Vol.5 暗い月明かり、微かな星の瞬き(4)
翌朝。
宿舎棟で起床したサラは、ドアポストから新聞を抜き取った。
チェアに腰掛けつつばさりと広げた瞬間、
「――何これ?」
社会面の記事を目にした彼女は、目が点になった。
『アルテミスグループ警備会社Moon-lights、スティーレイン系施設をテロリストから警護』とある。
さらに、見出しの下にはポイントの小さい字で『未然に犯行を予知 鮮やかな鎮圧劇』。
ここまではよかったが、記事を目で追っていくと
――現場付近にMoon-lightsがいたことで、スティファノサービスは難を逃れたという指摘は避けられない。スティーレイングループ系警備会社Star-lineが到着したのは襲撃予知から四十分余り経過してからであり、同グループのセキュリティ体制について問われる可能性がある。
ショーコから概ね報告を受けてはいたが、まさかメディアにこういう書かれ方をするなどとは、思いも寄らなかった。守られた、といえば嘘はないが、それ以上にMoon-lightsの対応は常軌を逸していたということも、彼女は聞いていたのである。
紙面はMoon-lightsを賞賛する一方、いかにもStar-lineに手抜かりがあったかのような調子になっている。どっちが先に到着したかという点だけを抜き出して新聞記事にすれば、そうもなろう。が、問題はその対応にある。聞けば、Moon-lightsの機体はいきなり賊の背後から銃撃を浴びせたというではないか。サラはそういう卑劣なやり方を隊員達に許した覚えはない。
が、そのあたりは些かも触れられておらず、何も知らない人間が読めば記事の通りに受け取るしかないのである。
「ちょちょちょ、これはないじゃない! 何なのよ、一体?」
サラは新聞を放り出すと、急いで電話をかけ始めた。
「……あの、おはようございます。サラですが。こんな時間に申し訳ありません。実は――」
それから一時間後、Star-line本部舎司令室。
セレアの前に、サラとショーコが並んで立っている。
この二人が揃って報告に上がることも珍しい。昨夜からの一連の事象を受け、早朝からセレアはStar-line本部舎に出向いてきていた。
昨日の出動指揮を執ったショーコがセレアに説明している。発報受信から時間を追って出来事を詳細に話して聞かせ、
「――という状況でした。残念ながら、賊の一機は本体搭乗部右側を撃ち抜かれておりまして、ドライバーは瀕死の重傷です。病院から聞いた報告では、ほぼ片腕は見込みなしだとか。まだ、若いドライバーだそうです」
黙ってショーコの報告を聞いていたセレア。
さすがに、いつもの穏やかなそうな表情はなかった。
苦渋が指す意味は、Star-lineが遅れをとったという記事に対してではないであろう。
薄曇りの天候のせいか、室内は心持ち暗い。
沈鬱な面持ちで考え込んでいた彼女は、ややあって顔を上げると
「……サラ隊長にショーコさん。このファー・レイメンティル経済新聞の発行元についてご存じですか?」
唐突な質問にショーコは面食らったが、隣のサラは
「確か、シェルヴァール経済新聞のSV社ですよね? 向こうでは大手三社に入っている筈ですが」
新聞を余り読み込んだりしないショーコに比べ、彼女は毎日きちんと隅から隅まで熟読している。それに、社会情勢に対して広く情報をとるようにしているから、それくらいのことは認識していた。
セレアは軽く頷き
「その通りです。しかもこのSV社、数週間前に報道大手フォン・ソラバーラ系列から離れてアルテミスグループ傘下に入っているのです。他紙に押されて発行部数が落ちていたところを、上手い具合に買収されたみたいですわ」
「え……」
互いに顔を見合わせたサラとショーコ。そういう事情があったとは、夢にも思わなかった。
筋書きが出来すぎている。
「あのー、その話は、どこからどういう……」
ショーコがおそるおそる尋ねると
「スティーレインと資本提携のあるFRタイムズ社の人から先ほど聞いた話ですわ。ちょっと気になったので、試しに訊いてみたら教えてくれましたの」
さすがはセレアである。ポイントを的確に押さえている。
「そ、それじゃあ……」
「ええ。どういう見方をしても、作為的であるという印象は拭えません。単に、私達を利用してグループのイメージアップを図る目的なのか、あるいはもっと他に意図があるものなのか。それはよくわかりませんが」
「……こりゃあ、マジ悪質だわ」
ぼそりと呟くショーコ。
悪質なのは同感として、サラには一つの懸念がある。
「事は、これで終わるとは思えません。むしろ、私達の隙を衝いてなおもこういった行動を起こしてくる可能性は非常に高いと思われますが」
「私も、そう思いますわ。今にして思えば、二ヶ月前のあの時から既に予兆はあったのですね。これはここだけの話なのですが――」
セレアは、一昨日財務機構庁舎でヴォルデがアルテミスグループの会長と接触した件を話した。何の脈絡もなくガルフォ会長は不意にStar-lineの名を口にし、意味深な呟きを残して去って行った。それを不審に思ったヴォルデから、二ヶ月前の出動記録について調べておくよう指示があったばかりであるという。
「会長にもそんなことが……」
半ば呆然としているサラ。ヴォルデにまで話が及んでいる以上、事の重大さを思い知らされたような気がしたのである。
眉をしかめつつショーコは腕組みをし
「いよいよ、怪しいわね。何を考えているのかわからないというよか、いかにもこう考えてます、的な雰囲気を漂わせてるところが何とも厭らしいじゃない。本心は全然あさっての方向にあるんでしょうね」
「正直なところ、ショーコさんの言う通り、素直にグループのイメージアップを目的としているとは思えません。もっと深刻な、決して私達にとって不利益どころか損害をもたらすような、悪意に満ちた何事かを感じます。……これはお爺さまも同じ考えですが」
「ほ……」
ヴォルデやセレアと思惑が一致している以上、この段階で自分達があれこれ詮索する必要はなさそうだと二人は思った。この一件、一警備会社の隊長レベルが騒いだところで相手にされるような問題ではない。ヴォルデやセレア級の人間が声を上げたならば、初めて新聞社も襟を正して向き合わざるを得ないであろう。
「ともかく」セレアは言う。
「まず、この記事についてはお爺さまも既にご存じですので、対応については私達に任せていただきましょう。一方で、各グループ会社には、賊の襲撃に対する警戒はもちろん、周囲に不審な動きがないかどうかを逐一報告させるようにいたします。さしあたって、対応はそれしかないでしょう。当分、STRは警戒レベルサードで巡回体制を強化させます。Star-lineとしても、しばらくはD2NC体制でお願いします」
「……わかりました」
二人は頷いて見せた。
日中は2グループとも待機状態とし、夜間は2グループが交代で警戒にあたる体制である。ほとんど詰めっきりになるので、おちおち休んでいる余裕はない。寝酒が飲めなくなるショーコはちらと憂鬱になったが、そういう我が儘を言っていられる状況ではないと思い直した。以前の彼女であれば、こっそり飲んで知らんぷりを決め込んでいたかも知れないが。
ショーコの提出した報告書に再び目を落としたあと、セレアは露骨に苦い顔をした。
「……それにしても、テロリストとはいえ、ドライバーも大変な災難に遭ったものです。取り押さえられればどういう手段も問わないというのでは、目的がどうあれテロ行為と何ら変わるところがないと私は思いますわ」
口調は穏やかだが、言葉裏に彼女の静かな怒りがこもっているようである。
Star-lineの面々はセレアを筆頭に、根本的に人が傷ついたり死んだりすることが嫌いに出来上がっているらしい。
実のところ、昨日の救出場面において、コックピットの悲惨な状況を目の当たりにしたユイとミサなどは気を遠くして倒れてしまった。二人が脱落してトレーラーの後部座席で横たわっているという状況で、特にナナとティアの迅速な行動が際だっていた。ティアは血まみれの負傷者にも動ずることなく、いそいそとコックピットから助け出したり止血したりするという甲斐甲斐しい働きをみせた。ショーコなどは「あのバカ娘がねぇ……」と感心したものである。
その詳細を先ほどショーコから聞かされたセレアは
「サイ君達が懸命に人命救助作業にあたったことは、スティーレイングループ報道室の方から発表するようにします。そうすれば、この記事に対する反論として少しは効果がある筈ですから」
いい対応だとサラは思った。
単に記事に対して反論するよりも、人道的な作業をアピールする方がイメージとしてはプラスになるであろう。それに、事実を事実として公表しなければ、Moon-lightsは単なるヒーローに終わってしまう。闇の処刑部隊など、この市民社会にあってはならないのである。
「繰り返しになるようですが、今後もMoon-lightsが同様の横槍を入れてくる可能性は高い、というよりも間違いないでしょう。大変な負担をかけますが、みなさん、どうかよろしくお願いいたします」
さっと姿勢を正し、敬礼して見せるサラとショーコ。
「了解しました」
司令室を出て廊下を歩いていると
「……あれ? サラ、この記事さぁ」
手にした新聞を眺めていたショーコが素っ頓狂な声を出した。
「何?」
「Moon-lights側の談話が全く書かれていないじゃない。普通、隊長なり誰か、コメントくらい載せるじゃないよ?」
新聞を受け取って記事を目で追っていくと、確かにショーコの言うとおりである。
論調に憤慨するあまり、見落としていた。
「本当ね。これじゃ、新聞社が一方的に記事にしたのと同じじゃない。私達にしてみれば、一方的に書かれているんだけど」
何気なく口にしているうち、サラはハッとした。
(……これ、予定稿のまま!? って、まさかね……)
そこまで茶番化されている筈はなかろうと思いつつ、疑念は消えない。
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