私が死ぬ夢を見た。
予知夢。初めてそういう夢を見たのはいつだっただろうか。
母に「おばあちゃんが死んじゃう」と泣きついたのは六歳の頃だった。私が覚えている限り、それが初めて見た予知夢だった。
私が見る予知夢はひとつの共通点がある。これまで四回予知夢を見たけれど、すべて誰かが死ぬ夢。その夢を見た日、夢で死んだ人が実際に死んでゆく。夢と全く同じ死因で。
父方の祖母が、母方の祖父が、伯父が、友人が。死にゆく姿を夢で見た。
そして、今日。五度目の予知夢。私は、私が死ぬ夢を見た。
だが、あれを果たして『死』と呼ぶのかどうか、わからない。
倒れた私は、青々と広がる空をぼんやりと眺めていた。空はどこまでも高く、綿あめのような雲はどこまでも白かった。真上から降り注いでくる太陽の光がとてもまぶしくて、私はたまらず目をつぶる。すると世界は真っ白に染まった。私はその白い空間で横たわり、どこからか香る甘い果物のような花の香りをかいでいた。
そんな夢。死んだ確証なんてない。けれど感覚的に認識したのだ。私は死んだ。眠る私をぼんやりと眺める私がいて、その私が眠る私に触れると、そこには確かに『死』がいた。冷たく、弾力を失った肌。その感触はどこかで触れたことがあった。焼肉屋で、父がたのんだ豚足。あの妙にぶよぶよしていそうな、しかし肌の質感が残る脂と肉の塊。あれと夢で眠る私は同じ感触を備えていた。
目覚まし時計が鳴る。毎日毎日鳴り響く耳障りな電子音を止めると、窓の外からのどかな雀の声が聞こえてきた。
私が死ぬという予知夢。私は今日、死ぬことになる。
真上から太陽が見えたということは、私が死ぬのはおそらく昼間。学校があることから考えて、昼休みに私は死ぬのだろう。
死因は?
倒れていたのは確かだ。私はいたって健康で、病気で突発的に死ぬとは考えられない。つまり事故? 何かしらの事故で死ぬ? でも血の映像は見えなかった。私は無傷だった。
考えてもわからない。寝癖だらけの髪の毛を思い切りかきむしって、私は飛び起きた。
私は恐ろしいくらい冷静だった。今日の昼休み、死ぬというのに。テレビや漫画なら、こういう状況に陥った主人公はあせり、運命を変えようと色々行動を起こすことだろう。
私は素直に運命を受け入れる。達観しているのか、諦観なのか。運命を変えようと抗ったところで、結局は死を迎える。それが定石。つまり、なにをしても無駄ということなのだ。
別に自殺願望があるわけでも、死ぬことが怖くないわけでもない。でも、別に生きていたいとも思わない。今死ぬなら、それもいい。
いつも通りに授業を受け、いつも通りに友達と笑い、いつも通りに弁当を食べる。すべてが変わらない。それでも、『死』がすぐ間近にせまってくる。少しだけ、少しだけ怖い。じわりと気持ち悪い汗が脇の下を濡らしている。
いつもと変わらない笑顔の友人が、私の肩を叩いて言った。
「昼休みさ、外行かない? 晴れてて気持ちいいから」
梅雨で雨が続いていたせいか、久々の晴れが心地良かった。朝方はまだ小雨が降っていたから、学校の玄関の前は湿り気を帯びたアスファルトが黒々としていた。
「やっぱり晴れっていいね」
友人が楽しそうに笑う。すぐ近くにいるはずの友人がとても遠くに感じる。
アスファルトに反射する太陽の光がまぶしくて、目を細めながら歩みだしたその時だった。ぐらりと世界が揺れた。
「危ない!」
友人の叫び声。水たまりから水の粒がキラキラと舞う。
「嘘」
私は小さくそう叫んだ。スローモーションのように景色が変わってゆく。眼前に広がるのは青。誰かが耳のすぐそばで太鼓を叩いたような体を震わす音が、脳髄を駆けめぐる。
なんてことだ。私の死因はどうやらすっころんで後頭部を強打するという、なんとも情けないものだったのだ。転んだ場所が悪かった。階段のすぐそば。階段の段差が、ちょうど後頭部を打ちのめした。
目の前に広がる透き通る真っ青な空。ふわふわと浮いている雲は真っ白で、太陽の光線がまぶしかった。夢の通りの死。私は死ぬ。
ふと気付くと、どこからか一定の間隔で電子音が鳴っている。死んだはずなのに。
いや、夢の通りだ。白い空間で死ぬのが私のラスト。つまり、まだ私は生きているというのか。
鼻をくすぐるかぐわしい花の香り。どこかに花がある?
うっすらと薄目を開けてみると、ぼんやりと白い世界が続いていた。違う。白い天井だ。私は私の体から離れ、天井を漂っていた。すぐ下に、私が眠っている。幽体離脱をしてしまったのだろうか。
ドラマでよく見る緑色で波打つ線が映ったモニター。そこから電子音が聞こえてくる。私の体には、どうなっているのかよくわからない管がいっぱいついていた。
私は後頭部を打ち、植物状態になったのだ。
また目をつぶり、考える。この状態を『生きている』というのだろうか。
『人は考える葦である』。誰だか忘れたけど、そう言った偉人がいた。考えるという行動が出来なくなった人間は単なる『葦』なのだろうか。
私は永遠に眠り続けるだろう。目覚めることのない眠りは『死』だ。なら、今の私は死んでいる。
私の見る予知夢は必ず当たる。私の死も当たってしまった。
ただ、死ぬように生かされる。生きているようで、死んでいる。
私は『永眠』したのだ。
『起きなきゃ』
そう思った。死んだはずなのに。永遠に眠ったはずなのに。指先がピクリと動く。
私は重い体を起こした。体のいたるところにあったはずの管は一切なく、白い天井でもない。
そこは、私の部屋だった。
梅雨のために干すことの出来ない布団はじっとりと湿っている気がする。花柄のカーテンが風に吹かれてそよそよと揺れている。朝方降っていた雨は止み、時折晴れ間が覗く白い雲に覆われた空。
……夢。
夢だったのだ。でも、どこから夢だった? 日常的な行動を取る夢は現実とごっちゃになる。
冷静だった私。死を簡単に受け入れていた私。体中から汗が吹き出てくる。
私は死の予知夢を見る。今のところ百発百中。
そうか。
永遠の眠りという、『死』と『生』の曖昧な狭間に私はこれから堕ちる。
永遠に続く眠りは、世界と私を切り離し、私はもうこの世界に関わることはない。
それを私は『死』と呼ぶだろう。
ゆっくりと布団から這い出る。この制服に袖を通すのも、きっと今日が最後だ。
人はそれを『生きている』と言うかもしれない。『生かされているだけ』と言うかもしれない。
だが、私にとっては『死』でしかない。
抗えない運命が、私を待っている。
今日、私が消える。
この世界から、消えていく。
向かうのは、永劫の夢。
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