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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 一昨日のパートナー

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第93話

 ロナと再会したアルディスはソルテとともに王都へと帰還する。

 大きな獣にしか見えないロナの姿は当然目立つ。
 入り口で衛兵相手にひと悶着(もんちゃく)あったが、聖女候補として名の知れているソルテがとりなしてくれたこともあって何とか通過を許可された。
 獣を連れている当事者が広く王都で名の知れたアルディスであったことも、理由のひとつだろう。

 王都の賑わいと露店から漂ってくるおいしそうな香りへ、フラフラと引き寄せられそうなロナを引っ張り、アルディスは教会へとソルテを送り届けた。



「そうですか……。怖い思いをさせてしまいましたね、シスターソルテ」

 教会側から対応に出てきたのは、アルディスが最初に教会を訪ねた際の案内役であった福耳の神父だ。
 昼ごはん時を過ぎ閑散(かんさん)とした食堂でひとつのテーブルをはさみ、一方に福耳神父、もう一方にはソルテとアルディス、そしてその足元に(うずくま)るロナという位置である。

「ああ、女神様……、我が不明と未熟きわまるこの身をお許しください」

 護衛の傭兵たちが襲いかかってきた顛末(てんまつ)を説明すると、福耳神父は両手を組んで女神へと(ゆる)しを()い始めた。

 赦しを請う相手が違うだろう、とアルディスは思う。
 だがそれを口にしたところで面倒なことにしかならないのはわかりきっているし、信奉者というのは得てしてそういうものだと知っていた。
 だから心の中だけで指摘するにとどめる。

「私はこうして無事だったのですから、あまり気になさらないでください」

 何よりソルテ自身がそう言っているのだから、第三者のアルディスがどうこう口を出すことではないだろう。

「それで、結局あいつらは何だったんだ?」

 前後の状況や傭兵たちの言動から、彼らは何者かの指示もしくは依頼でソルテを襲ったように思える。

 福耳神父が説明してくれた話では、護衛を雇うための書類が偽造されていたらしい。
 ソルテを襲った傭兵たちは、偽造された依頼書を持ち込んで護衛に成りすましていたのだ。

 ただの手違いだと主張する者たちも多くいたが、福耳神父を中心として調査に乗り出した結果、あっさりと犯人を見つけることに成功する。

「わかりません。問題の依頼書を書いたと思われる修道士はすでに身柄を拘束しています。もともと教会から発行する依頼書を扱う人員は限られていますので、容疑者を突き止めるのは簡単でした。ただ――」

「ただ?」

「動機がわからなくなりました。尋問にあたっている者たちは『お金欲しさにやったのだろう』と決めつけていたのですが、今伺ったお話を聞く限りシスターソルテを襲った傭兵たちに偽の依頼書が渡ったのは偶然の結果とも思えません」

「その修道士本人の自供は?」

 福耳神父が首を振る。

「本人は拘束された当初から無言を貫き通しています。ですが、こうなったからには尋問も当然厳しくなっていくでしょう。三日ともたずに真実を語り始めると思いますが、果たしてどんな供述が出てくるのか……。いち修道士の不正だけで終わらない話になるかもしれません」

「というと?」

 探るような視線がアルディスに向けられる。

「もしかすると他に裏で糸を引いていた者がいるのかもしれないと、今の私は疑い始めています」

 その瞳にはかすかな警戒の色がうかがえた。

「そうかい」

 そっけない言葉でアルディスは受け流す。

「まあ、事情はわかった。と言うより、背景が明らかになっていないことがわかったと言うべきか。どちらにしても後は教会の中で解決する問題だろう。俺がどうこう言うものでもない」

 訊くべきこと訊いたとばかりにアルディスが立ち上がる。

「あ、ちょっと待ってください!」

 立ち去りかけたアルディスをソルテが引き止めた。

「まだ依頼達成の報酬をお支払いしていません。神父様、依頼の報酬は?」

「ああ、ここに持ってきていますよ」

 確認するソルテへ見えるように、福耳神父が隣の椅子に置いていた皮袋を持ち上げる。

「いらん」

「え?」

 何を言われたかわからないソルテを放置して、アルディスが食堂の入り口へと歩き始めた。

「ど、どういうことですか? 護衛の――じゃなくて荷物持ちの報酬ですよ? どうしていらないんですか?」

「いらんと言ったらいらん」

「だからどうして」

 駆け寄ったソルテがアルディスの腕をつかんで引き止める。

「俺にはそれを受け取る資格が無い」

 素直に立ち去らせてくれないソルテへ、アルディスがその理由を明かす。

「資格が無いって、そんなことはありませんよ。ちゃんとこうして私を無事に連れ帰ってくれたじゃありませんか」

「無事だったのはたまたまだ。ロナがいなかったら間に合わなかったかもしれない。護衛対象を危険にさらしてしまったのは俺のミスだ。だから報酬は受け取れない」

「でもそれは……、私が自分で彼らに付いていったからですし……」

「だとしてもそういう状況を作った俺の責任だ」

 (がん)として譲らないアルディスに、不満そうな表情を浮かべるソルテ。

 頭髪と同じ桜色の眉を寄せていた聖女候補だったが、こちらもこちらで主張を取り下げる気はさらさらないらしい。
 不毛な押し問答の末、ソルテが珍しく声を荒げる。

「だめです! やはり報酬は受け取るべきです。経過はどうあれ私はこうして無事に帰ってきましたし、アルディスさんはずっと守ってくれていました。『労に(むく)いざるは人道にあらず』です! アルディスさんには報酬を受け取る義務があります!」

 思いのほか頑固なソルテに一瞬困ったような表情を浮かべたアルディスだったが、次の瞬間「仕方が無い」と言わんばかりに短いため息をつくと、妥協案を提示する。

「だったらその報酬、ロナにやってくれ」

「え? 神――、ロナ様にですか?」

 神獣様と言いかけたソルテがあわてて訂正する。

 ただでさえロナの存在は人目を引く。
 その上、将来聖女間違いなしと言われるソルテから神獣様などと呼ばれれば、どう転んでも人の注目を集めてしまうだろう。
 王都への道のりで、『神獣様』ではなく『ロナ』と名前で呼ぶように注意を重ねてきたが、まだまだ最初の呼び方が抜けきらないらしい。

「そうだ。危ないところを助けたのはロナだからな。ロナにはその報酬を受け取る資格がある」

「え? えーと……。それは……、アルディスさんがそれでいいとおっしゃるなら」

 戸惑いながらもソルテが同意する。
 これでいいのだろうか、という困惑をあらわにしながら、ソルテが福耳神父から皮袋を受け取ってロナの前へと立つ。

「それでは、その……ロナ様。お受け取りください」

「わんっ!」

 とってつけたようなロナのわざとらしい鳴き声。
 黄金色の体毛に包まれた獣は渡された皮袋を口へくわえると、アルディスへ顔を向ける。

「じゃあ行くか」

「アルディスさん。今回は突然のお願いにもかかわらず、助けてくださってありがとうございました。もしお困りのことがあったらできる限りお手伝いしますので、いつでもお訪ねくださいね」

「……ああ、気が向いたらな」

 本音を言えば女神を(まつ)るような場所に来るのは二度とごめんこうむりたいところだ。
 だがアルディスにもこの場でそれを口にしない程度の分別はある。

 ソルテに向けて煮え切らない返事をすると、福耳神父へはまた別の言葉を残して去っていく。

「しばらくソルテの身辺には注意を払ってやってくれ」

 その瞳をまっすぐ受け止めた福耳神父が、挑むような視線を返しながらアルディスを見送った。

「もちろんですとも」





「なんだかヤな感じだったねー」

 教会を出たアルディスとロナは、露店の立ち並ぶ大通りへと出ていた。
 さすがに人通りの多い街中で堂々と会話するわけにはいかないため、アルディスもロナも声を潜めながらの会話だ。

「あんなもんだろ。どうせもう会うこともないだろうし、気にするな」

「そうだね。まあ、ソルテだけはまた会ってもいいけど。あの神父とかいう男の方は嫌いだな。アルのこと疑いの目で見てたもんね。何か目をつけられるようなことしたの?」

「心外だ」

「だって何もしてないのにあんな目で見られるわけないじゃ――あ、アレおいしそう。ねえ、アル。あれ買おうよ。お金ならあるよ、ほら」

 報酬の入った皮袋をいつの間にか口へくわえ、ロナがアルに差し出す。

 ロナの視線が向かう先にあったのはひとつの露店。
 太い二本の串に刺された肉の塊が直火に焼かれ、香ばしい煙を周囲に撒き散らしていた。
 どうやら鶏のモモ肉を焼いたものらしい。

 アルディスはロナに代わって鶏のモモ肉焼きを購入すると、おとなしい獣のふりをした黄金色の相棒にそれを差し出す。
 ついでとばかりに自分も同じものを買うと熱々の肉にかぶりついた。

 味付けは塩だけのシンプルなものだったが、ジワリとにじみ出る肉汁は、旨みをたっぷり含んだまま口いっぱいに広がっていく。
 素材の肉が良いのか、それとも焼き方が上手いのか。
 アルディスが焼いたのではこう美味しくはならないだろう。
 味に満足しながら一人前のモモ肉をアルディスが食べ終わった時には、ロナはすでに五人前のモモ肉を平らげた後だった。

「アルってば昔っから敵を作りやすいもんねえ。敵を作りやすいというか、相手が敵に回っても気にしないというか」

 口の周りを舐めながら歩くロナが、先ほどの続きとばかりに話を再開する。

「そんなつもりは無いんだが……」

「なおさら問題じゃないか。素で敵を作りやすい体質って、それはそれでひどい話だと思うけど? もうちょっと敵を作らない努力も必要なんじゃないかな?」

「うるさいなあ」

 アルディスがふてくされた様な表情を浮かべる。
 その表情に疲れが見えるのは、妙に小言くさいロナの言葉が原因ではない。

「グレイスも言ってたじゃないか。『戦う前に敵を減らすのが良い指揮官だ』って。アルはもうちょっと敵を減らすことに気を配った方がいい」

「わかってるって」

 『三大強魔(ごうま)討伐者』とまで呼ばれるほどの実力を持った少年が疲れた表情を見せている原因、それは――。

「そうやって適当に返事するのがアルの悪いとこ――あ、あれ食べたい。アル、あれ買ってきてよ」

 ロナがこうして報酬の入った皮袋を話の合間合間で押し付けくるからである。
 そのたびにアルディスたちの足は止まり、目的地への距離は一向に縮まらないでいた。

 甘くてサクリとした食感の焼き菓子、みずみずしいもぎたての果物、濃厚なソースを絡めた肉巻き棒。
 ひとつひとつは手ごろな価格だが、ロナの食べる量は基本的に人間と比べ物にならない。
 皮袋の中に入っていた銀貨は、見る見るうちに露店店主たちの懐へと住処(すみか)を変えていった。

「まあ、あの神父っていう男はまだ明確な敵って程でもないみたいだけどね。アルがあの傭兵たちとグルだった、とでも思ってるのかなあ」

 馬鹿馬鹿しいとばかりにアルディスが笑う。

「道理に合わない話だ。そもそも俺に依頼を持ちかけてきたのはソルテなんだぞ? おまけに俺と彼女が会ったのは何ヶ月も前に一度きり。ソルテから指名がなけりゃ、教会なんぞ近寄るつもりもなかったってのに」

「ああいう人たちって視野が狭いからね。第一、狂女を(あが)めるような人たちがまともなわけないじゃないか」

「それについては同意するが、その理屈だとソルテもまともじゃないってことになるぞ?」

 からかうような口調で問いかけるアルディスに、ロナはあっけらかんと答えた。

「ソルテは別だねー。お菓子くれるし」

「お菓子の有り無しで人を評価するんじゃない。お前は簡単に人を信じすぎだ」

「ソルテは良い子だよ? お菓子が無くても」

「その自信はいったいどこからやってくるんだよ?」

 ため息をつきたい気分で黒髪の少年が投げやりな疑問を口にすると、ロナはしたり顔を見せた。

「野生の勘、かな?」

 アルディスが呆れたようにロナの姿を眺める。

「野生の勘、ねぇ……」

 その黄金色の獣は首から大きな買い物袋を()げていた。
 露店で興味のわいた食べ物を見るたびに足を止め、「アル、あれ買って」とねだる相棒。
 なかなか目的地へと近づかないことに(ごう)()やしたアルディスが、「買うのはいいが、食べるのは後にしろ」とロナの首から買い物袋を提げさせ、買った食べ物をすべてそこへ放り込んでいったのだ。

 おかげで移動速度は多少ましになったものの、ロナの首に提げられた買い物袋は膨らむ一方である。
 かろうじて袋から食べ物があふれていないのは、(こぼ)れ落ちそうになる食べ物をロナがちょいちょいつまみ食いしているからだった。

 歩き、話し、合間に袋へ口を突っ込んで食べ、そして歩く。
 その姿はだらしなく買い食いをしながら街をうろつく、裕福な家庭のドラ息子となんら変わりが無い。
 まして獣の野生を感じさせる要素は皆無(かいむ)であった。

 冷たい視線を送りながら、アルディスが鼻で笑う。

「……説得力がまったく無いぞ」
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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+注意+
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