番外編/蓮と彼方
俺は神様に嫌われた。姉を殺し、親に捨てられ、親戚すら俺と関わりを持とうとしない。
それもそのはず、俺は親しくない人には無愛想だが、俺の姉はいつでも誰にでも笑顔で受け答えしていた。
俺とは器の大きさが違ったのだろう。
多分誰もがこう思っただろう。姉ではなく俺が死ねばよかったと。
かくいう俺も、そう思った人間の中の1人。
俺は自嘲気味に笑い、姉が死んでから4年目の朝を迎えた。
俺は今日も今日とてあの日夢を見て飛び起きた。これでもう4度目。
その日は必ず明け方に起きてしまう。多分俺の記憶力のへぼさ故、鮮明に覚えている部分が少なく、あまりひっぱれないのが原因だろう。俺の記憶力さえしっかりしてれば朝まで寝れたかもしれない。
起きても何もすることがない俺にとって、明け方に目覚めるのは拷問以外何者でもない。暇って言うのは案外一番拷問に近いかもしれないと最近思う。
つまるところ俺は退屈している。いつもと変わらない平々凡々な日常、何か波乱などがないかと思うが、この平成の時代にそんなものがあるわけがない。いっその事この手で起こしてやろうか。
ってなんでこんなこと考えてるんだろう。これじゃどっかの危ない思考のサラリーマンみたいじゃないか。
そんなことを考えてしまう自分にまた苦笑する。
俺は一旦起き、適当な服に着替えてから裏山へ向かった。理由はもちろん俺の日課。いや、一年に1回だから年課か?の、姉への俺流の墓参り。朝から晩まで俺は裏山で姉に話しかける。
しかし、やっぱり腹の虫は鳴くので、ご飯時には必ず戻る。
裏山には、小さい山だがここが田舎だということもあって、動物が結構いる。木で出来た簡易的な階段を上り、脇にある小さな獣道を行く。その先に、分かれ道があって、右に行くと小川、左に行くと山で一番大きい大木がある。俺は左に行き、大木を目指した。
その大木には、見るものを落ち着かせるような雰囲気がある。見るからに長い年月を過ごしてきた老木。しかし、老いてもなお天高く伸ばす枝は、あの世とこの世を繋げてくれている気さえする。
だから俺は、ここで姉に話しかける。
俺は大木に寄りかかり、目をつむる。頭の中であの日の光景がフラッシュバック。あの時しっかり信号を見ればよかったとか、なんであんなに一生懸命走ってたんだよとか、そんなことばっかり考えてた。
そのうちなんだか眠くなってきて、少しだけ寝たらまた起きて、今度はこの一年何があったかを報告。正直、報告するようなことなんてない。けど、この7月9日という日だけは姉のためになにかしてあげたかった。いや、しなきゃいけないと思ってた。
報告し終わったら、日がな一日ここで過ごす。特に何も考えず、何もせず、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
そろそろ昼だと言う頃だろうか。俺の腹が限界に達していた。明け方に起き、今まで何も口にしていないのだから、まぁ当然の結果だ。俺は大木から背中を離し、孤児院へ向かった。
孤児院につくと、誰かが話しかけてきた。
「蓮、また裏山に行ってたの?」
「…あぁ」
院長だ。院長は、俺がここに来た時からずっとお世話になっている。だから、姉の命日に俺が必ず裏山に引きこもってることも、ご飯時には帰ってくることも知ってる。
「みんなあんたを待ってたのよ」
「わかった」
ここでは、ご飯はよっぽどのことがない限りみんなで食べるルールだ。誰かが来ないと、全員を待たせてしまうことになる。
俺は急いで食堂に向かい、席についた。ちびっ子たちのブーイングが聞こえてくるが、聞こえないふり。
「いただきま〜す!」とみんなで手を合わせたあと、食べ始める。
「ねぇ、蓮!あとでキャッチボールしようよ!」
少年Aが俺に遊びをせがんでくる。
「ごめんな。今日は駄目なんだ」
そういうと、見るからに不服そうな顔をした。
「え〜!なんで〜!いいじゃん、やろうよ〜!」
そんなこと言われても困る。多分こいつらの頭の中では俺=暇人という方程式が成り立ってるのだろうが、俺だってたまには暇じゃない時もある。や、暇っちゃ暇なんだけどね。
「こらこら宏!蓮をあんまり困らせるんじゃない!」
「は〜い」
院長が助けてくれた。俺は感謝の意を込めて軽く頭を下げた。
はい、ここで1つ情報が入りました、少年Aの名前は宏君だそうです。
「蓮は後でおつかいに行ってくるんだから」
「…は?」
何それ、何勝手に俺の午後の予定が変更されてんの?
「どうせ暇でしょ?」
今どうせって言ったよね?今、間違いなくどうせって言ったよね?ぐれるぞちくしょう。まぁ、午後は確かに暇だし、もう一応墓参りは済んだ。夜にまた行くんだし、買い物を引き受けることにした。
***
場所が変わって今は商店街に買い物に来ている。もらったメモを見てみると、今夜はカレーであることがわかった。早速マーケットに行き、メモに書かれているものを買い揃える。
その時、拡声器を使った店員の声が鳴り響いた。
「え〜、タイムサービス、タイムサービス!肉コーナーより、豚肉100g10円!」
「何ぃ!?」
まさか俺の買い物中にタイムサービスになるとは。田舎のタイムサービスは戦場だ。一応、現場に向かったが、あの中に混じる気にはなれない。これを見たら、戦国武将ですら臆するんじゃないかと思うくらいにおばはんたちが抗争を繰り広げている。
なんだか知らないが、望んでいたものとは違うが波乱が目の前で繰り広げられてるじゃないか。
「…行って見るか」
俺も男。ということで、戦場に突っ込んでみることにした。いざ行かん!と心の中で叫んで、俺は突進した。
「あっ!」
突っ込んだとたん、おばはんにケツで押し返された。絶対負けねー。
「…ぐ……くそ!」
突っ込んで戦場を半分くらい進んだところで、おばはんにこかされた。
ここまで来たら男の意地だ。俺はホンキになって肉を目指した。
***
「はぁはぁはぁ…どうなってんだ……」
俺はマジに肉を目指したのだが、結局肉に手は届かなかった。おばはんの抗争は予想以上に激しく、俺では歯が立たなかった。田舎のおばはんパワーは半端じゃない。もし第二次世界大戦に田舎のおばはんが参加してたら、降伏してたのはアメリカだったかもしれない。
まぁ、結果として、高い肉を買うはめになった。これが院長に知れたら、なにか文句を言われそうなので、黙っておくことにしよう。
俺はメモをもう一度確認し、買い忘れがないか確認してからレジに向かい、買い物を済ませた。
マーケットを後にして、孤児院へと急いでいたところ、数人のガラの悪い男の中に見知った顔を見かけた。
「あいつは…」
彼方だった。最近家のごたごたで孤児院で少しだけ預けられた宮崎彼方。なんだか刃物のように親に反発している同い年の男子。噂じゃ一匹狼を気取っている相当な不良だと聞いた。
様子からして、彼方を囲っている連中は仲間ではないようだ。
うーん、なんだか険悪な雰囲気。どうする?行くか?でも俺ケンカしたことないし、面倒ごとはごめんだ。なんでたいして親しくもないやつのために危険を冒さなきゃならない。
俺はさっさとその場を離れようとした。その時、ある考えが頭をよぎる。
姉ちゃんなら……どうするかな?助けるよな、そりゃ。あの人はそういう人だ。姉ちゃんがそうなら、俺もそうするか?
違う。
姉ちゃんなんて関係無い。俺がどうしたいかだ。俺は……どうしたいんだ?助けたいのか?…いや、俺が行ったところできっと助けられない。
俺には、誰も助けられない。奪うことはできても、誰かを助けることなんかできない。俺は………神様に嫌われたんだから。
その時、一陣の風が吹いた。
目を開けたら、目の前に色あせたセピア色の古めかしい、そして懐かしい光景が見えた。
小さな少年と高校生くらいの女性。
「ね、蓮ちゃん。ヒーローってどんな人だと思う?」
「うーんとね、すっごく強くて、悪を倒しちゃう人!」
「ふふふ、それもあるんだけどね。私が思うのとはちょっと違うかな」
「じゃあどんなのがヒーローなの?」
「きっとね、目の前に困ってる人がいたら助ける。それがヒーロー。失敗してもいい、負けちゃってもいい。それでも助けに行くのがヒーロー。だと思う」
「…じゃあ、僕がそんなヒーローになるよ!」
「ほんとに?じゃあ、私が困ってたら助けてくれる?」
「もちろん!約束する!」
「うん、約束」
再び目を開けたら、もとの風景に戻っていた。
もう俺は迷っていなかった。
「…目の前に困っている人がいたら助ける…か……。やってみるよ」
俺は、彼方の元へ歩き出した。
***
「…きろ!。おきろって、蓮!」
誰かに肩を揺すられ起きる。しばらくの思考停止ののち、ゆっくりとだが現状がわかった。
「もう授業全部終わっちまったぞ!お前2時限連続で寝てたんだからな」
なんだか呆れたように言う彼方。どうやら随分長いこと夢を見ていたらしい。
「夢……見てたんだ」
「ふ〜ん、どんな?」
「お前の不良時代」
途端に彼方が眉間にしわを寄せた。どうやらあまり思い出したくないらしい。
「あんときは子供だったんでね。ってかお前ケンカ強すぎだよ」
あの時すでにケンカが始まっていた。相手は7人。彼方はすでにぼろぼろにされていて、俺が駆けつけたがどうしようもなく、仲良くぼこぼこにされた。しかし、俺にも意地があり、リーダーと思われる奴だけは病院送りにした。俺も彼方も病院送りにされたけどね。
「や、一人しかやれなかったし」
一人しかやれなかったのに強いとかないだろ。
「俺さ、蓮が助けに来てくれた時はほんとにヒーローに見えたよ」
彼方が思いもよらないことを言った。
「え?俺が?」
「あぁ。あれ以来蓮は俺のヒーローなんだぜ?」
「俺が……ヒーロー?」
「そう、ヒーロー!」
目の前に困ってる人がいたら助ける。失敗するとわかってても、負けるとわかってても助けに行く。それがヒーロー。
悪くないな。
俺の真横の開いている窓から風が入り込み、俺の髪を揺らす。俺は空に向けて笑った。きっと、向こうから見えているから。
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