暗闇の中に二つの影があった。一つは椅子に座り煙草を蒸しながらもう一つの人影を見下ろしている。一つは片膝をつき頭を垂れて微動だにしない。
「龍哉よ……」
椅子に座ったまま影が語りかける。
「はっ…」
龍哉と呼ばれた影が答える。
「君の新たな主が決まった、行ってくれるかね?」
「無論、私は命に従い仕える存在ですから」
その言葉に影は満足そうに微笑むと一枚の紙切れを龍哉に渡す。龍哉はそれを黙って受け取ると立ち上がり一礼して部屋から立ち去る。立ち去る直前に龍哉は一度振り返り一言だけ呟く。
「マスター、かっこつけるためとは言え暗い中にいると目を悪くします。自重してください」
「……む、気をつけよう」
それだけ聞くと龍哉は今度こそ部屋から立ち去る。あとに残った影は煙草を蒸しながら天井を見上げて呟いた。
「任せたぞ、最強の執事よ」
部屋から出た俺はさっそく渡された書類に目を通す。そこには今から自分が仕えるべき主の事が記されていた。
「佐久乃由江……まだ高校生か」
俺は目を通し終わると書類を折りたたみ上着のポケットに仕舞い歩き出す。俺が今までに仕えてきたのは誰もが世界的に名の知れた富豪や政治家、果ては国王に仕えた事もある。しかし今回仕える主は名の知れ渡った名家でもなければ政治においての力もない、言い方は悪いが富豪の中でも下位に属する。
何故今更……少し調べておいて損はないな。
俺が指を軽く鳴らすとどこからともなく一人の女性が現れる。メイド服に身を包んだ彼女の名は秋菜、かなり前から俺の仕事のサポーターとして働いている。
「秋菜、佐久乃と言う家について調べておいてくれ」
「わかりました、龍哉さんはどうするんです?」
「俺はこのまま主の下へ向かう。どうであれ執事である俺の仕事は主に仕え護る事だからな」
執事、一重にそう言っても色々とある。ただの雑用から身の回りの世話、護衛と言った仕事もある。だが執事が何より絶対にすべき事は一つ……主の絶対忠誠。それが俺達執事の存在意義。
世界には多くの執事がいる、その数は正確には不明、だがその誰もが主に従い生き続けている。そんな執事の中に伝説と呼ばれた男がいる。
それは都市伝説の様に囁かれ実際に存在するか知る者は少ない。だが彼は存在する、主を守護し、仇なす全てを例外なく薙ぎ払う、最強の執事と呼ばれし男、その男の名は……葛輝龍哉。
その男の前に敵は在らず、その男の後ろに敵は在らず、黒き守護者。
東京都、日本の中心となる場所、希望や欲望が渦巻く混沌の地、等とカッコつけた言い方せずにぶっちゃけ言うと人とビル街のごった煮である。そんな東京の都心の一角にその豪邸は建っていた。
「ただいま帰りました」
私はそう言って必要以上に広い扉を通り家に入る。家に入るとすぐに玄関に待機しているメイドが私を出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様が何やらお嬢様に御用の様ですので旦那様のお部屋へとお向かい下さい」
「お父様が?」
珍しい事だった、お父様は普段は育児放棄と呼べるくらいの放任主義で滅多に私を呼び付ける事はなかった。そのお父様が私に用事、何かしら? 私はお父様の部屋の前に立つとドアをノックし声をかける。
「お父様、ただいま帰りました」
「由江か、入ってくれ」
ドアを開け私が中に入るとそこには定位置の椅子に座ったお父様、そして見慣れない執事とメイドだった。この家は一般的にはお金持ちの部類に入るけれどそれほど名家と言うほどではないので家に仕えるメイドや執事は少ない、だから大体の顔は覚えている。けれど今部屋にいる二人は初めて見る顔だった。
「紹介しよう、今日から由江の専属の執事とメイドとなる者だ」
お父様がそう言うと先に執事の方が一歩前に出ると私の前で片膝をつく。
「お初にお目にかかります。今日より由江お嬢様の専属の執事として働かせていただく葛輝龍哉と申します、以後お見知り置きを」
そう言って頭を下げる。そのあとに続いてメイドの方も私の前に立ち、こちらは普通に頭を下げて名乗り始めた。
「同じく今日より由江様に仕えさせていただく秋菜と申します、どうぞよろしくお願いします」
私は少しの間放心状態にあった。私専属の執事とメイド? 今更どうして……それに何でいきなり?
「お父様、どういう事ですか?」
「いやそろそろお前も欲しがるかな? と思ったのだよ」
「普通欲しがりませんよ、そんな…」
「まあいいではないか、便利だぞ。特にそこの龍哉は炊事洗濯に細かな雑用まで何でもこなすらしいぞ」
「は、はぁ……」
半ば呆れ気味の私を知ってか知らずか笑いながらこれから出掛けの用事があると言って私を部屋から追い出す。後には執事の龍哉さんも続いてくる。
「お父様は何を考えてるのかしら?」
「旦那様はお嬢様が心配なのでしょう、最近は不届きな者共による事件も多発しておりますゆえ」
確かに最近は物騒な事件も多いし恐いと思う。けどだからって専属の執事やメイドまで付けなくたって……。
それから私達は歩きながら軽く話をしていた。龍哉さんは今まで多くの人に仕えてきたらしくて礼儀正しかった。私が自分の部屋に入ろうとすると龍哉さんはドアの前に立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「私はここで待機していますので、何か御用がありましたら何なりとお申し付けください」
そう言って龍哉さんは頭を下げる。
「ここで待ってるなら部屋に入ったらどうですか? 私は構いませんよ」
「お心づかい感謝します、しかし私はここで充分ですのでお気遣いなく」
「う〜ん、それならわかりました」
少し申し訳ない様な気持ちになったが本人がいいと言っているのでとりあえず私は一人部屋に入っていく。
「ふぅ……」
お嬢様が部屋に入るとほぼ同時に俺は肩の力を抜き壁に寄り掛かり思考を巡らす。やはり腑に落ちない、この家を見るかぎり特に何かあるとは思えない、秋菜に任せた調査ももう少し時間がかかるだろう。一体何故マスターは俺をここへよこしたのだ? 今の段階で深く考えても仕方ないか、意外と特に意味もなく派遣した可能性もある。そう言えば秋菜はどこにいったのだ? 部屋から出て今まで姿を見ないが、調査でもしているのか……だがあいつもたまに仕事をサボるからな。
それから数時間、夕食も済ませ再び部屋の前で待機しているとドアがゆっくりと開きお嬢様が出てくる。
「どうかしましたか? お嬢様」
「あ、いえ…少し買い物に行こうかと」
「でしたら私が行ってきましょう、買ってくる品を申し付けください」
そう言うとお嬢様は困った様な顔になり何やら考え出す。
「えっと、買う物……決まってなくて、だから自分で行きます」
「でしたら私もついていきましょう、まだ9時とは言え夜は不届きな者共が出やすいですから」
「でしたら、よろしくお願いします」
「承知致しました」
外を歩きながら疑問に思ったがこんな時間に何を買いに行くのだろうか? 決まっていないと言っていたが……。普通買い物は目的の物が大体決まっているものだ。ウィンドウショッピングと言うのもあるがこんな時間にするものではない、全くわからん。
等と考えている内にどうやら目的地に着いたらしい。そこは……。
「本屋、ですか?」
「はい、読む本がなくなってしまって……」
お嬢様は少し罰の悪そうな顔だった。どうやら俺に対して申し訳ないと思っているらしい、気にする必要などないのだが。
「お嬢様は本をよく読まれるのですか?」
俺はお嬢様が品定めをしているのについていきながら聞く。
「はい、特にライトノベルが大好きで」
ライトノベル……確か以前に秋菜から話を聞いたな、特にジャンルの指定がなく比較的に誰もが読みやすい物語の物をそういったか……試しに秋菜から半ば強制で一冊貸されたな、確か何とかの憂鬱と言うタイトルだったな、忙しくて全く読む暇がなかったが。
「あ、これも新刊が出てる、これも面白そう」
お嬢様は本を選ぶのに夢中にって……。
「お嬢様、差し出がましい事を聞きますが……一体何冊買われるおつもりで?」
「え? え〜と……わかんないです」
そんな明るく言われても、既に十冊以上手に抱えてまだ買うつもりとは……相当本が好きなのか。
それから10分くらいだろうか、最終的にお嬢様は十八冊もの小説を買われた、しかもお嬢様いわくこれは一週間以内に読み終わってしまうらしい……。
本が大量に入った袋を大事そうに抱え終始笑顔のお嬢様、袋を持つと言ったが持っていたいらしく断られてしまった。帰路の夜道を歩いていると前からいかにもガラの悪そうな連中が歩いてくる。この後の展開が容易に想像できるな……。
「ねえ、そこの君」
やはりな、そして例の如く俺は眼中になしか、ワンパターンなやつらだ。
「はい?」
「今君一人だろ? 俺達と遊ばない?」
「あ、あの……」
徐々に近づく男達に反して後退りするお嬢様、俺は素早くその前に出て男達と対峙する。
「あのさぁ、俺達男に興味ないんだけど」
「生憎だな、俺も貴様らの様な社会不適応者に興味はない、しかしお嬢様に危害を加えるとわかっている以上見過ごす事は出来ん」
俺は男達を睨みつけ一歩前に出る。向こうもやる気らしくそれぞれが馬鹿にした様に笑っている。人数で勝っている故の余裕なのか、愚かな。
「我が主に気安く触れようとしたこと……」
ゆっくりと相手を見定める。この程度、たやすい…。
「身を持って後悔するがいい」
瞬間、俺はしまっていた剣を取り出し両手の指の間に挟む。剣と言っても通常の物と違いよくある洋剣をそのまま小さくした物で切るより主に投擲に使う、俺がよく使う武器だ。
武器を見たことで怖じ気づいたのか男達は後退り始める。所詮は何の取り柄もない愚か者か……。だが逃がさん。
「貴様らに道徳と言うものを調教してやろう、しっかりと刻め」
それから二分後、そこにはア然として立ち尽くすお嬢様、意識を失い倒れる男達、そして武器を既にしまっている俺という図が出来上がった。
「お嬢様、お怪我等はありませんか?」
「わ、私は大丈夫だけど……あの人達は」
「あの様な者達に対しての優しさなど必要ありませんよお嬢様、それに剣は皮膚の0.2ミリ横を通過させてますから誰一人傷ついておりません。彼等が勝手に気絶しただけです」
「ふ、普通は気絶すると思う……でも何で武器を?」
「何時いかなる状況で主が危険にさらされるかわかりません、故に武器は常に携帯しております」
「そ、そうなんですか……」
そんな危険、普通に生きてる分にはないと思うんだけどなぁ。
「では帰りましょう、あまり夜に外は出歩かない方がよいですから」
「はい、それじゃあ帰りましょうか」
最強の執事、葛輝龍哉が佐久乃由江に仕えての一日目が終了した。だが彼の本当の仕事はまだ始まってもいなかった……。
俺がお嬢様に仕えてから一週間が過ぎた……。思えば自分はどうかしていたとしか言えない。
一週間の間何事もなく、誰かに狙われている確証もない俺は油断しきっていた。だがそれは間違いだった、何故なら……俺がここにいる事こそが誰かに狙われていると言う証だからだ。
夜十時、自室に戻っていた俺は武器の手入れをしていた、そんな時だった、部屋の内線電話が鳴り響いたのは。
「もしもし、葛輝です」
「龍哉さん、大変です!」
秋菜の切羽詰まった声、それだけで何があったのか瞬時に理解した。それと同時に深い事故嫌悪を感じる。何のためにお嬢様に仕えていたのだ俺はっ!
だがいつまでもそんな感情に浸っている暇はなかった。秋菜に軽く話をつけ武器をしまい部屋を飛び出しお嬢様の部屋へ急ぐ。
そこで見たのは窓が割られ散らかされた部屋と呆然と立ち尽くす旦那様と秋菜だった。
「龍哉さん、してやられました……」
「この家の防犯設備に引っ掛からないなんてありえん」
何とかそれだけを口にした旦那様はそのままガクリと膝をつく。
ありえない……だが実際に事は起きている。くそっ、俺は何をやっている…部屋で武器の手入れなんてしている場合ではなかった!
「それで、犯人については何かわかっているのか?」
逸る気持ちを抑え秋菜に今一番必要とされる質問をする。
「こんな事もあろうかとお嬢様につけて置いた発振器によると今は都心部をヘリにて移動中です」
いつのまにそんな物を……いや、今はそのおかげで助かるのだ、聞くのはやめだ。それよりも早くお嬢様を助けなければ……。
「旦那様、申し訳ありませんでした。けれど私が命に代えても救い出します」
「…頼む、今頼れるのは君しかいない」
「承知致しました! 秋菜、お前はバックアップに回れ。お嬢様は俺がどうにかする」
「わかりました、ヘリの進路について随時お知らせします」
それを聞いた俺はそのまま窓から飛び降りヘリの追跡を開始する。どこの誰かは知らんが貴様らは触れてはならぬ物に触れた、覚悟してもらうぞ!
こんな事になるなんて思わなかった。いつもの様に部屋で小説を読んでいた所にいきなりすごい音と共に窓が割れて何人もの人が入って来た。その人達は私に拳銃を突き付けてこう言った。
「一緒に来てもらうぞ、ノーと言えばこの場で殺す」
最初は何が起きたのかわからなかった、悪い夢とも思った。けれど現実は残酷にもそれを許さなかった。肩に鋭い痛みが走ったと思ったら服に赤い染みが広がっていく、そこで自分は撃たれたのだと理解した。
「黙っていないで答えろ」
「わ、わかりました」
こう言うしかなかった、拒否すればきっと自分は死んでいた。そのまま連行され上空に待機していたヘリコプターに乗せられる。全く音がなかったのは多分そういう風に改造されていたからだと思う。
ヘリに乗せられた後も私の隣に座った人が銃口をを常に私の頭に合わせたまま引き金に手を置いている。ただ肩の痛みのおかげで幾分か冷静でいられたのは幸いだった。そうでなければ自分は助けを叫んでいたかも知れない。
「悪いな嬢ちゃん、痛かったろ?」
「え?」
隣に座っている男の人は顔をこちらに向けないまま小声で話し掛けて来た、それも謝罪の言葉で。
「オレも子ども相手に銃は撃ちたくはないんだがね、ああしないとまずかったんだよ」
「あなたは……どうして?」
「オレは仕事しだいでなんでもやってきたが、良心が抜け切らなくてな、犯罪者失格だ」
そう言って男は軽く笑う。それは犯罪者の浮かべるそれとは比べようがなかった。
「恐いだろうがしばらくおとなしくしといてくれや」
「…はい」
私はおとなしく頷いた。それで話は終わりまた無言に戻る。それに、実際は恐怖はあまりなかった、何故なら私は知っているから。あの人が今頃動いている、私を助けるために。
夜にも関わらず明るさを保つ都心部、賑やかなそれも今の俺には邪魔でしかなかった。そして見つけた、ビルや看板の明かりの中、無音で飛ぶターゲットを。
「秋菜、聞こえるか? ターゲットを発見、今よりお嬢様の救出に移行する」
「了解しました、ヘリは落としちゃって構いませんが場所は選んでくださいね、あとお嬢様を巻き込まないように」
「わかっている、では通信を切る」
そう一方的に伝え通信を切った俺は人目を避けるために路地裏に入り込む。
「ふん、この都会で空なら安全などと思うなよ」
足に力を込め、そして一気に地面を蹴る。さっきまで自分がいた場所は既に遥か下にあった。さらにビルに足をかけ蹴ると体はさらに上に、それを何度か繰り返しビルの頂上にたどり着くと同時に走りヘリの真下まで追い付く。それは跳躍で届く距離ではないが投擲なら充分に届く距離だった。
剣を取り出し素早く投擲するとプロペラ部分に刺さり回転が狂い出す。あとは着陸したとこに追い付くだけだ。
ヘリが着陸したのは今は倉庫として使われている港だがご丁寧にヘリポートは存在していた。どうやら元々ここに降りる気だった様だ。さて、早くお嬢様を助け出さねば。
「全く、何だっていきなりプロペラの回転がおかしくなるんだよ」
ヘリを運転していた男が悪態をつく。
「たどり着けたんだからいいだろ、それより早く行くぞ、追手がないとは限らないんだからな」
男達は次々とヘリを降りていき私も一緒に降ろされる。そこはどうやら港の様だった。男達に促されながら黙々と歩いていく、どこに連れて行く気なんだろう? さっき隣にいた人なら答えてくれそうだけど今は話し掛けられる距離にいないし……。
そんな不安を感じ始めた時だった、不意に前を歩いていた男達が足を止める。着いたのかとも思ったけど様子がおかしい。
「どうした? あまり時間はないぞ」
「あ、あいつ…」
男が指差した先にいたのは人だった。黒い服に身を包んだそれは闇夜にも関わらずはっきりとその存在がわかる。それはゆっくりと歩きだし近づくにつれその姿がはっきりとし出す。それは男だった、この場には不釣り合いなきっちりとした着こなし、それは何故か男達に言い知れぬ恐怖を抱かせていた。
「逃げられると思ったか? 浅はかだな」
男が口を開く。そこから聞こえる声はどこまでも冷淡にどこまでも鋭く、聞く者全ての耳に刻まれる。
「くっ、追手か……だが早すぎる」
「早い? お嬢様がいなければ今頃ヘリと共に燃えていたぞ、むしろ着地させてやっただけ感謝して欲しいものだ」
まさかプロペラの異常はこいつが?
誰もがそう思い、それはさらなる脅威となり男達を蝕む。
「お嬢様を返してもらおうか」
ゆっくりと男は歩き出す。そしてその視線は由江へと向いた時、その足が不意に止まる。
「なるほど、お嬢様を大人しく返せば慈悲をくれてやろうかと思ったが……その必要はない様だな」
その言葉は一見冷静だが、内に秘められし殺気はどこまでも熱く、世界を染めていく。
男は理解した、自分達はどうあがいても勝てないと。思えばいい機会だ、いやな仕事をいつまでも続けるよりここで徹底的に打ちのめされて区切りをつけ足を洗おう。そのために大人しくやられよう。
龍哉の手に剣が握られる、闇夜で白く輝くそれは見る者の眼に一瞬にして焼き付く。
「貴様らの罪……」
最強と呼ばれし男がいた。
「一つ残らず断罪してやろう」
その者の前に敵はなく、その者の後にも敵はなく……
「刻め、悔いろ、それが今貴様らに許された行為だ」
幾多に積み重ねしは忠誠の証、幾多に浴びしは忠誠の鎖。
彼は主の盾、主の剣、黒き守護者。
「始めようか」
その光景はまるで踊っている様に映った。銃弾を避け放たれる剣、それは一寸の狂いもなく相手を貫く。どれだけ撃とうが銃弾が当たることはなく、放たれる剣は決してはずれない。
まるで予め決められた劇の様に、次々と立っている者は減っていく。そして最後には彼だけが、月に照らされ立っていた。
その姿は素直に美しいと感じずにはいられない。
これが……私の守護者、執事。
「お嬢様、真に申し訳ありませんでした」
私が我に返ると龍哉さんは片膝をつき頭を下げて謝っていた。
「どうして謝るんですか? 助けてくれたのに」
「私が油断をしていたばかりにこの様な目にあわせた揚句傷まで負わせてしまい、全ては私の責任です」
「でも龍哉さんは私を助けてくれた、だからそれで帳消しです。それに私は別に怒ってませんよ」
「……ありがとうございます」
これで今回の事件は終わった、けど私はひとつだけわからないことがあった。
「どうして私は狙われたんですか?」
「……それは私にもわかりません」
「だったらオレが説明するぜ」
突然の第三者の声に俺は剣を構えそちらを向く。しかしお嬢様に手で制されたので仕方なく剣をしまう。
「あなたは知ってるんですか?」
「ああ、嬢ちゃんが狙われた理由はな、あの家の資産が原因だ」
「資産だと?」
たしか佐久乃家の資産は目立って取り上げるほど多くはなかったはずだが……。
「あそこは表向き普通だが、実際の資産は百兆円に昇るらしい」
「そんなに家にはお金があったんですか?」
「しかも、その相続権は娘である嬢ちゃんになってる。だから狙われたんだよ」
なるほど、しかしそれを調べ上げるとは……相当な情報網だな。
「でもお父様はどうしてそれを私に教えてくれなかったの? 知っていたら注意もできるのに」
「百兆なんて大金を継ぐと知れば嫌でもご自分の立場を理解し、それは普通の生活を困難にする。それが旦那様は嫌だったのでしょう」
もっとも、俺達にまで教えないとは、雇っておいて信用なしか……不愉快だな。それにしてもこの調子なら襲撃はこれで終わりとはいかないだろうな。
いいだろう、全て薙ぎ払ってやるさ、それが俺の存在意義なのだから……。
それは一人の執事の物語、たった一人の主を護り、そのために幾多の戦いに身を投じる者の……。
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