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異説 太平洋戦記
作:水谷祐介



四〇 帝国海軍一九四二




 「…それにしても本当なのか? 米軍の太平洋艦隊が本格的に攻めてくるのは二年半後だというのは」
 「あの堀大将がおっしゃるのだからそうなんだろう。…でも要は二年半で我が海軍を凌駕するような海軍を向こうは造っちまうってことだろう。恐ろしいことに変わりはないさ」
 「この『神鷹』みたいな艦を十何隻と出してくるってことだからなぁ」
 会話しているのは三人の若手の軍人で、三人とも帝国海軍呉工廠でそれぞれ新兵器の設計開発に携わっている。
 三人が今歩いているのは呉に二つある四万トンクラスのドックの一つの前である。
 史実のドックは、リベットを打ち込む音で瞬時に難聴になりそうなほどに騒がしい所であるが、この物語の世界の帝国海軍はすでにブロック工法と電気溶接を実用化しているので、むしろまぶしく異常に暑い空間になっている。


 彼等の目の前で今まさに建造されているのは、帝国海軍の最新鋭大型正規空母、神鷹型航空母艦一番艦『神鷹』である。
 当然、戦時急造艦であるから飛鷹型の設計図を流用している。
 『第一次戦時海軍軍備充実計画』と呼ばれる海軍増強計画では、正規空母を六隻造ることになっており、その内二隻がこの神鷹型で、二番艦『海鷹』は横須賀で起工されている。
 基準排水量は二万九千トン、搭載機数は九十六機、最大速力は三十三ノットとそのカタログデータは飛鷹型と大差ない。
 違いといえば最初から電探が設置されていることや、新型の消火設備を導入して防御力が少し向上していることくらいだ。

 残りの四隻は、大鷹型の設計図を流用した中型正規空母の大鳳型航空母艦…『大鳳』『龍鳳』『祥鳳』『瑞鳳』…である。
 帝国海軍としては大型正規空母の建造は神鷹型で終わりにして、後は時間が許す限り中型正規空母の建造に持てる力を注ぐつもりであった。
 そのため、改大鷹型とは言え直線的な艦影を持ち量産性の向上のため、徹底的に無駄が省かれている。
 もっともカタログデータはやはり大鷹型とそれほど大差ない。
 基準排水量一万九千五百トン、搭載機数七十二機、最大速力は三十二ノットである。

 他にも帝国海軍は一隻でも保有する空母を増やすために、改造空母の整備をすすめていた。
 すでに実戦配備されている改造空母としては、元潜水母艦の蔵王型航空母艦…『蔵王』『筑波』『笠置』『白馬』…がある。
 基準排水量一万三千トン、搭載機数三十三機、最大速力二十八ノットという性能を持っている。
 名前は山岳名からきているが、これは帝国海軍が事実上巡洋戦艦や重巡の新規建造を諦め、候補が余っているからである。

 日本郵船が帝国海軍の助成金を受けて建造していた二隻の高速豪華客船、『出雲丸』『橿原丸』は客船として完成する前に徴用され、穂高型航空母艦…『穂高』『乗鞍』…として建造が続けられている。
 空母として完成すれば、基準排水量は二万六千トン、搭載機数五十七機、最大速力二十七ノットという防御力を別にすれば第一線で使えるような艦になるだろう。

 その他にも日本郵船や大阪商船等から徴用した大型貨客船は何隻か存在するが、その内空母に改造されているのは全部で六隻だ。
 それぞれ微妙な性能の違いがあるが、基本的に三十機から四十機の航空機を搭載し速力は二十三ノット程度だ。
 艦名を挙げると『栗駒』『雲取』『赤石』『石鎚』『愛鷹』『苗場』である。
 六隻とも第一線で使うことはほぼ不可能なため、竣工し次第護衛艦隊に配属される予定だ。


 「でもアメリカは今はどうだか知らないけど、少なくともウェーク沖までは大艦巨砲主義だったわけだよな? だとすると二年半後にやって来る大艦隊の主体はやはり戦艦なのだろうか?」
 「さぁどうだろう。基本的に上層部というのは頭の固い連中だからなぁ」
 と何とも恐ろしいことを言いながら彼は発言を続けた。
 「少なくとも十隻以上は出してくるだろうな。それにたぶん、向こうにいる連中と渡り合えるような強力な奴だろうな」
 向こうというのは、呉の造船所に二つある日本有数の巨大ドックである。
 そしてドックに入っているのは『大和』と『出雲』だ。

 そもそも『第一次充実計画』に戦艦の項目は無い。
 長期戦を覚悟している日本にとしては、限られた資源をいかに効率良く使うかということを第一に考えなければならない。
 大和型戦艦の搭載兵器から分かるように、帝国海軍は戦艦を機動部隊の護衛に使うつもりになっている。
 ウェーク沖海戦や比島沖海戦の最終局面で艦隊決戦を挑んだのも、アメリカが空母をわんさかと造り出すのを何とか阻止するため、また第一線兵器という立場から身を引く戦艦への感謝の念があったからだ。
 大和型戦艦の主砲に四十六センチや五十一センチではなく、信濃型や伊勢型と同じ四十一センチ砲が採用されたのも、帝国海軍に艦隊決戦を行う気がそれほど無く、対空戦艦としてならばこれで充分だ、という意見が大勢を占めたからだ。
 四十一センチ砲を採用すれば砲塔や砲弾を新たに設計し直す必要もなく、従来の物をそのまま使えるという利点もある。
 帝国海軍には、二隻の戦艦のために専用の工場を建てる気も無いのだ。


 さて、重巡を造る気もまた無い帝国海軍であるが、軽巡や防巡は別である。
 例の『第一次充実計画』では、吉野型軽巡を六隻、夕張型防巡を七隻新たに建造することになっている。
 とは言え七、八千トン級の巡洋艦を十三隻造るということは容易に出来ることではない。
 史実では開戦後に起工して戦時中に竣工した五千トン以上の艦は、雲龍型空母三と阿賀野型軽巡一のわずか四隻なのだ。
 それから考えると、超がつくほどの大建艦計画である。
 幸いなことは、史実に比べて帝国陸軍の規模が小さく、その分海軍予算が増えていることや、造船所の工員は陸軍の徴兵対象から真っ先に外されていること、旅順や韓国、台湾の造船所を総動員すれば少なくともドックの数は充分足りているということだ。
 さて一応、予定艦名を書いておくことにする。
 吉野型軽巡…『沙流』『入間』『夏井』『千曲』『高梁』『日野』以上六隻。
 夕張型防巡…『久慈』『只見』『岩木』『十勝』『手取』『笛吹』『篠山』以上七隻。


 「そういえば聞いたか? 例の新しい艦隊の話」
 「あぁ海上護衛総隊とか言うやつか。聞くも何も新聞にでかでかと書いてあったじゃないか。確か…航路の安全は日本の生命線、だったかな」

 帝国海軍は今のところ、四種類の駆逐艦及び護衛艦を同時並行で建造している。
 まず一つ目が艦隊型駆逐艦の夕雲型駆逐艦。
 基本的に前級の陽炎型の手直し版であり、基準排水量二千二百トンの艦体に十二,七センチ連装高角砲を三基、次発装填装置付きの四連装魚雷発射管を二基、五センチ三連装対潜砲も二基、爆雷を五十四個積み、最大速力は陽炎型と同じ三十六ノットだ。
 当然のことながら、各種電探やアクティブ・ソナーも装備している。
 開戦前に竣工した艦も有り、すでに六隻が完成し十八隻が建造中または建造予定である。

 二つ目は艦隊型護衛艦の秋月型護衛艦。
 これも開戦のだいぶ前から実戦配備が進められており、すでに十三隻が竣工し十一隻が建造中、さらに八隻が建造予定だ。
 夕張型等と同一の機関を採用し、また建造中の艦は戦時中ということもあり建造の簡略化がはかられている。

 三つ目は護衛駆逐艦の松型駆逐艦。
 といっても基準排水量が一千三百トンに増え、一式高射装置や電探等の最新機器を積んでいる事以外は、百一号型駆逐艦と同じようなものだ。
 一応書いておくと、十二,七センチ単装高角砲三基、六十一センチ四連装魚雷発射管一基、五センチ三連装対潜砲二基、爆雷三十六個、速力二十七ノット。
 松型が建造されている理由は、先代の百一号型が韓国海軍等の戦力増強のために拠出されたこともあるが、駆逐艦の絶対数を確保するためである。
 基本的な任務は、あくまでも『護衛』であるが、もしものときには水雷戦隊等に所属して『艦隊型』になることも考慮されているのだ。

 四つ目は択捉型護衛艦。
 基準排水量は九百トンで兵装は十二,七センチ単装高角砲と五センチ三連装対潜砲を二基ずつ、爆雷はどっちゃりと九十個積んでいる。
 量産性を意識した簡略構造で、合わせて七十二隻が建造中または建造予定である。
 第一艦隊等の戦闘部隊に配属されることはまったく考慮されていないため、その速力はわずか二十ノットであるが、航続距離が長く長期航海に充分耐え得る性能を持っている。
 あと念のため書いておくが、史実のように占守型海防艦の影響はまったく受けていない。
 史実と違い、海防艦は護衛艦艇ではないという認識が広まっているため、海防艦は海防艦で整備が進められている。

 その他の駆逐艦についても述べておこう。
 最古参の峯風型は史実と違い高速の兵員輸送艦艇がある程度揃っているため、哨戒艇とやらに改造されてはおらず、かといって水雷戦隊を組んでいるわけでもなく、ただ一つ言えるのは『駆逐艦』として働いている艦は一隻もいないということだ。
 では何をしているかと言えば、練習艦であったり標的艦であったり機雷敷設艦に改造されていたりするのだ。

 神風型駆逐艦は魚雷をおろし主砲を高角砲に切り替え、電探や最新型の対潜兵器を積み込んで、護衛艦への改造が行われている。

 睦月型駆逐艦は五基あった十二,七センチ単装砲を同単装高角砲三基に減らし、また魚雷発射管も酸素魚雷対応型に更新する代わりに一基減らしている。
 そして例によって電探や対潜兵器も更新しているが、その主任務は空母の直衛、極論すればトンボ釣りである。

 吹雪型駆逐艦は主砲を高角砲に、魚雷発射管を酸素魚雷対応型にそれぞれ切り替え、電探や最新の対潜兵器を積み込む工事に追われている。

 初春型駆逐艦の主砲は元から高角砲であるが、いかんせん旧式であるため新型砲に置き換えられた以外は吹雪型と同じような改造を施されている。

 白露型駆逐艦と朝潮型駆逐艦も初春型と同様の工事を行う予定だが、そうすると前線から駆逐艦がいなくなってしまうので、あくまでも予定の段階だ。
 ちなみに護衛艦の数がそれなりに揃い始めたため、朝潮型駆逐艦は全艦水雷戦隊所属に復帰している。


 「それにしても高台からこの呉を見下ろしたら爽快だろうなぁ。何しろ帝国海軍が始まって以来、これだけの量の艦艇を一斉に造るなんてことは無かっただろうからな」
 いくつものドックの前を歩きながら一人がつぶやく。
 「しかし…計画通りいくだろうか? 空母に巡洋艦に駆逐艦に潜水艦に補給艦に護衛艦に…挙げても挙げてもきりがないぞ」
 「その話に関連することだけど、九六式の製造工場は昼夜を問わず高角砲を造っても、まだその供給量が需要に追いつかないらしい。毎日のように病院送りになる工員が出ているとも言うし、それでいて新しい製造ラインが稼働し始めるのは来月からだからな。どこもかしこも大変だなぁ」
 「元々この国は大量生産の概念が無いからな。仕方がないといえばそれまでだが…お前等のとこはどうだ? 例の新兵器の開発は進んでいるのか?」
 「とりあえず試作品はもうすぐ出来るはずだ。…だけど国産の真空管の信頼性はどれも今一つなんだよな」
 「うちは試作機はもういくつも出来ているんだが、どれも耐久力が無いんだ。まぁ予備をどっさり用意するという奥の手があるけどな…で、そう言うお前の所はどうなんだ?」
 「何とも言えないなぁ。一応完成しているけど、あんなもんいくら撃ったところで当たりっこないしな。主任が言ってたけど、お前の部局が成果をあげない限り、うちの兵器は陸軍と陸戦隊専用のものになるとさ」
 「…何でそれを早く言わないんだよ!? それだったら国産の真空管でも、何とかなるかもしれないぞ」
 「…本当か?」
 「何ならすぐに試せば良いじゃないか。そら急いだ!」

 数え切れない程の工員が必死になって自分の作業に取り組むなか、目を輝かせた三人の青年が研究所に向けて走り出していた。














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