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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 小うるさいパートナー

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第97話

 アルディスがロナと一緒に家へ帰還して数日。
 ときに軒先でうたた寝を堪能(たんのう)し、ときに双子やロナの(たわむ)れに巻き込まれつつもアルディスは家でゆっくりと体を休めていた。

 食糧調達のためネーレと一緒に森へ入る事もあるし、別の日にはロナと連れ立って狩りに出かけることもある。
 その都度ロナがネーレへ対抗心をむき出しにして、過剰なほど獲物を仕留めようとするのをアルディスが(いさ)めるという毎日だ。

 ちなみにロナが会話できることは、すぐに双子へバレてしまっていた。
 しばらく獣の振りで様子を見るなどと言っておきながら、舌の根も乾かぬうちにネーレと会話していたロナである。
 双子と戯れているうちに、あっさりと正体をばらしてしまったのだ。

「ねえねえ、アル」

「んー? なんだ?」

 太陽があと少しで天頂に昇りきろうかという時間帯。
 頭上からさんさんと降り注ぐ温かい日差しを浴びながら、庭先で気持ち良くまどろんでいたアルディスの顔へ、肉球をぷにぷにと押しつけながらロナが話しかける。

「狩り行かないの? ボク昨日も一昨日(おととい)も狩りに出てないんだけど」

「んー。そのうちな」

「昨日もそんな事言ってたー」

 不満そうな声をあげて、ロナが肉球でアルディスの頭をポフポフと叩き始める。

「三日前に行っただろ」

「もう三日も経ってるもん」

「別にひとりで行ってきてもいいんだぞ」

「ひとりで狩るのはもう飽きたんだよ。この辺って強い獣もいないしさあ。みんなボクが近づくと逃げていくんだもん」

 いくら外縁部に近いとは言え、ここは危険な獣が住み()とする森である。
 生半可な力量の傭兵にたどり着ける場所ではない。
 ロナが口にしたのは王都の傭兵たちが聞けば耳を疑うような言葉である。

 その後もアルディスを連れ出そうと粘るロナだったが、一方の少年は昼寝を優先したいらしく話は平行線のままであった。

 そんなやりとりが行われているところへ、家の中からやって来たネーレが苦言を(てい)す。

「我が主よ。体を休め鋭気を養うのは大事なことだが、それも度を過ぎれば怠惰(たいだ)というものだぞ」

「……そいつはずいぶんとひどい言われようだな。俺は怠惰じゃない。眠れる時間があるうちは、可能な限り寝ていたいだけだ」

 アルディスの反論をすました顔でネーレが切って捨てる。

「だからそれを怠惰と呼ぶのであろう?」

「……」

「そーだ。怠惰だ怠惰ー!」

 ここぞとばかりにロナが乗ってきた。

 従者と相棒にそろって責められ、アルディスは仕方なく重い腰を上げることになる。

 仕方なくロナの散歩代わりにコーサスの森へでも出かけようとしていたアルディスだったが、どうせ出かけるなら王都へ食糧や消耗品を買いに行こうということになった。

「備蓄にはまだ十分余裕があったのだが、そやつの口に入っていく量が思いのほか多くてな」

 このままでは味気ない食事へと移行せざるを得ぬ、とはロナへ視線を向けたネーレの言である。

 単に腹を満たすだけならば、ロナは森の中で自給自足ができる。
 だがこの食いしん坊は味気ない生肉よりもネーレの調理した料理の方がお気に入りらしい。
 ことに菓子類へは目がないようだった。
 結果、小麦粉や砂糖などの調味料類がかなりのペースで消費されている。

 ロナとしても狩りを楽しみたい気持ちより、おいしい料理を食べたいという気持ちの方が強いのだろう。

「じゃあ買い物に行こー! ねーねー、アル。おやつ買ってもいいでしょ?」

 特に異をとなえるでもなく、ついでに自分の食欲を満たそうとさせるあたり、食い気には正直な性格であった。

「買い食いはほどほどにしろよ。……というかまだ金残ってるのか?」

 確かに前回、ソルテからの報酬は全てロナへ譲っている。
 しかしその日の帰り道、ロナは通りがかった露店のあちこちで相当買い食いをしていたはずだ。
 使い切ったとは思わないが、それほど残っているわけでもないだろう。

「あ、じゃあついでに討伐依頼受けてお金稼いでこようよ。狩りもできるし、お金ももらえるし、街で買い物もできるし、ちょうど良いや」

 そんなわけで、ゆっくりと休息を取っていたはずのアルディスは、いつのまにか仕事をするはめになってしまった。



 それから約二時間後。
 アルディスとロナの姿は王都グランの大通りにあった。

「アル! あれ食べよ! あれ!」

「おい、もっと声を抑えろよ」

 通りの両側に立ち並ぶ露店から、食欲をそそるおいしそうな匂いが広がっている。
 ロナは我慢できないとばかりに尻尾をブンブンと振っていた。
 その勢いが周辺に不自然な風の流れを作り、何事かと振り向いた通行人がロナの姿を見てギョッとする。

「とりあえず食堂で腹ごしらえしよう。いちいち買い食いしてたら時間がもったいない」

「食堂? おいしい料理食べられる?」

「普段はな……」

 一瞬微妙な表情を見せたアルディスが言葉を濁す。

「普段は、って?」

 当然のように疑問を持ったロナが問いかけるも、アルディスは話を切り上げてさっさと歩きはじめた。

「いいから行くぞ」

「あ、待ってよアル」



 不満そうな表情のロナを連れ、アルディスは王都での常宿『せせらぎ亭』へ足を向ける。
 宿と酒場を兼ねたせせらぎ亭では、一階の食堂で銅貨と引き換えに食事をすることができるのだ。

 特に何事もなくたどり着いたせせらぎ亭の入り口前で、ロナがヒクヒクと鼻を鳴らす。

「おいしそうなにおいがするね。アルはよくここに来るの?」

「ああ。ネーレの料理ほどじゃないが、ここの料理は結構いけるんだぞ。大抵の日は」

「大抵の日は……?」

 アルディスの意味深な物言いに、ロナが不思議そうな顔をする。

「まあ、入ってみればわかる」

 説明を放棄してアルディスが宿に足を踏み入れた。

「あー、アルディスさんじゃない! いらっしゃヒィィ!」

 アルディスともすっかり顔なじみになった看板娘メリルが、歓迎の言葉を向けながらも合わせて器用に悲鳴を上げる。

「よう、メリル。飯食いに来たぞ」

「な、なななな、なんですかそれ!? アルディスさん!」

 原因はアルディスの隣にくっついている黄金色の獣ロナであった。

「こいつか? こいつはロナ。俺の相棒だ。……って、そうか。もしかして中に入れちゃまずかったか?」

 露店で買い食いをするよりは手っ取り早いと考えて連れてきたが、よく考えてみればここは人間が食事をする場所だ。
 ロナのような獣を連れ込むのはマナー違反だったのかもしれない。

 ましてロナはそこいらにいる犬や猫と違い、体長も一メートルを超えている。
 加えて口から覗く鋭い牙は、肉食獣であることを示唆(しさ)していた。
 生まれてからろくに王都の外へ出たこともなく、肉食獣を間近に見たこともないメリルには刺激が強すぎるのだろう。

「え、あ……、お、襲ってきたりしませんか?」

 メリルはとっさに給仕用の丸トレイを盾代わりにし、恐る恐るその横から顔を覗かせて様子を伺う。
 だが顔だけ隠したところで他の部分が丸見えのため全く意味はなかった。
 苦笑いをこらえつつ、アルディスはメリルを安心させようとロナの頭をひとなでして答える。

「大丈夫さ。余計なちょっかいを出されない限り、ロナの方からケンカを売ることはない。ルールも教えればちゃんと守るし、そこいらの人間よりも頭がいいんだぞ、こいつは。なあ、ロナ?」

「わん!」

 その姿に似合わない返事でロナが同意した。

「そ、そういうことなら……。今はお客さんも少ないし、入り口から遠いテーブルで良ければ一緒に入ってもらっていいですよ」

「助かる」

 看板娘の許可を得て、アルディスは店の奥まったところにあるテーブルへと席を取る。

 メリルの言う通り、昼飯時を過ぎた店内にはアルディスたち以外に二組ほど客がいるだけだ。
 最初はロナを見て目を丸くしていた彼らだが、メリルとアルディスのやり取りで危険はなさそうだと判断したのだろう。
 時折興味深そうな視線をこちらに向けては、仲間内でボソボソと小声で話す程度である。

「あれが剣魔術の――」

「三大強魔(ごうま)をひとりで――」

「だったらあれくらいは――」

 もれ聞こえる単語から推測するに、向こうはアルディスのことを知っているようだった。
 案外文句があっても、アルディスに面と向かって言うことができないだけなのかもしれない。

「えーと、アルディスさん。ご注文は?」

 気を取り直したようにメリルが注文伺いをする。
 ロナへの恐怖からなのか笑顔がぎこちないものの、きちんとお役目を果たそうとするあたり彼女もプロであった。

「今日は親父さんが作ってるのか?」

「ええ。お母さんは休憩中だけど、お父さんはまだ厨房に入ってますよ」

 どうやら今日は安全日のようだ。

「じゃあ、腹の膨れるものを六人前頼む」

「ろ、六人前ですか?」

 予想外の注文量にメリルの瞳が丸くなる。

「ああ。ひとり分は俺用に。残りの五人分はロナ用にしてくれ。味付けは特に変える必要もない。同じもので大丈夫だ」

「わ、わかりました。すぐに用意しますから、待っててくださいね」

 そう言い残すと、メリルは足早にテーブルから離れていった。

「何でみんなボクのこと怖がるのかなあ?」

 周囲に人がいなくなったのを確認して、ロナが不思議そうにつぶやいた。

「仕方ないだろう。街の中で暮らしてりゃ、ロナみたいに大きな獣を見る事なんてほとんどないだろうし」

「まあ、別にいいけどね。それより早くご飯来ないかなあ」

「おい、ホコリが舞うから尻尾をパタパタさせるなよ」

 だらしなく口から舌を覗かせながら、やたらとボリュームのある尻尾を躍らせるロナに、アルディスが文句を言う。

「おっとごめんねー。でも近くに他の人いないんだから別に――」

「メリルちゃん! アルディス来てないか!? ……って、居た!」

 料理を待つふたりの会話に紛れ込んでくるのは、宿の入り口付近から聞こえてくる男の声。

「ん? ああ、ジャンか」

 声の主はアルディスも知っている人物であった。

 向けた視線の先に居るのは四十代前半と思われる男。
 傭兵への依頼仲介を生業とする『顔役』と呼ばれる人間のひとりである。
 元は腕利きの傭兵だったらしいが、討伐依頼中に足へ深い傷を負い、その怪我が原因で引退したというのは情報屋のチェザーレから聞いた話だった。

 かつては甘いマスクと確かな実力により、傭兵仲間の女性はもちろんのこと一般市民にも多数のファンがいたそうだが、それもすでに昔の話。
 今では良く言っても『気のいい親父』がせいぜいであり、周囲からチヤホヤされていた色男の面影はない。
 やや後退した額の頭髪が、流れる月日の残酷さを物語っていた。

「ちょうど良かったぜ。お前にピッタリの仕事がうあああ! なんだそりゃ!?」

 アルディスの姿を見つけて歩み寄ろうとしていたジャンが、ロナの姿を見つけて後ずさる。

「ああ、心配すんな。こいつは俺の連れだよ、ジャン。変にちょっかい出さなきゃおとなしいもんだから、安心してくれ」

「そ、そうか? まあ、アルディスがそう言うんなら大丈夫なんだろうけどよ……」

 引退したとはいえ元傭兵。
 メリルとは違い、さほど恐れた様子も見せずにジャンはアルディスたちの居るテーブルへ近寄ってくる。
 片足をわずかに(かば)うような歩き方は、傭兵を引退することになった怪我のせいだろう。

「しっかし、ずいぶん景気のいい色した獣だな」

 アルディスの斜め前にある椅子へ腰掛けると、ジャンは足元にうずくまったロナを覗き込む。

「くあぁぁぁ」

 大あくびをするロナをひとしきり眺めて、顔役の男は首を傾げる。

「こんな獣いたっけなあ……」

 ボソリとつぶやくジャンにアルディスが話を促す。

「で、なんだ? 俺にピッタリの仕事ってのは?」

「あ、ああ……。悪い悪い」

 慌てて体をアルディスへ向けると、ジャンが仕事の顔になる。

「入ってきたばかりの仕事なんだけどよ。ちょっと場所が問題というか、生半可なやつらには任せられないっつーか」

 わざわざアルディスを探していたくらいである。
 一般的な傭兵の手に負える内容ではないのだろう。

「仕事の内容は調査なんだが、報酬はなんと金貨五十枚」

「五十枚? 調査だけでか?」

 高額な報酬に驚きをあらわにするアルディス。

「そう。調査だけで、だ。でもな、それだけの報酬は必要だと思うぞ」

「どういうことだ?」

「問題は調査の場所が王都の南に浮かぶ小島ってことだ」

 ジャンの言う場所に心当たりのあるアルディスが、眉をひそめる。

「それって……」

「そう。どこぞの無愛想な傭兵に討伐された三大強魔のひとつ、『四枚羽根(よんまいばね)』が以前住んでいた島だよ」

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