、偶然白衣に止まっていて、偶然刺された? それが『偶然』じゃないってことくらいわかるだろ!?」
「警察だってこの結論には到達したはずだ。それなのに何故?」
呉は最後まで引っかかっていた疑問を口にした。
そう、すぐにわかったはずだった。事故なんかではないのは明らかだ。偶然は必然過ぎた。
彩は下を向いた。自然と声が沈む。
「・・・あの人たちの親は政治家、弁護士、医者なんだ。『必然』な『偶然』は『事故』なんだよ」
唯は少し、ほんの少し彩の手が震えているのに気付いた。何かを隠している。
本当に知って欲しい何かを。
「何故そんなに罪深く感じているの?」
はっ、と顔を上げた彩の視線の先にいたのは真っ直ぐ見つめる唯で。その瞳に映っているのは慈愛のようにも同情のようにも見えた。確信出来たのは思いやりだけで。
「僕があの人たちに蜂の種類を教えたから・・・僕が姉さんを殺したんだ!」
「違うわ! 罪を背負うのはあなたじゃない。あなたが用意したのは火薬だけ。それを調合して火をつけたのはあの人たちなのだから」
原因は彩。しかし過程は彩ではなく高橋達。原因を作った罪を知って欲しかったのは事実だったが、認め、それでも悪くないと言ってくれるとは予想していなかった。
彩の瞳が揺れた。
「僕は零が羨ましかっただけなのかもしれない。仲間がいて、幸せに暮らしている零が。・・・勝ちたかった・・・そうすれば」
「彩が私に望んでいるのは『未来』だわ!」
はっきりと言い切った唯に彩は口を噤んだ。
腕から伝わる温もりが思いの他心地良かったのと、瞳に少しも怒りが篭っていなかったからだった。
「すごいよね・・・唯も呉さんも。早く出会いたかったよ・・・」
「待って!」
「僕は今、ここにいる」
彩はここに『いる』ことを打ち消した。
一瞬にして彩はいなくなった。残っているのは壊れた椅子だけだった。
「これが真実なら…知らなくてよかったのかも知れない」
「それでも真実は真実として受け止めなくてはいけないよ」
真実は残酷だった。不確定なままだったら彩は少しは救われたのかもしれない、と思う。しかし知ってもらうことを望んだのは彩だったのも事実で。どうしようもないジレンマだ、と唯は目を伏せた。
今まで彩の腕を掴んでいた手を見た。
確かに感じた体温。外見からは感じられない人間らしさを感じた。
「あの日、あの時居たらなんて考えるだけ無駄だけど・・・考えてしまいますよね」
「そうだね。でも少なくとも彼は救われたんじゃないのかな。彼はまたきっと現れるよ」
呉は唯の肩にそっと手を置いた。呉は逆のことを言う。知ったから救われた、と。結局は彩にしかわからないことなんだ、と納得した。
呉の優しさに微笑し、唯は振り返った。
「呉さんの予言は当たりますもんね」 |