Vol.5 暗い月明かり、微かな星の瞬き(5)
その翌日のこと。
夕刻、G地区・スティーア総合病院からの緊急発報を受信し、サラとファーストグループが出動した。
が。
彼等の前には、またもや破壊しつくされた賊機の残骸だけが取り残されていた。
「なにこれ? 賊が全滅しているじゃないのよ」
サラが呆然としていると、ユイがくいっくいっと彼女の制服の裾を引っ張った。
「たいちょお、この間とおんなじですよぉ。また、黄色い奴らじゃないですかぁ」
既にこの状況を経験済みの彼女は、今日は落ち着いている。
「……しかも、コックピットハッチも閉じたままね」
そう呟いて転がっているコックピットブロックの傍へ近寄っていったナナ。例によって何度も強い打撃をくらった形跡があり、装甲はかなりめり込んでしまっている。原型などはすっかり失われている。
彼女は中の様子を窺うようにしていたが、すぐに振り返り
「……今回もいるわよ。呻き声が聞こえる」
「なんですって!?」
サラは思わず叫んでいた。
どこまでふざけた真似をするのだろうと、驚くより先に腹が立った。
「サイ君! 機体を起こして頂戴! ナナちゃんはバックアップ、ユイちゃんは病院に緊急搬送体制をとるように依頼してきて!」
(またこのパターンかよ……)
内心でぼやきつつ、サイはコックピットにすべり込みMDP−0を起動させた。同じ手口だろうとテロリストだろうと、目の前で大怪我を負って呻いている人間を救助しない訳にはいかない。
都合二機、よってドライバー2名は間もなく救助され、そのまま病院に収容された。言うまでもなく、瀕死の重傷である。
ひとまずやることを終えたサラは、病院関係者から目撃した状況を聞き取ることにした。
病院側の目撃者によると、賊は施設の東側から接近してきたらしい。二機であった。
慌ててStar-lineと治安維持機構へ通報しつつ患者を避難させようとしていた矢先、南側から黄色い人型のCMDが現れ、またたく間に賊機を仕留めてしまったのだという。
(南側? ってことは……)
巨大な病院の建物に目をやったサラは、直ぐに理解した。
病棟は強い朝日や西日を避けるため、南側に窓があるように設計されている。
つまり、黄色い警備屋の機体は殆どの入院患者の目に触れているということになる。それも、颯爽と現れて悪のテロリストを鮮やかに退治している姿が。
(何て奴らなの……。芝居にもほどがあるわよ)
呆れて物を言う気にもならない。
ふと、施設から外来患者らしい中年の女性が出て来た。
彼女は通り過ぎようとしてサラの姿を目にすると
「……ちょっと、あなた。グループの警備会社なんでしょう? 他所様に守ってもらってどうするのよ。頼りないわね」
吐き捨てるように苦情をぶつけてきた。
「はあ……。申し訳ございません」
誰もあの黄色い警備屋に守ってくれなどと頼んだ覚えはない。が、襲撃された側にすればどこの警備会社であれ、早く駆け付けてきたのが正義で遅れた方が怠慢ということになるらしい。これがグループ会社社員なら少しは事態を理解するであろうが、ここは病院である。部外の人間が多数いる。
世間の見方とはこういうものかと、サラはあらためて思い知った。
一方で、いいところ取りをして後始末もせずにいなくなったMoon-lightsに対して怒りが込み上げてくる。前回こそ彼女は不在だったが、こうして現場に立ち会うと、その不条理さを嫌というほど感じざるを得ない。
そうしているうち、東側から白色塗装の大型トレーラーやら装甲車が何台もこちらへ向かってくるのに気が付いた。赤色の回転灯が回っているから、治安維持機構と警察機構である。
(今さらやってきたところで……。どうにもならないわよ)
車両は病院正門前で停止した。
と、一台の指揮車から中年の男が降りてきた。
治安維持機構Bブロック統括長のサエロ・トレッティーノである。
彼はしかめっ面であたりをしげしげと眺め回していたが、Star-lineの面々に気が付くと途端に相好を崩しながら近寄ってきた。
「これはこれは。大変手際の良いことですな。流石はヴォルデ会長指揮下のStar-lineだ」
相当嫌みったらしく聞こえるが、これでもこの男の精一杯の世辞らしい。以前ヴォルデに厳しい指摘を受けて以来、サラ達Star-lineに対する態度が一変してしまっていた。
サラはやれやれ、といった表情で両手をあげ
「……残念ながら。私達の出る幕ではありませんでしたわ」
「ほう? これはまた、謙遜など。そうすると、この賊機を片付けたのは一体……」
厄介な連中相手に彼女はかなり物憂くなっていたが、状況を詳しく説明してやった。
「――そういうことですので。あとの実況見分はよろしくお願いします。必要なことがありましたら、Star-lineとしては協力いたしますので」
「いや、ご協力感謝しますぞ。テロリストとはいえ、人間の端くれですからな。あとは、我々と警察機構の仕事ということで。――おい、二、三人来い! まずは病院関係者と――」
これ以上、ここにいてもStar-lineとしてはどうすることもできない。
レシーバーのマイクをつまみ上げ
「……みんな、聞こえてる? 警察機構も来たし、私達は撤収します。サイ君はMDP―0をキャリアアップして頂戴。デッキダウンが完了したら一報よろしくね、ナナちゃん」
『了解』
撤収の指示を出しつつ自分も特殊装甲車に乗り込もうとした時である。
通りの反対側から、一人の男が近寄ってきた。
歳の頃は三十代であろう。ちょっとよれたラフな服装に、肩掛けの鞄を持っている。気配に気が付いたサラが視線を走らせると、彼はペコといい加減に頭を下げて見せた。軽く愛想笑いをしているが、目が笑っていない。
「私、こういう者なんですが。――ちょっとだけ、お話聞かせてもらえませんかね?」
そう言ってちらと見せた名刺には『ファー・レイメンティル経済新聞 社会部 ドエン・ボウ』とあった。
例の新聞社である。
既にサラは身構えている。
「お話と言いますと? グループ施設を警護出来ていないことについてでしょうか?」
自然と口調にトゲを含んでしまう。そもそも、アポもなくこっそりと忍び寄ってくるという真似をされた時点で、相当不愉快になっている。
「先日、おたくの報道室から声明がありましたよね? うちの記事内容のことで。確か、テロリストといえども人命救助をすべきである、でしたっけ?」
嫌な予感がした。
もしかすると、スティーレイン側からそういう発表がなされることを見越してああいった記事に仕立てあげていたのではなかろうか? とすれば、こちらは思惑にはまってしまったということになる。
相手に邪な意図がある以上、揚げ足をとられるようなことになっては敵わない。
「上の許可なく取材を受けることは出来ませんので。報道室の方を通してください」
口早に言い捨てて作業に戻ろうとしたサラ。
が、ドエンはしつこかった。
「そう言わないでくださいよ。あの記事にしたって、私が書いたものじゃないんですから。……それより、どうなんです? 昨年発表された国家機構の新テロ対策実行プログラム骨子では、破壊行為についてはその阻止と被害の最小化を最優先とする、とあった筈ですよね? ところが、おたくのこの間の声明じゃ、この骨子とどうも一致してないと思いませんか? ねぇ、どうなんです?」
どうにもサラは、こういうねちっこい男には生理的嫌悪感を覚える性質である。
思わず怒鳴りつけてしまいそうになるのを、気が遠くなるような思いで我慢していた。
「一部では、テロ組織を擁護する発言ともとれる、という識者の声すらあるみたいですよ。このまま黙っていたら、なおもどういう印象を与えるかわからないと思いますがねぇ。……私も急がしいんですよ。何とか、コメントいただけませんかね?」
二流、三流記者のメディア記者とは常にこういうものである。
一方的に取材を仕掛けておいて、自分の都合をどうのこうのと言い始める。取材対象への配慮などは微塵もあったためしがない。記事も記事なら書き手も書き手、低俗下劣であることこの上ない。取材した事実に基づいて記事を書くのではなく、最初から記事の内容ありきで、それに都合のいい言質を引き出すために対象に接近する。
記者というのは一般に卑しい職業といわれるが、職業自体が卑しい理由はないであろう。
それに就く人間に、卑しい者が多いだけのことである。
本来は事実を事実として自分の足で集めたことを広く世に知らしめる崇高な使命であるといっていい。
大体、新テロ対策プログラムには「その構成員を無条件に殺傷してもやむを得ない」などとは一字も述べられていない。破壊行為を阻止できたならば、賊機のドライバーの人命は守られなければならない。このドエンが言っているのは記者がよくやる誘導のためのこじつけである。ちょっと考えれば、そういう関連性でもってとらえる必要は全くないといっていいことがわかるものである。
「言った通りです。私からは何もお話できません」
言い捨てざま背を向けようとした。
これ以上、相手にするだけ時間の無駄である。
「待ってくださいよ! まだ何も――」
ドエンがそう言って腕をつかんできた時、ついにサラは我慢の限界がきた。
「いい加減に――」
振り返りざま怒鳴るか殴るか、してしまいそうになった瞬間である。
「……隊長」
目の前に、いつやってきたのか、ナナがいた。
彼女は無表情のまま、
「あたしが、相手するから。隊長は病院側との最終確認をお願いします」
「あ……? え、ナナちゃんが? でも、こいつは――」
思わずこいつ呼ばわりしてしまった。ナナの意外な申し出に、戸惑うサラ。
が、例え隊長のサラの発現でなくとも、この下品な記者は何らかの形でStar-lineの発言として言質を取るであろう。彼女は一瞬そのことを心配した。
ナナはサラに視線をやって軽く頷きつつ、ビシッとドエンを指した。
「……そこのあなた。隊長は忙しいから、あたしが代わりに聞くわ。いいでしょ?」
サラとナナの顔を交互に見つめていたドエン。やがて下品な笑みを浮かべ。
「まあ、いいですよ。お話が聞けるのであれば、誰でも」
「ひーっひっひっひ――」
床に転がって笑っているショーコ。「バッカじゃないの、そいつ。自業自得じゃん」
その傍らでは、ティアやシェフィ、ブルーナがやはり笑っていた。
本部舎に戻ってくるや、G地区での一部始終をユイが話して聞かせたのである。
――サラが柄の悪い記者・ドエンに取り付かれて困っていると、ナナがやってきて彼女と代わった。
ドエンはデジタルレコーダーの集音部をぐっと彼女の顔に突き付け
「じゃあですね、テロ対策実行プログラムとおたくの声明との関連について……どうです?」
「……」
「質問の意味、わかってる? 要は――」
先ほどサラにぶつけた質問を、ドエンは繰り返した。
「……」
ナナは口を開こうとしない。
魚のように表情を鈍くしたまま、じっとドエンの顔を見つめている。
次第に、彼はイライラし始めた。
「ああっ、だから! こっちも忙しいんだよ。答えられないなら、誰か話のわかる人連れてきてよ。さっきの隊長さんとかさぁ」
なおも沈黙を守り続けているナナ。
ドエンがかぶせて何かを言いかけようとした、その時であった。
「――ああっ! この嘘つき野郎じゃねぇか! やっと見つけたぞ!」
荒々しい男の声がした。
ハッとして振り返るドエン。
その先には数人の男達がいて、形相凄まじく彼を睨み付けている。
「手前ェ! よくもあんな嘘を書きやがって! 」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 違うんだ! 上の者から言われて――」
思いも寄らぬところで望まぬ相手に遭遇してしまったせいであろう。
彼は慌てふためいた様子で、二、三歩後ずさった。
「るっせぇこの野郎! タダで済むと思うな!」
何がどういう事情なのか、Star-lineの面々にはさっぱりわからない。
が、彼らがこのドエンの書いたろくでもない記事によって被害を被った連中なのであろうということだけはとにかく理解できる。
Star-lineへの取材どころではなくなったドエン。這々の体で逃げ出した。
西へと駆けていった彼を追って、男達も走っていく。傍にいたナナやサラには目もくれない。
この分では、つかまってどつき回されるのも時間の問題であろう。この辺りは区画整備が進んでいて身を隠すのに相応しい場所などない。
見る見る遠ざかっていく彼らの背中を呆然と眺めていたサラに
「……どうします? 隊長。あいつ、無事に帰れるとは思えませんが」
まったりとした調子で、サイが尋ねた。
「え、ええ……。せめて、警察機構に通報くらいしておこうかしらね。まさか、殺されはしないと思うけど」
サラは病院正門の方へと走っていった。警察機構に通報するつもりらしい。
程なく、男達が向かった方角から「勘弁してくれ!」という悲鳴のような声、それに怒号が聞こえてきた。ドエンは追いつかれてしまったらしい。
あの激怒した男達の調子ならば、少なくとも何発かは無条件でどつかれるであろう。
が、サイは助けに行こうとするでもなく
「――やっぱり、ダメみたいだな」
ナナはサイの顔を見て微笑し
「そうね。でも、あの人が自分で招いた災いだから、どうしようもないじゃない?」
「ああいうことになるって、気付いていたのか?」
「何となく、ね。あの人にすごく良くない気配が感じられたのよ。何かあるんじゃないかと思ってたら隊長が迷惑させられてたんで、代わってみた。……案の定だったけど」
と、事も無げなナナ。
――この出動の状況はその夜、すぐセレアの耳に入った。
サラから逐一報告を受けた彼女だけは別な反応を示した。
「……確かに、緊急発報受信から現場到着まで、十五分だったのですね?」
「間違いありません。端末にもログが残っていますが、通信が1758、G地区は直ぐ目と鼻の先ですので、急行して記録を開始したのが1812です。ファーストグループはSSで待機でしたから、一分かからずに出動が可能な状態でした」
セレアはくるりと背を向け、しばらく窓の外の闇を見つめていた。
やがて彼女の長く美しい髪がゆったりと揺れ、再びこちらを向き
「――サラ隊長。到着から制圧、撤収までものの十五分で可能だとお思いになりますか?」
ああそういうことか、と頓悟した。
彼女も同様の疑問に突き当たっていたのである。
余りにも、早すぎる。
「つまり――」
「ええ。おかしなこともあるものですね」
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