挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 小うるさいパートナー

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

91/98

第90話

「すまねえな、シスターちゃん。こんな夜中に」

「いえ。護衛をしていただいているのですから、これくらいはさせてください」

 野営地から少し離れた場所をソルテと傭兵のリーダーである男が歩いていた。

「助かるぜ。普通なら怪我人抱えて森を抜けなきゃならないんだから」

 眠っていたところを起こされ、助けを求められたのはつい先ほどのこと。
 聞けば傭兵のひとりが獣と戦って負傷したという。

「シスターちゃんを巻き込まないように獣を引きつけてテントを離れたのが裏目に出ちまった。足を負傷して動けなくなるなんて護衛としちゃ失格だな」

 落ち込んだように見える男へ、ソルテは首を振って否定する。

「そんなことはありません。皆さんはこれまでもしっかりと護衛の役目を果たしてくださっています。今回はたまたま運が悪かっただけですよ。幸い治癒の術には自信があります。聞いていた傷の具合なら歩けるまでにはできると思いますから」

「そりゃあ助かる。いや、本当に助かる……」

 答える男の含みがありそうな物言いにソルテは一抹(いちまつ)の不安を抱くが、次の瞬間には意識してそれを振り払う。
 出発前には傭兵たちの言葉や態度に恐怖と忌諱(きい)感を覚え、精神安定のためにさして親しくもないアルディスへ頼み込んで同行してもらった。

 だがフタを開けてみれば傭兵たちはまじめに護衛の任を遂行し、さしたるトラブルも発生していない。
 相変わらず態度は軽薄だが、それがもともと彼らのスタンスなのかもしれない。
 ソルテに向けてくる視線にしても、若い男性が自分のような女性を見たときにそういう対象として捉えてしまうのは仕方ないことだと、先輩シスターたちから聞いた話を思い出す。

 あれもこれも、結局自分の先入観で勝手に怯えていただけではないか。
 この旅を通じてソルテはそう考えるようになっていた。

 傭兵たちを疑うあまり、彼らを不当に(おとし)めていたのは他ならぬソルテ自身だ。
 口には出さずとも態度には現れていただろうし、それが彼らを傷つけていたであろうことは容易に想像出来る。

 それは女神に仕える者としてあるまじき不徳だ。
 ソルテは自らを恥じ、道中可能な限り彼らとの交流を心がけてきた。
 確かに感情の面ではまだ怖いという気持ちが残っている。
 だがその恐怖すら彼らを不当に扱うような気がして、ソルテは自分の未熟を感じた。

「ですが、アルディスさんたちにも同行してもらった方がやはり良かったのではないですか?」

 少女が言葉を続ける。
 無言でいると、なおも心の奥にくすぶる恐れが膨らんでいく気がしてならないのだ。

「大丈夫だって。アイツらがきちんと面倒みてるからよ。荷物持ち君には安全なところで待っていてもらった方がやりやすい」

 野営地にはアルディスと傭兵ふたりが残っている。

 男が言うには守る対象の素人が増えると、それだけ危険も増してしまうらしい。
 それならば安全な場所に残ってもらった方が護衛もしやすいと、傭兵のリーダーは言う。
 戦力を分散させるよりも全員が同じ場所に居た方が良いのではないかとソルテは思ったが、戦いの専門家である傭兵が言うことに真っ向から反論するのも気が引けた。

「そうですか……」

「それに大して離れた場所じゃないからね。もうそろそろ着くはずだ」

 男の言葉を証明するかのように、視界の先へ人影が見えてきた。
 暗がりに立つふたりの男。その手に持つランタンがおぼろげに周囲の木々を照らしている。

 しかし――。

「どうして?」

 その姿を目にして、思わずソルテは疑問の言葉を口にした。

「どうしたの? シスターちゃん?」

「いえ、足を負傷されたはずでは……?」

 ひとりが獣との戦いで足に傷を受けてしまった。
 その傷が深いため野営テントまで戻ることが困難だからこそ、ソルテが(おもむ)いて負傷者の治療を行う。
 そういう話のはずだった。

 自分の認識が間違っていたのだろうかと、一瞬足が止まる。
 目の前にいるふたりの傭兵が、どちらも平然と自分の足で立っていたからだ。
 そのふたりが並んで歩み寄ってくるに至って、ソルテは無理やり押し込めていた不安が再びあふれ出そうになるのを感じた。

「あ、あの……。これはどういうことでしょうか?」

 暗がりでよく見えないが、正面から近づいてくるふたりの足取りに負傷の気配はない。
 震える声で問い質す少女へ、ここまで同行してきた傭兵のリーダーが後ろで笑う。

「くくっ、くっくっく。平和な嬢ちゃんだなあ。どういうことも何も、見てわかんねえの?」

 振り向くソルテの眼に映ったのは、嫌らしい笑みを浮かべ(あざけ)るように言い捨てる男。
 人間というよりもケダモノと言った方がふさわしい、そんな眼が少女の体を下から上へとなめ回していた。

「いやあ、最初はずいぶん警戒されてたみたいだから面倒だなーって思ってたけど、ちょっとまじめに働くだけでこうも信用してくれるんだもんなあ。さっすが未来の聖女様、お優しいことで」

 おちょくるような口調で大げさな身振りを加える。

「どういう……、ことですか?」

 再び少女の口から問いかけの言葉が向けられた。
 無論ソルテも十五という歳である。今の状態が良からぬものであることはわかっている。
 だがそれでも現実を認めたくないという心理が、間違いであって欲しいという願望が、そんな言葉に託された。

「ん? まだわかんない? まあ何も知らずに死ぬのは可哀想だから教えてあげるけど――」

 死ぬ、という言葉にソルテがビクリと肩を跳ねさせる。

「――要するに大金をはたいてもシスターちゃんに死んで欲しい、って思うヤツらがいるんだよね」

「……」

 言葉を失ったソルテを見て、楽しそうに男が続ける。

「そんなに心配しなくても大丈夫、すぐに殺したりはしないからさ。少なくとも俺たち全員が飽きるまでは生かしておいてあげる」

「……最初から、……そのつもりで?」

 かろうじて少女が絞り出した言葉に、笑いながら「当然だろ」と答える傭兵たち。

 ソルテはそれを聞いて目の前が真っ暗になったような気がした。
 これまで感じていた恐怖は決して勘違いではなかったのだ。

 自らの感覚を教義によって押し込めた結果が今の状況だった。
 自分は何と愚かな人間なのだろうとソルテは自らの判断を悔やむ。
 万人に慈愛をもってあたるべしという教会の教えを重んじるあまり、その身を窮地(きゅうち)に押しやったのは他の誰でもない、自分だった。

「おい、さっさと始めようぜ。残りの食糧だと一週間くらいしか遊べないんだからよ」

 傭兵のひとりが()れたように催促する。
 その言葉をトリガーに、ソルテは素早く身をひるがえして逃げだそうとして――。

「おっと、主役に逃げられちゃ困るなあ」

 リーダーに腕をしっかりとつかまれる。

「いやっ! 離してください!」

「そう興奮するなよ。一週間俺たちと一緒に楽しもうぜ」

「嫌です! 離して!」

 ソルテは必死に手をふりほどこうとするが、力の差は比べるまでもない。
 いくら才あふれるとはいえ年若い少女が、獣と戦うために鍛えている傭兵の拘束から逃げるのは無理というものだ。

「誰か、助けて! ――アルディスさん!」

「ははっ、あの荷物持ちなら今頃眠ったままあの世に行ってるだろうさ」

「なっ……!」

「もう観念しろよ。こんなところ、どうせ誰も来やしないんだからさあ」

 傭兵のひとりがソルテを組み伏せる。
 残ったふたりはそれを見て下卑(げび)た笑いを浮かべているばかりだ。

「イヤッ! やめて!」

「大人しくしろよ! すぐに気持ち良くしてやるから!」

 必死の抵抗もむなしく男の手が修道服にかかったその時、どこからともなく冷たい声が届く。 

「やれやれ。他種族の繁殖行為にちょっかいを出す趣味はないけど、どうにも耳(ざわ)りだね」

 少年のようでいて、なおかつ女性的な響きの声。
 やや舌足らずにも思える言葉が、幼さを感じさせた。
 突然聞こえてきた声に傭兵たちが身構える。

「何か言ったか?」

 ソルテを組み敷いていたリーダーの男が仲間の傭兵に問う。
 だが問われた方は身に覚えがないのだろう。戸惑いを浮かべながら首を横に振っていた。

 ひとりの傭兵が薄気味悪そうに周囲を伺う。
 星明かりの届かない木々の下で唯一の光源であるランタンが、周囲の闇をいっそう際立てていた。

 その時、風が吹いた。
 木々の合間を縫ったその風は、視線を漂わせていた傭兵のひとりに(おど)りかかる。

「ぐあ!」

 次の瞬間、ソルテが目にしたのは首のない血だらけの体。
 一瞬前まで人間であったそれが、頭部を失い首から血を吹き出しながらゆっくりと地面へ倒れていく様子だった。

「敵!? 魔物か!?」

 ソルテを地面に押しつけていた手を放し、傭兵のリーダーが腰から剣を抜いて構える。

「警戒しろ! 速いぞ!」

「ひぎぃ!」

 リーダーの警告むなしく、武器を抜く間も与えられずにもうひとりの傭兵が横腹を血に染める。

「何処から……!」

 絶句するリーダーの視線は、仲間の脇腹に食らいつくそれに向けられていた。

 体長一メートル強。しなやかで均整のとれた四肢。面長な頭部には愛嬌のある三角形の耳がついていたが、皮鎧を軽々と突き破って肉に突き立てられた牙の鋭さはそれが危険な肉食獣であることを告げている。
 体の大きさに不釣り合いなほど大きく太い尾を含め、全身がランタンの光を受けて輝く黄金(こがね)色に包まれていた。

「た、助け……ごふっ」

 横腹に食らいつかれた傭兵の口から血があふれる。

「くそっ! こいつめ!」

 魔物を引き離そうとして、傭兵のリーダーが黄金色の体に向けて剣を振るう。
 それを避けるでもなく、魔物はくわえた傭兵の体を持ちあげて剣の軌道に押し出す。
 リーダーの振り抜いた剣が仲間の傭兵へと吸い込まれていき、鈍い音を立てて足が一本体から離れていった。

「盾にだと!?」

 まるで知能を持った人間のような戦い方に、男が目を見張る。

 その視線が向けられていた先には、息尽きた仲間の傭兵がふたり。
 一瞬前までこちらを冷たい目で見ていた魔物の姿は、いつの間にか掻き消えていた。

「ど、どこに!?」

 狼狽する男の目が周囲をさまよう。
 怯えたようにむやみやたらと剣を振り回すその姿は、状況を知らなければ滑稽(こっけい)道化(どうけ)に見えただろう。

 だがそれを笑う者はここに居ない。
 いるのは道化を演じる傭兵と、(またた)く間に傭兵ふたりを仕留めた恐ろしい魔物、そしてめまぐるしく変わる状況に我を忘れた少女だけ。

 そんな状況も長くは続かない。
 やがて終局が訪れる。

 ソルテは見た。
 先ほどまで自分を組み敷いていた男の体が、腹部を境にしてふたつへ分割されていくのを。
 それを成した黄金色の魔物が、悲しげな瞳でソルテを静かに見つめているのを。
2017/07/17 誤字修正 多種族の → 他種族の
※感想欄でのご指摘ありがとうございます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ