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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 小うるさいパートナー

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第95話

 後を追い外へ出たロナが見たのは、星明かりに照らされながらポツリと立つネーレだった。
 庭のちょうど真ん中にたたずむその姿は、神秘的な印象すら与える。

「ついてくるが良い」

 そっけなく一言だけ言い捨てると、ネーレはそのまま森の奥へと足を進めていく。
 意図を(ただ)すでもなく、疑問を投げかけるでもなく、ロナは黙って後をついていった。

「このあたりで良いか」

 ボソリとひとりごとのように言ったネーレが立ち止まり、振り返ってロナを正面に見据(みす)える。

 すでに家を出てから結構な距離を歩いてきた。
 家の周りにはわずかな小動物の気配しかなかったが、さすがに森へと足を踏み入れれば様子は一変する。
 ロナにとって取るに足らない存在であることは変わらないが、一般的に捕食者と呼ばれる存在たちが遠くからこちらを伺っている気配を感じていた。

「それで? ボクに何の用かな?」

 正体を隠すつもりがなくなったロナは、単刀直入に問いかける。
 ロナがただの獣ではないことなど、相手はとうにお見通しなのだろう。
 今さら言葉がわからないふりをしたところであまり意味はない。

「ふむ。人語を解するというなら話は早い」

「へえ。驚かないんだね」

「その程度のことで驚くほど世間知らずではない」

 獣が人の言葉を話すという異常性を、その程度と言い切ってしまうネーレ。

「ふーん。まあいいや」

 一方のロナも、それについてはどうでも良いとばかりに話を元へ戻す。

「で? もう一度訊くけど、ボクに何か用?」

 問いかけるというより問い(ただ)すといった方が近い気配を漂わせながら、体毛と同じ黄金色(こがねいろ)の瞳が天色(あまいろ)の瞳を射抜く。

「用があるのはお主の方ではないのかね?」

 淡々(たんたん)とした様子でネーレが口にした言葉に、ロナの体がピクリと反応する。

「何を言ってるのさ。ここまでボクを誘い出してきたのはキミの方だろ? それじゃあ立場がアベコベじゃないか」

「お主が何やら我へ思うところがありそうに見えたのでな。我が主の前ではそうもいかぬだろうとここまで案内したまでのこと。お主の心に何も吐き出すべきものがないのなら、我の早とちりというものよ」

「へえ。それはそれは。察してくれてありがとうとでも言えば良いの?」

「礼なぞいらぬ。用がないなら――」

「だれもそんな事は言ってないけどさ」

 そう言うなり、ロナが腰を落として身構える。
 今にも襲いかからんばかりに視線を突き刺してくるロナへ、ネーレは(さと)すように言葉を続けた。

「本能に振り回される獣ではなく、言葉を操る理性があるというのならば、お主もまず牙を見せるのではなく心のうちを明かすが良い。問答無用で襲いかかるは、賢き者の行いと言えぬ」

「ただの獣にそんなものを求められてもなあ」

 睨みつけていた視線をそらして、他人事のようにロナがつぶやく。

「何も理路(りろ)整然とした語りを求めてはおらん。お主が我と戦いたいなら応じもしよう。ただわけもわからぬまま戦わされるのは我の望むところではない」

 ネーレがなおも問いかける。

「我が信用できぬか? 排除すべき異分子だと感じておるのか? 敵として危険な存在と感じておるのか?」

 不満そうな色を隠しもせず、ロナが難しそうな表情を浮かべた。

「少なくとも敵だとは思ってないよ。排除すべきかどうかもまだ判断はできない。ただ、信用できるかと言われれば……、即座に肯定できるほどキミのことを知っているわけではないからね」

「我が主からはそれなりに信を置いてもらっている、という自負はあるのだが? お主と我が主は決して浅い付き合いではないのだろう? 我が主の信を、お主は認められぬのか?」

「そりゃ、あのアルが自分のねぐらを何ヶ月もあずけているんだ。信用してるのは確かなんだろうね」

 面白くない――と、その表情へロナの本心がにじみ出す。

「二日――ああ、アルにとっては一年半だろうけど」

 思い出したようにロナが訂正する。

「以前のアルとは見違えるほど雰囲気がやわらかい。それがキミたちの影響なんだろうということは、何となく感じる。だからこれでもボクはキミたちに感謝しているんだよ。アルを少しだけ引き戻してくれたこと」

「ならばなおさら。そのような気配を向け、今にも飛びかかろうかというお主の行動が理解できぬが?」

 ネーレが理解できないのは当然だろう。
 なぜならロナが腹に抱えているのは、理屈ではなく感情。
 それは彼女を信用できるかどうか、などという問題ではなかった。

 自分にとって大事な相棒だと思っていた男の側に、いつの間にか見ず知らずの女が従者(しか)りという顔で立っている。決して気分の良いものではない。
 そこはボクの居場所だ。そう主張する気持ちが抑えきれなかった。

 それは獣としての本能か。それとも居場所を取られた不快感か。はたまた自分ひとりだけ蚊帳(かや)の外だったという疎外感か。実際のところロナにもいまいちよくわからない。
 だからこのイライラを解消させるのに有効だと思う方法をロナは選んだ。

 この状況を望んだのは他でもないロナである。
 ネーレはそれを感じ取って舞台へ誘い出したに過ぎなかった。

 限界まで引き絞った体を沈み込ませながら、弾んだ調子の声でロナが静かな森へ響く。

「いやあ、それはそれ。これはこれ」

 だけどさ、と黄金色の獣は開き直るように宣言する。

「――力関係はちゃんと新入りに教えておかないといけないだろ?」

 それを合図にして黄金色の体が大地を強く蹴り出した。

 ネーレへと瞬時に迫る鋭い爪の一撃。
 それをひらりと(かわ)す女の髪が数本落ちていく。

 最小限の動きで回避したネーレの足に、ロナは牙を突き立てようと襲いかかった。
 すらっとした細い足に届く直前、牙は何らかの抵抗に一瞬動きを阻害される。

 しかしロナの牙をそんなもので止めることはできない。
 すぐに不可視の抵抗をかみ砕いて、(あぎと)が勢いよく閉じられる。

 牙の勢いが止まったのはわずかな時間。
 だがその時間はネーレが武器を抜き、反撃に転じる十分な余裕を与えてくれた。

 懐から取りだしたダガーを逆手に持って、攻撃直後のロナへと突き立てようとする。
 当然その反撃を予想していたロナは、あっさりと攻撃の手を止めて距離をとった。

「我が主の連れてきた客人に刃を向けたとあっては従者の名折れ。だが当の客人から牙を()かれたとあれば是非(ぜひ)もあるまい」

 ネーレの周囲が突然煌々(こうこう)と照らされる。
 詠唱もなく生み出された光球の群れが幾筋もの光となってロナへ襲いかかった。

 四方から浴びせられる光の筋は、木々の合間を縫いながら黄金色の体目がけてすがりついてくるが、ターゲットの獣はそれを意にも介さず真っ直ぐとネーレへ向かっていく。
 ロナの体へと着弾した光は瞬時に高温を発してその身を焼こうとするものの、焦げあとひとつつけることができていない。

「手加減はいらないよ」

 上位者の余裕を含ませて笑うと、ロナは周囲の空気を圧縮して無数の刃を作り出す。

「今度はこっちの番だね」

 ロナの耳がピクピクと動く。
 その動きへ呼応し、切り裂くことに特化した魔力がネーレへ飛びかかった。

 枝葉を巻き込みながら襲いかかる刃。
 しかし当のネーレは防御の気配も見せず、ダガーを片手にロナへと直進してくる。

「いい勘してるよ」

 ロナは採点をする教師のようにつぶやいてネーレを迎え撃つ。
 瞬く間に距離を詰めたネーレのダガーが振り下ろされた。
 それを避けようとしたロナの足もとがネーレの干渉によって急に固さを失い、踏み出しの一歩を妨げる。

「うにゃあ!?」

 驚きと共に体勢を崩したロナへ、容赦なくネーレの一撃が襲いかかった。
 パキリという何かが割れる音に続いて硬い物同士がぶつかる音が響く。

 避けきれないと判断したロナがダガーの刃を牙で()み、防いでいた。
 もちろん魔力による障壁でその勢いを()いだ上で、である。
 ネーレの剣撃は、何の工夫もなくまともに受け止められるほど甘くはない。

 ホッとしたのは一瞬のこと。

「捕らえたぞ」

 ネーレは狙い通りとばかりに、ダガーを持っていない方の人さし指をロナの眉間(みけん)へ向ける。

 その指先に現れたのはごくごく小さな豆粒ほどの、しかし目もくらむような白い光源。
 真夏の太陽を思わせる光がロナに冷や汗をかかせた。

 慌ててダガーを口から解放し、後退(あとずさ)ると同時に全力で魔法障壁を展開する。

「防げるかな?」

 不敵なセリフと同時にネーレの指先から極限まで凝縮された魔力が打ち出される。

「やだよ!」

 正面からの防御を早々に諦め、ロナは躱すことを優先した。
 何重にも張り巡らせた魔法障壁を紙のように貫き、凝縮された魔力がロナの尻尾をかすめる。

「熱っ!」

 黄金色のフサフサした尾に、見るも無惨な焦げ(あと)がひとすじ生まれていた。

「ふむ。よく避けたな」

「あー! ボクの尻尾がー!」

 穏やかな口調で感心するネーレとは対照的に、ロナは自らの尾を見て感情を高ぶらせた。

「よくもやったなー! だったらこっちだって本気出すもん!」

 ロナのまとう魔力が急激にふくれあがり始めた。

「ほう。そうなればこちらも相応の対処をすることになるが?」

「その余裕(づら)、泣きっ(つら)に変えてあげるよ!」

 言いながら周囲の空間を強大な魔力でねじ曲げ始めるロナ。
 静寂が支配する夜の森に出現したその光景は音もなく、しかし凶悪な気配だけをあたりにふりまきながら周りを覆い尽くす。

 ロナの放つ攻撃に備え、ネーレが防御用の障壁展開と反撃の準備を無言で進めていく。

 張りつめた空気。
 充満する異常な魔力。
 ネーレとロナの気配に恐れをなし、虫の声ひとつしなくなった森の中。

 引き絞られた矢のように、ロナの一手が今にも放たれようとするその時。
 突然ロナの視界を(さえぎ)るように上空から何かが降り、地面に突き刺さった。

「そこまでだ、ロナ」

 突き刺さったのは白い剣身のショートソード。
 言葉を発したのはロナの元相棒でありネーレの主でもある少年だった。

「双子もろとも俺の家を吹き飛ばすつもりか?」

「むー。邪魔しないでよ、アル。これからボクのターンなのに」

「ネーレの実力はもう十分わかっただろ?」

「でもまだ勝負がついてないもん」

「勝敗をつける必要がどこにあるんだよ」

 まったく、と呆れ口調と共にアルディスが額へ手をあてる。

「だってボクの方が強いし、アルともずっと一緒だったし、ボクの方がアルのことよく知ってるし、ボクの方が――」

「んなことわかってるっての。だからってネーレと本気で戦う必要なんてないだろうが」

「だって……」

「だってもなにもない。さっき俺はなんて言った?」

 手加減しろ、と釘を刺されたことに思い至り、それまでふくれっ面を見せていたロナの表情が曇る。

「よーし良い子だ。思い出したようだな? じゃあどうする? 大人しく家に戻るか、それとも――」

 アルディスが腰から剣を抜く。
 よく晴れた秋空を思わせる蒼い剣身が、ロナの苦手な電撃をまとい始める。

「わ、わわわわかったよアル! 大人しく家に戻るから!」

 あからさまな威圧をアルディスから受け、ロナが慌てて展開していた魔力を散らせる。

「最初からそうすりゃいいんだよ、まったく。――ネーレもいいな?」

「我はもともと異存などない」

 ダガーを懐に収め、当たり前のようにアルディスへ付き従うネーレ。
 その様子はあまりにも自然であり、しかも収まりが良い。

 それがまたロナは気にくわないのだろう。
 不機嫌さを体中からにじみ出すに任せ、アルディスとネーレを待たずさっさと家へ向かっていった。
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