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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第九章 一昨日のパートナー

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第89話

 夕暮れに染まる草原の一角。
 鋭い一撃をとっさに受け止めた剣が、甲高い音を立てて弾かれる。

「くっ!」

 防戦一方となった青年が苦し紛れに振るった剣は、髪を短く刈り上げた中年の男に涼しい顔でさばかれた。
 体勢を崩されながらも、黒髪の青年は浮かべた飛剣を左右から叩きつけようとして――。

「遅い!」

 一喝と共に打ち落とされる。

 中年男の周囲には大小様々な剣が十本以上浮かんでいる。
 対して青年の側は四本。単純に手数で負けているのは明白だ。

 相手のように数を増やせればいいのだが、今の青年にとっては四本という数が限界であった。
 ならば手持ちの戦力で勝つしかない。

 不利は承知の上で青年が剣を両手に踏み込む。
 右手の剣を横なぎにして相手の足を止め、すぐさま下から突き出すようにして左手の剣で喉元を狙う。
 同時に防御用の飛剣を一本だけ残し、三本を背後へと回り込ませた。

 中年男は軽く後退(あとずさ)って横なぎの攻撃を避けると、続く突きには飛剣を三本組み合わせ即席の盾を作る。
 三角錐のように組み合わされた飛剣が、青年の繰り出す一撃をその中心へ受け止めつつ、次の瞬間には回転して刃先を絡め取った。
 背から襲いかかる攻撃に対して五本の飛剣を迎撃に回すと、今度はこちらの番とばかりに攻勢へ転じる。

 防御にまわした飛剣を軽くはじき飛ばされ、唯一残った剣を両手で持って懸命に攻撃を耐えようとする青年に中年男はニヤリと笑みを浮かべる。

 手に持った剣で間隙なく攻撃を続けながら、飛剣の一本を青年の足もとへと突き刺す。
 不可解な挙動に青年の注意が足もとへと向いたその瞬間、地面に突き刺さった飛剣が跳ね上がり小石混じりの土を青年の顔面へと浴びせかけた。

「うわっ!」

 とっさに顔をかばった青年の隙を、中年男は見逃さない。

 渾身(こんしん)の力がこもった一撃を受け、青年はとうとう手に持った剣をも取り落としてしまう。
 間髪入れず繰り出された足払いに転倒した青年は、慌てて体勢を立て直そうとするも、首へ感じる冷たい刃先の感触に動きを止めた。

 悔しそうに睨み続ける青年とは対照的に、中年男はそれまでまとっていた攻撃的な雰囲気を脱ぎ捨てると、のんびりした口調で評価を始める。

「まだまだ甘いな、アルディス」

 そう言いながら中年男が剣の腹で青年の頭をポンポンと叩く。

「手数に頼ろうとしすぎだ。両手に剣を持っても一撃の威力が弱くなるだけだろうが」

「仕方ないだろ。飛剣の数で負けてるんだし」

 口を尖らせてアルディスが反論する。
 中年男は軽くため息をつくと、剣を鞘に収めてアルディスの前にかがみ込んだ。

「アルディス。お前うちに来て何年になる?」

「……七、八年くらい」

「その間、何を見てきた? まったく、図体ばっかりでかくなりやがって」

 やれやれといった表情を浮かべながら、中年男が地面に腰を下ろす。

「中途半端な攻撃の手がひとつふたつ増えたところで、対峙(たいじ)する側にして見れば全然怖くないんだよ。むしろ隙が増えて戦いやすくなるだけだ」

「でも……」

「でも、なんだ?」

「俺はみんなのように強い魔術も使えないし、弓だって下手だから……」

「あのな。誰も彼もが強い魔術使えなきゃ困るってもんでもないだろう? 何のために大勢で戦ってると思ってるんだ? 足りない部分をお互いにフォローするためだろうが。第一まったく使えないってんならともかく、魔法は理解してるんだからそれで十分じゃないか」

「それで操れる飛剣がたったの四本だってんだから、情けなくて嫌になる」

「四本操れれば十分だろうが。飛剣だって多ければいいってもんじゃない。それだけ制御に意識が割かれれば不覚を取ることだってある。今は小手先の技に走るんじゃなくて、しっかりと剣術を磨け。前から言ってるだろう。お前は剣術の方が向いてるって」

 納得いかない様子のアルディスへ中年男がさらに口を開こうとした時、少し離れて焚き火を囲む一団から怒鳴り声が割り込んでくる。

「おいグレイス! 勝手に人の剣使うんじゃねえよ!」

「あっ、クソ! 俺のも使ってんじゃねえか!」

「刃先が欠けてたら研ぎ代はお前持ちだからな!」

 非難する声を跳ね返すかのように、中年男は首だけを後ろに向けて怒鳴り返した。

「うるせえ! 勝手に使われたくなきゃしっかりと身につけてろ! そのうち自分の剣で寝首()かれても知らんぞ!」

 そんな白髪混じりの後頭部を見ながら、アルディスは無力感に打ちのめされていた。
 出会って早々「俺に勝とうなんざ十年早い」とコテンパンにされた相手。それが目の前にいる男だった。

 教えを請い、技術を盗み、模倣して、追いつこうともがいて来たが、その距離はどこまで縮まっただろうか。あと二、三年という短い時間でこの男に勝てる日が来るのだろうか。そう思わずにはいられない。

「さて、と」

 気を取り直してアルディスに向き直ったグレイスが口を開く。

「あとな、アルディス。格好良く戦おうとするな」

「何だよそれ。さっきみたいに卑怯な手を使えってことか?」

 非難めいた口調でアルディスが問う。
 先ほど飛剣を使って土を巻き上げ、目つぶしに使ったことを言っているのだ。

「あんなもん卑怯のうちに入らんさ。卑怯っていうのはな、もっとえげつない手段のことを言うんだ。自分の足もとに土や砂があって、それが顔にかけられればどうなるかなんてこと、ちょっと考えればわかることだろう。それに対して警戒を怠るのはただの油断って言うんだよ」

 グレイスが自分の飛剣を手元にたぐり寄せる。

「バカ正直に飛剣を突っ込ませてくるな。数を隠せ。相手の死角に潜ませておけ。何なら色を塗ってただの木片に偽装しても良い。剣の代わりに見えにくい針を使うとか、小型の剣を服の袖に隠しておくのも手だ」

 身振り手振りを交えながら具体例を挙げていくが、アルディスは納得のいかない表情を浮かべたままである。

「アルディス」

 瞳にやや不機嫌そうな色を浮かべて、グレイスがそれを(とが)める。

「正々堂々とキレイに戦って死にたいなら、さっさとどこかの騎士団にでも入って死ね。真っ当な戦い方だけで生き延びられるほど傭兵の戦場は甘くないんだ。俺の部下に必要なのは戦い方にこだわって死ぬヤツじゃない。無様でも格好悪くても、口が汚くても手癖が悪くても、必死にあがいてのたうち回って生きていくことを選ぶヤツだけだ」

 やや表情を和らげてグレイスが問う。

「お前が死んだらルーはどうなる? 少なくともあいつにはお前が必要ってことぐらい、お前だって分かってるだろう?」

「俺が死んだときはあんたが――」

「もちろん面倒は見る。だがなアルディス。俺にとってルーは部下のひとりでしかない。でもお前にとってのルーはそうじゃないだろう? ルーにとってのお前もな」

「……」

 返す言葉も無く沈黙する黒髪の青年。

「アルディス。もっと意地汚く戦え。勝つための手段を自分の手で狭めるな。生きのびる可能性をくだらんプライドで切り捨てるな。自分の命さえまともに守れないヤツが、惚れた女を守れるわけがないだろう?」

「……納得はできないが、……覚えておく」

 苦々しそうにアルディスが答えを絞り出す。

 それを聞くと、グレイスは満足そうに頷いて立ち上がる。

「よし、説教終わり! 明日はまた次の戦場に移動だからな。さっさとメシ食って寝るぞ!」

 宣言して立ち去ろうとしたグレイスは、不意に振り返るとアルディスが首を傾げるようなことを言い始めた。

「っと、そうそうアルディス。お前はお前でやることがあったよな? はあ? 何言ってんだ。さっさと起きてやるべきことをやれ。寝ぼけてる場合じゃない――」

 グレイスは鞘に収めたままの剣を振り上げると、アルディスに向けて勢いよく振り下ろした。

「――だろ!」





 グレイスの一撃をかわしたアルディスは、体の横を通りすぎる殺気に覚醒する。

「ちっ! 起きてやがったか!?」

 暗闇の中から悪態をつく男の声が響く。

 アルディスは瞬時に状況に目を配った。
 場所は野営用のテント内部。
 その中にいるのはアルディスとふたりの人影だけ。

「ただのまぐれだ!」

 ふたりの顔は見えないが、その声には聞き覚えがあった。
 ソルテの護衛としてここ数日同行していた傭兵たちだ。

「さっさと片付けて向こうに合流するぞ! お楽しみに遅れちまうからな!」

 教会のお勤めで王都北部の開拓村を全てまわった後、アルディスたちは昨日から帰路についていた。

 最後の村を出発して二日目の夜。
 いつも通りに野営をしていたはずだ。

 暗闇の中、ふたりの傭兵と対峙したまま魔力を探ると、アルディスは事態をすぐさま把握する。

 本来ならばふたつのテントと焚き火の周囲にあるはずの魔力反応が確認できない。
 この周囲にいるのはアルディス自身と目の前にいるふたりの傭兵だけ。
 残りの傭兵三人とソルテの魔力は離れた場所にある。

「とうとう本性を現したか」

 静寂と暗闇に包まれたテントへ挑発的なアルディスの声が響く。

「人の寝込みを襲ったんだ。しっぺ返しを食らう覚悟くらいはあるんだよな?」

「はっ! 荷物持ち風情が虚勢を張りやがって!」

「傭兵に勝てるとでも思ってんのかよ!」

 心底あきれたような声でアルディスが告げる。

「相手の力量も読めないやつが傭兵を名乗るな」

「何だと!?」

 激高する傭兵たちが飛びかかってくる前に、アルディスはテントを支えるロープに風の刃を叩きつける。
 ロープがちぎれ、支えを失ったテントがふわりと空気をはらみながら崩れた。

 テントが傭兵たちの上に覆いかぶさるのを横目に、アルディスはすかさず外へと身を移す。

「な、なんだ!?」

「くそ! このテントがぁ!」

 アルディスの前では、崩れたテントに体を包まれたふたりの輪郭だけが滑稽(こっけい)にもがき続けていた。
 それを冷たい目で一瞥(いちべつ)すると、『刻春霞(ときはるがすみ)』と『月代吹雪(つきしろふぶき)』を容赦なくテント越しに突き立てる。

「ぐあ……!」

「がああ!」

 血だまりがテントの(すそ)から広がっていくのを確認すると、アルディスは再び周囲の魔力を探査する。

「まずいな」

 いくつかの獣に混じって、先ほどと同様に人間サイズの魔力が四つ確認できた。
 ここ数ヶ月で急ぎ整備された即席の街道から離れ、森の奥へ二百メートルほど進んだ場所。そこにソルテと三人の傭兵がいるようだ。

 大した距離ではない。
 だが問題はその近くに確認されたもうひとつの魔力である。
 先ほどの探査では反応が返ってこなかった魔力が、二度目の探査では増えていたのだ。

 それは人間サイズのものがひとつだったが、ソルテや傭兵たちとは明らかに桁違いの魔力を示していた。
 しかもその存在は今この瞬間も、ソルテたちのそばへと忍び寄っているように感じられた。

「魔物――か?」
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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