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二一、少年遊戯(後編)
「もっとマシな誘い方しろよ」
 裕斗は冷ややかに吐き捨てて拓海の身体を押し戻した。自分の心持とは全く逆の意味で、自分の言葉を裕斗が受け取ったのだと拓海は悟った。
「違う、誘うつもりで言ったんぢゃない」
「こんな状態で言っても説得力ないぜ?」
 裕斗は熱を帯びはじめた拓海のそれに手の平を当てて笑う。口調自体は普段裕斗が拓海を揶揄う時とかわらないが、向けられた笑みも視線も酷く冷め切ったもので、拓海は困惑してたじろいだ。裕斗が勘違いするのも無理のない話だ。自分の体の反応もそうだが、あの流れで「好き」と言われたら、その先の行為を正当化するための言葉だと受け取られても無理はない。拓海は裕斗の冷めた態度に怯みながらも、誤解を解こうと必死に言葉を探した。
「セックスがしたいから言ったんぢゃない。俺が今、欲情してるのは事実だけど、裕斗が好きだからこうなってしまっただけで、」
「で? 好きだからヤらせろって?」
 冷めた裕斗の表情には、侮蔑の色さえ滲んでいる。拓海は自分の心情が上手く伝えられないどころか裕斗の感情をさらに逆撫でてしまっている事に泣きたくなった。
「そんなつもりはないんだ。欲情したからって、それだけでセックスしてしまったら秋津達と同類になってしまう。俺は、裕斗を傷つけるような真似はしたくないんだ。だから、したくて好きって言ったんぢゃない」
 絞りだすように言い終えたところで拓海は乱暴に襟元を掴まれた。不意に強い力で後ろに押された拓海は、何の身構えもなかった分あっさりと体勢を崩して浴槽の中に倒された。浴槽の縁に足をとられて後ろ向きに倒れたが、浴槽が広かった事と湯をはってあった事が幸いして頭は打たずに済んだ。だが、その代わりに湯を大量に飲み込んでしまった。びしょ濡れになって立ち上がる事も出来ずに噎せている拓海を見下ろして裕斗は吐き捨てるように言う。
「俺はお前の恋愛観なんて興味ないって言ったよな」
 そして、何も言い返せずに呆然としている拓海の上に覆い被さってきた。着衣のまま湯に浸かってしまった拓海は纏わりついてくる服とその中に入り込んだ湯のせいで思うように身動きがとれない。裕斗は拓海の膝に馬乗りになって、性急に拓海のズボンのチャックを下ろして下を肌蹴させると露骨にそこに触れてきた。反射的に拓海は小さく声を漏らす。裕斗はその拓海の反応を嘲るように笑い、何のためらいもなく拓海のそれを口に含んだ。
 裕斗が頭を動かす度に、音をたてて湯が跳ねる。裕斗の濡れた髪が湯の中でひろがって、柔らかく拓海の腰を擽った。拓海は混乱した意識さえ、身体に与えられる強い快楽に奪われてしまいそうになる。裕斗はそれに追い討ちをかけるように、根元を手で乱暴に扱きながら先端に舌を寄せてきた。赤い舌は水中で遊ぶ金魚の尾のように湯の中で揺らめいて拓海の敏感な部分へと絡みつく。
「出せよ」
「い、やだ」
「こんだけ腫らしといて、出さずに治まんのか?」
 散々煽られて、拓海の限界は近かった。湯の中で口淫を繰り返していた裕斗よりも、拓海の方が呼吸の乱れは激しい。追い詰められながらも頑なに()こうとしない拓海に、痺れを切らして裕斗は顔をあげて拓海の耳元でそう囁いたのだ。それでも拒む拓海に、裕斗は揶揄いを含んだ問いかけをして何とか堪えている状態の拓海の先端を指先で刺激しながら耳を食んでくる。
「もう、だめだ……これ以上は、」
 途切れがちに言って、拓海は力の上手く入らない手で裕斗の手を退けようとも足掻く。裕斗はその手を掴んで拓海の自由を奪うと、また拓海の下肢へと顔を埋めてきた。根元まで口に含んで、痛いくらいに喉奥で締め付けてくる。裕斗の舌が這う度に、口内へと流れ込む湯まで温い粘膜のように拓海のものを撫でて、その後に触れる裕斗の舌を余計鮮明な感触にする。拓海はもう自分の体を律する余力は残っていなかった。そのままキツく吸い上げられて、感情とは裏腹に身体は欲望を吐き出した。満足気な笑みを浮かべて、裕斗は口内に放たれたものと湯を吐き出す。白濁の液体は透明な湯に混じる事なく湯の中をゆらゆらと漂った。
「……ごめん」
 拓海は肩で息をしながら、悄然として呟いた。
「何で拓海が謝るんだよ」
 裕斗は拓海を訝しげに見上げる。
「こんな事、させるつもりぢゃなかった」
「頼まれてやったわけぢゃない。拓海は嫌だって言ってんのに、俺が勝手にやったんだ。怒るなら分かるけど、何で謝るんだよ?」
「達ったんだから、同じことだ、」
 裕斗は何か言いたげに眉をひそめる。それを遮って拓海は俯いたまま話し続けた。
「俺も結局、秋津達と同じ事を裕斗にさせたんだ。肉体の欲望を裕斗で解消した。好きだって言っておいて、あんな目に遭った裕斗に欲情する事自体不謹慎なのに……結局身体の欲望には勝てなかった。最低だ、」
「自己嫌悪に浸りたいだけなら勝手にしろよ。そういう謝罪は迷惑だ。言っただろ? 俺は欲望を分けて考えてる。肉体は肉体で独立した欲望を持ってんだよ。だから頭でどう考えてようが身体は身体で欲望に忠実に反応する。俺は別にそれでいいと思ってるけど、それを最低と思い込むのはお前の勝手だ」
「それは、裕斗の言う通りかもしれないけど……裕斗が欲望を分けて考えるのって、秋津達の事が原因なんだろう? あれだけ酷い事をされてきて、裕斗が欲望を分けて考えるようになったのなら、俺は絶対、肉体の欲望を裕斗に見せちゃいけないと思ってた、それなのに、」
「それで同情してんのか? ふざけんな」
 拓海の言葉を途中で遮って、裕斗は刺々しく吐き捨てる。違う、と否定の声をあげる前に裕斗に喉を押さえ付けられていた。片手で首を締め付けられて、冷めた目で睨みつけられた拓海は黙るより他なかった。
「不幸なのは自分だけぢゃなかったって知って気分がいいんだろ? 好きだって感情もお前のは単なる錯覚だ。お前は勝手に俺を不幸だと思って、親近感を持っただけだ」
 そうぢゃない、拓海は咄嗟に叫ぼうとするが喉を押さえ付けられたままで声にはならない。掠れた息が漏れるばかりだ。拓海はそれでも自分の意志を伝えようと必死に頭を横に振った。
「ついでにもっと気分の良くなる話を聞かせてやろうか?」
 裕斗は拓海から目を逸らして半ば自虐的な笑みを浮かべる。
「欲望を分けて考えるのは、レイプされてたからぢゃない。それはそういう目に遭う前からの考えだ。……薄々感づいてるとは思うけど、俺は秋津が好きだった。秋津とは元々幼馴染みで、俺があいつを意識しはじめたのは中学に入ってからだけど、あいつは真っ当な人種だったからな、俺の都合で幼馴染みって関係を壊そうとは思わなかった。だから適当に他の男と付き合って肉体の欲望は処理してた。親友面を続けるには体の方を落ち着かせる必要があったからな。それで万事上手くいってたし、その頃から欲望は分けて考えてたさ。ただ、問題になったのは精神の方の欲望だ。高校は我を通して秋津と同じ所へ行ったけど、その先はそうもいかない。あの高校の普通科のレベルは判るだろ? 到底学力で大学へ進学しようと思う奴が行く高校ぢゃない。俺のおふくろは予備校の講師だし、俺もそれなりに勉強は出来た。大学へ進学するのを条件に、反対を押し切って普通科に入ったから高校を卒業すれば秋津とは離れる事になる。あいつは専門学校志望だったから。それで、焦ってたんだな、多分、色々あって。去年の夏休みに、秋津が家に遊びに来た時、告白した。当然、秋津は戸惑ってた。何を血迷ったのか俺は試してみたくなったんだ。秋津に触ってみたくなった。その時には男の悦がるツボは分かってたしな。だから秋津のを手で、した。その位なら冗談で済むと軽く考えてた」
 裕斗は淡々と語り、そこで一息吐く。拓海は首筋を押さえつけたままの裕斗の手が急速に冷えていくのを感じた。
「秋津はそうは思わなかったんだろうな。真っ当な人間は男の手で達かされると、自分もホモなんぢゃないかって不安になるんだろう。夏休みが明けて、放課後に呼び出された。今日、俺を犯した奴らと他にも二人居たな。秋津は笑いながらそいつ等に言った。コイツは男に飢えてるから触らせてやれ、結構上手いぜ、って。……つまり秋津は、自分はホモぢゃないって確認したかったんだ。他のヘテロの奴らも俺に達かされたら、それが当然の事、男の手で達っても異常ぢゃないって思えるだろう。俺も秋津を追い詰めた責任は感じたし、言われるまま触ってやった。それからは単なる性玩具さ、はじめは抜いてやるだけで済んだけど、段々エスカレートして今日に至るってわけだ。……どういう風にエスカレートしていったか、聞きたい?」
 裕斗は自嘲の笑みを浮かべて、伏せていた目を拓海へと向ける。拓海は裕斗に聞かされた事実に呆然として、何の言葉も出てこなかった。傷付いている、という素振りは見せない、それどころか裕斗は秋津を憎んだり責めたりする気は微塵もないらしく、庇うような口調だった。それが俗に言う惚れた弱みというものなのか、秋津との関係を壊すきっかけを作ってしまった事の責任を感じているからなのかは拓海には分からない。だが、それが裕斗を必要以上に苦しめる原因になっているのは分かる。
 苦痛を受けて、その苦痛の原因は自分の引き起こしたものだと痛みを受け入れてしまう事は、そしてそれに堪え続ける事は容易ではない。原因は自分にあるから仕方がない、と苦痛を受ける事自体を諦めて受け入れてしまっても、受ける痛みも苦しみも消えるわけではない。それは確実な痛みとして自分自身に刻まれてゆく。拓海もそれは痛いくらい知っていた。兄から別れを告げられた時、失恋と喪失の苦痛をただ受け入れるしかなかった。自分が想い続ける事で、兄を追い詰めてしまっていた罪悪感があったからだ。……本当は縋りたかった。兄を責めてしまいたかった。はじめから突き放すつもりなら、兄弟以上の関係を続けるつもりはないと決めていたのなら、何であんな抱き方をしたんだ、と。あんなに激しい触れ方で、あれだけ何度も名前を呼ばせて求めさせておいて、そのすぐ後に別れを切り出すなんて酷いぢゃないか、そう詰って縋れば優しい兄は責任を感じて、決意を変えてくれたのかもしれない。それを許さなかったのが兄に対して感じた罪悪感だ。罪悪感は苦痛も願いの叶わぬ寂しさも何もかも自分の中へと縛り付けて必要以上に自分を痛めつける。それに耐え切れなかった拓海は、その苦しみを他の痛みで紛らわせる必要があった。だから、裕斗を利用しようとした。でも本当に拓海が必要だったものは気休めの痛みではない、そんなものに縋っても悪循環にしかならない。それを裕斗は食い止めて叱責してくれたのだ。だから拓海は堕落せずに済んだ。
 でも、その時の拓海と今の裕斗は違う。苦痛から逃れるために、仮初めの痛みに縋ろうとした自分とは違い、まだ裕斗は傷付いている素振りも見せずに痛みを自分の中に留めようとしている。その痛みが分かち合う事の出来るものではないと拓海は知っている。でもそれが眼の前の裕斗を不安定に揺るがせ、脆く今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かべさせている。何が一番最良の方法なのか、裕斗が何を望んでいるのか、それを知るだけの器量をまだ拓海は持ち合わせていない。それは拓海だけでなく、彼の両親も、どんな偉人にも、裕斗自身でさえも分からない事なのかもしれない。ただ、拓海に出来た事は、今にも消え入ってしまいそうな儚いものを必死に繋ぎとめるように、目の前に居る裕斗という存在を抱きしめる事だけだった。






 


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