Vol.6 女神の悲哀、回りだす運命の歯車(5)
サイとナナが出かけて行った後、入れ違いにセレアがやってきた。
大きな紙袋を手にしている。
「これからの常勤体制のことを打ち合わせしに来ました。――それから、これは皆さんで」
「あー! フォー・ラ・ドゥ・パーラーのケーキだぁ! やりー!」
幼児のように喜んでいるティア。
甘い物早食い大会に出場しても楽勝できそうなこの娘は、都市中の有名なスイーツの店はほとんど把握している。
「すみません、お気遣いいただいて。――ティア、ミサ、お茶の用意をお願いね。サイ君とナナちゃんと、リファの分はよけておいて。残ったからって、全部平らげたら駄目よ!」
「はーい」
二人は袋を大事そうに休憩室へ運んでいった。
サラの言葉を聞いたセレアは、ゆっくりとソファに腰を下ろしながら
「……サイ君とナナちゃんは、お出かけかしら?」
「ええ。MDP−0の装甲強化について打ち合わせしに、スティリアムまで」
それには軽く頷いて見せたが
「リファさんも、ですか? どうも、彼女の気配がしないような気がしていたのですが」
こちらから報告しようと思っていたが、セレアの方から尋ねてきてくれた。
サラは声が大きくならないように彼女の傍にきて立ち
「実は、ですね、リファのことなんですが――」
2日前からの事の次第を報告した。
「そう。あのコが……」
さっと表情を曇らせたセレア。
そうして彼女は少しの間、視線を窓の外に向けていた。
サラとしては、どういう訊き方の仕様もないから、一緒に無言のままでいる。
オフィスに重たい沈黙が満ちている。
「――ちょっと! ティアちゃん、いる?」
壁の向こう側を、叫びながらショーコが通過していった。
やがて、セレアはゆっくりと首を動かし、サラを見上げた。
どこか、哀れむような悲しむような、何とも言えない情がその顔に浮かんでいる。
「少し、あのコをそっとしてあげておいてください。今はまだ、心に受けた傷が癒えていないのです」
そんな言い方をした。
心に受けた傷?
引っかかるキーワードが飛び出してきたが、訊くにも訊けない。訊いてはいけないような気がした。
もともと、リファはセレアが連れてきて、Star-lineに入隊させた。
恐らく、というよりも間違いなく彼女は全ての事情を知っているであろう。しかし、セレアが口にしない以上、迂闊に口外できない内容であることは確かである。
「……わかりました。数日、担務から外して療養に専念してもらうようにします」
喋々を要せずとも自分の責任を素早く感じとり、実務的に返答するサラの忠実さを、セレアは好ましく思っているから
「ええ。サラ隊長には、本当にご迷惑ばかりおかけしますね。いつも、申し訳なく思っています」
丁寧に頭を下げた。
「いいえ、そんな……」
そこまでされると、サラとしては恐縮せざるを得ない。
「――何であんた一人、そんなに大きく切るのよ!」
静まりかえったオフィスとは対照的に、廊下にでかでかとショーコの声が響いている。
ティアの不正を現認し、摘発したのであろう。
「――ウィグ・ベーズマンさん?」
鸚鵡返しに訊き返したサイ。
「ああ。この辺では、聞きなれない名前かな? お嬢さん」
なおもナナはウィグといった男を睨んでいる。男はそんな彼女に気がつき、態とおどけてみせた。
が、一度疑ってかかった以上、ナナの勘はいよいよ鋭くなる。
「質問の仕方が、悪かったわ。――あなた、テロ屋でしょう? 違うかしら?」
「……!?」
サイは仰天した。
白昼堂々と、警備屋とテロ屋が大人しく談じ込むという場面があるだろうか。
しかし、ナナの直感は絶対である。
「はっはっは――」
男は愉快そうに笑い出した。
「何もかも、お見通しだなぁ。いやいや、こりゃ、カッコ悪いぜ。最初から、名乗っておくんだった」
サッとサイは身構えた。背後にナナを庇うように。
しかし、ウィグは笑いを含んだ表情でゆっくりと両手を挙げ
「おいおい。そんなに嫌わないでくれよ。俺は今、銃なんか持っちゃいないぜ。……なんだったら、身体検査してくれてもいい。触ってくれてもいいぜ、お嬢さん」
「……」
「それに、君達を殺害しようと思ったら、陰から狙い撃てば済む話じゃないか。だけど、俺はそういうのが嫌いでね」
「……CMD乗り、だからかい?」
サイが先回りして言うと、背中で、ナナがちょっと驚いている。
「ご名答。やっぱり、ドライバー同士、呼吸が合うものだなぁ。――何でわかったんだい?」
やんわりと、嬉しそうな表情をしているウィグ。
「あんたの雰囲気さ。別に、はっきりした理由があった訳じゃない」
「やりあうなら、CMDじゃないと、な。幾らテロ組織にいるとは言ったって、直接人間に危害を加えるのはまっぴらだ。だから俺はドライバーになった」
何でもかんでも人を殺すことが彼等の役割だと思っていたサイは不思議に思った。彼が今までに遭遇した連中は、問答無用で彼の命をねらってきていた。
こういう種類のテロ屋も、いたものだろうか。
が、そこでサイは気が付いた。
このウィグといった男、自分の操縦技術に絶大な自信を持っている、と。
そういう自信から発される何事かをサイが無意識のうちに感じとっていたのであろう。それゆえ、ウィグがドライバーであると言い当てられたに違いなかった。
内心どぎまぎとしながらも、彼は表面上至って冷静でいる。
自分だけならまだしも、すぐ傍にナナがいる。
もし目の前の男が豹変して牙を向くなら、なんとしても彼女を守らなければならない。そういう責任感びた気持ちが、サイを事の外奮い立たせていた。
「……そうかい。でも、そうやって人を傷つけるのが嫌いなんだったら、どうしてテロなんかするんだ? あんたの言っていることは矛盾しているように、俺には思えるが」
テロリストに対する発言にしては、かなり強気である。
すらすらと応対している彼にどこか安心しているナナは、この状況を任せきってしまっている。
サイが動揺して使い物にならなかったら、恐らく彼女が前に立ってウィグの相手をしていただろうが――。
両手の平を開いて、やれやれ、といった仕草をしたウィグ。
「俺だって、まともな、そうだな……都市機構官僚の家にでも生まれていたら、わざわざこんな風にならなくて済んだかも知れないぜ? そういう環境の中で生きていかなくちゃならなかったから、どうしようもないことなのさ」
彼は周囲に林立している古びたアパート群を指し「この地区に今も住んでいる貧しい人達だって、好き好んでここでこんな暮らしをしていると思うかい? 君たちも、以前ここにいたと言っていたから、俺の言う意味がきっとわかると思うんだが」
なかなか雄弁である。相手をやりこめることなく納得させる雰囲気ももっている。
サイはやや気圧された。
「……」
すると、二人のやり取りを聞いていたナナが
「……それは違うわ。あなたの生きてきた環境が例えそういうものであったとしても、自分達以外の物を破壊したり結果として他人を傷つけて当たり前ということにはならない。あたし達だって好きで貧しかった訳じゃないけど、そこから逃れるために誰かを傷つけたりなんてしていない。――ここに住んでいる他の人達もそうよ。それは、テロリストの理屈。あたし達と一緒にしないで」
切って捨てるような彼女の語気にサイは一瞬ひやりとしたが
「おやおや。なかなか、手厳しいお嬢さんだ」
ウィグは負けた、という風に笑ってみせた。
「確かに、な。俺の例えが悪かった。……ま、仕方のないケースもあるって、そう思ってくれよ」
テロリストにまつわる調査という警察機構の資料を、サイはふと思い出していた。
これまでに実行犯として逮捕されたテロリストの取調べに携わってきた刑事の手によるものだが、犯人がテロ組織に身をおくに至った動機は、大きく分けて二つしかないという。
本人は決して望んでいないにも関わらず、様々な事情を得てテロリストにならざるを得ないケース。そして、社会に絶望したりあるいは社会や政府に強烈な恨みの感情を抱いて、復讐の念からテロリストの道を選ぶ者。自分はその前者であると、彼は言っているらしい。
それが真実であるかどうか、サイやナナには確かめるための材料は何もない。
ただ、ウィグがこうやって一切彼等に危害を加える意志を見せないという態度そのものが、もしかするとそれを裏付けているのかも知れなかった。
「……」
テロリストにあっけらかんと心の部分を曝け出すという行為に出られてしまった以上、二人はどういうリアクションのとり様もない。ひたすら固まっている。
眉を下げて、人の良さそうな相好で微笑しているウィグ。
双方の間に、いつ弾けてもおかしくない沈黙が横たわっている。
その沈黙が破られる時は、すぐにやってきた。
『――てください。繰り返します。当州には現在、非常に凶悪なテロリストが潜伏しているという情報が入っています。不審な人物を目撃しましたら、すぐに最寄の警察機構もしくは治安維持機構へ――』
そう遠くない位置で、スピーカーからマシンボイスが流れている。
都市統治機構の広報街宣車であろう。住民に、警戒と協力を呼びかけているらしい。
音のする方向へ、ウィグはひょいと首を向けた。
「……おお、これはいけない。姿を見られると、厄介だ」
そう呟いてから二人の方へ向き直り
「あちらさんは俺のカオ、知っているからね。俺はあちらさんの顔を知らないってのに」
可笑しそうにしている。
ようやく、サイは何かを言うタイミングを得た。
「……あんた、これから、この街で何か仕出かすつもりなのか?」
自分やナナ、Star-lineを攻撃するつもりなのかと暗に問うている。
「ああ、仕出かすかな。――と、言っても、君達のような私設警備会社に対して真っ向から襲撃したりなんかしないよ。目的は、別にあるからね」
サイの質問の意図を察したのかどうか、彼はそんな事を言った。
そうしてウィグは身を翻して立ち去りかけたが、つと脚を停め
「――俺は、ジャック・フェインのウィグだ。もしかすると、どこかで会うだろう。その時は、お手柔らかに頼むよ。ドライバー同士、仲良くやろうぜ」
「……!?」
瞬間的に、サイもナナも凍り付いた。
世界のあらゆる治安組織が最も恐れるテロ組織の人間ではないか。
既に潜伏している可能性は示唆されていたが、まさか目の前に堂々と姿を見せるなどとは、想像もしていなかった。
口中からすっかり唾液がなくなっていたサイは、やっとのことで言葉を発した。
「……何言ってやがる。こっちの機体もデータも、とうの昔に知り尽くしているクセに」
「いや、そうじゃない」
もう一度二人の方を向き、宙ぶらりんな両手を上着のポケットに突っ込んだウィグ。
「確かに、治安機構やその他の強力な警備組織のデータを集めてはいる。……しかし、君というドライバーの哲学までは、データじゃわからない。俺の経験から勝手にそう思っているだけだが、CMDの乗り方を決めるのはドライバー個人が蓄積してきた経験に支えられた哲学っていうものだと思うが。――違うかね?」
面白い事を言う、とサイは思った。
表現の仕方に個人差はあるものの、衝いてる真実はその通りかも知れない。
サイ自身、故障寸前の土木作業用機から新造のMDP−0まで、機体を幾つか乗ってきた。そのどれも、周囲の人間が絶賛するような乗りこなし方をしている。これはつまり、CMD搭乗の本質が、機体の良否だけで決定されるものではないということを如実に物語っている。
胸中の深みを相手に知らしめているあたり、やはりジャック・フェインはそこら中にいるような末端組織の人間とは格が違うのかもしれない。サイはふとそんなことを考えていた。
それだけに――敵として戦う場合には、相当容易ならざる相手となるであろう。
そういう思念を働かせていると、急にあらたまった様子で
「別れる前に、一つだけ尋ねておきたいのだが」
「……何か?」
ウィグの顔から、今しがたまでの余裕をもった表情が消えている。
「リファは……リファ・テレシアは元気かね?」
「……!?」
サイもナナも驚いた。
なぜ、さっき初めて会ったばかりの男が、リファの名を知っているのか。
「どうして、その名を? お知り合いなのかね?」
思わずそんなストレートな訊き方をしたサイに、ウィグは一瞬視線を地に落としてから
「……彼女には、申し訳のないことをした。もし、もう一度会えるものなら」
ナナがついハッとした程、目が怖い位真剣になっていた。
しかしすぐに元の人の良さそうな表情に戻り
「――いや。何でもない。失礼したな」
小さく呟くと、ウィグは背を向けて立ち去った。
その背を、半ば呆然と見送っている二人。
ウィグの姿は、すぐに視界から消えた。
程なく、広報街宣車が小公園そばの通りを行き過ぎていった。
『――テロリストは、皆さんの生活を、そして、社会を破壊してしまいます。決して、許すことはできません――』
二人は、A地区を後にしてL地区へと急いでいる。
言い様のない脱力感に見舞われたまま、ハンドルを握り続けているサイ。
接していたのはほんの僅かな間に過ぎないが、ウィグという男は強烈なインパクトを残して去って行ったといっていい。
妙な気がした。
ああまで明るく、まるで殺気のないテロ組織の構成員など、聞いたことがなかった。実際にテロリストに殺されかけたこともある彼は、決して先入観だけでとらえていた訳ではない。それだけに、ウィグという男の存在は衝撃的であった。
ハイウェイに乗ってから少しして、流れていく景色を眺めていたナナがぽつりと言った。
「……あの人、本当に、好きでテロ活動しているんじゃないのかも。後に引き返すことができなくて、もうそうするしかない、っていう雰囲気ね」
俺と似てるかも。
サイはふと思った。
立場は間逆だが、もはや彼はStar-lineなしに生きていくことはできない。どうすることも出来ない以上、その場で生きていくよりない。ウィグが言った言葉を反芻しているうち、奇妙なほどの実感を伴って明確になっていくような、そんな気がした。
半時後、二人はStar-lineに戻ったが、ついさっきジャック・フェインの人間と遭遇したことは皆に黙っていた。
そういうことにはならないであろうが――通報すれば、それはウィグを売るような、そんな気がした。あの男という人間が垣間見せた否定しようのないフェアな部分に触れてしまえば、例えばそれがショーコやユイであったとしても、恐らく口外しないであろうと、サイは思うともなしに思っている。さらに、ウィグは「私設警備会社を目的にはしていない」と、彼自身の口から言った。その結果として政府機関が狙われることになったとしても、今、Star-lineとして彼を拘束すべき動機は薄い。Star-lineのそもそもの使命は、スティーレイン系企業・施設の警備であって、犯罪者を片端から検挙する責任も権利もない。
それに、サイもナナも重大なキーワードを聞いてしまっている。
リファ――。
彼女とウィグに一体、何があったというのか。
ありきたりな想像はつくものの、真実はその想像よりも遥かに劇的で過酷なものであったということを、後に二人は思い知ることになる。
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