異説 太平洋戦記(33/52)縦書き表示RDF


異説 太平洋戦記
作:水谷祐介



三三 英国東洋艦隊北上す




 一九四二年一月十一日、正午過ぎ。
 北東の方角へ進んでいた英国海軍東洋艦隊は、英領ボルネオ島のブルネイの北約二百五十キロの地点で、フィリピンのミンドロ島から出撃し哨戒活動に従事していた帝国海軍の一式大型飛行艇に捕捉された。

 ちなみにこの世界における一式大型飛行艇…以下一式大艇…は史実における二式大艇のようなものであり、史実との違いは開発時期だけで性能的にはほとんど同じものだ。

 『我敵艦隊発見。戦艦三、空母二、重巡二、軽巡二、駆逐艦六からなり針路四十五、速力十五ノット、位置はミンドロ島より約五百海里、方位二百二十五』
 一式大艇は東洋艦隊の情報を四方八方に向けて飛ばしつつ、大型飛行艇にあるまじき四百六十キロという高速を発揮しながらさらに飛んだ。
 すると先ほどの艦隊の少し後ろを、別の艦隊が進んでいるのを視認した。
 『敵別動艦隊発見。軽巡二、駆逐艦六、輸送船らしきもの十二、位置は敵主力艦隊の後方約七海里』


 「直ちに出撃準備にかかるように。出撃は二時間後だ」
 台湾の高雄軍港に停泊している帝国海軍第三艦隊の旗艦、軽巡『榛名』の艦橋で、一式大艇からの報告を受けた古賀峯一司令長官は静かに命令を発した。
 目的はただ一つ、東洋艦隊の撃滅である。
 「戦艦が三隻ですか。軍令部からの情報では最新鋭の戦艦に旧式の戦艦と巡洋戦艦が一隻ずつということですが…第二部隊が合流するまでは非常な脅威ですね」
 参謀長の矢野志加三海軍少将がつぶやく。
 「あぁ、合流するまでは距離をとりながら航空攻撃に専念すべきだろうな」
 「そうですね」
 「それから、第一航空艦隊司令部と連絡を絶やさないようにしておくように」
 「承知しています」
 通信参謀が答える。
 すると、一人の通信士官が電文を持ってやって来た。
 「…長官、その一航艦からですが、どうやら我が艦隊の予定航路上に、敵の潜水艦が潜んでいるようです。いかがいたしましょうか?」
 「それは退散願うしかないだろう。駆逐艦に警告を入れておいてくれ。それから一航艦に対潜哨戒機をもっと飛ばしてもらうよう、要請もしておいてくれないか」
 「了解しました!」



 「発見されたか」
 英国海軍東洋艦隊の旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の将官艦橋で、参謀長が双眼鏡を覗きながら言った。
 「敵飛行艇、後方より再接近します!」
 「張り付かれると色々と面倒だ。至急迎撃させろ」

 「…フルマー戦闘機隊迎撃体制に入ります!」
 艦隊の直衛任務についていた四機のフルマー艦上戦闘機が、例の一式大艇に群がるように接近していく。
 フルマーはの武装はこの時期の英国戦闘機らしく、七,七ミリ機銃を八挺というものだ。
 しかし『単発復座』という形状は明らかに色物であり、その分重くなった機体は速力や機動力を失わざるを得なかった。
 具体的に言えば、このフルマーの最高速度は四百キロちょっと…これが何を意味するのか、答えは簡単で滑稽なものだ。

 「…参謀長、あれはどういうことなのかな?」
 「…はぁ」
 「…まさか四機そろってエンジンの調子が悪くなったわけではあるまい…先が思いやられるな」
 フルマーの得意技は言うまでもなく急降下による一撃離脱戦法である。
 この戦法を実際に使うためには相手よりも高い位置をとらなければならないのだが、一式大艇のほうも高度と速度を上げて振りきろうと、必死になってエンジンを回している。
 すると何が起きるのか…戦闘機であるはずのフルマーが、四発の大型飛行艇である一式大艇に置いていかれる、というおかしな光景が出現したのだ。
 「もうよい。とりあえず追い払ったのだからな」
 フィリップスはため息をつきながら言った。

 しかし、一式大艇からの発信された電波は各地の飛行場や哨戒中の偵察機に届いており、二十分後には最高速度が六百キロを優に超える零式陸偵…百式司偵の海軍版…が飛来し、フルマーの必死の追跡をまるで相手にせずに東洋艦隊に張り付いた。
 ちなみに、まさか日英間に戦争が起こるなどと考えていた者は当たり前だがおらず、東洋艦隊がの空母が搭載している戦闘機は悲しいことに、この旧式のフルマーだけである。



 翌日、古賀中将率いる第三艦隊第一部隊は南シナ海に入り、二十ノットで南下していた。
 東洋艦隊がルソン海峡に配置した八隻の潜水艦は、海峡を突破しようとする第三艦隊の正解な情報を発信することに成功したが、その代償として五隻の潜水艦が第一航空艦隊所属の対潜哨戒機にあぶり出され、駆逐艦の爆雷攻撃で沈められた。
 とは言え、空母三隻、軽空母四隻、重巡三隻、軽巡六隻、駆逐艦十二隻という情報はフィリップス以下東洋艦隊の幹部達を安心させた。

 「ふむ、やはり戦艦はいないようですね」
 「あぁ、ウェーク島沖でアメリカ戦艦を撃ち負かしたとはいっても、皆ドック入りが必要な損傷は受けているはずたからな。…空母は大小合わせて七隻か。昨日フルマーがいかに時代遅れなのかを、まざまざと見せつけられたからな。いささか不安だ。どう思う参謀長?」
 「はぁ、やはり空襲に備えて後方の輸送隊を本隊に組み入れたほうが良いのではないでしょうか? そのほうが対空火力はより強力になります」
 「しかしその場合、敵はこの艦を含む戦艦を集中的に狙いはしないか? まさか沈むことはないだろうが、被害状況によっては撤退せざるを得なくなるかもしれないぞ」
 「…確かにその懸念はありますが…先のウェーク島沖海戦で沈んだ戦艦の内、航空機の攻撃を受けて沈んだものはありませんし、日本海軍機も積極的に狙わなかったそうですから…」
 「だが、よってたかって攻撃をかけられたら…敵にはフィリピンの基地航空隊もあるぞ」
 「そこは問題なしとみます」

 突然、二人の会話に艦長が割り込んできた。
 「どういうことだね?」
 「シンガポールからフィリピンに関する情報がたった今入りまして、それによるとフィリピンに進出している日本海軍の航空隊は、戦闘機部隊と双発の爆撃機部隊が中心らしいのです」
 「なるほど…確かに双発機はあまり対艦攻撃に適しているとは思わんが…それだけで楽観してよいのだろうか?」
 「第一、戦艦が航空機の攻撃だけで沈むわけがないではありませんか。それに本艦は我が大英帝国が威信をかけて建造した最新鋭戦艦です。日本海軍機の猛攻をはねのけ、さらにその先の日本艦隊も撃破出来るものと本職は信じております」



 それから約一時間後、一月十二日午前九時。
 フィリピンはレイテ島の帝国海軍の飛行場。
 もっともまだ建設途中で、有るものと言えばただ整地しただけの小さな駐機場に戦闘機用と爆撃機用の滑走路が一本ずつ。
 それからどこからどう見ても粗末な兵舎と司令部、燃料タンク、倉庫、そして今にも崩れそうな管制塔のみという、何とも悲しい雰囲気の漂う飛行場である。

 そんな粗末な司令部で、第三四三海軍航空隊第二戦闘隊隊長の長峰大尉は一通の暗号電文を受け取った。
 「至急解読しろ」
 長峰大尉は慌ただしく部下に命じた。
 なぜならこの暗号電文の中身はは、未だに知らされていない作戦内容そのものである以外考えられないからだ。
 長峰大尉はこの知らせをよほど心待ちにしていたのか、まだ解読作業が終わってもいないのに、搭乗員には司令部前庭への集合を、整備兵には機体をすぐに飛び立てる状態にするように、それぞれ立て続けに指令を発した。

 そんなこんなで、長峰大尉は何を話すのかも分からないまま前庭に設置されている台の上に飛び乗った。
 その台の前に整列している搭乗員達でさえも、この時の長峰大尉の表情はあまりお目にかかったことは無いというほど、彼の表情は輝いていた。
 唯一問題なのは、これから何を話すのか、という一番重要なことを本人が分かっていないということだが、タイミング良く通信兵が解読作業が完了した電文を持って走って来たので、彼の名誉は一応保たれた。

 さて、そんな長峰大尉は電文を流し読みすると、さらに目の輝きを増して話し始めた。
 「諸君、遂に我々に新たな命令が下された。その内容を簡潔に述べると、本日…そう今から約二時間後にこのレイテ島沖を通過する、第三艦隊第二部隊の上空直衛である。…今は別の戦闘隊がその任にあたっているが、その交代として我々は出撃する。つまり出撃まであまり時間は無い。三十分後には編隊を組んで北西の方角に向かって飛んでいてもらいたい。以上だ!」
 彼はそこまで言うと台から飛び降り、我先にと愛機の元へ駆け寄って行った。



 そして午後一時。
 東経百十五度の線上を真っ直ぐ北上していた東洋艦隊のレーダーが、真東、つまりミンドロ島方面から一直線に飛んでくる機影を捉えた。
 「三時の方角から敵機来襲! 対空戦闘用意!」
 「敵の規模は?」
 「およそ三十機程の編隊です。そのうち約半分は双発機クラスの大きさです!」
 「…来たか」
 フィリップスそうつぶやくと双眼鏡を覗いた。

 艦隊の上空には緊急発進したものを含めて、十三機のフルマーが舞っている。
 対して、迫ってくる日本軍航空隊はほぼ同数の戦闘機を前方に出しているように見える。
 東洋艦隊の各艦艇に搭載された対空兵器が皆空を睨んだ頃、十三機のフルマーは決死の突撃を開始した。
 対する日本軍…第一航空艦隊が放った第一次攻撃隊に属する十六機の零戦も、同じように突っ込んで行く。
 こうして北上を続ける東洋艦隊の右側上空で、壮烈な空中戦が開始された。

 さて、特に問題無く戦時体制への移行を進めている日本だが、いきなり何もかもが出来るようになるわけではない。
 例えばこの零戦にしてみても、後継機の烈風や局戦の雷電のように、設計段階から大量生産ということに関してははあまり考慮されておらず、工業製品というよりも工芸品的な要素を持った機体であり、多少そのあたりを考慮している最新型も、機動部隊に優先配備されているため、今まさに戦おうとしている零戦の多くはやや性能の落ちる初期型であった。
 しかしそれでも、フルマーが相手である以上は何の問題もなかった。
 百キロ以上の速度差と、比較するのもアホらしい運動能力を遺憾無く発揮し、次々にフルマーの後ろをとっては十二,七ミリ弾を撃ち込んでいく。

 「くそっ!」
 一方的な光景にフィリップスは思わず叫んだ。
 「一時の方角より敵機来襲! 数は…百以上です!」
 「何だと!?」
 北北東の空に計ったように…実際に計っているが…第四航空戦隊が放った百五十機の艦載機の群が現れ、真っ直ぐ東洋艦隊に向かって来る。
 例によって前に出ている四十五機の零戦隊は、直衛戦闘機が全て撃墜されていることを確認すると、急降下して対空放火を妨害するために艦艇に向かって機銃掃射を加えていく。
 続いて五百キロ爆弾を抱えた彗星が急降下、魚雷を抱えた九六式艦攻は低空に舞い降りる。
 相変わらず空母を狙う日本軍機に向けて、東洋艦隊の艦艇に搭載されたあらゆる対空兵器が火を吹く。
 しかし英国海軍の艦載機とは比べ物にならない速度を発揮する日本軍機に、ただでさえ連射性能に問題のある両用砲や、弾が真っ直ぐ飛ばずよく壊れるポムポム砲から発射される砲弾は、ほとんど当たらなかった。

 「また故障か!?」
 フィリップスは自艦のポムポム砲の何度目か分からない故障の報告を聞き再び叫んだ。
 「『ハーミーズ』爆沈!」
 そんなフィリップスの声を掻き消して、見張り員の絶叫が艦橋に響く。
 少なくとも十発の五百キロ爆弾の直撃を受けた英国初の正規空母『ハーミーズ』は凄まじい炎を吹き上げ、乗員達が脱出する暇も与えずに沈んでしまった。
 「『マレーヤ』被雷!」
 鈍速の老齢戦艦の左舷中央部に二本の水柱が吹き上がる。
 「レーダーに感! 東から新たな敵編隊接近します!」
 「…基地航空隊か」
 フィリップスは呟きなぜか低空飛行をする双発機…泰山を見つめていた。そして彼にとっては信じられない光景が目に飛び込んできた。

 「雷撃だと!?」














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう