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異説 太平洋戦記
作:水谷祐介



八 中国国民党軍の誤算




 中国国民党軍司令官、張学良は焦っていた。
 二十数万の大軍を率いて満州に攻め込んだのは良いとして、遅々として進撃出来ずにいるのだ。
 南京にいる蒋介石からは毎日のように、まだかまだかと催促の電報が届いている。
 その蒋介石にしてみても予想外だったに違いない。
 今年中に奉天まで進むという目標を持っていたのに、その手前の錦州すら突破出来ない。別動隊などは国境線ギリギリにある熱河すら突破出来ていないのである。
 またいつ何時、いったんは押さえ付けた共産党が息を吹き返すかわからない。

 どれもこれもあいつのせいだ! 蒋介石や張学良は心の中で怒鳴った。
 あの日本とかいう列島国家があるからこんなにも苦労しなければならないんだ!



 そんなふうに思われているとは夢にも思っていない日本政府は『国家総合戦略会議』というものを開催していた。
 有事の時に設立される機関で、天皇陛下が統帥権をお持ちにならない以上、『大本営』というのもおかしいということからうまれたものである。
 構成メンバーは陸海軍の重役や総理や外相といった政府関係者、また時には実戦部隊の司令官や軍に関係する民間人も出席が可能だった。

 「とりあえず現状報告からお願いいたします」
 温和で正に『議長』という役職にぴったりの性格の持ち主である、米内光政海軍大将が口火を切った。
 「陸軍としては満州陸軍や航空隊の活躍により、被害は予想よりもはるかに軽微なものです。引き続き錦州、及び熱河で持久し航空隊による攻撃に専念したいと思います」
 森岡参謀次長が言い終えると今度は塚原二四三軍令部次長が立ち上がった。
 「海軍は唐山爆撃で予想外の被害を受け、また艦載機部隊も消耗してきていますので現在航空隊の再編を行なっています。その間の繋ぎとして、先日天津港を艦砲射撃によりほぼ壊滅状態にしました臨時第五艦隊を編成換えし、海上より脅威を与え続けて行くつもりです」

 その後は事務的な話題に終始し、最後に陸海軍で同一機種を使用する問題について、初めての議論が行われた。
 結果から言うと、関係者のそれこそ血の滲むような努力の末に、陸軍と海軍の仲は少しばかりよくなった。
 そして遂に帝国陸軍は帝国海軍が開発中の十二試艦戦、後の零式艦上戦闘機の開発に……ほとんど開発は終わっていたが……参加することになる。



 十月三十一日。
 陸軍同士の戦いが硬直状態に陥っているなか、臨時第五艦隊は旅順港を出撃した。
 しかしその姿は二十日前のそれとは随分と違うものだった。
 まず目をはるのが戦艦の数が倍になっていることだ。
 それも伊勢型戦艦ではない。
 大改装を施された信濃型戦艦であった。

 「いやそれにしても、変われば変わるものですな」
 艦橋で漆原参謀長が感嘆の声をあげた。
 彼は改装前の『出雲』に乗っていた経験がある。
 四隻の信濃型戦艦が旅順に来て以来、八日間連続で彼は同じことを言っている。
 というのも、まるで別の艦のようになっているからだった。
 まず目玉の主砲は四十五口径四十一センチ連装砲五基十門だったものが、五十口径四十一センチ三連装砲四基十二門になっている。
 それにともない艦橋周りも大改装され研究中の電探を搭載するスペースも設けられている。
 さらに特筆すべきことは副砲がすべて取り外され、代わりに十二,七センチ連装高角砲や二十五ミリ連装機銃が整然と設置さたことで、また機関も新型のものに入れ替えられ、重くなったわりには二十九ノットという高速を発揮する。
 ただし防御力も高めたことにより基準排水量は素直に増大し、主力艦の保有制限も思いっきりオーバーしている。
 しかしすでに第二次世界大戦は始まっており、もはや軍縮条約は有名無実化していた。
 唯一平和なアメリカでさえ、新規建造はしなかったが既存艦艇の大改装で保有枠を越えようとしていた。

 ……閑話休題

 さて四隻の信濃型戦艦の後に続いたのは、わずか八隻の駆逐艦のみだった。
 というのも今回の作戦は純粋に対地攻撃が目的なので、ささやかな護衛がいればそれでいいのである。



 「司令官、南京の総統閣下から電報です」
 「またか……」
 張学良は普段とまったく同じ内容の……違いといえば発信時刻くらい……電文を見てうんざりした。
 「『早急に奉天を攻めとるべし』言われなくても分かっている。出来ればその方法を教えて欲しいものだ」
 張学良は鬱憤が溜ったのか電文を床に叩きつけた。
 「連日のように敵の爆撃機がやって来ては、鉄道や道路、陣地を爆撃してきます。補給基地の唐山も毎日爆撃に見舞われその機能を発揮出来ていません」
 陸攻がこてんぱんにやられてから日本も驚いたのか、護衛戦闘機を増やしていた。連度が低く機体の補充もままならない国民党空軍は、有効な反撃を加えることも出来ずにいた。
 「私には敵の海軍の動向が気になります。先日天津を砲撃して以来、どこに行ったのかまだ分かっていません」

 その時、木枯らしのようなヒューンという音がしたかと思うと、あちらこちらの小屋が盛大に吹き飛んだり、人間から大砲、車両といったありとあらゆるものが宙に舞った。
 「……なっ、何事だ!」
 張学良が叫んでから数秒後、ようやく「敵襲!」という声が聞こえてきた。
 「司令官! ご無事で?」
 「どうやら敵の砲撃を受けているようです。あちこちに大穴が出来ていますから」
 「それにしても今まで敵はこんなに大きな大砲を使ったことは……私が幼少の頃見た旅順の二十八センチ砲の弾痕よりも大きな穴です」
 そこへまた木枯らしが吹くような音がした。
 「危ない!」
 参謀が張学良を突き飛ばすとすぐ近くに着弾し、派手に土砂を吹き上げた。
 「いやありがとう。……どうやら君が言った不安が当たったようだな」
 「……艦砲射撃、ですか?」
 「そうだ、その証拠に見たまえ。敵の観測機がやって来た」
 空を見上げると確かに九五式水上偵察機が旋回している。
 「対空戦闘!」
 遅ればせなから生き残っている野戦高射砲が水偵目がけて撃ちだす。
 観測機に見事に観測され、数秒後に四十一センチ砲弾が飛んでくることも知らずに……



 「それにしても、この『信濃』が初めて攻撃した相手が敵艦ではなく陸上にある敵陣地とは…時代が変わったのでしょうか?」
 艦長がそう言うと、かたわらにいた南雲中将(昇進)がおもむろに口を開いた。
 「この艦から副砲がすべておろされたことからもわかる。我が海軍は航空主兵論に傾いているということがね」
 「主役は空母ということですか……」
 「いや、まったくそういうわけでもあるまい。確かに戦艦や巡洋艦は海軍の主役ではなくなるだろうが、まだまだ必要とされている。でなければ巨額の予算を投じてまでこの艦の主砲を強化したりはせん」
 「確かに司令官のおっしゃる通りですね。そ……」
 「観測機より入電! 『双発機を含む敵航空隊およそ二十機、我が艦隊方面に向かう模様』」
 「やれやれ、おいでなすったか」
 「観測機に返電、双発機についてもっと詳しい情報が欲しい。魚雷を積んでいるかどうか確認させろ」
 「了解!」

 「二本目来ました。『双発機のうち五機は魚雷、五機は爆弾を搭載せり。十機は爆装の複葉機。敵機接近につき我これより撤退す』です」
 「うーむ、意外と反撃が早いですな。砲術長、主砲発砲を停止させてください。それから電信室に連絡、対空陣形をつくらせるように」
 「了解しました。艦長、あれを使いますか?」
 「あれか、呉の技官が誇らしげに説明をしていたが……よし、使おう」
 「はっ!」


 「……彼らは戦果をあげるでしょうか?」
 たった今自分達の頭上を通過して行ったドイツ製のHe111とソ連製のI−153の編隊を見上げながら参謀の一人が言った。
 「確かにいくら彼らの腕前が良くても対艦攻撃の経験はありませんし、基地に魚雷があっただけでも奇跡です。それに航空機の攻撃だけでで戦艦が沈むのでしょうか?」
 「しかし何もしないわけにはいかない。だいぶ総統が金をかけた連中らしいがな」
 「外国人傭兵パイロット、ですか」


 「対空戦闘用意良し」
 「よし、帝国海軍始まって以来初めての対空戦闘だ。各員気を引き締めてかかれ」
 「艦長、南約七十キロに展開中の第一航空戦隊と連絡がとれました。戦闘機をよこしてくれるそうです」
 「そうか、しかし友軍機が来るまでは我々で対処しなければならんな」
 ちなみにこの間、南雲中将以下艦隊司令部要員は特に何もしていない。戦いになったら彼らは手を引くのだ。

 「左四十度、敵影視認! 距離三万五千!」
 防空指揮所から連絡が入る。
 まだ『対空電探』なるものは開発段階だから随分近付いてからでないと見えない。しかし人間の視力としては脅威的である。
 「二万五千になったら主砲発射だ。きつい一発をお見舞いしてやれ」
 艦長がそう言う間に四十一センチ砲が旋回して敵影を睨んだ。新型の三連装砲塔は対空射撃もお手の物だ。

 「二万七千……六千五百……六千……五千五百……五千!」
 伝声管を通じて距離が読まれると、砲術長が叫んだ。
 「ってぇー!」
 四隻合わせて四十八門の四十一センチ砲が唸りをあげ、『呉の技官』ご自慢の砲弾が敵機目指して飛び出した。


 「おいスティーブ、この任務どう思う?」
 魚雷を抱えたHe111のパイロットであるウォーレス中尉が爆撃手のスティーブ少尉に尋ねた。
 「どうって何が?」
 ちなみに二人とも、そして他に乗っている三人もアメリカ人である。
 「こうしてドイツ製の機体に乗って、猿どもの戦いに参加することだよ」
 「あぁ、まぁ金をもらった以上精一杯任務をこなすのが俺達傭兵の仕事だ。そういう話は無しにしようや」
 「それもそうだな。所でお前、対艦攻撃なんてものしたことあるのか?」
 「あるわけないだろう。」
 「うーん、いくら相手が日本の猿とはいえ連中の海軍は相当強力だぞ。たったこれだけの戦力で何をしろというんだ」
 「艦砲射撃もすごかったからなぁ。きっと対空放火も凄まじいぞ」

 ちょうどこの時、距離が二万五千になり例の砲弾が彼ら目指して飛んで来た。

 「ん? 発砲したか……」
 この瞬間彼らは消えた。

 「敵残存機、六機と認む。」
 防空指揮所から連絡が入る。
 「ほう、十四機落としたか。」
 「中々優れ物でしたな。」
 「これで制式採用も決定ですね。」
 なんだかんだ言って生き残った機体は、必死になって近付いて来る。
 爆風を避けるために引っ込んでいた水兵達が飛び出して対空兵器に飛び付いた。
 「撃ち方始め!」
 各艦とも盛大な対空弾幕を張って、敵機を迎え撃った。

 結果五機が落とされ一機が辛くも逃れた。
 第一航空戦隊……『飛龍』『翔龍』……がよこした戦闘機の出る幕はなく、翼を振って帰って行った。

 「全艦被害無しです」
 電信室から連絡が入ると、『信濃』の艦橋から歓声が沸き起こった。
 「やりましたね艦長!」
 「あぁ、皆よくやった!」

 この後、一通り艦砲射撃をし終えると臨時第五艦隊は帰路についた。



 「……司令官、我が航空隊は二十機中十九機を失いました」
 「……」
 航空参謀の報告に張学良以下幕僚は皆絶句した。
 「そろそろ冬です。雪が降れば敵も今まで通りにはいかないでしょう。春が来るまでに戦力を回復しなければなりません」
 参謀の一人がしぼりだすように言った。
 「……その通りだ。至急南京にその旨伝えるように」
 「敵機来襲!」
 恒例の九七重爆の編隊がやって来て悠々と爆弾を投下した。
 しかし高射砲や対空機銃座はあらかた破壊されているからやられ放題である。
 九七戦が仕上げの機銃掃射をして引き上げて行く様を、張学良達はただ黙って見ることしかできなかった。

 彼らにとって幸いなのは、日満連合軍が持久作戦をとっていることだけだ。

 しかし彼らは知らなかった。
 この硬直状態を打破するために、日満連合軍が雪が溶けるのを合図に国民党軍に攻めかかろうとしていることを。
 そして蒋介石が思わぬ補給をしてこれに対抗しようとしていることを。














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