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人が死ぬので、嫌な人は見ないでください。
題名の無い本
作:竜丸


                             ある男が無念の死を遂げる時に書き上げた一冊の本
                                   その時男はその本に怨みを込めた
                                     『この本を手にするものに死を』


                                 そしてその本は主の願いを叶え続けている




1914年6月28日 オーストリア領サラエボ
「大丈夫でしょうか?」
「そうだな、私も心配だ。私たちの代わりに爆発に巻き込まれてしまったんだろう。だからせめて、見舞いに行こうじゃないか」
「そうですね」
 1台の車が病院に向かっていた。その車の後ろの席に、中の良さそうな夫婦が2人並んで乗っている。夫の名前はフランツ・フェルディナント、妻の名前はゾフィー・ホテク。その2人の乗る車が、突然方向転換をした。その方向転換が急だったために、フランツの膝の上に置いてあった本は床に滑り落ち、ゾフィーがバランスを崩してフランツに寄りかかった。フランツはバランスを崩したゾフィーを支えると、不思議に思い運転手に声をかけた。どうやら運転手は道を間違えたようで、慌てて方向転換をしたらしい。先程の爆発もあり、神経質になっていたフランツだったが、ただの道間違えにだと分かるとほっとして、床に落とした本に手を伸ばした。ゾフィーも座席に座り直せたようで、落ち着きを取り戻していた。床に落ちていた本を拾い上げると、フランツはまた膝の上に本を大事そうに置いた。その様子を見ていたゾフィーが、疑問に思ったことを口にした。
「あなた?」
「何だい?」
「あなたはその本を随分と大切にしていますが、一体どんな本なのですか?」
 ここでもまだ、運転手は方向転換に手間取っている。しかし、2人は落ち着きを取り戻しており、ゾフィーにそう聞かれたフランツは、膝の上に置いてある本に手を乗せ、大事そうに見つめながら話し始めた。
「ああ、この本かい? この本は屋敷にあったんだよ。随分と昔の物みたいなんだが、見た目がまったく汚れてなくて、古ぼけてもいない。不思議に思って手にとってみると、何だか凄く気に入ってしまって。けれどゾフィー、中身は聞かないでおくれよ。実はまだ読んでいないんだ」
「あなたが物をそんなに気に入るなんて、珍し―」
 フランツが目線を本からゾフィーに移したその時、突然ゾフィーの腹部から血が噴出し前のめりになると、少しフランツと目が合ったゾフィーは力なく座席から崩れ落ちた。そこでようやく、フランツの耳に遅れて銃声が聞こえてきた。冷静にここでは行動するべきだった。落ち着いて考えれば、まずはどうするべきなのかフランツには分かっていたはずだった。が、フランツは我を忘れ、涙を流し声を震わしながら、車の床に力なく横たわるゾフィーに手を伸ばした。しかし、フランツがゾフィーに生きているうちに触れる事は出来なかった。2発目の銃弾が、ゾフィーに手を伸ばして前かがみになっていたフランツの首を撃ち抜いたのだ。そしてそのまま、フランツは前に崩れるとゾフィーに覆いかぶさり、2人は重なり合って息を引き取った。そんな2人の血に塗れて、フランツが持っていた本は消えてなくなった。




1937年5月6日 アメリカ合衆国ニュージャージー州
 飛行船の窓から外を覗き込んでいる娘。老婆は神に祈りを捧げ無事を願っている。そんな老婆を見て、からかう子供。その子を叱る母親。その空間にはこの飛行船の旅を、それぞれがそれぞれに楽しんでいる人達がいた。その飛行船の中の1人の旅商人に、ブランク・フリーガーという男がいた。
「あの―」
 そのブランクに、後ろの席の顔がすっかり青ざめた1人の女性が話しかける。そんな女性に体ごと振り返り、愛想の良い笑顔を作って、ブランクが「何でしょうか?」と言った。
「もう、着きますよね? わ、私、この時が1番怖いんです」
「そうですか? 私はそんな事ないですよ。なぁに、心配要りませんよ。事故なんて起こりはしないです。あ、そうだ、それなら気を紛らすために、本でも読みますか?」
「本、ですか?」
「えぇ。私はこう見えても商売をしてるんです。が、商売人でもこんな綺麗なお嬢さんが怖がっているんだ、無視なんて出来るはずがない。サービスで御代はいりませんよ」
 おどけながら明るい声を出し、なんなら踊りだしそうなくらいのテンションの高さで、ブランクが女性にそう言った。その姿を見て、元気が少し出た女性がブランクに笑顔を見せた。
「ありがとう。少し、和みました」
「いえいえ、当然の事ですよ」
 帽子も被っていないのに、ブランクは帽子を少し上げる仕草をした。そして体を自分の横の座席に置いていた大きなリュックに向け、そのリュックに手を伸ばし、中の物をかき混ぜながら手ごろな本を探し始めた。
「えぇ〜と……。う〜ん……。お、これなんて良さそうだ」
 ブランクは、中身がグシャグシャになったリュックの口を、無理やり閉めると、座席の後ろの女性に体を向きなおして、本を差し出した。
「この本は最近手に入れたんです。まあ私自身はそれ程本を読まないので、中身を確認していないんですが、面白い本だとは聞いたんです。しかし不思議な事に、題名は―」
 その時、パン! と大きな音が飛行船内に響き渡った。その音に、一瞬飛行船内は静まり返ったが、ブランクが照れ笑いを浮かべて立ち上がり、「すいません、私のリュックのボタンが飛んだようです」と言うと、飛行船内に明るい笑い声が響く。その立ち上がったときに、ブランクは窓の外を見た。どうやらもうすぐ着陸するようだったので、慌てて席に着いた。
「どうやらもう着いてしまうようです」
「本当ですね」
「けど、この本は取っておいて下さい。何かの記念だとい思って」
「え、そんな悪いですよ」
「いいんですよ。あぁそれと、この本の題名はー」
 そこまでブランクが言った時、また飛行船内に大きな音が響き渡った。今度のは音だけではなく、飛行船自体が大きく揺れるオマケがついていた。ただ、その時のはオマケは、飛行船の爆発付だった。飛行船の尾翼付近に爆発が起こったのだ。その事故が原因で、飛行船ヒンデンブルク号は炎上し、35名が死亡した。




1952年2月10日 グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国ヨーク
「お〜い、そんなにはしゃぐなぁ〜。怪我するぞ〜」
 昨夜から降り積もる雪で、町一面が雪の白に塗りつぶされていた。そんな雪の中、1人の元気な子供が走り回っている。それを遠くから見ていて、不安になった父親がそう言ったのだ。父親はこけない様にゆっくり歩いていたので、子供との距離が随分と出来ていた。その父親の手には、今し方図書館から借りてきた本が握られていた。その本に題名はない。
「ったく、言わんこっちゃない」
 先程の父親の声が聞こえていなかったようで、路面が凍りついた道路を、全力で走った後に滑るようにして子供が渡りきった。そして道路を渡りきったところでところで、子供が勢いを制御できずにコケて膝を擦りむき、泣き出してしまった。父親は呆れながらも少し歩みを速め、子供の元に向かった。父親が道路の近くに来た時に信号を確認した。その時はまだ渡れなかったが、父親が道路に近づくと丁度信号の色が変わったので、慌てて子供の元に向かう。が、父親が2度と子供を抱き上げる事はなかった。父親が道路の真ん中に差し掛かったとき、その父親に向かって猛スピードで突っ込んでくる一台の車。その車は調子が悪かったので、修理に行く途中だった。父親がその車を避けようとしたが、咄嗟の事に足を滑らし、体勢を崩して四つん這いの格好になった。しかしまだ距離があるので、車は避けれたはずだった。だが、車は路面が凍っていたことで操縦が効かなくなり、ブレーキもこの時には故障していたらしく、スピードが落ちないまま四つん這いの父親に突っ込んだ。父親は猛スピードの車に跳ね飛ばされ、路面が凍った道路を、ボロボロで捨てられたマネキンの様に動くことなくゴミ箱まで滑っていった。その事を理解できたのか出来なかったのかは分からないが、子供は擦りむいた膝を抱えて泣き続けていた。父親の名前を呼び続けて。




1971年3月19日 ブラジル連邦共和国サンパウロ市
 2人の男が、壁には落書きだらけで床一面にはゴミが散乱し、電気すら点いていない封鎖されたビルの5階。窓ガラスが入っていない窓際の壁に凭れて息を潜めていた。
「なぁ? やっぱり殺す事は無かったんじゃねぇか?」
「仕方ないだろ。最後まであの爺さんが手を離さなかったんだからよ」
 2人の男は、それぞれ宝石が入った汚い袋を、手にしっかりと握っていた。そのうちの1人が、宝石の入った袋とは違う手で持っていた薄汚れた木の箱を、呆れた顔をして目一杯の力で振った。その箱からは、ガタガタと大きな音が聞こえてくる。そしてまた、「一応」と言って木の箱を開けた。
「はぁ〜。やっぱ、振っても変わらねぇか……。ったくあの爺さん、何でこんな本を大事に持ってやがったんだよ。こんな本よりもっと高く売れる物、あの屋敷には腐るほどあったってのによ」
「まあな。けど、今更取りに行けるはず無いしな……。お、どうやらデカども、いなくなったみたいだな」
 先程までは、ビルの前の道路を警察の車両が走り回っていた。それを撒くために、今までビルに潜んでいた男2人は、すっかり静かになった辺りを念のために警戒しながら後にした。暫く2人は走ったが、もう安全だと確信したらしく、歩いて家まで帰る事にした。2人はどうやって盗んだ宝石を売ろうか話し合っている。男2人のいつもの帰り道、その途中にある踏切が見えてきた。列車も遠くには見えていたが、普通に行けばまず間違いなく渡りきれるくらいの距離だった。が、題名の無い本がそうはさせなかった。売れば僅かな金にはなると思っていた男が、本を捨てずに持っていたのだ。そして、本を持っていた男の足が線路の溝に嵌ってしまい、抜こうとしても一向に抜ける気配が無い。それを見かねて、もう1人が助けに向かった。
「おい、大丈夫か?!」
「あ、足が抜けない! おい、た、助けてくれ! なあ、助けてくれ!!」
「分かった、分かった。まだそんなに列車は近くねぇんだから、そう慌てるなよ」
 助けに向かった男は余裕だったが、足が嵌った男は気が動転しそうなくらい焦っていた。それを見て、口を押さえて噴出さないようにして、もう1人の男が足を引き抜こうとした。が、線路に嵌った足はビクともしない。2度3度と、引き抜こうと力を入れるが抜ける気配は一向に無い。余裕があった男の顔にも、流石に焦りが見え始めた。
「お、おい! 冗談、だろ? なぁ、早く抜いてく―」
「分かってる!! 分かってるからギャアギャア騒ぐな!」
 手を持ち替えて、抜く方向を変えてもビクともしない。そんな2人に、遠くだったはずの列車のライトが当たった。それを見た足の嵌っていない方の男が、線路に倒れている男の上半身の方に回った。そして屈んで、線路に足が嵌っている男の手に持っていた宝石の入った袋に手を伸ばした。
「なぁに、心配ないって。な」
「ど、ど、どういう、意味だよ! そ、れに、何で俺の、宝石袋取ってんだよ」
「そんなの決まってるだろ? だから、手離せって。な」
「ふ、ふざけんな! 誰が離す―」
 屈んでいた男は立ち上がると同時に、足の嵌っている男の顔を思いっきり蹴り上げた。何度も何度も蹴り上げて、列車に轢かれる限界少し手前で、蹴るのを止めた。足の嵌った男は、顔を蹴られてボコボコになり動かなくなっていた。それを確認して、男は足の嵌った男の宝石袋に手を伸ばした。先程とは違い、宝石袋を素直に取る事が出来た。しかし、宝石袋の代わりに男は足の嵌った男に腕を取られた。その手を振り解こうとしたが、今までで一番力強く握られていたために、振りほどく事が出来ず、2人は列車に轢かれた。




1995年9月1日 ロシア連邦オムスク
 死体を囲むようにして見つめる刑事達。その輪の中に、遅れてやって来た白髪の刑事が、鼻を押さえている若手の刑事に聞いた。
「クソッ! 何で焼けてるんだこいつ?」
「あぁ警部、今頃到着ですか」
「嫌味か?」
「いえ、僕がそんな事言うはず無いじゃないですか〜。それでこいつなんですが、ここらで起きてた連続放火事件の犯人なんですよねぇ〜。多分、僕らの捜査の目が怖くて、追い詰められて自殺したんじゃないかなと、僕は思ってるんです。が、それにしては不思議な―」
 それを聞いて、驚愕な顔をして固まる警部。
「……。警部、ちゃんと聞いてこなかったんですか?」
「当然だ!」
「はぁ〜」
「あ! お前今、溜息ついろ」
「ついてませんよ。聞いてないんなら知らないでしょうが、こいつ一応自殺みたいなんですが―」
「自殺? 理由は?」
 小声になる若い刑事。
「そんなの知るはずないだろ? そんなのが分かるくらいなら―」
「おい、何ブツブツ言ってる?」
「いえ、何も。えっと、そうだ。こいつが何故自殺か。それは、体中に紙がついてたんですよ」
「紙?」
「えぇ。こいつ、放火する時本を破って火をつけてたでしょ?」
「ああ、そうらしいな」
「その本を体中につけて、そこに火をつけたんだそうです」
「どうやってだ? それに、紙だけじゃ全身を焼くまでの火力が出るとも思えんが?」
 また小声になる。
「そんなの知るか!」
「……。お前、聞こえてるぞ」
「え、あは、あはは。そうだ、そろそろ帰り―」
「そんな生意気な態度が許されると思うなよ。お前この件まとめて、俺に報告書出せ」
「そ、そんなぁ〜」
 若手の刑事が不思議といっていた事。男の死体の体内から紙が燃えたカスが検出された事。そして、その紙は体内で発火したのだという。




2010年12月24日 日本国東京都
「あの看護婦さん、この本借りてもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
 少年は本を大事そうに抱えて、嬉しそうな小走りで部屋に戻った。
 少年の名前は栗林くりばやし 慶太けいた、13歳。この少年慶太は、人生の大半を退屈な入院生活で送っていた。が、慶太は傍から見ても分かるくらい、生きようと必死だった。そして、慶太は入院している病院で有名な笑顔の少年だった。そんな慶太の病気は、医者に言わせれば不治の病。しかも、慶太の両親には余命宣告が出されていた。もって10歳までの命だと。そんな慶太は今13歳。医者も驚く事に、最近では徐々にだが確実に良くなってきているという事だったが……。


24日深夜
「ど、どうなってるんですか先生! 先生は良くなってきてるって言ってたじゃないですか! ねぇ、先生!!」
「す、すいません。まさかこんな急変するとは、思いもよらず……」
 母親は今しがた息をしなくなった、小さな慶太の胸の上で泣き崩れていた。ベットの上では、どんどんと唇の色が血の気を引いていく。そんな慶太を見つめながら、泣き崩れた妻の肩に手を乗せ、慶太の父親は呟く。
「何故、何故なんだ? 何故慶太ばかりがこんな目に会うんだ。私を、私を代わりに殺せばいい。なのにどうして。どうして、慶太ばかりが……」
「すいません。本当に」
 医者は頭を深々と下げそう言うと、看護婦と共に部屋を出た。
「私達は、この子の為に何が出来たんですか? ねぇあなた、私達は……」
 父親はすでに言葉が出てこないようで、慶太の胸に顔を埋めて泣きながらそう言った妻の言葉に、答える事が出来なかった。ただ無言で、妻の肩に手を乗せながら慶太を見つめた。母親は、夫の無言と自分が何も出来なかった事を謝るように、慶太の胸の上で泣き続けていた。
「重いよ、母さん」
 そんな時の不意の一言に、驚いて2人とも声が出ない。しかし、今目の前では慶太が喋っている。
「どうしたの? 母さん、父さん。こんな時間―」
「け、いた。慶太!」
「何でそんなにお―」
「慶太!!」
 2人に思い切り抱きしめられて、慶太は苦しそうに言う。
「ど、どうしたの? 2人し、く、苦しいよ」


 慶太はこうして一命を取り留めた。それよりも驚いた事は、13年間慶太を苦しめた病気が治っていたということだった。何故か、何故かこの時は本の怨みが慶太を襲う事が無かった。いやもしかしたら、死よりも恐ろしいことが待っている世の中を知らずに死ぬ事を、男は許さなかったのだろうか? それとも、自分と同じように病でこの世を去るのを哀れんだのか、それは分からない。ただ、慶太の場合だけは人生を最後まで送ったのだ。




が、これで男の怨みが無くなったのかは分からない。








2010年12月25日 日本国東京都
「はぁ、俺船って嫌いなんだよなぁ〜」
「はは、まさか沈むとか思ってんのか? そんな訳ねぇだろ。なら、時間潰しに本でも読むか? 何か気になって手に取ったら、この本にはまだ題名はないらしんだ」














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