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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 小うるさいパートナー

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第94話

「なんで街の外で暮らしてるのさ? 人間は街の方が便利なんじゃないの?」

 王都を出て森にある家へ向かう道中で、何の気なしにという感じでロナが訊ねてきた。

「前は街中で暮らしてたんだが、ちょっと問題があってな。今は森の中に家を建ててそこで暮らしてるんだ」

「まさかこっちでも追われてたりする?」

「いや、そんな事はない――はずだが……。少なくとも家には人目にさらしたくない子供たちが居てな。それで街中は避けてる」

 そんな事はないと断言しかけて、やや自信なさそうに返事をするアルディスだった。

「ふーん。だったら後ろからついて来ているアレ、追い払った方がいいの?」

 あいも変わらず王都からの帰りにはアルディスへの尾行がついている。
 それに気付いていたロナが、今にも反転突入しそうな気配を全身にまとわせた。

「放っとけ。どうせ森に入ればついて来られるような腕利きじゃない」

「そう、なら別に良いんだけど」

 あっさりと納得したロナは、それでもう興味を失ったらしい。
 首から下げた袋に口を突っ込んで、先ほど王都で買ったお菓子や果物をモッサモッサと頬張り始める。

「歩いてる時くらい食べるのはやめたら……、ん? おい、ロナ」

 あきれかえった顔でそれを見ていたアルディスが、急にロナへと呼びかける。

「なに?」

「お前、報酬の入った皮袋どこにやった?」

 アルディスの疑問はもっともである。

 首から下げた買い物袋以外、今のロナが身につけているものは何も無い。
 人間のように懐のあいた服を着ているわけでもなく、荷袋を背負っているわけでもないのだ。
 もしや買い物袋の中に入っているのかもとアルディスは一瞬考えるが、あの袋が食べ物でパンパンにふくれあがっていたときにもロナは皮袋をくわえてこちらへ押しつけてきていた。

「ん? ここにあるよ?」

 どうかした? とでも言いたそうな口調でロナが皮袋を口にくわえてみせる。

「……今、どこから取りだしたんだ?」

 一瞬言葉を失ってから、アルディスがようやく口を開く。
 彼の目には、ロナの口へ突然皮袋が現れたようにしか見えなかったのだ。

「どこからって……、()()()からだけど?」

「向こう?」

「そう、向こうの世界」

「はあ?」

 思わずすっとんきょうな声が少年の口をついて出た。

「ちょ、ちょっと待て。ということはあれか? くわえてたら邪魔だから、皮袋だけ向こうの世界に置いておいたってことか?」

「うん」

「そんなことが……」

 できるのか? と言葉にしようとして、アルディスはそれを飲み込む。

 ロナの話を信じるなら、アルディスが元居た世界とこの世界は行き来が可能だという。
 それができないアルディスには、ロナの言っていることが本当かどうか判断できない。
 だがそれが本当の話であるなら、自分の体だけではなく物体だけを行き来させることだっておそらく可能なのだろう。

 もちろんアルディスはロナの言うことを疑ってなどいないし、ロナが自分に嘘をついている可能性もまったく考慮していなかった。ロナがアルディスを(だま)す意味などないのだから。

「ちなみに、向こうへ送った物はどこへ行くんだ?」

「ボクのねぐらだよ。アルも知ってるだろ? 白い山脈の麓にある洞窟」

「ああ、あそこか。一度行ったことがあるな」

 そこで言葉をいったん切ると、やや長い沈黙を挟んでアルディスが訊ねた。

「…………なあ、ロナ?」

「なーに?」

「向こうに送れるのは物だけなのか? 人間を送ることはできないのか?」

 それができるなら、ロナの手によってアルディスが向こうの世界へ戻ることもできるようになる。
 今すぐには無理だ。しかしこの先、双子のこれからに見通しが立てば、この世界にいなければならない理由はどこにもないのだ。
 帰る選択肢があるかないかという問題は、今後の行動方針に大きく影響を及ぼすだろう。

 しかしながら、ロナ口から出てきた答えはアルディスを落胆させるものだった。

「うーん……。ボクが自分の手を放した状態で送ったり呼び寄せたりできる大きさは、せいぜい人間の赤ちゃんくらいだろうね。それ以上の大きさは無理だと思う。空けられる穴の大きさが小さすぎて、アルくらいの人間じゃ通れないと思うよ」

「そうか……」

 密かに膨らんでいた期待が急速にしぼんでいき、アルディスの声が力を失う。

「でもボクにできるんだから、アルディスにもきっとできるよ。やり方はボクが教えるからさ。頑張って練習しよう、ね!」

 アルディスを元気づけるようにロナが協力を申し出る。

「やり方を教えるって言っても、あれじゃあ……」

 再会した夜に聞いた『向こうへ帰る方法』の説明を思い出して、アルディスは顔を曇らせるのだった。




 森へ入って尾行者が遠のいたのを感じながら、アルディスはロナを自分の家へと案内する。
 迎えたのは同行者の存在にもまったく動じない、いつも通りの従者ネーレと、対照的にロナの大きさを見て怯える双子の姉妹だった。

 しかしその双子も、アルディスが気を許している様子に安心したのだろう。
 やがて警戒心を解いたかと思うと、今度はそれを好奇心に塗り替えてロナの体へ興味津々の様子を見せる。

「すごいよ! フワフワだー!」

「もっふもっふだー!」

 ロナのふわりとした毛並を体いっぱいで堪能(たんのう)し始めるフィリアとリアナ。
 当初のオドオドした態度はどこへいったものやら、今では勢いをつけてロナの体へと飛びついてる有様だ。

「おっきいねー、キツネさん!」

「わん!」

「あれ? ……ワンちゃんなの?」

 どうやらロナはごくありきたりな獣としてふるまうつもりらしい。

 アルディスにすれば、双子にしろネーレにしろ本当の事を知られても構わないというのが正直なところだ。
 だが当のロナが警戒を解いていないのであれば、それについてどうこう言うつもりもない。
 もっとも、それを差し引いてもイヌみたいな鳴き声はどうかと思うアルディスだった。

 双子はすっかりロナの毛並に首ったけであるが、一方のネーレは淡々としたものである。
 アルディスが「昔の相棒だ」と紹介したときも、それがどうしたと言わんばかりの反応だった。
 ロナが単なる獣のふりをしているからかもしれない。もちろんその外見は『単なる獣』で言い捨てられるほど平凡なものではなかったが。




「あの双子、可愛かったねー」

 単なる獣としてふるまうロナを加え、四人と一体の夕食が終わった後。
 食後もロナを遊具か何かと勘違いしているかのようにまとわりついていた双子は、さすがに遊び疲れたのか、普段よりもずっと早い時間帯に寝室へ移動している。
 ロナとアルディスが言葉を交わしているのは、双子を寝かしつけるためネーレが席を外しているからだった。

「ロナ。お前いつまで獣のふりを続けるつもりだ?」

「今日のところは様子見だからね。第一あの三人はアルの事、どこまで知ってるの? ボクが勝手に話しちゃっていいとも思えないけど」

 思いもよらぬ反問に、アルディスが表情を改めてロナに向き合う。数秒だけ思案に時間を費やすと、口を開いてロナの疑問へと答えた。

「双子には何も話していない。ネーレにも向こうのことは話してないからな。確かに好き放題話されるのは困る」

「ボクが会話できるってわかったら、昔のこととか聞かれるんじゃないかな? アルが全部明かすつもりならそれでもいいけど、向こうのことを隠しておきたいなら今は話ができないと思わせておいた方がよくない?」

 ロナの話も一理あった。

 アルディスはネーレに自分の事をほとんど明かしていない。
 ネーレが聞いてこないからというのもあるし、アルディス自身うまく説明できる自信がないからでもあった。

 アルディスがネーレに感じているのと同様、おそらくネーレもアルディスの正体に思うところはあるだろう。
 だがネーレに信を置くようになった今となっても、アルディスの口から過去の話は明かしていないのだ。

 以前、都市国家レイティンのマリーダへ髪を提供する際、知り得た情報を共有するという条件を提示されたことがあった。
 あるいはそれが話のきっかけになるかとも思ったが、結局マリーダから聞けたのは彼女が持つ特殊な能力と将来訪れるであろう光景の話だけ。
 結局過去のあれこれについても切り出すことなく終わっている。

 アルディス自身、まだ自分の境遇について明確に理解できていなかったというのも、打ち明けることに抵抗があった要因のひとつであろう。

「お前がそこまで考えてくれてたとは思わなかったよ」

「まあ、人付き合いとか面倒だし」

 感心したアルディスの気持ちもお構いなしに、あっけらかんとロナが本心を明かす。

「おいコラ。それが本音か?」

「わん!」

 乏しい表情筋を器用に使い、微妙な笑みを見せてロナが返事をする。
 どうやら都合が悪くなるとイヌのふりをすることにしたようだ。

「ちょっと、いや……。どうやらお前とはじっくり話をする必要があるみたいだな」

「いやあ、ボクもう疲れちゃったからそろそろ寝たいんだよね。続きはまた今度にしてくれるとありがたいんだけど。そろそろあの女の子も戻ってくるだろうし」

 軽く睨まれたロナは、けろりとした表情で自己の主張を言葉にのせる。
 その主張を援護するかのように、双子の寝室を出た足音がアルディスたちの元へと近づいていた。

「今日はふたりとも寝付きが良い。よほどはしゃぎ疲れたのであろうな」

 アリスブルーの髪を短くした従者が、アルディスへ語りかけながらやって来る。
 普段から感情の乏しい顔であるが、今日のネーレにはいつもと違うかすかな警戒の色が浮かんでいた。

「主はどうするかね? 今しばらく(よい)を楽しみたいというならば、なんぞつまむものでもこしらえるが?」

「いや、俺もそろそろ部屋に戻ろうと思っていたところだ」

「そうか。……ときに我が主よ。そやつの寝床(ねどこ)はどうするかね?」

 ならば良し、とでも言いそうな顔で頷いたネーレは、ロナに視線を移しながらアルディスへ問いかける。

「ロナか? そうだな、こいつは雨風がしのげればどこでもいいんだろうが……」

 アルディスからの返答を聞いたネーレは「承知した」と口にすると、なぜか家の外へ向けて歩き始める。

「ならば案内しよう。ついてくるが良い」

 ロナに向けて言い放つと、反応を確かめもせずそのまま扉を開いて出て行ってしまった。
 寝床に案内しようと口では言いつつも、全身にまとった空気は試合に臨む剣士のような雰囲気。ネーレが何を考えているのか、アルディスは何となく予想がついていた。

「意外にせっかちな人なんだなぁ」

 扉の向こうへ消えたネーレに向けポツリとつぶやいたロナは、アルディスの方を向いて軽い調子で続ける。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「……ちゃんと手加減しろよ?」

「わかってるってば。お遊びお遊び」

 仕方ないといった顔のアルディスに向けて弾んだ声で返事をすると、ロナは跳ねるような足取りでネーレの後を追いかけていった。
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