Vol.3 傲れる愚者VS悩める勇者 恋は勢いと土壇場で(5)
朝のミーティングまでまだ時間があった。
休憩室でユイがお茶を飲んでいると
「――お、おはよー……」
「あ、ショーコさん! おは――って、なんですか!? その顔!」
振り向いた彼女は驚いた。やってきたショーコの顔色が、漂白したように真っ青だったからである。
ふらふらと漂い歩きつつ
「……よ、四時まで、飲んでた」
傍にあったソファにどさりと沈んだ。よほど辛いらしく、そのままぴくりとも動かない。
つーんとアルコールの匂いがユイの鼻をついた。
「くっさぁー……。今日は火の近くに行かない方がいいですよ。うっかり呼吸したら、燃えちゃいますよ」
眉をしかめている。
「へいへい……」
そこへ
「おっはよーございまーす!」
能天気なリファがやってきた。彼女は戦闘不能なショーコを見つけ
「あれ? ショーコちゃん、どーしたの? 具合悪そう」
「た、頼むからその耳障りな声で話しかけないでくれる……? 頭に響くから」
「なーによぉ、それ!? 勝手にお酒飲んで勝手に酔っ払ったの、ショーコちゃんじゃない! あたしのせいじゃないよーだ!」
――勝者リファ。その通りである。
口を利く気にもならず、しばらく悶絶していたショーコはふと
「……ところで、サイ君、来た?」
ユイがカップを手にとりながら
「結構早くから出てきてましたよ。昨日のトライアルで、右脚膝間接部の伝導がちょっと気になったって。ハンガーでDG−00をいじっていると思いますけど」
「そう……」
あれだけ飲んでいたのに、もう普通に活動しているサイ。
が、ただ単純にサイの体質ではないであろう。どれだけ酒を食らおうと、全く作用しないような体調、精神状態というのも時として人間にはある。
彼の心の動きが、ショーコには何となく分かるような気がした。
「さて、今日の運勢はっと」
ユイが、テレビの電源を入れようとした。
「へぇ。この時間にも運勢やっているのねぇ。あたしはいつも7時45分の選択占いを観ているんだけど」
リファも見かけによらず、そういうことが気になるらしい。
「そうそう。誕生月でその日の運勢を占うっていうコーナーがですね……」
ブッとテレビに電源が入り、ユイがリモコンでチャンネルを回し始めた。
運勢などこれっぽっちも関心のないショーコは痛む頭を抱えながら切り替わっていく画面をぼーっと眺めていたが
「――ちょっ、ちょっとストップ!」
「はいはい」
ある番組のところで、チャンネルを止めさせた。
ニュースの特集であった。
画面左下には小さく『問われる治安維持機構の体制』とテロップが入っていた。
キャスターと記者がなんだかんだと喋っていたが、そこで地図が映し出された。国家の主要都市の位置が○で示され、順番に吹き出しで数字が表示されていく。
『――これが、主な州都における治安維持機構機損害の状況です。昨年下半期から先月に至るまで、クレイザ州で十六機、シェルヴァール州で十一機、ネガストレイト州で十五機という損害が報告されております。このうち――』
各州における治安維持機構所属CMD損害数の下に、更に赤字で数字が出てきた。
『搭乗者損害数はご覧の通りです。クレイザ州で5名、シェルヴァール州で3名、そしてネガストレイト州では約半数の7名というCMD搭乗員が、テロ組織との交戦中に命を落としている、という報告です。これについてリベンズさん――』
三人は運勢のことなどすっかり忘れて、食い入るように画面を見つめている。
「……わ、割と、お亡くなりになられているんですね」
ユイの口調がおかしくなっている。
「こわーい……。もしかしたら、あたしも、運が悪ければあの時……」
二日前の港湾地区への出動時を思い出したのか、リファが身震いした。
「でも、ここにうちの州が出ていないわね? 何でかしら」
ショーコがそう言った時、画面の中のキャスターが
『さて、ファー・レイメンティル州についてですが、テロ組織との戦闘行為における機体損害は同じ期間で四十七機、と数は多いんですが、このうち稼動不能に陥ったものは六機、しかも搭乗員損害はまだ報告なしという、他州とは違った結果が出ています。これについてリベンズさん、何か理由があるのでしょうか?』
じっと固唾を呑んで記者の言葉を待っている三人。
『そうですね、一つに、非常によく訓練されたAブロック大隊の存在があると思います。彼等によるテロ行為鎮圧率は実に77%と高く――』
「ぶーっ。この前なんか、ボロボロにやられていたじゃない」
「結局は、ね。でも、彼等が意地で足止めしてくれたから、サイ君が乗り込むことが出来たのも事実ね」
その時、一人あさってをうろうろしていたリファには、その話の内容がわからない。
「とどのつまり、A大隊のおかげってことかしらね――」
ショーコがソファに踏ん反り返った。彼女としては、多少面白くない気持ちがある。
すると、リベンズという男性記者はこんなことを言い出した。
『もう一つ、これは未確認情報なのですが、最大組織リン・ゼールに、アミュード・チェイン神治合州同盟から流れてきた腕利きのドライバーがいるとされています。性別、年齢等はわかっていませんが、リーラン教分派抗争の際に見られたのと同じ手口が、搭乗者損害を出した前三州でも報告されています。脚部を破壊した後コックピットを搭乗者ごと潰すという残忍な手口で――』
「げーっ! 最悪じゃん! 何で、そこまでする訳?」
「ちょい! 静かに聞きなさい」
ショーコがたしなめた。
『――なお、動作解析においても同じドライバーである可能性が非常に高いという分析結果が出ております。このドライバーが今後、ファー・レイメンティル州に移って活動を行う可能性もありますので、同州の警察機構、ならびに治安維持機構は十分警戒が必要なのではないでしょうか』
『以上、特集をお送りいたしました。次のコーナーは――』
「……だって、さ」
ショーコが二人を見やった。
「えー……そんなアブナい人がきたら、どうしよう?」
怯えているリファ。ユイも、まずいものを観たという顔をしている。
しかしショーコは顔色も変えずに
「二人が怖がる以前に、一番危険なのはサイ君なのよ? そういう危険を少しでも避けるために、あたし達が何とかバックアップしなくちゃ駄目じゃない」
前向きな発言をしながら彼女はふと、昨日セレアに上申した一件を思い出していた。
日に日に強力になっていくテロ組織のCMDに対抗するためにも、何とか例の試作機を手に入れておきたい。それが叶わなければ、サイをはじめ、彼女らの身の安全も危うくなるであろう。
三人の間に微妙な空気が流れ始めている。
と、ガチャリとドアが開いてサラが入ってきた。
「おはよう……って、何この匂い? ショーコ、あなたはまた――」
「色々あるんだってば。そうツッコミなさんな。あと二時間もすれば消えるから」
据えたようなアルコールの匂いに顔をしかめながらもサラは
「ユイちゃん、サイ君とリベルさんを呼んできて貰える? ちょぉっと、重大な話があるのよ。朝一番で、セレアさんから連絡があって」
重大と言いながら、彼女の表情は決して暗くない。
「はーい! 今、呼んできまーす!」
ばたばたとユイが駆け出して行った。
パステルカラーの楕円形テーブルを囲んで、隊長のサラ、ショーコ、ユイ、リファ、サイ、そしてちょっと後ろ寄りにリベルが席についている。
窓の外はよく晴れ上がった青空が広がっていて、日差しが心地よい。
しかし、眠そうな顔をしている者は一人もいなかった。
さっきまで戦闘不能な顔をしていたショーコも、今は甦ったように目を輝かせている。
「――と、いうことなの。スティケリア・アーヴィル重工からは正式にOKが出た以上、私達としては速やかに導入に向けて動き出したいと思います。……サイ君、大丈夫?」
彼は熱いスープを一気に飲みこんでしまったような妙な顔をしていたのである。
「あ、あの、それ……つまり」
ニコリとサラは一笑して
「そう。出来立て新品の試作機を、リアルテイスティング(試験的実地導入)させて貰えるのよ、Star-lineが。そして――それに乗るのはフォワードドライバーであるあなたよ、サイ君」
「やったな、坊主。お前さんの実力だよ」
普段表情を顔に出さないリベルも嬉しそうである。この親父はサイのことを坊主と呼び、自分できちんとメンテをしようと心がけている彼のことを気に入っている。
「は、はあ……。どうも……」
サイはいまいち状況を呑みこめていなかった。なぜ突然に新型機が降って湧いてきたのか、その経緯がよくわからない。
「すごいすごーい! サイさんが乗るなら、鬼に棍棒ですよね!」
「それを言うなら鬼に金棒、でしょ? ユイちゃん」
珍しくリファが突っこんだ。たまにはこういうこともあるらしい。
ショーコはといえば、ただニヤニヤと笑っている。
吉報にざわめく一同を抑えるようにサラは付け加えた。
「それで、急なスケジュールで申し訳ないけど、本日午後1500、スティケリア・アーヴィル重工のG地区セカンドファクトリーへ調整に出向きます。面子はこの全員。留守中の警備はSTRに警戒レベルサードにて依頼します。みんなには、行く前までに各自に準備をお願いしておくことが――ショーコとユイちゃん」
「はーい」
「はいよ」
「DG−00の駆動プログラムを因子変換してMDP―0でコネクト可能かどうかテスティングします。その他のデータ類もあわせて、持っていく用意をしておいて欲しいの」
頷いて見せる二人。
「それからリベルさん。パーツ並びに電装機器発注履歴から、特に交換頻度の高いものをリストアップしておいてください。メーカーには、特にそのリストを中心にパーツ生産をしてもらうよう依頼します」
「……了解。こりゃあ、高くつきそうだな」
笑っている。この歳になってこれだけ価値のある機体にさわれるようになるのが、嬉しくて仕方がないらしい。
「それから、リファ。特殊装甲車二台に予備簡易端末を接続して、それぞれ拡張メモリを搭載しておいて欲しいの。メインカメラの仮想ビジュアルとか擬似駆動データとか、持ち帰りしてくるお土産がたくさんあるから」
「わかりましたぁ」
最後にサラはサイの方を向き
「……サイ君については、行くまでにこれを読んでおいてください」
相当に分厚いファイルを差し出した。
その中身が何であるか、彼には察しがついている。
要は、取扱マニュアルである。
「MDP―0は基本的にDG−00をコアベースとして開発されてはいますが、スペックが大きく異なっているとのことです。操縦系の基本スタンスは恐らく似ているでしょうが、今度からはMCOSSという操作介入プログラムの影響を受けますから、DG−00のように聞き分けがいい子とはいかないかも知れません。あらかじめそれを眺めておいて、疑問があればどんどん質問してきてください。優秀な技術者の方がたくさんいますから」
ずしっと重たいファイルを受け取りながら
「……わかりました」
そこまで指示を出し終えると、サラは立ち上がった。
「そういうことですので、各自準備をお願いします。1455にハンガーにて集合、それから出発します」
各人が口々に了解、といって席を立っていく。
皆が部屋を出て行った後に一人、サイだけが残っている。
絶大な信頼を受けていることについては、確かに嫌な気はしない。
とはいえ、どんどん抜き差しならない状況に追い込まれていくのが、あやふやに不安であった。
じっくり目を通すでもなしにマニュアルをペラペラと捲っていると、ガチャリとドアが開いてショーコが入ってきた。
「あ、ショーコさん。すいません、今行きます――」
それには答えず、彼女はサイの傍までやってきて、彼の頭を優しくポンポンと叩いた。
「あたし、すっごく安心した。心配で仕方がなかったのよ」
「何が……ですか?」
「あの機体で、サイ君を最前線に立たせることが。でも、ヴォルデさんもセレアさんも、わかってくれたみたい。まずは良かった、と思って」
サイはそこで理解した。
あの日、彼が何気なく伝えた稼動限界の話がショーコからサラやセレアに伝わり、そしてこういう運びになったのだと。
彼女だけではなく、その他の人からも彼が知らないうちに守られている。
守られている以上、守らなくてはいけない。
余り気持ちが昂揚するような気分ではなかったが、それでも一つ、とりあえず目の前にすべきことが転がり込んできた。
今はとにかく、そのことに集中しなくては。
認めたくはなかったが、引き摺っていたってどうにもならないのだから。
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