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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第二章 草原の絶望と新米傭兵

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第8話

 ナグラス王国第二の都市トリアは港町である。

 東側は海に接しており、近海貿易の拠点として発展してきた。
 南には多くの恵みをもたらすコーサスの森を有し、北と西は緑豊かな草原が広がっている。
 西をさらに進めばやがて土地のやせた荒野に達し、その先に大陸最大の山脈であるカノービスが悠然と構えていた。

 荒野や森の奥には非常に危険な魔物が生息しており、一般人はおろか傭兵にとっても危険な土地だ。
 毎月のように自らの実力を過信した傭兵の命がそこで失われている。
 ましてカノービス山脈などは、よほど腕に覚えのある傭兵でなければ足を踏み入れるのは自殺行為となるだろう。

 トリア周辺の草原で最も危険な魔物さえ、カノービス山脈最弱である魔物の足もとにもおよばない。
 もちろん新米傭兵にしてみれば、トリアの草原に出没する魔物でさえ、油断ならない相手であることは言うまでもないだろう。

 特に『絶望』の名を冠する『ディスペア』に遭遇した新米傭兵は、自らの不運を呪うしかない。
 ディスペアは草原における食物連鎖の頂点に立つ魔物だ。

 平均的な体高は一.五メートル。全身を緑色の鱗で覆うその姿は二足歩行の爬虫類を思わせる。
 前足と太い尾でバランスを保ち、ずんぐりとした後ろ足で草原を高速で移動して獲物を捕らえる。
 頭部には異常に長く発達した二本の角があるが、その先は後方に向けられているため攻撃には用いられない。

 ディスペアの武器はびっしりと(あご)に並んだ強力な牙、レザーアーマーを軽く切り裂いてしまう鋭い爪、そして優れた俊敏性による手数の多さだ。生半可な攻撃であれば跳ね返してしまう強固な鱗も持っている。

 普段は草原で草食獣を襲って食欲を満たすが、まれに人を襲うこともあった。
 新米傭兵にとっては最も遭遇したくない相手であることは間違いないし、一度出会ってしまったなら死を覚悟するほどの相手だ。

「コニア! ラルフの傷は!?」

 そんな草原の絶望ディスペアと正対しながら、アッシュブロンドの髪を持つ青年が剣と盾を構えて叫ぶ。

「やばいよグレシェ! 薬がもうない!」

 血を流して意識を失った斧士の傷を手当てしながら、小柄な少女が悲鳴のような声をあげた。

「ちっ!」

 グレシェと呼ばれた青年は、少女からの返事に舌打ちする。
 トリアから歩いて二時間ほどの距離。街道から離れた草原の真ん中でグレシェたちは絶体絶命のピンチに陥っていた。

 グレシェたち四人はもともと同じ村出身の幼なじみだ。
 若者特有である都会へのあこがれから、村を出て早三ヶ月。
 手に職があるわけでもなく、また豊富な資金があるわけでもなく、かといってさしたるツテもない四人が食べていくためには、傭兵となって日銭を稼ぐ以外に方法がなかった。

 村から出てくるときに餞別として受け取ったお金で武器を買い、最初は熟練傭兵のサポートや荷物持ち、街中での雑用を中心に依頼を引き受けていた。
 ある程度戦いの経験をつみ、防具も納得のいくものがそろったところで徐々に自分たちだけで草原へと狩りへ出たのだ。

 だが彼らは少々無鉄砲なところはあれど、決して無謀ではなかった。
 先輩傭兵たちの助言に耳を傾け、無理をしなくても良いところでは自重し、不利と判断すれば引くだけの分別があったのだ。
 比較的安全と言われる草原でも、『獣王』や『グリーンナイフ』といった危険な獣や魔物は避け、狩りやすい『スナッチ』に的を絞って戦っていた。

 スナッチというのはイタチ科の一種で、体長が一メートル近い大柄の獣である。
 凶暴な性格の肉食獣だが、戦闘の技術を身につけた傭兵にとってはさほど恐ろしい相手ではない。
 尾の先から採取できる尻尾石と呼ばれる軟骨が高値で売れるため、新米傭兵の獲物にちょうど良いとされている。

 グレシェたちは、朝早くにトリアを出て昼を迎える前には八匹のスナッチを仕留めていた。
 尻尾石はもちろんのこと、毛皮自体も高く売れるため、日が天頂へ昇りきっていないうちに八匹というのは順調と言って良いペースだ。

 そんなグレシェたちが絶望と遭遇したのは、久しぶりの幸運に気分上々で早めの昼食をとろうとしたタイミングだった。

 昼食の準備で周囲への警戒がおろそかになったほんの数分。
 たったそれだけの過ちがグレシェたちの命を崖っぷちに追い込んだ。

 メンバーで最も目の良いコニアが地平線から近付いてくる影に気づき、それが絶望の名を(かん)する魔物であるとわかったとき、四人の命はたちまちのうちに風前の灯火(ともしび)となった。

 獣王に比べれば遅いとはいえ、ディスペアの俊敏性は決して低くない。
 コニアが発見したときにはすでに逃げられる距離ではなかったのだ。

 やむを得ず迎え撃とうとしたグレシェたちだったが、もとよりまともに戦って勝てる相手ではない。
 勝機すら見いだせないまま可能な限り被害を抑えつつ、何とか逃げ出す算段をつけようとしていたが、その甲斐もなく負傷者を出してしまった。

「ジオ! ラルフとコニアをつれて下がれ!」

「グレシェはどうするんだ!?」

 グレシェと並んで剣を構えていた長髪の青年が、ディスペアから目をそらさずに問う。

「ここでできるだけ時間を稼ぐ!」

「バカを言え! お前ひとり置いていけるか!」

「だがこのままじゃ……!」

 全滅だ。グレシェは続く言葉を飲み込んだ。

「コイツを倒せば良いんだろ!」

「よせ! ジオ!」

 ジオと呼ばれた剣士がディスペアの横に回り込んでその首を絶とうと剣を振り下ろす。
 だがその剣撃はディスペアの長い角に阻まれて届かない。

 角ごと斬り落とそうとした一振りが容易く跳ね返され、逆にディスペアの尾がジオへ襲いかかる。
 死角からふるわれた尾の一撃は無防備なジオの脇腹へ命中し、その体を真横に吹き飛ばした。

「ジオ!」

 コニアの絶叫が響く。

「くそっ!」

 ラルフに続いてジオまでもが怪我を負ってしまった以上、もはや負傷者をつれて撤退などできない。

「コニア! お前だけでも逃げろ!」

「やだよ! そんな事できないよ!」

 グレシェと向かい合うディスペアは、首を低くして今にも襲いかかって来そうな体勢だった。

「シャアアアア!」

 鋭い牙がのぞく口から、威嚇の声が吐き出される。
 次の瞬間、ディスペアの後ろ足が地面を蹴り、その巨体がグレシェへ向かって飛びかかってきた。

「くっ!」

 とっさに左腕に固定した小さな盾で襲いかかるディスペアの横っ面をはたき、その牙から逃れる。

 だが息つく間もなく次の一撃がグレシェへ向けられた。
 鋭い爪を持つディスペアの前足が振り上げられる。
 牙による攻撃を受け流すため盾をぶつけた左腕はまだ戻せていない。体勢も崩れている。

(まずい!)

 グレシェは死を覚悟した。

「グレシェ!」

 コニアの叫び声が妙にグレシェの耳に響いた。

 その時である。
 グレシェに向かって振り下ろされていたディスペアの前足が突然消えた。

「ゲエェェェ!」

 ディスペアの口から悲鳴らしき声がもれる。

 何が起こったか分からないグレシェの目が、宙を飛ぶディスペアの前足を捕らえた。
 その前足が本来あるべき部位には、スッパリと斬り落とされたかのような断面、そして吹き出す大量の血液が見える。

「え?」

「シャアアアア!」

 戸惑いを隠せないグレシェへ、再びディスペアの顎が襲いかかろうとして――次の瞬間その首が落ちた。

 ボトリと音を立てて首が地面へ衝突し、それを追うようにディスペアの巨体が倒れる。
 わけもわからないまま絶望と呼ばれる不幸から逃れたグレシェ。

 九死に一生を得た彼の目に映ったのは、宙に浮き剣身をディスペアの血で濡らした一本のショートソードだった。
2017/02/08 修正 危険な魔物は避け → 危険な獣や魔物は避け
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