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野球馬鹿/山獄
作:深海



 放課後、グラウンドの隅で煙草をふかす俺。視線の先には野球馬鹿。
 好きで見てるわけじゃねぇ。10代目が居残りをしてらっしゃってて、手伝うって言っても
「一人でやらなきゃ意味がない」
と素晴らしい事を仰られた。
 というわけで、俺は10代目の居残りが終わるまで暇潰しとして野球部の部活を見ている。
「あっちぃー!」
「あっ、テメェッ! なに勝手に隣に座ってんだよ!」
 どうやら休憩に入ったらしい。汗だくの野球馬鹿が俺んとこに走り寄って来て座りやがった。
 眉尻を吊り上げて怒鳴ったって野球馬鹿には効かねぇ。ヘラヘラ笑いながら額の汗を拭ってる。
「暑すぎて干からびちまいそうだな」
「んな暑い暑い言うなら野球なんて止めちまえばいいだろーが。くだらねぇ」
 ペットボトルのスポーツドリンクをごくごくと喉を鳴らして美味しそうに飲む野球馬鹿。
 額からこめかみを伝って首筋に流れる汗。光る肌。
「俺には野球しかとりえがねぇんだよ……何見てんだ?」
 野球馬鹿の声で、俺は無意識に野球馬鹿の横顔に見入っていたことに気付く。

 慌てて顔を背け、短くなった煙草を足元に捨て踏み消す。
「……なんでもねぇよ。ほら、呼んでんぞ! さっさと行きやがれッ!」
 野球部顧問が
「始めるぞー」
と声を上げるのを見てシッシッと手で払う仕草をする。
 野球馬鹿は立ち上がると俺を見下ろして満面の笑みを浮かべる。
「二チームに分けて模擬試合やるんだ。ホームラン打ってやっからしっかり見とけよな」
 その笑顔がやけに輝いて見えたのは、きっと野球馬鹿が背中に太陽を背負ってるからだ。間違いねぇ。
「んなもん誰が見るか。ホームランでも内野ゴロでも勝手に打ちやがれ」
 あまりの眩しさに一瞬瞼を伏せて再び上げると、野球馬鹿は既にグラウンドに向かって走っていた。
 模擬試合が始まり、誰が見るかと言っておきながら俺は真剣に試合を見ていた。いや、野球馬鹿を見ていた。
 時折、汗を拭う仕草。真剣な眼差し。本当に野球が好きなんだろうな。
「けっ、あんな小せぇ球打って打たれて何が楽しいんだか」
 なんてけなしてみるけど、野球馬鹿がバッターボックスに立つと僅かに身を乗り出している俺がいた。
「あーッ、何やってんだよ!」
 一球目、見送りのストライク。俺は拳を握って舌打ちをした。
 二球目。ピッチャーがボールを投げると、野球馬鹿の眼孔が鋭くなり左足を上げた。
「おっしゃあッ!」
 カキーンと高い音を立ててボールが飛んでいく。同時に走り出す野球馬鹿。守備の奴らは動かねぇ。当たり前だろ。誰がどう見てもホームランだからな。
 一塁、二塁と回った野球馬鹿が俺に向けて笑顔で手を振っている。
 眩しい。今度は野球馬鹿の後ろに太陽はねぇのによ。
 俺はつい手を振り返した。背筋を正し、伸び上がって大きく、笑顔で。
 はっと我に返ると振っていた手で頭をガシガシと掻いて顔を背ける。
「何やってんだよ、俺らしくもねぇ。たかが野球で興奮してんじゃねぇよ」
 自分自身に向けて呟き、膝に頬杖を付いて野球馬鹿に視線を戻す。同じチームメイトと手を叩き合い嬉しそうに笑う野球馬鹿。
 やっぱり眩しい……。
「へっ、かっこいいじゃねぇか」
「うん、山本って野球してるときが一番かっこいいよ」
 突然聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには10代目。俺は慌てて立ち上がりブンブンと両手を振った。
「い、今のは違うんスよ! 別に山本の事をかっこいいとか言ったんじゃなくてッ!」
「……何慌ててんの?」
 不思議そうに首を傾げる10代目に、俺は言葉が詰まる。
 そうだよ。何慌ててんだよ俺。
「――10代目、居残り終わったんスか? すぐ帰ります?」
「うん。帰ろっか」
「――はい」
 浅く頷くと10代目は声を上げて笑い始めた。何事かと目を丸くしていると、10代目はその場に腰をおろした。
「冗談だよ。見ていきたいんでしょ? 山本が終わるまで待ってようよ」
「なッ……! 俺は別に!」
 だけど、もっと見ていたいと思ってたのは事実みてぇで、自然と顔は綻び10代目の隣に腰をおろした。
「10代目が見ていくって言うんなら俺もお供します。本当は見たくなんてないんスけどね」
「はいはい」


 やがて部活が終わり、試合中にスライディングした野球馬鹿がドロドロのユニフォームで走って来やがる。
「待っててくれたのか? 見たか? 俺のホームラン! かっこ良かっただろ?」
 日は大分落ちて眩しいはずなんてねぇのに、俺は目を細めた。
「見てねぇよ、んなもん。つーか寄るな! 汚ェッ!」
「なんだよ、手ぇ振ってくれてたじゃねーか」
「ばッ! 気のせいだよ気のせい! 暑さで頭おかしくなったんじゃねぇのか?!」


 仕方ねぇから認めてやるよ。
 ホームラン、かっこ良かったぜ。輝いてた。



fin














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