罪
ぼくの目には、力がある。それは、みんなが言う「目でものを語る」だとか、そういう類の力ではない。
自分の眼が太陽に呼応するものだと知ったときに、ただそれだけだろうか、と当然他の可能性も考えた。それが、この力だった。
「ぼくさっき、おかあさんをおこらしちゃった」
「グリくん、さっき私、あの子を引っぱたいちゃったのよ」
「彼女に内緒で、パン屋のカリンさんと食事に行っちゃってさ」
「タナンくんに告白されたんだけど、どうしても恋愛対称にはできなかったから断っちゃったんだ」
みんな、いろいろな理由で、ぼくのところにやって来た。そのたびにぼくは、嫌な顔をせずに彼らに向き合う。
これはぼくが神様に与えられた使命。そう信じた。
彼らの肩に両手をかけて、その目をじっと見つめる。たったそれだけのこと。
ぼくに副作用のようなものは何もない。あるのは、倫理的なためらいだけ。
そのためらいさえも、ぼくは仕事だと思ってやり遂げる。現にこれだけで、ぼくとサラは生活してきたようなものだったから。
なにかを「してしまった」という罪悪感を帳消しにすること。
それが軽い罪悪感であればあるほどに、みんなはぼくを頼った。ちっぽけなことを心に引っ掛けたまま生活するのは落ち着かないし、不快だからだ。逆に重たい罪悪感は、受け止めようとする人が多かった。まぁぼくにとっては、どちらでも同じことだったのだけれど。
「お兄ちゃん、」
もう、やめたら?
しかしその一言で、ぼくはこの仕事をやめた。それはもう、あっさりと。
田舎町の親戚が、ぼくたちの生活保護をしてくれることになったからだ。そして、サラがやめてほしいと言ったから。
そういえば、サラには一度も、この力を求められたことはない。ぼくはそれまでその事実に気づかずにいた。
する必要がないならしない方がいいことだと、頭のどっかではわかっていたのかも知れない。
ぼくたちは逃げるようにそれまで住んでいたところを離れ、親戚のいるこの町へ来た。勿論ここではぼくの目のことを知るのはサラだけ。この先誰に教えるつもりもないし、この力を使うことはもうないと思う。
そう思っていた。
「おれは、おまえの目を見たい。」
その言葉は呪文のようにぼくの背中を締めつける。
どうして知っているの、
誰に聞いたの、
どこまで知っているの。
疑問が積みあがってぼくの中に螺旋を描く。鼓動が重たかった。見られたらいけないと思うのとは裏腹に、ぼくの目はしっかりと見開かれていた。
この力を使うことには誰の禁止もない。けれど、その焦りは、ぼくの中でこの事実があまり大きなタブーになっていたことを気づかせた。
この町にも太陽は昇る。
ぼくはどこに行っても逃れられない、それはくすぶり始めた恐怖のように。
悪いこと、の線引きはどこにあるのだろうか。ぼくはたびたび考えてきた。
本人の認識も然り、やはり世間的な倫理観だとか、あるいは法律だとかがそれを左右するのだろう。
何かを間違えてしまったとき、後から間違いに気づいたときに、それを教訓として自分の中に刻みこむ際に使われるものは、やはり罪悪感あるいは後悔ではないのだろうか。
それを消せば、その間違いは、ただの出来事になる。たとえば、今日の朝はフレンチトーストを食べた、というくらいの。そしてその程度の出来事は、自然と消去されていく。使い道のない記憶だからだ。
ぼくの力は、なんだろう。
ぼくはこれを使うことを、望んではいない。けれど、無い方がいいとまでは思わない。
それはなぜか。
「お兄ちゃん、おかえり」
そうだ。これは、大切な人間から褒められるもの、奇麗といわれるものだからだ。
そしてぼくたちが、太陽の子供だという証明を手伝ってくれる。
ああ、眠くなる。夜は視界が曇る。
それでもぼくはまだ、スズメのことを知りたいと思っている。夜の思考はぼくの敵だ。 |