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Star-line
作:北野 鉄露



Vol.6 女神の悲哀、回りだす運命の歯車(1)


 アルテミスグループ専属警備会社・Moon-lightsが不可解な行動をとり始めたその頃――。
 
 小型モニターの中で下から上へと、とてつもない速さで流れていく膨大なデータをじっと見つめているサイ。眼球だけが細かく動き続け、彼自身の両手は操縦レバーにかけられたまま動かない。
 彼の正面に据えられたメインモニターには、茫漠とした闇だけが広がっている。
 そんなサイの様子にシンクロしたかのように、機体も動きを停めたままである。ただ時折、周囲の気配を窺うかのように頭部の目にあたる位置のセンサーだけが小さくチカチカと点滅を繰り返していた。
「……」
 狭いコックピットで、サイは微動だにしない。
 一体、そういう状態がどれくらい続いたであろう。
 不意に、メインモニター左側に取り付けられているサブモニターに赤い枠で囲まれた赤い文字が表示された。Back Strike Caution、つまり背後からの奇襲警告である。
 しかしながら、サイは驚きもしないどころかその表情を変えない。
 ただ静かに両足に力を込めペダルを踏んだだけである。
 キュウンッ、とモーターが唸り、MDP−0は一歩右足を踏み出した。
 踏み出しつつそちらに重心を集中すると、右足を軸として反時計回りに機体はくるりと身を移動させた。
 その、すれすれである。
 突然背後の闇から大型ナイフが突き出され、機体を掠めていた。機体が90度の四半転運動をしていなければ、胴体にでも突き立てられていたに違いない。
 MDP−0の高感度センサーは、既にその動きをサイに伝達している。
 あたかも背後からの先制攻撃を待っていたかのように、MDP−0はその赤く鋭い目を眩く輝かせた。
 輝かせた瞬間、突き出された腕をガシリと右手でつかみ、つかんだとも思えぬ速さで引き寄せるや、メインモニターの視界に相手の機影が映し出された。が、黒い塗装らしく、モニターには何やらてらりとした反射光が部分的に捉えられただけである。それをMDP−0はすぐ赤外線カメラに切り替え、途端にモニターの中の機体は白く、しかしくっきりとその姿が確認出来るようになった。
 人型機である。
 割とスリムでコンパクトなデザインながら、重騎士のごとくほとんど隙間のない装甲によろわれていた。稼動支障にならないようにむき出しにされる筈の肩、肘、腰の部分にも蛇腹のような可変装甲が施されているのを、サイは見てとった。
「……ふっ」
 口元に微かな笑みを浮かべたサイ。
 と、彼に握られた左操縦レバーが素早くスライドしていく。
 MDP−0は左手を脇に引き付け、一瞬溜めた。
 その一瞬の間である。
 空いていた相手機の左腕が腰元にいったかと思うと、次の間には後頭部越しに銃口がこちらを向いていた。機体にこういうことをさせるのは、ほとんど曲芸に近い業である。
 ガァン――
 間をおかず、銃口は火を噴いた。
 距離などはない。零距離発砲、といっていい。
 銃弾はMDP−0を撃ち抜いた。――かのように相手は思ったに違いなかった。
 が、いつ動作したのか、相手の右腕をつかんでいたはずのMDP―0の右手の平が、丁度銃口を押さえるようにして完全に弾道を遮断していた。
 格闘戦仕様に超硬度装甲が施された手の平である。よほど強力なショットガンでもない限り、貫通させることは不可能に近い。ただ、この不幸な相手はその事実を知らない以上、今の銃撃が確実にMDP−0を仕留めたと思った筈である。
 さらに相手の不幸は、MDP−0によって支えられていたバランスをいきなり失ったことであった。
 体勢が相当前のめりになっている。
 ぐらっと頭から、地面に突っ込みかけた。
『――何ッ!?』
 相手の外部音声から、初めてドライバーの声が漏れた。
 急激に失われた機体バランスに、アスファルトと仲良くする羽目になったと思ったであろう。
 ところが。
 銃撃を防ぐや否や、MDP−0の右手は素早く銃ごと相手機の左手を鷲づかみにしていた。
 その動作を命じたサイは、力加減を要求していない。
 バギャッ、と銃ごと左手首が砕け、バラバラと破片が相手機の後頭部や背中に舞った。
 この一瞬が、頭から突っ込むタイミングを大幅にずらしていた。転倒回避動作など、神でもない限りとれる筈もなかった。
 そしてMDP−0の左手は、溜められたまま動いていない。
 鋭く硬い指は真っ直ぐに揃えられ、その先には――鎧われているとはいえ最も装甲の弱い相手機の腰部が待っている。
 ギラリと頭部に赤い光が点り、闇を十字に裂いた。
 直後、MDP−0の左手は目にも止まらぬ瞬息で突き出され、相手の右脇腹から反対側へと貫いていった。胴体串刺し、といったところだが、CMDのボディはそこまで柔らかくは出来ていない。貫いた、というよりもほとんど切り裂いたようにしてMDP−0は相手機を胴体真っ二つにした。
 しかし、動作はそこで終了していない。
 飛び散ったパーツが地面に散乱するよりも早く、右手が上背部を押さえつけ、地面目掛けて一気に押し下げられた。
 ドッ――
 左腕をねじ上げられたような恰好のまま、相手機の上半身はうつ伏せに地面にめり込んでいた。
 一呼吸おいて、カン、カラン、カンカンというパーツや部品が装甲に跳ねる音がして、とどめに下半身がずしゃりと崩れ落ちた。
 もはや、凶暴な相手機はぴくりとも動かない。
 切断された腰部では電装品がショートしてスパークを繰り返し、左手首や間接部からは煙が出始めた。
 再び訪れた静寂の闇の中で、相手機の無残な様相を冷たく見下ろしているMDP−0.
「……つまらん小知恵に頼るからさ。所詮、機体を信頼していないってことだな」
 コックピットで自らも動きを停めたサイがぼそりと呟いた。
 その表情は、常のままと変わらない。
『――サイ君!? こちらショーコ! 賊は!? 賊はどう?』
 無線スピーカーから、やや慌てたようなショーコの声が届いた。彼女が切羽詰まった様子を見せるというのは珍しい。余程、今日の相手が容易ならないものと気を張り詰めさせていたのだろう。
 サイはちょっと笑って返答しようとすると
『こちらファースト、バックアップのナナです。サイは賊機を仕留めました』
 割って入ったナナの声。彼女は一瞬おいて
『……瞬殺で』


「ありゃりゃりゃ……。どこもかしこも、うちらの記事でびっしりだわ」
 出動のあった翌朝。どこで買い込んできたのか、ショーコはミーティングテーブルの上に所狭しと新聞各紙を広げまくっている。
 どの紙面も、彼女の言う通りStar-lineについて一面で取り上げている。
『各州を荒らしたテロリスト、遂に墜ちる』
『Star-line、凶悪テロドライバー機を完全に制圧』
『私設警備部隊の快挙・問われる治安機構の体制』
 踊るような見出しがつき、その下に写真入りで詳しく記事が書かれている。
 事の一部始終というのは、ここ数日、ファー・レイメンティル州にて治安機構や警察機構施設を狙ったCMDテロが連続して発生し、多数の負傷者を出す騒ぎになっていた。他州からの情報によれば、それが札付きのテロ組織特殊工作員の仕業らしく、州全体に非常警戒発令が出された。
 Star-lineとしてはグループ会社・施設への攻撃がなされない限り出動する何物もなかったが、治安維持機構Bブロック統括長サエロの(どういう思惑によるものかは不明だが)協力要請を受け、次の襲撃が予想されるG地区へと出動した。
 当初、サラは断るつもりでいた。
 出動すべき本来の事由に該当しないのに、わざわざ隊員を危険に晒したくなどなかった。
 が、彼女を翻意させたのは、ナナとリファの会話である。
 一同に集合をかけ、治安機構から出動要請があることを伝えた上でサラは
「――そういうことで、私達にも協力して欲しいと要請がきている訳ですが、Star-lineとしては必ずしもこれに応じる責任はありません。どちらかといえば、これは治安機構が処理すべき事柄ですから、今回の要請はお断りするつもりなのですが」
「……」
 これといって声がない。
 とはいえ、どことなく「面倒くさいからそうして」的な空気が漂っている。たださえ、Moon-lightsの騒ぎで精神が磨耗している時に、必要のない労力の投入などは御免である。
 じゃそのように、といってサラが話題を打ち切ろうとした時である。
「……今回は当たりよ、間違いなく」
 ぼそりとナナが口にした。
 すると、隣にいたリファがこっくりと頷き
「あ、あたしもそんな気がする。治安機構の襲撃予想って素晴らしい外し方してましたけど、今度はちゃんと当たるんじゃないかなぁ」
「……」
 幸運の女神と直感の女神が揃って言うのである。この二人の驚異的な幸運と直感は、一度も外れがない。サラはハタと考え込んでしまった。
 今まで両手を頭の後ろに組んで黙っていたサイが
「……治安機構じゃ、結果が知れてますね」
 路上にスクラップの山を築く、もとい築かれることであろう。
 ナナがうん、と返事をして
「テロリストの人、ちょっと調子に乗りすぎちゃったんじゃないかしら? その先にどういうつながりも感じられない。ここで、お開きみたい」
 つまり、仕留めるのは自分達であろうという、彼女の場合は憶測ではなく直感である。
 面倒くさげに踏ん反り返っていたショーコががばと起き上がり
「受けましょ。外れる博打なら打たなくていいけど、当たりが判っていて躊躇する馬鹿はないわ」
 ――そうして出動することになったStar-lineの面々。
 G地区に展開された治安機構B中隊の後方で待機していると、案の定各ポイントで治安機構機が次々と沈められているという報が続々と入ってきた。
 サラとショーコは応戦を決意した。
 決意させたのは、すぐ傍で慌てふためき支離滅裂になっているサエロの姿であった。
「サイ君、シェフィちゃん! 賊の行動範囲に踏み込むわよ! シェフィちゃんはオートライトガンの発砲を許可します。賊機を確認次第、速やかに仕留めなさい。――相手は札付きの凶悪テロリストよ! 投降喚起は不要です。いいわね!?」
「は、はい! あの、現場周辺に対する被弾損害は――」
「んなもの、とっくの昔に避難勧告出ているから! 残っている人間がいるとすりゃ、命の要らない奴だけよ! 何発撃ってもいいから、とにかく相手を停めなさい!」
 心なしか、ショーコも普段の落ち着きを欠いていた。
 が、一人、くそ落ち着きに落ち着いている者がいる。
 サイであった。
(何だか賊の機体、妙にあちこち飛び回ってやがるな……。これはひょっとして――)
 センサーが感知した賊機と思われる機体の行動トレースを見る限り、やたらと動きが多い。こういう手合いは機体の動きの良さに酔ってしまっていると思ってまず間違いない。銃撃が飛び交う戦場ならともかく、少数同士の、しかも格闘戦を演ずるような場合、機体をホイホイと派手に動かす必要などないというのが鉄則である。最小限の動きで相手を引き寄せ、ウイークポイントに的確に打撃を与えることがコツであって、互いに動き回っていても接触しない以上勝負のつきようがない。
『サイ、聞こえてる?』
「ナナか。どうした?」
『周辺立体図と照合してみたら、どうも暗がりとか物陰ばかり渡り歩いているみたいね、敵さん。不意打ちは得意そうだけど、あんまり利口じゃないわ』
 彼女の分析に、サイは確信を得た。
 傍受を警戒して無線発信を打ち切り、念のためシェフィと離れない位置まで機体を進めた。
(この辺りなんか、もってこいじゃねぇ?)
 旧建築物が立ち並ぶその一角は、再開発計画によって取り壊しが進められている。遮蔽物が多く、夜間で作業もないから一帯が闇に飲み込まれていた。
 無線は一切シャットアウトしているから、周囲の状況はつかめない。
 ただ、サイはMDP−0のセンサーの感度を最大に上げて賊が仕掛けてくるのを待った。たださえセンサーの塊のようなこの機体は、ネズミ一匹走っても感知することができる。まして対CMDともなれば、以前のような悪意のジャミングでもない限り、多少の遮蔽物があろうとも有効である。
 やがて、半径150m以内の機影が二機だけとなり、MDP−0の「耳」は短切ながらも断続した音を聞き分けた。それはサイ自身にも届いている。シェフィがオートライトガンをぶっ放したのであろう。が、賊機が停止した様子はない。むしろ、シェフィが相手の攻撃を受け損ねて小破くらいしたかもしれない。モニターに現示されているDX−2と思しき機影の動きが停まっている。
(奴、こっちに気がついている筈だ。となれば、DX−2を捨てて向かってくるだろう。間合いを近くとっておいたからな……)
 サイは、賊機のドライバーの習性を見てとっている。
 六機もの治安機構機をいちいち仕留めているのである。治安機構が狙いであろうからそれも変ではないのだが、かといってこの行為は危険極まりない。一機づつ相手にしている間に増援を呼ばれて包囲されてしまえば、いかに腕利きのドライバーといえども逃れる術は失われる。
 相当腕に自信があるか、己を捨ててかかっている。
 この場合、前者であろう。逮捕を覚悟でテロ行為を行うとすれば、わざわざCMDだけを狙ったりはしない。施設そのものに侵入し、破壊行為に及ぶのが常套手段である。
 機影が、背後から接近しつつある。
 だが、サイはじっとそれを待っている。
 機体のセンサーの精度、そして運動性を何よりも信頼している。背面にもカメラはあるが、闇が深すぎて使い物にはならない。赤外線モードも具わっているのだが、そんなものでは間合いを計り違えることもままあると、サイは経験で知っている。MDP−0が裏切ればそれまでだが、彼を日々メンテナンスして何より機体の隅々まで熟知しているのは誰でもない、サイである。
(来やがった。自分からわざわざ……)
 ――そうして、例の捕り物劇につながるのである。
 彼が仕留めたという報が流れるや、G地区は警察機構や治安機構、そして報道各社が一斉に押し寄せ、今度は現場がカメラのフラッシュや照明で昼間のように明るくなった。テレビや新聞社がStar-lineに取材を申し込んできて撤収作業の邪魔になる騒ぎになったが、そこは既にサラは手を打ってある。
 スティーレインの広報室にあたってくれ、という一点張りである。
 そのせいで、スティーレイン財団本社広報室は恐らく朝まで一睡もできないほど対応に追われたであろうが――。
 ショーコの声に、ユイやティア、リファがわたわたと寄ってきた。
「すっごーい! あたし達、ここまで取り沙汰されたのって初めてですよね?」
 心底感嘆したようなリファに、ユイも頷き
「ですよですよですよぉ! すっかりヒーローじゃないですかぁ。この州だけでなく、他の州にも」
「あ! あたし写ってる! ほらほら、ここ、ここ……」
 紙面の写真に自分が写っているといって喜んでいるティア。
 腰に手を当ててそんな三人を見ていたショーコは気分がいいのか、意味不明なティアの喜び様に突っ込みを入れることなく
「ま、それもこれも、サイ君とナナちゃんのコンビがいたからなんだけどね。あんまり浮かれてちゃだ――」
 とまで言いかけて、ハッと後ろを振り返った。
 その先には、自分のデスクに向かって、ずーんと暗く落ち込んでいるシェフィの姿がある。
「……私、サイさんのヘルプすら出来ませんでした」
 ショーコは引き笑いしながらシェフィに近づき
「ま、そう落ち込まないの。あんなヤバいの相手にして、掠り傷でやり過ごしてきたんだからさ。ぜんぜん上出来、上出来だってば」
 ポンポンと肩を叩いた。そのつもりはないのだが、された方は慰めとしか受け取りようがない。
「そうは言いますけど、折角オートライトガンまで持たせていただいて、普段特に射撃の練習までさせてもらっておいて、一発も当てられなかったんです。情けないじゃないですか……」
 余計に沈んでしまった。
「……」
 互いに顔を見合わせ、困ったような笑いを浮かべている四人。落ち込んでいる人間を立ち直らせることができるような思いやりが、この四人に具わっている筈もなかった。
 そこへ、お茶を煎れたミサがのろのろとやってきて、突っ伏しているシェフィの傍にコトリとカップを置いた。
「まぁまぁ、シェフィさんてば。私は素晴らしい活躍だったと思うんです……」
 ミサはほんわかと笑顔になった。
 いつも自分の意見も感想も言わないミサがそういうことを言ったので、シェフィは思わず彼女の顔を見た。
「ミサちゃん……?」
「はい。殺されずに命拾いしたことは、とってもすごいことです。私だったら、殺されていたと思うんです、絶対」
 慰めにも励ましにもなっていない。どころか、傷口に塩を塗ったようなものである。純度百パーセントの天然だけに、ダメージは計り知れない。
「うぅ……ミサちゃんまで……」
 ――もはや打つ手なし。
 行き場のない気まずさが漂いかけた頃、ガチャリとオフィスのドアが開いた。
「お早うございます」
 挨拶しつつ入ってきたのはサイとナナである。
「お! おはよーさん、二人共」
「あ、サイさんとナナさん! すごいですよぉ、これ見てください!」
 二人の姿を認めたユイがばたばたと駆け寄っていき、ミーティングテーブルの傍まで引っ張って行った。
「どぉですか!? 昨日の事件、どの新聞もこんなに取り上げてますよ」
 ゆるゆると紙面を眺め回している二人の傍で、ユイやリファがぴょんぴょん跳ねている。
 やがてサイは顔を上げたが、ちょっと首を傾げて「ふーん」と小さく発しただけであった。ナナに至っては無表情のまま、一言の感想もない。
 この反応にはユイやリファ、ティアにミサも驚いた。
「ふーん、って、何よそのリアクション!? 二人共、こんなに注目されているのに!?」
 たかだか僅かに写っただけで狂喜しているティアには信じられないらしい。
 ユイも
「ヒーローじゃないですか、ヒーロー! 何機もの治安機構機をスクラップにしたテロリストをやっつけて、街中どころか国中がびっくりしているんですよぉ!?」
「……あのさ、ユイちゃん」
 サイは興味なさげな顔でぼりぼりと頭を掻いている。
「ここまで騒がれる程あいつ、大したドライバーじゃないよ」
「はぁ? だってあのテロリスト、各州で重要指名手配までされていて、二十機を下らない数の治安機構機があいつのためにやられてるんですよ? それをたった一機で鎮圧したのに」
 この面々はじめ、世間ではそれが偉業だといわんばかりにこんな騒ぎになっているらしいが、サイにしてみれば、そこまで褒められたものかと言いたい。たかだか闇討ちと、ちょっとばかり曲芸じみた抜き撃ちが出来るドライバーに過ぎない、というのがやりあってみた感想である。確かに、ああまで徹底して不意打ちを繰り返せば、直線的な動作しか出来ない治安機構の十機や二十機、沈めることもそう困難ではないかも知れない。
「ありゃ、ただの卑怯モンだ。腕がいいんじゃなくて、悪知恵が回って小細工が得意なだけさ。まともに突っかかっていった治安機構の連中がやられる筈さ」
 数ヶ月前に対峙して制圧し、後に非業の死を遂げたヴィオとかいうドライバーのことをちらと思った。あれもまた精神構造といいやり口といい、決してまともではなかった。が、彼の場合は襲撃を白昼堂々とやってのけていたという点、昨日の相手よりはややましではないか、という気がするのである。
 ナナはさっさとデスクについて整理すべき書類を選り分けながら
「……そうね。サイの稼動記録、見た? MDP―0の五感をフルに働かせて、ヤツがぎりぎりまで寄ってくるのをじっと待っていたのよ。ヘタに動くから、みんなやられてしまっただけ」
「……」
 この二人に冷静にそう言われてしまえば、あとの面々は沈黙するよりない。やや気分がノッてしまっていたショーコも我が身の軽率さに気が付き、苦笑いを浮かべた。
 ただ、シェフィだけは真剣な表情で二人に向き合い
「そ、そうですよね? 私、迂闊に動いてしまったから、相手の術中にハマってしまったんですよね?」
 この自己批判と自己分析にのめり込むというより沈み込むタイプの人間には、そうだと言ってやるのが手っ取り早い。
 直接様子は見ていないが、ざっと報告書の概況を読む限り、おおよそシェフィの反省は間違っていない。近寄ってきたところを至近距離で撃ち抜いてやれば良かったものを、照準にこだわるあまり相手を追いすぎたらしい。おかげでDX−2は右腕一本をくれてやることになったが、サイはよくそれで済んだと思っている。短銃ならまだしも、両手が塞がる大型銃器を構えていて懐に飛び込まれれば、どういう対応の仕様もない。
「ま、そんなところかな。次の機会に反省が活きればいいんじゃないの。別に昨日だって、不意打ちくらっていながら上手く最小限の手傷に抑えているし」
 適当に、しかしそれらしく返答してやると、シェフィは初めてほっとした顔をして
「はい! 私、絶対に次はちゃんとやって見せますから」
 そんなやりとりをしているうち、サラがやってきた。
 今日は珍しく、セレアが一緒である。
「おはよう、みんな。昨日はお疲れ様」
 サラの表情は至って明るい。
「おはよーございまーす!」
 幼児のように声を揃えて挨拶する一同。どういう訳か、セレアがいると皆こうなる。
 当のセレアも担任の教師というより保母のように
「皆さん、おはようございます。昨日は大変素晴らしい活躍でしたね。お爺様もすっかり喜んでいましたわ。詳細な報告を受けた上で、必要な要望があれば聞いてきなさいということで、今日は朝から参りましたの」
 ふわっと微笑んでいる。
 さすが、ヴォルデの指示は迅速であると皆一様に思った。昨日の対応の不備・不足を、次の出動には解消しようという、治安機構などでは考えられない手の打ち方である。
 サラは窓を背にした自分のデスクのところまでやってくると
「じゃみんな、朝のミーティング始めるわね。出動概況を元にみんなが気が付いた点を言ってもらって、それを盛り込んでいくから。各自、昨日のデータを用意してもらえる? 打ち合わせはそうね、0820から始めます」
 各自が自分のデスクや共用PCで必要な資料の準備を始めた。
 その様子をにこにこと眺めていたセレア。
「リファさん、ちょっとよろしくて?」
「あ、はーい。今行きまーす」
 セレアがオフィスを出て行く。その後にリファがちょこまかと続いた。


 一際大きな窓のあるセレアの司令室は、朝の光が差し込み照明が不要なほどに明るかった。
 セレアはリファを促し、来客用のソファに座らせた。
 オフィスに設置されている、普段ショーコが寝転がったり踏ん反り返ったりしている一般のそれとは異なり、さすがに座り心地が違う。腰の沈み具合がなんともいえず、リファが無邪気に座ったり腰を浮かせたりしていると
「……リファさんたら。スカートが短いのですから、そんなことをするものではありません。スカートの中が見えてしまうでしょう?」
 自らも対面に腰掛けながら、セレアが嗜めた。
 無論、ふんわりおっとりとした口調だから、言われている方は嫌な気がしない。
 途端にリファはさっと両膝を揃えてちょこんと畏まり
「すみません。あんまり座り心地がよくて……てへ」
 素直に謝った。ショーコはバカだの何だのとよく罵るが、基本的に天然系で顔立ちが整っているから、ちょっと幼げがあって可愛らしい。そのふわりと長い髪もよく似合っていて、実はユイが真似をしようと髪を伸ばし始めていたのだが、口にしていないからリファが知る由もなかった。
 彼女はそのまま、他愛もなくにこにこしている。
 セレアは優しく彼女に眼差しを注いでいたが、ゆっくりと居住まいを正し
「……あなたにここへ来てもらってから、もう半年以上になりますね。調子はいかがですか? 困ったことはありませんか?」
 唄うように柔らかな調子の物言いをするセレア。
 急にそんな質問をされても特に用意のないリファは目をぱちくりさせた。下あごに人差し指を当てて
「えー……あたしですかぁ? うーん、これといってないんですよねぇ。ショーコちゃんが悪魔みたいに怖かったり、ナナちゃんとどうお話していいかわからなかったりしましたけど、今はみんな、別に普通で優しいし……まだちょっとショーコちゃんが怖いけど」
 思いついたままぼそぼそと口にしている彼女を、セレアは穏やかな表情で見ている。
「そうでしたか。ショーコさんは少し怒りすぎかも知れませんね。でも、あなたも彼女を怒らせるようなことをしてはいけませんよ? ショーコさんはみんなのお姉さんとして、サラ隊長を助けながらもみんなをまとめているのですから。リファさんはリファさんらしく、自分が今出来ることをすればいいのです」
「はい……」
 セレアが普段の自分に対して意見しようとしていると思ったリファは、竦んだような仕草をした。
 が、それに気付いたセレアは
「あなたを呼んだのは、別に叱るためではありませんよ? そんなに怖がらないで」
 微笑んでいる。
 しかしすぐに真面目な顔になり
「……とはいえ、とても大切なことをお伝えしなくてはならないのです。これからの事と次第によっては、リファさんに辛い思いをさせてしまうかも知れない。でも、私はあなたを保護した者の責任として、事実を包み隠さずお話しすることが大切だと思って、ちょっと時間をとってもらいました」
「……」
 何があるのだろうかと、リファは目を丸くしたまま固まっている。
 手を組んだり視線を下げたり上げたりしていたが、やがてセレアは真っ直ぐにリファを見た。
「リファさんにも現場へ出向いていただいた昨日の一件、今朝方、警察機構から私達の方へ情報開示がありました。本来ならば一施設警備会社に対してそういうことはないのですが、このお話だけは別だったので、警察機構の理解ある管理者の方が、わざわざお爺様と私に伝えてくださったのです」
「……」
 壁の向こうの廊下に、ショーコの馬鹿笑いする声が響いている。
 が、リファもセレアもそれには何ら気を向けなかった。
 いつの間にか、部屋中に緊迫した空気が流れ始めている。
「サイ君が鎮圧してくれたCMDのドライバー、これはテロリストですが、アーバロ・シュッドという男性でした。海外のアミュード・チェイン神治合州同盟でリン・ゼールに加盟してCMDの訓練を受け、各地でテロ行為を繰り返していたそうです。そのうち腕を認められ、特に優秀なドライバーと工作員だけを選抜して組織されているグループに入ったそうです」
 そこまでを耳にした時、ようやくリファの表情に変化が起こった。
 怯えたような、しかしやや辛そうに俯いていた。心なしか、青ざめている。
 セレアは大きく一つ息をして、話を続けた。
「容疑者アーバロが取り調べを待たずして自らそう告げたとのことです。そして、今回の一件は神が下した最初の裁きに過ぎない、神の命を受けた我が同志が今後、この腐敗した社会に鉄槌を加えるであろう、と。念のため、警察機構本庁では、カイレル・ヴァーレン警察当局に照合を依頼したそうですが、確かにこの男性の名前が重要指名手配犯リストにはあったとのことです」
「……」
「そして、これも未明のことですが、彼の逮捕が世界中に流れて間もなく、リン・ゼール下にある彼の所属組織より声明がありました。我が同志への迫害は許し難い。必ず、神は罰を下し与えるであろう、と。これはつまり、ファー・レイメンティル州でのテロ行為を示唆していると受け取るべきでしょう。時を措かずして実行に移される可能性があります。それも、リン・ゼールのネットワーク組織ではなく、声明を出した組織そのもの――」
「……ジャック・フェイン、ですね?」
 リファが反応した。
 いつもの天真爛漫な彼女ではなく別人のように真剣に、しかしながらどこか悲しそうな様子に、セレアは一瞬言葉を詰まらせたが、
「ええ、その通りです。そして、これは現地からの有力な情報ですが」
 溜め息をついた。
「――ウィグ・ベーズマン。ジャック・フェインの幹部である彼がどうやら生きていて、既に自らファー・レイメンティル州に潜伏している可能性がある、と」
 その人名を耳にしたリファは、ほとんど泣き出しそうになっていた。







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