Vol.5 暗い月明かり、微かな星の瞬き(2)
応接室では、サラが若い刑事二人と話しこんでいた。
「では、最も直前の出動は先月二十六日にI地区でのグループ役員警護、ということで間違いないですね?」
「ええ。新人が四人も入ってきて体制も変わったものですから、今しばらく養成に時間がかかりそうなんです。こうやって篭っているのも、いいんだか悪いんだか……」
何かと打ち合わせの多いこの二人の刑事とは、サラはすっかり顔馴染みになっている。
ディットという男性刑事に、ミジェーヌというこちらは女性の刑事である。両者とも警察機構に入ってからまだ何年と経っていないバリバリの新人なのであった。モノクロのスーツがまだどこかぎこちない感じすらしている。
彼女が隊の原状を仕方なさそうに言うと、彼等は可笑しそうに
「いいことじゃないですか。我々なんぞ、新入りは即刻外に出されて夜まで署に戻らせてもらえないんですから。体で覚えるのが教育だのなんだのって……。本当、体育会系ですよ、警察機構は」
肝心の用件が済み、ディットがどうでもよい話を始めたのを機にミジェーヌは
「では、これにて失礼いたします。ご協力、ありがとうございました」
立ち上がった。
一礼して部屋を出ようとしたとき、ディットがふと、
「……そうそう。こっそり、ですけど耳に入れておきますね」声を潜め「実は、例のA地区襲撃事件で逮捕されたリン・ゼールの主犯格の二名、いましたよね?」
「え、ええ」
実際に本人達と面会したりはしていないが、色々と聞いてはいる。うち一人は、ナナを狙撃した男であるという。
ディットの目が鋭くなった。
「……この二人、最近立て続けに病死しちまったんですよ。まだ取り調べの途中だってのに」
「まぁ! 死んだなんて、どうしてまた――」
サラは素直に驚いた。
「――それも、急にですよ。ちょっと様子がおかしいといっていたら、翌朝には独房で息をしていなかったらしいんです。司法解剖の結果、体内から有毒物質が検出されたみたいです。それも、体内に長いこと蓄積されて初めて有害になるような、微妙なヤツだとか」
忌むべき話ではないか。
サイやナナに危害を加えたテロリスト達であるとはいえ、そうやって使い捨てされ、果ては命まで奪われるなど、あっていいことではない。
複雑になろうとする心境を抑えつつ、サラは
「手の込んだ口封じよね。捕まってから、多少は供述しちゃったんでしょ?」
「ええ、まあ。顔に傷のある狙撃者の男、グロッドっていうんですが、多少自白したんですが、ドライバーの方はだんまりのままだったんですがね。……って言っても、このタイミングは普通じゃないですよ。捕まってそろそろ何か言いかけるかも知れないって時に効いてくる毒物なんて。どこでどうやって摂取してしまったのかを調べにかかってんですがね。雲をつかむような話で、さっぱり」
お手上げ、という仕草をして見せたディット。そうして二人は帰って行った。
「……」
怒りとも何とも言いようのない気持ちで、しばらく二人の出て行った入り口を眺めていたサラ。
所詮、どれだけ綺麗事を並べようと、テロ組織など人でなしの集まりでしかない。
脳裏に、テロ事件で殉職した兄の姿がある。
「――ってことでぇ、MCOSSは正式に搭載見送りでスティケリアの方も……」
喋りながらショーコは、ポケットからナットを一つ取り出し、斜め前に向かって放り投げた。
ナットは緩い放物線を描いて宙を飛び、ティアの後頭部へ落下していった。彼女は丁度机にほぼ突っ伏すような姿勢でいたから、後頭部が天井を向いていたのである。つまりは居眠りをしていた。
ナットとはいえ、CMD用のそれである。
カン、と軽い音に続けて
「――いったぁ! 何か降ってきたー!」
がばっと跳ね起きるや、大声で騒ぎ出したティア。
そんな彼女にちらりと一瞥をくれながら
「……次はあんたの脳みそに直接叩き込むわよ。ミーティングの最中に居眠りこくなって、前にも言わなかったかしら!?」
いつの間にかショーコの手には、二個目のナットが握られていた。
それを見たティアは顔面蒼白になり
「す、すみませんでした……」
大人しくチェアに座り直した。
ショーコは仕切りなおすようにぐるりと一同を見渡し「失礼。堂々と居眠りしているバカがいたものだから」ユイやリファが一瞬ニヤリとし、サイとブルーナが仕方なさそうな苦笑を浮かべた。
「――で、なんだっけ? そうそう、だからもう気ィ使わなくて大丈夫だからってことで。あたしの報告、お終い!」
どっかとチェアに腰を下ろした。
替わってその隣にいたサラがすっくと立ち上がった。
「……これで伝えるべきことは伝えたんだけど。あと、みんなから何かある?」
すると、チェアを蹴って立ち上がった娘がいる。
ティアであった。
「はい! はい! あのぉ、このあい――」
「却下します」
目も合わせることなくサラは切り捨てた。
それでも怯まないティア。
「あの、違うんです! イヌを飼っちゃ駄目なのはわかりました! でも、でも、ウサ――」
「却下します」
繰り返し冷厳と言い放ったサラ。キッと彼女を見据え
「もう一度だけ言います。生物学上、人間に分類されている生き物以外の立ち入りならびに侵入は一切許可しません。昆虫、爬虫類、両生類から恐竜、妖怪、幽霊その他諸々」ビシッと指を差し「――ぜぇったいに駄目ですからね! 持ち込んだ暁には無給労働一ヶ月の懲罰、ああ、一匹につきひと月ですからね!」
「えぇっ! そんなぁ……」
ティアはしゅんとして腰を下ろしてしまった。
それを見たユイは隣のサイに
「ティアったら、この前ヘンなネズミみたいな生き物、こっそり飼おうとしてたんですよぉ。それが脱走して隊長の部屋に忍び込んだから、もう大変」こそりと囁いた。
(成る程……。それで隊長、ああまで言い切ったのか)
内心で合点がいったサイ。
男女別になっているとはいえ、宿舎棟は同じ敷地内にある。
つい先日の深夜、サイがごろごろしながら自室でテレビを観ていると、どこからともなくひときわ大きな悲鳴が聞こえてきた。何事だろうと一瞬ハッとしたサイだが、そのままテレビを観続けた。
重点警戒特区であるこのL地区では、そうそう物騒な事件は起こり得ない。よりによってこのStar-line本部舎施設内にあってはなおさらのことである。
どうせ女性陣の誰かがゴキブリでも発見して騒いだのだろうとサイはタカをくくっていた。
(にしても……。あれ、隊長の声じゃないかな……?)
ちらと思ったが、どうでもいいので放っておいたのであった。
新体制発足からひと月と少し。
サラやショーコの苦労の甲斐あって、あれだけ問題ばかり起こしていたティア、そして天然娘のミサもようやく改善がみられるようになってきた。ショーコが観察するところ、サラの努力はもちろんだが、ティアの心を何より突き動かしたのは、どうやらナナの存在らしい。
私服姿で気の向くままに振舞っていた彼女がある日を境に制服に着替え、サラの指示に忠実に服するようになった。ナナだって好き勝手にやっている、そう思っていたティアであったが、謹慎が解けて復職してきた矢先に、このことは大きな衝撃を与えたようであった。
相変わらず凡ミスは繰り返すものの、以前のように開き直ったりすることをせず、侘びを入れては復旧に努めるような姿勢が見られるようになり、サラは
「良かった。あのコも少しは反省してくれたみたいね」
素直に喜んでみせた。
そういう一連の仕掛けは実はショーコが仕組んだものだが、彼女は口を噤んで言わない。サラを助けると公言した以上、その通りにしただけだと思っている。
ただ――仕事上では態度を改めたものの、プライベートになるとティアは時々周囲が理解しかねる行為を行うことが時々あった。それはまあそれだとショーコは大目にみていたが、どうやらその被害を受けたらしいサラが、今度は容赦しなくなっていたのである。
きっぱりと引導を渡したサラは何事もなかったかのように
「何もないみたいね。……じゃ、ミーティングはこれでお終い」言いかけたが、ふと思い出したように
「そうそう。みんなにも伝えておくわね、例のテロの一件」
立ち上がりかけたサイやシェフィ、ユイがそのままの姿勢でサラの方を見た。
「二ヶ月前にスティリアム物理工学研究所襲撃事件があったわよね? STRが不意打ちを受けて負傷者が出た時の方ね。あの時に逮捕された主犯格の男が二人いたんだけど――」
ああ、あのバカ丸出しの殺人ドライバーか。
サイの脳裏に、あの時の交戦場面が浮かんできた。彼等の仕掛けた罠によってMDP―0が動作不良を起こし、危うく彼は死にかけたのである。
「……ついこの前、二人とも立て続けに病死したそうです」
サラの言葉に、場の空気が一瞬凍りついた。
彼女の横でショーコが眉をしかめている。
「病死? 何でまた」
さっき刑事から聞いたままを、サラは話して聞かせた。
「どうやら、テロ組織の方では元から消す算段でいたのではないかと警察はみているようです。あれ以来リン・ゼールも鳴りを潜めていますが、こうなってくるとまた何をやりだすかわかったものではありません。みんなも、くれぐれも気をつけてください。――特に、ティア!」
「へ……? あたし?」
名指しされたティアがぽかんとしている。
サラは表情をぐっと険しくして
「夜になるとあちこち遊び回ってるでしょう!? 先日も、見知らぬ部外の人間を宿舎棟に連れ込もうとしたりして。男の人か女の人かは知りませんが」
「げげっ! 何で隊長、それを……?」
ティアがじりっと後退りする。
「ここをどこだと思ってるの? CMD専門とはいえ、警備会社なんですからね! ――ああ、そうだ」
名案が浮かんだとばかりに、サラはにっこりと微笑んでみせた。
「……あなたに限っては、人間を含めた生物学上全ての生き物の持込を厳禁しますから。特に、ヒトの形をした生き物の場合、無給労働三ヶ月ってところで」
「……生き物に限定していいの? そのうち、アンドロイドなんか連れ込むかも知れないわよ」
ショーコがとどめを刺した。
「ふえぇ……」
がくりと肩を落とし、ティアは力なくミーティングルームを出て行った。
「何だって、あんなに色々持ち込もうとするんだ? あのコは」
「……さぁ? 自分を省みる習性のない人間ほど、自分以外の何かに興味を持ちたがるのよね」
サイの疑問に、事も無げに答えたナナ。
――まだまだ、ティアが周囲の理解を得られるには時間がかかりそうである。
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