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Star-line
作:北野 鉄露



Vol.5 暗い月明かり、微かな星の瞬き(6)


 そんな折、技術提携の関係にあるハドレッタ・インダストリー社の開発部担当がStar-lineを訪れた。
 ジェノア・フィールという中年の女性技術者で、希にこうしてやってくることがある。ハドレッタからCMD可動部の技術試供を受けているためで、DX−2に搭載しているそれの具合に関する聞き取り調査である。
 ファー・レイメンティル州とネガストレイト州にわたって成長したハドレッタ・インダストリー社はCMD業界最大手といっていい。両州におけるCMDシェアの約4割強を占めており、スティケリア・アーヴィル重工が及ぶところではない。土木作業用重機が主力商品だが、次世代機開発プロジェクトにおいて技術革新の必要に迫られ、素材研究開発で一歩リードしているスティケリア・アーヴィル重工と技術提携を結ぶことで合意に至った。独自の制御システム・ボディフレームのノウハウを蓄積していたハドレッタからの技術供与は、その面で遅れがちなスティケリアとしても渡りに船といえた。
「いやいや、困ったものですよ、あの黄色い警備屋には」
 応接ソファに腰掛けるなり、ジェノアがこぼし始めた。
「どこからともなく現れて、勝手に警備行為を始めるものですから。こちらはこちらで正規に契約した警備会社もありますし、ある程度なら施設警護が可能な警備組織ももっているんですよね」
 聞いていたショーコは苦笑いしながら
「ニュースは観ていますよ。うちだけかと思っていたら、ハドレッタさんにもちょっかいを出していたんですねぇ。ホント、何考えているのかわからないですよ、あの黄色い警備屋は」
 そういうネーミングが定着しつつある。
 ファー・レイメンティルのどこを探しても、ああまで派手な塗装を施したCMDなど、あれ以外には見つからないであろう。何故あの色なのか、事あるごとにショーコやサイ、ユイの話題にあがってはくるものの、誰もその理由がわからない。
 そして自分達だけが根拠の不明な警備妨害行為を受けているのかと思っていると、一昨日はハドレッタ・インダストリー社のセカンドファクトリーでも同様の事象があったとのニュースが流れた。手口は一緒で、所属不明な機体の接近を察知して専属の警備部隊が出動してみると、既に所属不明機はスクラップになって転がっていたという。目撃証言によれば、黄色く塗装された完全人型機が現れて工場内に侵入しようとした所属不明機二機をあっという間に屠っていってしまったらしい。
 ショーコが言ったのはその一件である。
 が、ジェノアは笑わずに
「昨晩はミネアノスさんでもやられたそうですよ。どこまでふざけた真似をするんだか」
「ミネアノスも!?」
 これにはショーコも驚いた。
 ミネアノス重工はハドレッタに次ぐ大手CMDメーカーである。CMD制御システムに秀でている同社は各種作業用CMDの製造を主としているが、ファー・レイメンティルを主な基盤としており、ハドレッタほど他州・他国でのシェア率は高くない。言ってみれば、テロ組織に目を付けられるべき動機は決して強くないといっていい。実際、ここしばらくミネアノスを狙ったテロ行為はほとんど報道されていない。
「あそこは社長さんが昔気質の頑固な方でしょう? たいそうお冠だそうでして、アルテミス社には早急に抗議をするそうですよ。それで、どうせなら連名でも構わないって、当社に打診があったんです。――ああ、御社のヴォルデ会長とは確か親しい方でしたよね? 今頃、会長さんの方にもお話がいってるのではないかしら」
 独り言でも呟くように言って、溜息をついたジェノア。
「……あの黄色い警備屋、後始末、しなかったんじゃありません?」
 ショーコが含みを込めた質問を投げると、ジェノアは思い出したと言わんばかりに身を乗り出し
「ええ、ええ、そうなんですよ! 御社のケースもそうだったと伺っていますけど、うちの時もそうだったんですのよ! コックピットブロックを一撃しておいて腕部や脚部を裂撃したりなんかして、何て残忍な手口なんでしょう! 事もあろうに、ドライバーがそのまま置き去りにされていたんですから。相手がテロリストだからって、負傷させたまま放っておくなんて、人間のすることじゃありませんよ」
 いささか興奮気味にまくし立て、しまいには卓をドンと一撃した。
 普段は落ち着いた技術者風だが、ふとした瞬間に一般の中年婦人を垣間見せるこのジェノアが、ショーコは嫌いではない。他所の家庭の噂話に興味があっても、人が傷ついたり死んだりするような話になると嫌悪感を示すというのは、正常な中年婦人の反応であろう。
 ふと表情を消したショーコ。
「あたしも、久しぶりにあんなものを見せられましたよ。怪我をして血まみれになっている人間なんて。職務上仕方がないとはいえ、出来れば遭遇したくないものです」
 脳裏に、片腕を酷く損傷してシートの上で苦しんでいるまだ若いドライバーの姿が浮かんだ。
 結局、彼は片腕を失ったという。
(やっとこさ、忘れられそうだったのに……)
 ようやく薄れつつある遠い、忌まわしい記憶を呼び覚まされたようで、胸の奥がキュッと疼くように痛みだした。
「――ショーコさん? 何か……?」
「あ? いえ、あ、はは……すみません。何度思い返しても嫌なものだなぁ、って」
 ほんの一瞬、呆っとしてしまっていたらしい。
「ともかく、あんなことは絶対に許せませんわ! 次に何かあったら、タダじゃおきませんことよ!」
「……同感です。テロは絶対に悪ですが、そもそも人間を傷つけ命を奪うこと自体が悪ですから」
 互いに現場間での連携を密にしましょう、と言ってジェノアは帰って行った。

 
 夜、サラがハンガーから戻ってくると、オフィスでショーコがテレビを観ていた。
「……ショーコ、DX―2のBサス、大分余っていたわよね? あれ、どこかに保管してあるかしら?」
 応接用のソファに踏ん反り返っていたショーコ。作業服の胸元がもろ肌脱ぎに開けっぴろげで、しかも脚をどっかんと卓の上に乗せている。
 彼女はぐりっと首だけを傾け
「ああ、あれね。バカ娘が大量に発注してくれたから、当分困らないわよ。――なんか使うの?」
「ええ。スティケリアの方で、余っているなら引き受けるからって連絡が。――ショーコったら、ひどい姿よ? 嫁入り前なんだから、誰も見ていなくてもそんな格好しないの。胸元そんなに見せちゃって、サイ君とかリベルさんが入ってきたらどうするのよ?」
 ショーコは傍にあったファイルケースを扇いで胸元に風を送りながら
「だって、今日は蒸すんだもの。リベルさんならちょっと困るけど、サイ君ならぜーんぜん。幾らでもどーぞー、って。こんなんでいいなら」
「……ナナちゃんに嫌われるわよ」
 今思い出しても、あの嫌われ方はぞっとする。最初から敵視されることのなかったショーコは、その恐ろしさが理解できないらしい。
 ショーコに苦情を述べても糠釘にしかならないことを知っているサラは、それ以上何も言わないことにした。言ったところで聞くでもなし、かといって、隊員達の前ではそういう姿を見せるような彼女でもないことは、理解しているつもりである。
 デスクに戻ろうとしてふとテレビの画面に目をやった。
 画面の奥で、無数の数字がチカチカと目まぐるしく変動している。株価情報の番組であった。
 じっと株価情報を眺めているショーコの姿に、サラはどこか滑稽な感じがして
「ショーコ、あなた、株なんか買うの?」
 軽くからかってみるとショーコは
「いんや−。あたしは未来の心配より今日の楽を選ぶわよ。株なんかに投資するくらいなら、思いっきり上等の酒でも飲むわ」
 リベルに味見させてもらった、オールド・クラシック・エクセレント四十年の芳香を思い出していた。
(そうよね。そう言うと思った)
 将来のことをちまちま考えるようなショーコなど、どうもしっくりこない。
 チェアに腰掛けて日誌を書こうとしていると
「……ここ最近、上がっているみたいよ。アルテミスグループ各社の株」
 ショーコがそんなことを言った。
 日誌を書くペンを走らせながら
「そう……。Moon-lightsが悪さを仕出かしたところで、製造部門やサービス関連会社は関係ないでしょうからねぇ」
 とまで呟いてみて、サラはふと手を停めた。
(確かに、関係はないけど――でも、急っていえば急よね)







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