異説 太平洋戦記(38/52)縦書き表示RDF


異説 太平洋戦記
作:水谷祐介



三八 マレー沖海戦




 「電探室より対空電探に感有り! 三時の方向より敵編隊接近! 距離八万メートル、速力は…四百キロです!」
 一九四二年二月二十二日早朝、南シナ海に浮かぶアナンバス諸島近海。
 二つの輪形陣をとって付近を遊弋していた第二機動艦隊に突如として緊張が走る。
 「よりによってこんな時に来るとは…」
 旗艦『酒匂』の司令室で小澤長官は唸った。
 第一南遣艦隊の指揮下に入っている第二機動艦隊は、シンガポールを空爆するため、今まさに第三航空戦隊から第二次攻撃隊を発艦させようとしていた。
 そんなわけで『飛龍』と『翔龍』の飛行甲板には航空機がずらりと並んでおり、こんなところを爆撃されれば目もあてられない悲惨な事態に陥る。
 そう、史実のミッドウェー海戦のように…
 「敵編隊が本艦隊上空に達するまで後、十分だ…艦戦は上げられるだけ上げろ! 艦爆と艦攻は急いで爆弾を外せ!」
 二隻の空母の艦長は異口同音に絶叫した。
 直ちに二隻の空母は速力を上げ…幸運にも艦首は風上を向いていた…零戦を次々に発艦させ、彗星や九六艦攻から爆弾を取り外して、機体を甲板にワイヤーで固定する作業に入った。
 すでに第一次攻撃隊を放っている第五航空戦隊からも、念のために甲板にあげられていた零戦が発艦を始める。
 艦隊上空にあって直衛任務についていた零戦隊は敵編隊に向かって飛んで行く。

 「敵編隊急速に高度を上げます! 数は三十機、距離三万!」
 「くそっ! 低空飛行で電探の電波をかわしたのか!」
 「対空戦闘用意! 目標右舷の敵編隊! 測距急げ!」
 「友軍哨戒機より入電! 本艦隊より十時の方向に敵艦隊発見! 距離は五万!」
 「波状攻撃か、長官どうします!?」
 『酒匂』の司令室は大騒ぎである。
 「…慌てるな。一つずつ対処して潰していけばよい」
 小澤長官は腕組みをして、強い口調で答えた。
 「対空戦闘用意良し! いつでも撃てます!」
 「哨戒機より再度入電! 敵艦隊は重巡一、軽巡二、駆逐艦七よりなり針路三百五十度、速力二十五ノット!」

 そうこうしている間にも、こちらも波のように新しい情報が駆け込んでくる。
 「直衛の零戦隊、敵編隊に突撃します!」
 見張り員の絶叫が伝声管を通して聞こえてくる。

 合わせて三十機のブレニム爆撃機とボーファイター戦闘機は、上昇中ということもありほぼ真正面から零戦隊の迎撃を受けた。
 爆弾を抱えたボーファイターはこれを阻止するべく前に出る。
 しかし双発戦闘機であり、その機動力では零戦について行くことは出来ない。
 身軽な零戦は機体をフワリとダイブさせて、一瞬ボーファイターの視界から消えた。
 零戦にとって攻撃すべきなのは後方の爆撃機部隊である。
 降下しつつボーファイターの下をくぐりぬけ、こちらも上昇中のブレニムのどてっぱらめがけて弾丸をばらまいた。
 基本的に航空機は真下からの攻撃には弱い。なぜなら反撃のしようがないからだ。
 機銃を乱射しつつ零戦の群れはブレニムの編隊を突き抜けた。
 遅ればせながら後部座席の旋回機銃から零戦隊に向かって弾丸を撃ち込んだブレニム隊だったが、当たるはずもなくまたその数も半減していた。
 一方のボーファイター隊には慌てて空母から飛び立った八機の零戦が果敢に襲いかかっていた。
 とは言え相手は倍の数を揃えており、また低空からの攻撃だったため急降下による反撃を受けてしまい、三機の零戦が撃墜されてしまった。

 「対空戦闘用意! 目標位置、三時の方向高度三千距離一万五千! …撃ち方始めッ!」
 零戦の迎撃を突破したボーファイター隊は二つの輪形陣の内、前を進む第三航空戦隊とその護衛部隊に向けて突っ込んで来る。
 これをうけて輪形陣の一番外側を進む秋月型護衛艦一番艦『秋月』の四基の十二,七センチ連装高角砲が火を吹いた。
 他の護衛艦艇や空母自身も『秋月』に遅れまじと、一斉に持てる高角砲を振りかざして発砲を開始する。
 ボーファイターの針路上に、次々と九九式対空炸裂弾が破裂したことを示す黒い花火が花開き、弾片を巻き散らす。
 七機のボーファイターがこの弾幕に捉えられて脱落したが、なおも六機が突っ込んで来る。
 「機銃撃ち方ぁ…始めッ!」
 高角砲に加えて膨大な数の三十ミリ機銃が火を吹き、大空に弾幕を張る。
 一機、また一機とボーファイターが墜落していく。
 結局のところ空母に向かって投弾出来た機は無く、一隻の陽炎型駆逐艦に落下してきた残骸が運悪く当たり、前部砲塔が全壊したのが被害の全てであった。
 ちなみにブレニム隊はというと、零戦に撃墜されるか爆弾を捨てて逃げるかしていた。
 零戦隊も深追いしなかったのだが、それでもマレー半年の基地に帰ってきたブレニムは三機しかいなかったという。

 「敵機の逃走を確認!」
 『酒匂』の作戦室に喚声が沸き起こり、そしてすぐに静まる。
 敵はまだ別にいるのだ。
 「第六戦隊と第一水雷戦隊をもって迎撃する。準備急げ!」


 「取舵いっぱーい! 艦隊針路二十度!」
 「六戦隊と一水戦、艦隊より離脱します!」
 『酒匂』や四隻の空母が艦体をきしませながら北に向かって退避するなか、重巡『赤城』に率いられた迎撃艦隊は単縦陣を組んで最大戦速で南下していく。

 「対水上電探に感有り!」
 『赤城』の羅針艦橋に電探室からの報告が響く。
 「重巡を先頭に二隻の軽巡、七隻の駆逐艦の順に単縦陣を組んで向かって来ます。速力二十五ノット、位置は右二十度四万メートルです!」
 「艦隊針路百七十度!」
 「砲雷戦用意! 目標、右前方の敵艦隊!」
 第六戦隊司令官の五藤存知海軍少将は、小澤長官から即席の迎撃艦隊の司令官に指名されたからか、いつにも増して意気揚々と声を張り上げた。
 『赤城』以下『高雄』『愛宕』の三隻の重巡の艦橋前後に、二基ずつ配置された二十,三センチ連装砲や、艦橋の左側に二基配置された六十一センチ三連装魚雷発射管が旋回する。
 「主砲射撃指揮所より主砲射撃用意よし!」
 「魚雷発射指揮所より雷撃用意よし!」
 「『高雄』より入電! 我砲雷戦用意よし! …『愛宕』からも同様の入電有り!」
 「『名取』以下一水戦の各艦艇より入電! …我砲雷戦用意よし!」
 帝国海軍の迎撃艦隊の艦艇群が次々と戦闘準備を整えるなか、オーストラリア海軍の重巡『キャンベラ』に率いられた連合国艦隊は速力をぐんぐんと上げて、何が何でも日本機動部隊に攻撃をかけようとしていた。
 連合国海軍の艦艇の主体は帝国海軍と一切戦ったことのない、『キャンベラ』以下軽巡の『パース』『ホバート』、駆逐艦四隻を抱えるオーストラリア海軍であり、残りの駆逐艦の内二隻はイギリス海軍、一隻はアメリカ海軍に所属するものだ。

 「面舵いっぱーい! 針路二百三十度!」
 敵艦隊との距離が二万メートルにまで近付いたところで、五藤少将は再び声を張り上げた。
 三隻の重巡が右に回頭して敵艦隊の針路を斜め前方から塞ぎにかかる。
 第一水雷戦隊は第六戦隊といったん別れ、さらに速力を上げて敵艦隊に迫る。

 「敵艦隊右回頭します!」
 『赤城』の見張り員が双眼鏡を覗きながら叫ぶ。
 「…中央突破か。そうはさせんぞ」
 『赤城』の艦長がつぶやく。
 「艦隊針路二百度! 砲雷戦用意!」
 「『名取』より入電! 我これより突撃を開始す」
 「敵先頭艦より発砲閃光!」
 「『名取』より入電! 我これより雷撃を開始す」
 「敵艦隊との距離、一万五千メートル!」
 「敵艦隊と一水戦との距離はどのくらいだ?」
 「…およそ八千です!」
 「よし、我々は一万に近付いたら攻撃開始だ」

 約五分後。
 雷撃を終えた第一水雷戦隊は左に舵を切って、中央突破を図る連合国海軍の針路を再び阻もうとした。
 ここにきて、機動部隊への接近がほぼ不可能であることを察知した連合国海軍は主砲を乱射しながら戦場からの離脱を図った。
 彼等にしてみれば艦隊の保全こそが第一なのだ。
 「敵艦隊左に急回頭! 反転します!」
 「電探室より敵艦隊との距離一万!」
 「…もういいだろう…魚雷発射始めッ! 砲撃も始めッ!」
 三度、五藤少将が声を張り上げる。
 本来砲撃は、魚雷が敵艦隊に到達する頃合いを見た上で行うものだが、時間的に第一水雷戦隊が放った魚雷が到達する頃なので、今回は特例といったところだ。
 三隻の重巡ではそれぞれ、圧搾空気によって六本ずつの酸素魚雷が放たれ、四基ある主砲塔の一番砲が火を吹く。
 約十秒後、魚雷発射管が旋回して元の位置に格納されようしているなか、今度は二番砲が唸りをあげる。
 再び一番砲が火を吹く直前、連合国海軍の周辺に水柱が吹き上がる。
 「弾着確認! 修正急げ!」
 「敵艦隊と並走します!」
 「ってぇー!」
 一番砲が火を吹き、照準の修正が行われる。
 距離が近いため連合国海軍からも盛んに撃ってくる。
 向こうのほうが早く撃ち出したため照準はやや正確で、すでに何発かは至近弾になっていた。

 「敵先頭艦に命中!」
 その報告に『赤城』中で喚声が沸き起こる。
 「次弾より斉射に移る!」
 ここまできて『赤城』に衝撃が襲う。
 「…一番及び三番高角砲被弾! 火災発生!」
 「応急処理班急げ!」
 「敵艦隊に水柱ぁ!」
 良いことがあり、悪いことがあり、そしてまた、良いことがおこる。
 第一水雷戦隊が放った大量の酸素魚雷が敵艦隊を捉えたのだ。
 とは言え、敵艦隊も第一水雷戦隊の予想とはだいぶ違う針路をとっており、ちょうど百本放った魚雷の内命中したのはわずかに三本、細かく言うと英駆逐艦に一本、豪軽巡『ホバート』に二本であった。
 しかしそれでも四十八ノットの超高速で命中し、七百八十キロの炸薬が炸裂したのだから被害は甚大なものだ。
 その証拠に駆逐艦は大爆発を起こして轟沈。『ホバート』の方も大火災を起こし、急速にその速度を落として隊列から落伍してしまった。

 「『高雄』に敵弾命中! 火災発生!」
 「十時方向より魚雷接近!」
 「取舵いっぱーい! 後続艦にも伝えよ!」
 連合国海軍が使っている魚雷は当然のことながら空気魚雷であり、速度が遅いうえに射程ギリギリの位置から無理矢理放たれたためか何となく勢いが無い。
 三隻の重巡は多かれ少なかれ被弾しているが、それでも綺麗な列を作って左に回頭していく。
 「もどーせー!」
 魚雷が全て通り過ぎるなり海中に沈むなりしたのを確認したうえで、三隻は再び敵艦隊と並走を始めた。

 さて、今回のような接近戦において重要なものはやはり練度であろう。
 その点、ほとんど初陣の連合国海軍と一月程前にアメリカ太平洋艦隊に突撃した経験を持つ帝国海軍には大きな差がある。
 すでに駆逐艦三隻と『ホバート』は沈むか戦闘力を失ってしまっている。
 多数の命中弾を受けながらも粘り強く反撃する『キャンベラ』と『パース』にも遂には破局が訪れる。
 「じかーんッ!」
 『赤城』の艦橋に、ストップウォッチを手にした水兵の絶叫が響く。
 計算上、敵艦隊に魚雷が到達する時間になったというわけだが、無論その通りにはならない。
 かといって大幅にずれるわけでもない。
 約十秒後、『キャンベラ』に三本、『パース』には四本もの水柱が吹き上がった。
 水柱が崩れ落ちるとともに今度は火柱が吹き上がり、両艦ともその瞬間に戦闘能力を失い、『パース』はそのままズブズブと沈んでしまった。
 唯一頑張っていた駆逐艦も第一水雷戦隊の集中砲火を受けて大破炎上。
 ここに後に『マレー沖海戦』と呼ばれることになる突然の海戦は幕を閉じた。


 「『赤城』より入電! 我敵艦隊を殲滅せり。これより敵兵の救助を開始する。なお我が方の損害は重巡一と駆逐艦二中破、重巡一と駆逐艦一小破なり」
 「電探室より新たな敵影はありません」
 『酒匂』の作戦室で報告を受けた小澤長官は、安堵の表情を浮かべ軽くうなずくと静かに次の命令を発した。

 「第二次攻撃隊は直ちに発艦せよ。目標はシンガポール」




 お久しぶりです。学校の合宿やら予備校の講習やら忙しい日が続き、中々更新が出来ませんでした。すいません……
 さて、今回の話。
 単に戦闘シーンを書きたかっただけで、おまけに稚拙な文章。いつの日かまともな艦隊戦が書けるようになりたいものです。
 それから第一話から第二十話まで細かな手直しを加えました。基本的に変わっていませんが、第一話の前半だけはがらりと内容が変わっています。お暇でしたら是非読んでみてください。
 評価、感想お待ちしております。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう