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二三、遊戯の痕(完)
 いつの間にか部屋には、淡い月明かりが差し込んでいた。開け放していた窓からは夜の匂いを纏う狭霧が流れ込んで、熱を帯びていた肌を静かに冷ましてゆく。
「お前って根っからそうなわけ?」
 裕斗は拓海の胸の上に頭を乗せたまま、少し照れたように笑う。
「……何が?」
 急に話を振られた事に驚きながら、ぼんやりした思考のまま拓海は問い返した。
「いや、普段から受け身?」
 人をマグロみたいに、と呆れて拓海が睨むと
「だって外見的には誰が見ても俺の方が下だろ? しかも犯られてんのも見てて俺ん中に指まで挿れといてさ。でもいざセックスとなったら当然の様に俺の下で喘いでんだもん」
揶揄うというわけでもなく、あっけらかんとした調子で裕斗は言ってくる。拓海は束の間の情事の名残も忘れて、赤面して叫んだ。
「それはっ、しょうがないだろ! 何だよ、俺が下だと満足出来なかったって言いたいのか?」
 裕斗は怯むどころか拓海の動揺ぶりに声を立てて笑い出す。ムードも何もあったもんぢゃない、拓海は溜め息を吐いて、胸の上で笑い声を漏らしている裕斗を押しのけた。押しのけられた裕斗は身体を起こして拓海の耳元へと顔を寄せてくる。
「良かったぜ、今までで一番」
 平然とそう囁かれて拓海は思わず赤くなって黙り込んでしまった。
 裕斗はまた笑って、含羞(はにか)んで俯いた拓海を両腕で抱き寄せてくる。二人の肌は情事の時の熱は既にひいていたが、裕斗の肌は確かな温もりを持っている。あの冷え切っていた肌ではない。首筋に触れる裕斗の腕の確かな温もりに、拓海は絆されて安心して目を閉じた。
「遊びの意味、教えてやろうか」
 裕斗は抱擁したまま、ふと思い出したように呟く。
「さっき言ってたのと違うのか?」
 拓海は少し不安を覚えながら訊ねた。裕斗は笑って
「意味、っていうより、目的だな。俺はお前に振られたかったんだよ」
「え?」
「つまりさ、俺は秋津と同じ高校に行ったけど、実はお前のとこの高校も受かってたんだよ。それで少し教師や親と揉めたんだ。周りは当然の如く東高に行けと言ってたし。でも秋津と同じ高校に行った。多分、拓海に目をつけたのは、それも理由だったんだ。あの時は秋津と同じ高校を選んだ事まで、後悔してたから。だから現実逃避のちょっとした遊びを思いついた。自分が中学で秋津を吹っ切って、東高に行ってたらっていうシミュレーション。それなりに真面目な奴とつるんで、仲良くなったりして、それでまたヘテロに惹かれたりする学生生活を送ったのかもしれないな、と思って。それで告って撃沈してみたかった」
「なんで撃沈、」
「普通、高校でそうそう同じ主義の奴になんて出会えるもんぢゃない。それに優等生なら、ホモに出会っても理性的に対処して振ってくれるもんかな、と思ったんだよ。少なくとも、不良呼び集めて姦そうなんて思わないだろう? 内申書とか考えてそうだし」
「まぁ、それはあるだろうけど。優等生ぢゃなくても、普通は乱暴なんてしないよ」
「それもそうだな。まぁ、とにかくヘテロに普通に振られたかったんだよ。俺は」
「俺が望みを叶えられないって、そういう意味だったのか」
「あぁ。ヘテロぢゃない上に、誘ってくるんだからな。どう考えても冷静に振ってくれそうにはないし。……挙句の果てには好きだとか言いだすし」
 言葉のしまいはいつもの揶揄いに変わっていた。
「悪かったな、望みを叶えてやれなくて」
 拓海は拗ねて悪態をつく。裕斗はまた声を立てて笑った。
「でも、今は秋津と同じ高校に行った事は後悔してないぜ。確かに酷い目には遭ったけど。……それだけぢゃないって思えたからな。だから、もう大丈夫だろ? 俺もお前も」



 それだけぢゃない、という裕斗の言葉を拓海は何度も反芻する。
――裕斗が秋津に傷つけられる事が無ければ、きっと電車で自分に声をかけてこなかっただろう。それにもし、裕斗が秋津を吹っ切って東高に来ていたとしても、多分、自分と求め合うような関係にはならなかった。自分が兄の事で不安定になっていなければ、きっと裕斗に振り回される事も惹かれる事もなかったのだろう――どれも欠けてはいけなかったのだ。今、裕斗と寄り添って眠る穏やかなこの瞬間を手にいれるためには。拓海は隣で寝息をたてはじめた裕斗を静かに眺めた。痛ましい偶然が重なったからこそ、この瞬間がある、そう思うと拓海は眠るのが惜しかった。
 約束がこれから先、果たされる日が来るのかは分からない。九州の国立大に進学するといった裕斗と、関西の大学を受験する拓海とでは、これからの時間を共有していく可能性は低い。新しい環境に身を置いて、それぞれの時間の波に忙殺され、性格も生き方も変わっていく。その中でお互いの存在も求め合った想いも色褪せ、懐かしい感傷として胸の奥底にぼんやりと痕を残すだけになるのかもしれない。
 しかし、拓海はまだ見えぬ未来に、はっきりと定まらない進むべき道に不安はなかった。これから手探りで生きてゆく中で、もっと悲惨な事が待ち受けているかもしれない、時に自分を見失い、自分の無力さに打ちひしがれる日も来るかもしれない。でも、その時は思い出せばいい。苦痛の中で生まれた奇蹟のようなこの瞬間を。これから先、与えられた道がどんなに悲惨なものでも、もう二度と報われる事がなくても、きっとそれは自分をこれから支え続けるだろう。拓海は生まれてはじめて自分の人生と自分自身の存在を信用出来るような気がした。大丈夫、お互いに言い聞かせるように裕斗の言った言葉は、不安定に揺れる精神と肉体の中へと緩やかに響いて、自分の中へと光を灯す。過去の苦痛に囚われる事があっても、寂しさに押し潰されそうになっても、きっともう絶望する事はない。光りが灯された瞬間があった事を忘れない限り。拓海は全てから赦されたような、全てを赦したような不思議な心持になった。不意に頬を伝った涙はこれまでに流したどの涙よりも温かい。

〈了〉 

 子供から大人へと変わっていく「少年」の認識の世界は曖昧だ。
 見える世界は単純なものから複雑なものへ、美徳だけでは生きていけない程、矛盾や欲望が取り巻く世界だけでなく自分自身の中に生まれてくる事を知る。それをどう認識し処理していくか、束の間の「少年期」に彼らは流されながら、でも手探りでその術を探してゆく。
 拓海と裕斗という二人の少年が出逢って共有した時間は、短い二人の人生の中でもごく僅かなものだ。知り合って一月も経たず会った回数は五回、傍から見れば二人の共有した短い時間も、そこで為された関係も、単なる「遊戯」に過ぎない。
 別々の世界を傷付きながら生きていきた二人が、一方は「遊び」を思いつき、一方はそれに振り回される形で惹かれあってゆき、偶然のはずみで傷を負った心が寄り添いあいお互いを求め合っただけの仮初めの「遊戯」。
 単なる偶然と気まぐれが引き起こした「遊戯」から生まれるもの、痕として二人に残るもの、その瞬間、瞬間がこれから生きて行く上での希望となるようにとこの『少年遊戯』を書きながら思った。

 
 堅苦しい書き方をしましたが、これからが本当の長い後書きです!
最後まで読んでくださった方本当に有難うです(≧ω≦)
『少年遊戯』は「春エロス2008」という企画に参加させていただいたのですが(「春エロス」という単語で検索すると他の作家さんの参加作品を読むことができます)、大幅に締め切りを遅れて、結局企画終了から一ヶ月以上も過ぎた完結になってしまいました↓↓
「春エロス2008」のテーマは「18禁にならない範囲でぎりぎりのエロス」を書く事。
普段から18オーバーしか書かない私は、そのギリギリというものに惹かれつつ参加したのですが、実際どこからが18禁なのか分からずに苦しむ事になりました。
そこで、打開策として「いっその事、エロスをテーマにしなければ何書いても大丈夫!」と何故か思い込み、あえて文学的っぽい雰囲気とテーマを出せば、別に性描写があろうがボーイズラブだろうがセーフなんぢゃないか、と方向転換する事に。
つまり、セックスのための性描写じゃなく、テーマっぽいものを導き出すための性描写ならアリではないかな、と。
……一応、露骨な表現は省きましたけど。^^;
おかげで、文章は堅苦しいし、エロくもないし、ボーイズラブだけどボーイズラブ作品として楽しめないものが出来上がってしまいました。
設定は、ベタというか王道(痴漢、兄弟もの、強引攻、トラウマなど)にしてあるのですが、それが書いてる時のバランスを崩してしまって収拾がついてないですね。文章も、連載を続けるうちに自分の至らなさをひしひしと感じました。
書いてる途中で作者自身も何度も投げ出したくなった『少年遊戯』。
完結出来たのは、企画に参加したものだという責任感と、最後まで読みに来てくださる方が居てくれたからです☆
本当に有難うございました(*´∀`*)
そして、めちゃくちゃ長い後書きを書いちゃってすみません(汗
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