Vol.6 女神の悲哀、回りだす運命の歯車(3)
2日ばかり経った。
この間、ファー・レイメンティルにおいて想定されていたテロ行為は一件もなく、その静けさたるや不気味なほどであった。しかしながら、ジャック・フェインの活動を警戒して都市中の至るところに警察機構職員や、治安維持機構の隊員が配置されている。
メディアでは3日前のジャック・フェイン工作員事件がしきりと報じられていたが、これといって新たな事実は伝えられなかった。
「あー、アミュード・チェインのあらましなんてどうでもいいってば。何回聞いたか、わかったものじゃないわ」
報道番組の内容に飽き飽きしたショーコが、かったるそうにぼやいた。
テレビに向けてリモコンのスイッチを切ると、テーブルの上に放り出した。
スティーレイングループ施設への襲撃がない以上、当然Star-lineも清閑が保たれている。
というと聞こえはいいが、相も変わらず緊急出動態勢は解除されていないから、いつ何があるかわからないという中途半端な緊張状態の中で、ストレスだけが溜まっていく。ショーコも、もう何日酒を飲んでいないであろう。彼女にしては、出来過ぎな位である。
「……そうカリカリしないで。ヒマだったら、DX−2の調整でもやっておいて頂戴。今少し、動作設定とシェフィの相性がしっくりしてないのよ」
デスクで書類に目を落としたまま、サラが促した。
機体の関係は一切ショーコに任せている反面、それ以外の業務のほとんどを引き受けているのは彼女なのである。二人の間の約束事という訳でもないのだが、この二人の呼吸というのはそういうものらしい。自分と相手の得意不得意をそれぞれが心得ているから、自然と担当が配分されてしまう。いきおい、事件が続けば機体の修理や部品の調達で多忙になるのはショーコだが、日常業務はサラの方が多いから、平常時に忙しいのはサラということになる。
ショーコは応接ソファの上にごろりと寝そべり
「だってさぁ、あのコ、トータルアクションが苦手でちまちましたポイントアクションが好きなのよ。付き合っている彼氏が完全人型仕様機なんだもの、そりゃいつまで経っても相性なんか合わないわ」
機体全体での動き、例えば歩いたり走ったり跳んだり避けたり、そういう動作をトータルアクションという。逆に、手先や腕などといった一部だけでの動作、あるいはほぼ静止状態における動作をポイントアクションと呼ぶ。
サイはトータルアクション全般をソツなくこなし、射撃という飛び道具の操作を除けばポイントアクションも苦にはならない。これは得手不得手というよりも、機体の性能そのものをドライバー自身が熟知できているからであろう。
ところがシェフィは、歩行や加速歩行(つまりは走ること)といった直線的な動きはまだしも、回避したり跳ねたり回ったりがどうも上手く操作できないようであった。ゆえに模擬戦となると、ほぼ一方的に稽古をつけてもらっているのは彼女の方である。
ドライバーとして適性がないのではないかと一時は落ち込んだシェフィだったが、意外な得意分野をもっていることが判明した。射撃である。
CMDでの射撃などというものは、機体頭部のカメラを通じて捉えられたターゲットがメインモニターに映し出され、そこに合わせて表示される照準サインは機体が手にしている銃器の動きとリンクしている。つまりは生身の人間のメカニズムと、あまり大差はないかも知れない。CMD専用銃器の照準部に内蔵されているピント伝達センサーの役割を、人間の場合は自前の神経が担っているというあたりが違いであろう。
機械といえども動作の完全静止は容易なものでなく、特に銃器を構えて腕を突き出したりした場合、たいがいブレが発生する。CMD、といっても軍用や治安維持機構、あるいは特別認可を受けた警備会社所有のそれに限定はされるが、銃器の取り扱いが可能な機体には、ほとんどといっていいくらい照準補正機能が搭載されている。システムが稼動部伝達に強制介入し、ほんの僅かな瞬間のみブレを停めてしまうのである。その間にトリガーを引かねばならないから、あとはドライバーの感覚とタイミングが重要だといっていい。主に銃火器を携行するような軍用CMDが完全人型仕様機ではなくずんぐりした短腕短足な形態をとっていることが多いのは、要するに発砲する場合に安定することを重視しているがためといえる。スリムな人型機では、特に腕が安定せず構えがぐらつきやすい上に発砲時の衝撃を受けやすいのである。当然、射撃は命中しにくくなる。
シェフィはどうも、このタイミングを捉えるのが非常に巧みであるらしい。照準が合致する瞬間をたがえずしてトリガーを引くから、命中しやすい。これを、単なる思い切りの良さといってしまうと、機械の信用性に関わってしまうのだが、根源はそこであろう。性格のゆえなのかどうか、躊躇ったあまり照準補正機能が働いている間にトリガーを引けないために、サイはそれほど射撃が上達しないのであった。
そしてこれら一連の操作傾向というものは、稼動記録を見れば一目瞭然である。
射撃は静止した状態が基本となるため、CMD動作分類にあてはめればポイントアクションに分類される。ショーコが言ったのはこのことである。もっとも、Moon-lightsの騒ぎの折、大破したCMDに閉じ込められたドライバーを救出する際には毛彫り細工のようなごく細かい動作も彼女は上手くやってみせているから、ポイントアクションに長けているという評価は正確である。
ただ、人型機というのはそもそもトータルアクションを前提に設計されており、そうでなければ軍用CMDのように人型機に仕立てる必要性はないのである。目的を特化してそれにあった形状の機体にしてしまえばいいだけのことである。当然、搭載されているシステムとその伝達系もそれに合わせた設定がされているのだが、シェフィの場合どうもいまいち乗りこなせていない、というより乗せられてしまっている、というのがサラの見解であった。
ショーコがぶーたれると、サラは物静かに
「じゃあ、彼女には射撃中心の後方支援的な役割をさせてあげればいいわよね? 機体の方も、銃器の取り扱いに合わせた設定に調整してやれば、シェフィとの相性も合うでしょう? それはショーコ、あなたの得意分野じゃない?」
シェフィに無理矢理格闘戦など強いたならば、どれだけ機体の修理が必要になるかわかったものではない。だったら、大人しく後方から射撃でもさせておいて、サイが相手を停めきったところで手を貸せばいいのである。据え物を触るのに怪我するという法もあるまい。
むっくりと、ショーコは起き上がった。
「へいへい。んじゃ、一丁やりますか。――あとで、機体動かすからね。調整したとして、ドライバー本人に乗ってもらわない限りは、いいのか悪いのかわからないから、さ」
「……どーぞ。ただし、こんなところでドンパチは勘弁ね?」
彼女はまた書類に目を落とした。
それはショーコもわかっている。
ストレス解消にやってしまいたい衝動だけはあるものの。
彼女がのろのろと出て行った後のオフィスで、サラはふとペンを持つ手を停めた。
(やっぱり、もう一機必要になるかしら? 取っ組み合いをサイ君だけに押し付けるってワケにもいかないわよね……)
DX−2にインストールする修正プログラムを仕立ててからハンガーへと出て行くと、彼女の姿を認めたサイが近寄ってきた。
「――ショーコさーん!」
「はいよ! どーしたの、サイ君?」
「ナナがですね、調べてくれたんですけど――」
「ふんふん」
今後、対ジャック・フェインとの戦闘あることを想定して彼等の活動について調べていたところ、銃火器を携行、使用されているケースがほとんどであるという事実に突き当たった。大方想像はついていたが、こちらとしては一つの問題がある。
「相手機に接近するまでの一定時間、機体は銃撃を受ける可能性が大きいってことです。この前もそうでしたけど、MDP−0の強化装甲だけでは耐性が十分ではないんですよね。そうなると――」
A地区での経験から、あの時使用された対衝撃緩衝シート装着の重要性を口にしたサイ。
実はショーコも、それについてはうっすらと考えてはいた。
「そうねぇ……。あれの効果は冗談抜きで高かったからなぁ」
MDP−0には、特殊の大型シールドも標準装備されている。
硬性素材と軟性素材を組み合わせた構造のそれは、銃弾の衝撃を緩衝しつつ防ぎ止めるという優れモノで、現にサイの身を十分に守ってみせている。とはいえ、動きが大きければシールドで防御できない露出される機体装甲の面積も広がってしまうから、そのケアは必要なのである。
「リファからスティケリア研究所のなんたらいう友達に頼んでもらおうか? 今なら、あれをベースにして改良仕様が開発されているかも知れないし」
決して、購入しようなどとは言わないショーコであった。
「あれ? でも、今リファさんは……」
サイは疑問を口にしかけたが、既にショーコはオフィスに向かっている。
「ねぇサラ、リファは? どっかいったかしら? この間から、姿を見ないとは思っていたんだけど」
状況が状況であるとはいえ、隊員の不在に気がつかない副長がいたものだろうか。
サラは顔を上げると、ちょっと呆れて
「やぁね、ショーコったら。この間、言ったじゃないよ? リファなら、すっかり体調崩して宿舎棟で休んでいるわ」
追ってオフィスに入ってきたサイ。
「そうそう、そうですよ。ショーコさんってば、忘れてたんですか?」
「あ、そうだっけ? あのコ、いてもいなくてもあんまり変化ないし……はは」
ひどい扱いである。
が、そこはやはり気になるらしい。
「でもさ、何だって体調崩したりしたのかしら? 風邪も流行ってないし。悪いモノでも食べたのかしら?」
「さあ……。それは私も聞いてないの。調子が悪い、としか。――ただ、ね」
天井を見つめて記憶を思い起こしつつ
「あれは2日前かしら。夜中にあのコったら、休憩室で独りテレビなんか観ていたの。部屋を暗くしたまんまで。そういえば、あの日の朝から様子は変だったわよね?」
セレアと何事かを話してから、ミーティングの最中に戻ってきたリファ。
その時点で彼女はすっかり精彩を欠いていたということは、皆が認識している。
しかし、その後真夜中に独りでいた、などというのはショーコもサイも初耳で、普段のリファからは想像も出来ない光景である。サイはあまり知らないが、リファは子供のように夜更かしが苦手で、二十三時を回ると途端に眠ってしまうのが常であった。それを知っているサラは夜勤体制時に当番をつけたりはしないのだが、やむを得ず当番をさせたりすると、デスクに向かってチェアに腰掛けたままの体制ですっかり眠りこけてしまう。
「で? あんた、何か話したの?」
「私が四年前のD−ブレイク作戦のことを話したら、すっかり無言になっちゃって」
「D−ブレイクの? あんた、そんな昔話を話して聞かせたの? なんでまた」
妙な事をする、というショーコの口調にサラは
「……あのコの方から、訊いてきたのよ」
顔の前で両手を組み、顎を乗せた。彼女の癖である。
意外な事を聞いた、という顔をしているショーコとサイ。
「関心があったからこそ、隊長に訊いたんでしょうね、きっと。そうでもなけりゃ、リファさん――」
新聞の一文字だって読まない彼女が、そんな質問をする筈がない。
「ええ。……あるいは、もしかしたらジャック・フェインに肉親でもいるのかしら? 私もあのコの家族とか過去のことは一切わからないから、何とも言えないんだけど」
「ふうむ……そりゃ困ったわね。実はさ、サラ――」
ショーコがサイと相談した内容を話して聞かせると
「確かに、そうね。あれがあると、大分楽にはなるわ。……といって、スティリアムはうちだから、というよりもイリスって女性とリファの仲だからもちかけられた話だったんだろうし……」
サラも表情を曇らせた。試供とはいえ、相当な開発費がかかっているのである。データ収集のためとはいっても、そう簡単に預けてくれるとは思えなかった。
リファの体調は仕方がない。
とはいえ、対ジャック・フェイン戦には備えておかねばならないのも事実である。
セレアさんを通じて、と言おうとしていると
「仕方がないですね。直接スティリアム研究所に出向いて、シートの貸与を要請しましょう。俺とナナとで、行って打ち合わせしてきます」
実戦経験者が直接言って要請するなら、話は早いのではないかと思ったのである。スティリアム研究所では、Star-lineの凄腕ドライバーであるサイの名を知らぬ者はいない。知り合いがいないとはいえ、向こうでは下へも置かれぬであろう。
サイが言うと、ショーコは頷いて見せ
「りょーかいりょーかい、それが良さそうね。んじゃ、事前に電話でこっちからStar-lineとしての要請事項だって伝えておくから。……でも」
ぐっと顔を近づけた。
「はい?」
「愛しのナナちゃんが一緒だからって、帰りがけにデートなんかしちゃ、駄目よ? D2NC体制なんだからね? 」
それはサイも承知している。
男探しに街へ出たいティアも、ショッピング好きなシェフィも、そして酒を飲みたいショーコも――あるいはリベルもそうなのだが――みんな必死に我慢している。抜け駆けなどするつもりはさらさらなかった。
ただ、ナナのためにせめて、二人きりになる場面を確保してやりたいだけである。同じ宿舎棟に住んでいるとはいえ、皆やガイトらの手前、堂々と逢引などしたことはない。
丁度そこへやってきたナナに用件を伝えると、ナナはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。
――サイの意図をすぐに理解したのであろう。
A地区・スティリアム物理工学研究所を訪ねると、リファの親友というイリスなる女性がいた。
案の定、サイの実力を知っている彼女は目を輝かせ
「うわぁ……最高のドライバーがわざわざ私を頼ってきてくれるなんて、超感激! あんなものでいいなら、幾らでもお貸しいたしますわ」
と、話は一瞬で決着がついた。
あんなもの……サイは眩暈がした。
あれのお陰で、サイは落とすべき命を救われているのである。
隣でナナが不思議そうな顔をしている。
話し相手が腕利きのドライバーというだけで、イリスはすっかり舞い上がってしまっている。科学者というものの価値観はどこを基準としているのか、よくわからない。
ただ、イリスは真面目にかえってこうも言った。
「申し訳のないことに、改良バージョンの完成には、もう少し時間がかかるのよ。強度の向上なら簡単なんだけど、装甲重量比率に影響を与えない範囲、ってところで、まだ妥協点が出ていない状況なの。だから、お貸しできるのは、あの時のバージョンになってしまうんだけど……」
「結構です。それで、十分です。改良されていないとはいっても、対CMD用手榴弾の五、六発分の衝撃を確実に防いだんですから、大したものです。もし、今度実戦となれば、相手は恐らく銃火器を駆使してくると思われますから、また別のデータも……」
サイはそこで言葉を切った。
目の前でイリスは、話を聞いているのかいないのか、胸の辺りで両手を組んだまま熱っぽい視線で彼をじっと見つめていたからである。自分の研究成果を褒められて有頂天になってしまったらしい。
「ところで――」
話を切り替え、サイはリファのことを話した。
急にイリスは心配そうに
「そうだったの……。どうりで、彼女でない人から依頼がくる訳よね」
視線を落とした。
「あのコと初めて会ったのは、二年前かしら? スティーレイン財団ビルで会長付きの事務みたいなことをしていたのよ。その時に何度かここへ来ていて、知り合ったの。ほら、あのコって天然でしょう? だから、秘書にはならなかったみたいなんだけど。あんなボケボケしてなかったら、即会長秘書よね。すっごい綺麗だし、スタイルも抜群だし、ミニスカートがあそこまで似合うコは、この街に三人といやしないわ」
ボケボケ。
確かに間違ってはいないのだが――やはり、彼女に対する評価というものは、親友をしてもそうなってしまうらしかった。
とかいうイリス自身もまた、リファに劣らず美人でスタイル良く、現に短いスカートを穿いているのだが、女性というものはある部分、どうしても隣の芝生が青く見えてしまうものらしい。
「私からも、連絡入れてみるわ。機会があったら、よろしく言ってね? 私が心配していたって」
「はい。そのように」
親友が気遣ってくれていると知ったならば、少しは元気になるだろうとサイは思った。
そうして研究所を辞去しようとすると、イリスは急にもじもじして
「あ、あの……お願いが、あるんだけど」
「はい?」
「……一緒に写真と、サイン、いいかしら?」
こんなものが何の役に立つんだろう。
サイは首を傾げつつも頼みを聞いてやった。
程なく、この研究所の一室に丁重に飾られることであろう。
不思議そうな顔をして写っている彼の写真と、名前を書いただけの色紙が。
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