三〇 闇夜を舞う強風
弾着観測機とはなんぞや?
簡単に言えば、敵艦隊上空を飛行して、目標とする敵艦と実際に砲弾が落下した地点の座標等、あらゆる情報を収集することを目的とする航空機だ。
特に今回のように夜戦で、しかも水平線の向こう側にいる敵艦に正確に弾を命中させるためには、必要不可欠な存在なのだ。
逆に言えば、観測機無しで夜間の砲撃戦を行うことは非常に困難なことだということである。
「『ノースカロライナ』と『ノーザンプトン』に総員退艦命令が出されました。『シカゴ』は……何しろ爆発の規模が桁違いで、生存者がいるかどうか……」
「……一人だけでも良いから救出するのだ」
キンメルは悲痛な面持ちでそう言った。
「『アラバマ』から通信です……『我傾斜甚大により戦闘不能。離脱の許可を求む』」
前にも言ったように、戦艦の弾道は極めて正確かつ緻密な計算と強固な土台の上に成り立っている。
つまり艦首に三本の魚雷をくらい、前のめりになった『アラバマ』はこれ以上砲撃を続けても当たるはずがないのだ。
ちなみに『ネヴァダ』は無傷である。
艦長の反応が一番早く、二隻の重巡が隣に張り付いていたからだが……
「……いたしかたあるまい。このまま戦場に残してもどうせやられるだけだ。よろしい『アラバマ』に離脱の許可を与える」
キンメルはややなげやりな口調でそう言った。
「三番主砲塔被弾! ……射撃不能!」
そして入ってくる知らせは、自分が乗る『サウスダコタ』の攻撃力が低下した、というものだ。
キンメルはさらに続けた。
「やはり無理があったのだろうか?」
「……何がです長官?」
「……いや何でもないさ」
……何でもないはずはない。
しかしキンメルはこれ以上しゃべることを止めた。
そして心の中で呟く。
……急ぐべきではなかった。たとえそれがワシントンからの命令だとしても……いくらこのサウスダコタ級が合衆国海軍の最新鋭戦艦とは言え、設計段階でシナノ級にはかなわないということは……おそらく大統領は知らないだろうが分かっていたのだ。それに第一、連度が違う。悔しいが今の合衆国海軍はジャップには……
「……それで、観測機が次々に連絡を絶っているというのはどういうことかね?」
どんよりとした空気を吹き払おうと、いやというより何か言わなくては、と参謀長が口を開く。
「……文字通りの意味です。我が艦隊が射出した観測機のうち、今のところ連絡がつくのは三機のみです。残りの九機の内、連絡を発つ前に戦闘機に襲われたと言い残したのが三機あります」
「戦闘機だと!? この夜間にか?」
「しかし残っている観測機から対空射撃を受けているという報告はありませんから、そうとしか考えられないかと……」
「…ま…上…うに…機、旋…回して…いる…う」
「『天城』上空に敵機、旋回している模様。ということか?」
性能は良いが調整がなっていない新型の機上無線機に向かって、異口同音に悪態をついた六人の男達がいた。
もうお気づきだろうが、彼らが『戦闘機』のパイロット達だ。
その戦闘機の名称は十四試水上戦闘機、後の水上戦闘機『強風』である。
なぜ試作機が戦っているのか。その理由は、たまたまこの十四試水戦を三機ずつ載せた特設水上機母艦『相良丸』と『讃岐丸』が本土からトラック諸島へ向かう輸送船団の護衛任務についていたことに端を発する。
十四試水戦を採用するかどうか悩んでいた……後述……軍令部はこれを絶好の機会と考え、第一艦隊の航空戦力を増強するため、という名目で、サイパンで海戦が終わるのを待っていた二隻を引き抜いて第六航空戦隊の指揮下に置いたのだ。
そして、この判断は大成功だったといえる。
ベテランのテストパイロットが操る十四試水戦は、優秀な機動性と水上機らしからぬ高速を武器に、第一艦隊の上空を飛ぶ米軍観測機を次々に撃墜していた。
『天城』上空を飛んでいたキングフィッシャーも、基本的に見ているのは前と下であって、気がついた時にはフロートの付いた飛行機が自分に向かって、真上から突っ込んで来ている。
十四試水戦の最高速度は四百五十キロ、武装は十二,七ミリ機銃を四挺、そして特筆すべきは新開発の層流翼と自動空戦フラップを採用していることである。
そんなわけで、逃げられるはずのないキングフィッシャーは、反撃すら出来ずに撃墜されてしまった。
ちなみに、この十四試水戦は川西と城北の共同開発機種で、その非凡な性能は、後に城北航空機が作る一連の局地戦闘機に大きな影響を与えることになる。
「報告します。対空電探から敵観測機の影が消えました」
司令部巡洋艦『熊野』の電探室から連絡が入ると、高須中将の顔がにやけた。
「これで敵さんの命中率は大きく落ちたな」
「えぇ、それにしても水上戦闘機なんて色物も使えることがあるのですね」
「『アラバマ』被雷! 『ルイビル』と『ノースカロライナ』大爆発! あっ! 別の敵駆逐艦隊が突っ込んで来ます!」
第二水雷戦隊が離脱したことを確認した第六、第七戦隊は、よたよたと離脱しようとする『アラバマ』に止めをさすために、合わせて三十六本の酸素魚雷をぶっぱなした。
その内四本が『アラバマ』の左舷中央部に命中、大浸水を起こした『アラバマ』はその高い上部構造物が仇となり、くるりと転覆してしまった。
また、六隻の日本重巡を相手に、わずか一隻で果敢に戦っていた重巡『ルイビル』にも二本が命中、弾薬庫に火か入ったのか爆発、そして轟沈した。
他にもすでに沈んだ二隻の重巡や、『ノースカロライナ』の乗員救助にあたっていた三隻の駆逐艦にも一本ずつ命中し、再び多くの将兵達が重油の浮かぶ太平洋に投げ出された。
「すべての観測機が連絡を絶ちました……」
悪いことは重なるものだ。
二隻の新型戦艦が沈んだところにこれである。
「……慌てるな。敵艦隊との距離は着実に近付いている。何とか、観測機無しでも勝たねばならん。さもなければ……」
自分に言い聞かせるようにキンメルは言った。
「敵駆逐艦隊反転します!」
「……取りかじ一杯!」
「……ジャップの魚雷の射程距離はずいぶん長いようだな」
キンメルが呟いたとき、久しぶりの朗報が入り、キンメルは久しぶりに笑みを顔に浮かべた。
「敵三番艦に弾着かく……続けて被雷も確認!」
スプルーアンス少将が座乗する『ネヴァダ』は器用に水雷攻撃をかわしつつ、砲撃を続けていたが、その内四発が『出雲』に命中、突撃した駆逐艦隊が放った魚雷も二本が命中、すさまじい水柱を吹き上げた。またさりげなく『三河』にも三本の魚雷が命中、浸水して傾き始めた。
「このままでは危ない、『三河』と『出雲』を離脱させろ!」
報告を受けた高須中将の決断は早かった。
直ちに四隻の軽巡からなる第一二戦隊が巨大な水柱が乱立する中に果敢に飛び出して、突撃してきた駆逐艦隊を追い払うべく、十五,五センチ砲を振りかざして戦闘を開始した。
続いて『越前』以下三隻の戦艦が速力を上げて、二隻をかばうように二隻の右側に出た。
こうして『三河』と『出雲』は何とか救い出した帝国海軍であったが、第五戦隊の『阿蘇』と『丹沢』を救い出すことは出来なかった。
二隻は浸水と注水の影響により吃水が深くなり、持ち前の高速性を発揮出来ないなか、『テネシー』に集中砲火をくわえてこれを大破させたが、その代償として二隻のコロラド級の砲撃を受け続けていた。
それでも第八戦隊や第三水雷戦隊の決死の突撃によって出来たわずかなすきをついて、二隻は必死に離脱しようとした。
しかし『阿蘇』の艦尾に砲弾が命中し『丹沢』は単艦で突っ込んできた勇敢な米駆逐艦の雷撃を至近距離でくらい、自力航行不能となり総員退艦命令が出された。
一方、第一水雷戦隊が放った大量の酸素魚雷は、非情にもキンメルが座乗する『サウスダコタ』に向かって海中を突き進んだ。
だが酸素魚雷は見えない。無論完全に見えないわけではないが、九本もの魚雷が命中コースに入っているとは、誰も気づいていなかった。そして、次々と命中する。
『サウスダコタ』を覆い隠さんばかりの水柱と火柱が吹き上がる。それらがおさまったとき、『サウスダコタ』はキンメル太平洋艦隊司令長官やその幕僚、全ての乗組員と共に粉微塵になって太平洋に消えていた。
旗艦と司令長官をいっぺんに失った太平洋艦隊の各艦艇はは浮足だった。
そして帝国海軍はこの隙を逃さなかった。
まず『信濃』以下四隻の戦艦が『マサチューセッツ』に集中砲撃を加え、一気に多数の砲弾の直撃を受けた『マサチューセッツ』はずたずたになって総員退艦命令が出される間もなく大爆発を起こして消え去ってしまった。
さらに『天城』と『日高』に多大な損害を与えながらも、貧弱な装甲のためにこちらも多大な損害を出していた二隻のレキシントン級巡洋戦艦に向かって、温存されていた第四水雷戦隊が突入し魚雷を発射、二隻とも五本ずつの魚雷が命中し撃沈された。
「敵艦隊離脱します!」
この報告に『熊野』の司令室は歓声で溢れた。
「やりましたね長官!」
「うむ、しかしまだ終わりではない。比較的被害の軽い第三戦隊を中核に追撃を開始するのだ。急げ!」
高須中将は厳しく、しかしどこかホッとしたような口調で命令を発した。
海戦が始まってからどのくらいの時間がたったのだろう。
静かになった、というよりも元の状態に戻った太平洋。
そんななか、高須中将は一人で『熊野』の艦橋に現れ辺りを見回した。
日本艦隊の内、すでに中破以上の損害を受けた艦艇や、一部の戦艦はこの海域を離れ本土に向かっている。
この海域に残っているのは探照灯をつけて救助活動を行なっている駆逐艦や軽巡、上空で対潜哨戒を行なっている水偵ぐらいのものだ。
「第三戦隊からかね?」
高須中将は口を開いた。
彼の後ろには一枚の電文を手にした通信参謀が立っていた。
「はっ、栗田少将から戦果報告がきております」
「読んでくれ」
「承知しました。『我、コロラド級戦艦二、テネシー級戦艦二、重巡一、軽巡一、駆逐艦七を撃沈す。また駆逐艦六を拿捕せり。第二水雷戦隊の燃料及び弾薬に余裕無くこれ以上の追撃は不可能。敵兵救助後帰投す』以上であります」
「……サイパンから補給部隊を急いで呼び寄せてくれ。あとそれから、単独行動をしている対潜部隊もだ」
「はっ!」
通信参謀は回れ右をすると姿を消し、艦橋には高須中将が一人残された。
第一艦隊の旗艦である『熊野』も、今は機関を止めて救助活動に従事している。
甲板には重油や血にまみれた敵味方の水兵達が、疲れきった表情で座り込んでいる。
そんな彼等の間をせわしなく動いて世話をしている『熊野』の水兵達は、直接的に海戦に参加はしていないが、とりあえず勝利したということを実感していた。
高須中将の厳命もあり、救助されたアメリカ兵は丁重に扱われている。
何しろこの世界の大日本帝国はジュネーブ条約に批准しているため、捕虜となったアメリカ兵達もそこは安心していられる。
しかし味方の艦の多くが沈み、生き残った艦からも見捨てられ、今こうして敵である帝国海軍の艦に救助された彼等の顔はどこか惨めだった。
そしてそれこそが『熊野』の乗員達が勝利を実感した要因だったのだ。
「失礼します」
「……あぁ艦長。今回は色々と世話をかけたね」
「いえ私などは何もしていないに等しいですよ。旗艦とはいえ、後方支援以外やっていませんから。……そんなことより長官、救助したアメリカ兵の中で息を引き取った者もいるようです。それでその遺体の処置ですが……」
「無論、丁重に葬るのだ。しかし同じ水葬とはいえ、我が海軍とは微妙に違うところもあるだろう。捕虜の中から将官を見つけ出して、その者にいろいろと聞かなければならんな」
「ではそのように致します。……失礼しました」
「あぁ艦長、もう一つ」
高須中将は振り返った。
「なんでしょうか?」
「後方支援だからといって、不平を言うものではない。君にも言いたいことはあるだろうが、我々がいなければ、最前線で戦っている者達はやっていけないのだ。後方支援は充分、名誉ある仕事だと私は思う。いや思うようになった、と言うべきかな」
高須中将はそう言うと、体勢を元に戻して甲板を見下ろした。
艦長はそんな高須中将を見てしばらくじっとしていたが、敬礼すると去って行った。
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