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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 小うるさいパートナー

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第96話

「で? 気はすんだか?」

「ぜーんぜん! あとちょっとでキッチリ勝負つけられてたのにー」

 結局アルディスの寝室に自分の居場所を確保したロナは、すねた様子で答えた。
 ベッドへ腰掛けた部屋の主が見る先には、イスの上に座り、備え付けの丸テーブルへだらしなく頭部を投げ出した黄金色の獣が一体。

「敵じゃないんだから勝つ必要なんてないだろう」

「敵じゃないからこそ、序列はハッキリさせておくべきなんだよ」

 ロナが頭を起こして反論する。
 獣としての習性なのか、それとも単にロナ個人のこだわりなのか、瞳には不満の色が見える。

 しかしたとえロナが不平を抱いていたとしても、相手の力量を計るための手合わせならいざしらず、本気を出して戦ってもらっては困る。
 ロナもネーレもアルディスにとっては大事な身内なのだ。ロナがアルディスと行動を共にする以上は、ネーレの存在も容認してもらう必要があった。

「俺は手加減しろって言ったよな?」

「う……、そうだけど……」

 改めて指摘され、気まずそうにロナがうつむいた。

「ネーレには俺の留守中、家と双子の面倒を見てもらってる。あれだけの腕を持っていて、しかも双子を任せられる人間には今のところ心当たりがないんだ。ロナが調子にのってネーレへ怪我を負わせたり、追い出すなんてことになったら俺が困る」

 この世界は双子という存在に厳しすぎる。双子を見捨てるのならともかく、そうでないならふたりの世話をする人間は必要だ。
 アルディスが四六時中側に居られない以上、子供の世話ができて、しかも危険を排除できるだけの力を持ち、なおかつ双子の存在を受け()れてくれる相手でなくてはならない。

「そりゃ、お前がずっとここに残って双子の面倒を見てくれるってんなら話は別だが」

 双子を任せられる人間は、アルディスの知る限りネーレと『白夜(びゃくや)明星(みょうじょう)』の面々くらいだ。

 もちろんロナであれば実力はもちろんのこと、その気質もよく知っている。
 ロナさえ承諾してくれるなら、この元相棒に双子を任せても良い。
 だが残念なことに、ロナはひとところにじっとしていられるような性格ではないだろう。

「やだよ。そんなのつまんない」

 案の定、ロナは即座に拒絶した。

「じゃあ、我慢しろ。誘い出したのはネーレの方だが、さっきの状況を見るに突っかかっていったのはロナの方だろ?」

 森で攻撃的な気配を漂わせていたのはロナの方で、ネーレは挑まれたから相手をしたに過ぎない。

「ぶー」

 返す言葉も無いロナは、ふてくされる様子を見せながら戦いで感じたことを口に出す。

「あの女の子、何者なの? 弱いくせに結構戦い慣れしてる感じがしたけど」

 ロナとネーレ。両者の力量差は明らかである。
 腕力、体力、魔力。いずれもロナの方が圧倒的に上だ。

 しかしロナはその性格ゆえか、あまり小細工をすることがない。
 再会したときの模擬戦で見せた、魔力に粘着性を持たせたり手足に絡みつく糸状の魔力を使ったりということも、ロナにしては珍しい戦い方だった。
 だからこそ、アルディスは意表をつかれてしまったのだ。

 一方のネーレは戦い方が上手い。
 少ない労力で大きな効果を得られるよう、攻撃のタイミング、間の取り方、攻め手の組み立て方が巧みである。
 戦い慣れしているのは明らかで、技術という点ではロナよりネーレの方が上かもしれない。

「さあね。俺と会う前は流れの傭兵をしてたって話だが……、それだけじゃなさそうだってのはなんとなく感じる」

 だがネーレが何者かと問われれば、わからないと答えるほかなかった。

 アルディスもネーレもお互いの過去には干渉しない。
 口に出して取り決めたことではないが、何となくそういった『誓約』を交わしたかのような空気があるからだ。

 出自(しゅつじ)や彼女の目的はわかっていない。
 だが少なくとも今のアルディスと並び立って戦えるだけの強さを持っているのは、ロナを除けばネーレくらいのものである。

「言っておくけど、こちらの世界ではネーレも結構強い部類に入るからな。向こうの基準で考えるなよ」

「えー、あれで?」

 ロナが疑わしげなまなざしを向けてくる。
 言いたいことはわかるけどな、と前置きしてアルディスは言葉を続けた。

「これまで一年以上何人もの傭兵や兵士たちを見てきたが、俺の会った中でもネーレの実力は頭みっつくらい抜けてる。こっちじゃ国の兵士たちもひどいもんだからな。ネデュロの三体でもいれば、国のひとつやふたつは滅ぶだろうよ」

「ネデュロ三体で国が滅ぶ? それは……、ちょっと弱すぎない?」

 ネデュロとは、アルディスやロナの居た世界に居る肉食獣の名称だ。
 繁殖力が強いのか、適応能力が高いのか、東西南北寒暖山地平地を問わず至るところに出没する、ありふれた六つ足の獣である。
 皮膚は板金鎧並に硬く、前肢の爪は鋼の盾を容易く斬り裂き、口からは炎を吐き出す。また、中肢の爪には即効性の麻痺毒がある。だが()()()()だ。

 魔力を武器へ流せるならばその硬さは問題にならないし、炎も麻痺毒も避ければすむ話。
 だからネデュロは新米の力量を計る相手としてしばしば使われる。
 一対一で勝てば傭兵が一人前と認められる目安でもあるのだ。
 そういう意味では、こちらの世界で言うところのディスペアみたいな立ち位置になるのかもしれない。

 だがそれはあくまでも全体の中での立ち位置で例えれば、の話である。
 実際にネデュロがこちらに現れたら、おそらく一体でも災害クラスの魔物認定を受けるに違いない。

 元の世界ではアルディスも幾度となく戦って倒してきた獣である。
 新米の頃ならいざ知らず、今のアルディスが苦戦する相手ではなかった。
 だからアルディスにとって、こちらの世界で危険とされる魔物や獣相手の戦いも小型の草食獣を狩っているようなものだ。
 周囲から強さを賞賛されても面映(おもは)ゆいばかりで、複雑な気分になってしまう。

「弱いんじゃなくて、それがこっちじゃ普通なんだ。ロナもしばらく居ればわかるさ。ネーレみたいなのは例外だってことが」

「じゃあ何? アルはその状態でも困ってないわけ?」

 少年の体になったとはいえ、ネデュロ五体程度であればひとりで殲滅できる自信はある。
 ネデュロに比べれば、草原の絶望などというご大層な異名を持ったディスペアですら可愛いものだ。

「ああ、戦いという面ではな。そういう意味じゃあ俺も運が良かった」

「どういう意味?」

「逆だったら目も当てられない。あっという間にあの世行きだろ?」

 こちらの人間にとって災害級の獣がそこら中をうろついている世界など、丸一日生きていられるかどうかすら疑わしい。

「ああ、なるほどね」

 納得したロナは、自分が先ほど手合わせした相手の力量をアルディスへ確認する。

「でも、彼女だったらネデュロ三体相手でも勝てるよね? 多分」

「ああ、問題無いだろうな」

 事実、トリアで戦ったグラインダーもネーレひとりで何とかなっただろう。
 あの時はアルディスのアシストにまわっていたネーレだが、あの程度の魔物に遅れを取るとは思えない。

「アルの言ってることが本当なら、彼女もこの世界では普通じゃないってこと?」

 確かに普通とは言えないだろう。
 ナグラス王国第二の都市と呼ばれるトリアで名の通った傭兵『白夜の明星』の面々でさえ、そこまでの強さはない。
 ネーレの強さが群を抜いているのは明らかであった。

「何者なの?」

「さあ」

 ロナの問いかけに対する答えは短い。

「『さあ』って何だよ? 留守を任せるんなら、もうちょっと興味持ちなよ」

 ベッドの横に立てかけた四本の剣。
 その中の一本へアルディスは視線を向けた。

 レイティンの一件でマリーダから得た情報は全てネーレに話してある。
 だがそこにはアルディスの過去に関する情報は含まれていない。

 また同時に、アルディスがネーレに話していない事もあった。
 キリルと一緒にコーサス森の遺跡で発見した赤い剣のことである。
 レイティン防衛戦の最後に赤い剣から現れた、ネーレそっくりの幻影。
 赤い剣を鎮めるためにネーレの髪が必要と言ったのはマリーダだが、その当人も『なぜそれが必要なのか』は知らなかった。
 夢で見たから必要だと()()()()()()()である。

 ネーレの髪で包まれた赤剣から、ネーレそっくりの女が幻影で現れる。
 さすがにこれをただの偶然と考える人間はいないだろう。

 その目で見たことをネーレに話すか、話さずにおくか、迷っているうちに時間が経ってタイミングを逸してしまったのだ。

 ほんの短い時間だけ赤い剣を見ていたアルディスは、すぐに目をロナの顔へ向け直す。

「興味はあるさ。だけどな、こっちも山のように隠し事があるんだ。それを明かさずに向こうの正体だけを教えろなんてのはムシが良すぎる」

「……アルの方から教えるつもりはないの?」

「今のところはない。だからこちらからネーレの正体を問い(ただ)すこともしない」

「それで彼女を信用できるの?」

「する」

 『できる』ではなく『する』と答えるところに、アルディスの意識が強く表れていた。

「……わかったよ。アルがそう言うなら、ボクはもう何も言わない。彼女がアルを裏切ったらなら喉元を食い破るだけの話だし」

 物騒なことを明るい声で言い終えると、ロナはあくびと共に体を丸めてそのまま眠り始めた。

「何者か、ねえ……」

 ベッドに身を投げ出して天井を見ながら、アルディスがひとりつぶやく。

 ネーレが自分から話してくれるならともかく、自分自身のことすら把握できていない状況で、アルディスには他人の正体を詮索するほどの余裕がなかった。

 ロナと再開したおかげでわかったことはいくつかある。
 だがそれでも依然としてわからない事が残っていた。
 なぜ自分は死んでいないのか。なぜ少年の姿になっているのか。なぜ異なる世界へ飛ばされたのか。
 ネーレのことを言えた立場ではない。アルディスこそ『何者なのか』得体の知れない人間なのだ。

「誰か教えてくれるんなら、俺の方が聞きたいくらいだよ」
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