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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第84話

 戦いから二日が経過した都市国家レイティン。
 傭兵や兵士たちの力によって獣の群れを撃退することに成功した街では、毎晩馬鹿騒ぎが続き、高揚した空気に包まれていた。

 戦いの前や最中とはまた違った賑々しさを背景音楽にして、リッテ商会の応接室ではソファーに腰掛ける人影がふたつと立ったままの人物がひとり。

「んで? 結局勝手に飛んでいって、勝手に戻ってきたわけかにぃ?」

「俺はてっきりお前さんが操ってるもんだとばかり思ってたけど」

 マリーダとニコルが立て続けに口を開く。

「俺は何もしてなかった。こいつが勝手に動いたんだ」

 手に持った赤い剣へ目線を送りながら、アルディスは浮かない表情を浮かべた。

「赤い瞳の女、ねえ……。ニコルも見たのかにぃ?」

「すっげえ美人でしたよ」

「うん。かなりどうでも良い情報だねー、それ」

 自分の後ろに立ったまま嬉々として説明するニコルを、にこやかな顔で一蹴するマリーダ。

「本当にあんたもこの剣のことは知らないのか?」

「何度も言うようだけど、それについて知ってることはもうアルディス君に話したよん。あれ以上は私も知らないんだからにぃ」

 マリーダの口から出るのは、アルディスの求めるものとはかけ離れた答えだ。

 操ったわけでもないのに、自ら動き、あまつさえ不死身とも思えた魔物を鎮めてしまったこと。
 勝手にどこかへ飛んでいき、しばらくした後アルディスの手元へまた自分で帰ってきたこと。
 加えてネーレそっくりの幻影の存在。

 もともと得体の知れない剣だったが、正体がわかるどころか怪しさがいや増す一方だ。

「返品は受け付けないからねー」

「別にあんたから買ったわけじゃないだろうが」

 冗談にもなっていないマリーダの軽口へ、アルディスはしかめっ面で応える。

 正直なところ、これは人の手にあまるシロモノではないかとアルディスは考えはじめていた。
 例えマリーダが返してくれと言いだしても、ハイどうぞと渡すのは躊躇(ためら)われる。
 場合によっては、どこか人が立ち入らない場所へ捨てた方が良いかもしれない。アルディスはそう思った。

 唯一の救いは以前のように禍々(まがまが)しい雰囲気をまとっていないことだ。
 この数日で、例の赤い異形が剣から出現しなくなっているはわかった。おそらく呪いらしきものは解けたのだろう。

「お嬢。いいかげん本題に入ったらどうですかい? そろそろしびれを切らせて『用事がないならもう帰る』って顔してますよ?」

 アルディスの顔色をうかがっていたニコルが、その心中を見事に言い当てる。

「ありゃ。アルディス君てばいつもながらつれないなー」

「あんたの話は前置きが長すぎるんだよ。で? 俺を呼んだ理由はなんだ? さっさとメシを食いに行きたいんだが」

 今、テッドたち『白夜(びゃくや)の明星』メンバーはレイティンでも美味い料理を出すと有名な酒場にいるはずだ。

 レイティンが獣の群れに襲われた初日、西門の防衛戦でアルディスたちは衛兵とともに獣たちを撃退した。
 その際、衛兵を率いていた初老の隊長から報酬代わりに美味いメシをおごってもらう約束をテッドが交わしていたのだ。
 戦後の混乱も多少落ち着き、ようやく休みを取れたということもあり、今日は隊長がとっておきの酒場に案内してくれることになっていた。

 そこへ横やりを入れるかのようなマリーダの呼び出し。
 どうしてコイツは毎度毎度迷惑なタイミングで俺を呼び出すのだろう、とアルディスにしてみれば非好意的になる理由が十分にあった。

 別にアルディスはタダ酒やタダ飯のお預けを食らったことが不満なのではない。
 ただ目の前に座る灰色髪の商人に振り回されるのが気にくわないのと、純粋に眠気が襲ってきているためさっさとベッドへ潜り込みたいだけだ。

「では本題なんだけど。アルディス君、アンタ今回の戦いでメチャクチャ魔物倒したらしいねー」

「メチャクチャっていうのは言い過ぎだ。それなりの数は狩ったが」

「いやいや、お前さん。あれを『それなり』とか言ってたら、俺も含めて他の傭兵は立つ瀬がないってば」

 すかさずニコルがツッコミを入れてくる。

 今回の戦いでアルディスが倒した魔物の数は八十七体。
 百枚の付札(つけふだ)を全て使い切るには至らなかったが、城壁の上から攻撃魔法で倒した魔物も含めれば軽く百体を越えるだろう。

 もちろん攻撃魔法で倒した個体については、付札を貼って回ることなどできなかったのだから、それらの討伐報酬は受け取ることができない。
 しかしそれをのぞいても、八十七体の討伐報酬だけで金貨二百六十一枚。

 加えて魔物の中には、その部位が素材として高額で取引されるものがいる。
 『ウィップス』の背についている退化した小さな翼らしき部位、『ハウンド』や『トロン』の毛皮などは非常に高く売買されているのだ。

「でね。アルディス君が狩ったその魔物。うちで買い取らせてもらえないかにぃ? お友達価格に勉強しておくからさー」

「いや、なんでこっちが売るのに勉強してもらわなきゃならんのだ? 逆だろうが。第一いつあんたと俺がお友達になった?」

「ちょっと聞いた、ニコル!? このそっけない態度! 苦難を共に乗り越えた朋友(ほうゆう)へ対するこの仕打ち!」

「お嬢。アイツのセリフ、ちゃんと聞いてましたか? 第一、そっけないと言ったって、最初っからあんな感じだったと思いますけどね」

 振り向いて意見を求めるマリーダを、ニコルは冷たく突き放した。

「それもそっか」

 あっさりと立ち直った短髪女子は、何事もなかったかのように話を先へ進める。

「わかったよー。じゃあ、ちゃんと市場価格で引き取ってあげるからさあ」

「だから何でそんな恩着せがましいんだ、あんたは?」

 市場価格で買い取るだけなのに、恩着せがましい口調のマリーダ。
 不機嫌さを隠そうともしないアルディスへ、口を挟むのはニコルだ。

「そうは言うけど、お前さん。あれだけの数をどうやって回収するつもりだ? 回収だけじゃない。解体するのにも人手はいるだろう? 言っとくが、傭兵どころか一般人まで今は素材回収にかり出されてるから、金があっても雇う相手がいないぞ」

 討伐した群れの大半は魔物ではなく獣である。
 放っておけば腐敗して疫病の原因になるため、早急に焼いて埋めなければならないし、その前に価値のある素材は回収してしまいたいと誰もが考えるだろう。
 魔物と比べれば価値は落ちるとしても、毛皮や牙など高値で売れるものだってある。しかもその量が尋常(じんじょう)ではないのだ。

 兵士や民兵は傭兵のように付札を所持しているわけではない。
 当然街の外に落ちている獣の所有権は、誰にも分からないということになる。
 早い者勝ちと言った方が的確な表現だろう。
 その結果、人々はこぞって獣を解体し、その素材を得ようと躍起だ。中には成人前の子供まで引き連れて家族総出で回収している者たちすらいた。

 獣の群れによる被害や、流通が途絶えた事による被害も大きいが、魔物や獣の素材がもたらす利益はそれを補ってあまりあるだろう。
 普段であれば考えられないような素材の山を手に入れたレイティンは、かつてない活況を見せつつある。

「自分で素材を回収しようとする者もいるし、傭兵に回収作業員として雇われた者もいるからな。今レイティンに仕事を探して困ってるヤツはいないと思うぞ? 兵士ですら非番の人間は小遣い稼ぎに外へ出てるらしいからな」

 兵士には獣の(むくろ)を焼いて埋めるという任務が国から与えられている。
 だが兵士とて人の子。休日になれば懐を暖めるために解体用のナイフ片手に外へ出て行くのも仕方ない話だ。

「うちの商会なら、臨時に期間雇用した人員もたくさん出せるよん」

 どうだ、と言わんばかりに商売用の笑みを浮かべるマリーダ。

「付札の効果だっていつまでも続くわけじゃないだろう? 確かにお前さんは強い。魔物を倒す能力ならピカイチだ」

 でも解体となれば話は別だろう、とニコルが指摘する。

 確かにアルディスは魔物相手に戦う事を苦にしない。
 だが解体や回収となれば話は別だ。アルディスも基本的なスキルは身につけているが、そのスピードと精度が他の傭兵に比べて特別秀でているわけではなかった。

 とはいえ、それもアルディスには慌てるほどの理由ではない。
 凍らせた上で、トリアでやったように地面へ沈めておけば、時間をかけてゆっくりと作業をすることもできるのだ。

「解体は何とでもなる」

「んじゃ、買い取りは? 回収した素材をどこに売るつもりなのかにぃ?」

「別に商会はここだけじゃない」

「そうでもないんだよにぃ。アルディス君が売る大量の素材を買い取れる商会は、うちくらいのものなんだよん」

 マリーダの口から予想外の答えが返ってくる。

「は? どういうことだ? レイティンには他の商会もあるだろうが」

「そりゃ小さな商会だったらいくつもあるがな」

 アルディスの疑問に口を開いたのは、ニコルの方だった。

「もともとレイティンには大店と呼ばれる商会が四つあったんだ。ひとつは言わずと知れたこのリッテ商会だな。で、ひとつはロヴェル商会っていうところなんだが――」

「キリルのところか?」

「そうそう、それ。ロヴェル商会は少し前に商売で大失敗してな、先日リッテ商会からの融資を受けてなんとか立て直しつつあるってところなんだよ。当然大規模に買い取りができるほどの余裕はない」

「四つという事はあとふたつあるんだよな?」

「ああ、これがまた問題でな。四つのうち、ここ数年最も勢いがあったのはジンバリル商会っていうところなんだが。名前くらいは聞いたことないか?」

「今回の件でやたらと株を上げたっていう商会だろう?」

「それそれ。で、この商会がとんずらした」

「……は?」

 一瞬ニコルが何を言っているのか分からなかったアルディスは、間の抜けた声をこぼす。

「とんずらした」

 そこへ繰り返されるニコルの言葉。

「……とんずらしたってのは、どういうことだ?」

「言葉通りだな。商会長のジュリスという男が忽然(こつぜん)と姿をくらましたらしい。戦いの最中、壁上での目撃を最後に、行方がわからないんだそうだ」

「戦いが終わった時にはもういなくなってたらしいよー。ジュリスを含めて主立(おもだ)った者が軒並みいなくなったもんだから、もう大混乱も良いところみたいだにぃ。末端の人間たちが必死で業務を回そうとしているみたいだけど、ジュリスが運転資金のほとんどを持ち出したらしくてねー。近いうちに限界が来るんじゃないかにぃ」

 肩をすくめながら、商人仲間にしか知られていない情報をマリーダが明かす。

「当然大量の素材を買い取るような余裕はない、と?」

「そういうことだにぃ」

「でだ。最後の大店であるロアチア商会。こっちは完全なとばっちりだな。ここは最近ジンバリル商会との提携を基本方針として、手を組みながら商売を拡大していたんだ。だが今回ジンバリル商会がとんずらしたことで、もろにあおりを食らうだろうよ。あいつらジンバリル商会の傘下かと思わせるくらい、ガッチリと結託してたからな。あそこの会長、今頃きっと顔を青くしてるだろうさ」

 ロアチア商会とやらに良い感情を持っていなかったのか、ざまあみろと言わんばかりのニコルであった。

「というわけだにぃ。他の商会は規模が小さいから魔物の素材なんて大量に買い取れないし、第一、今までの買い取りで手持ちの資金はもう吐き出しちゃってると思うよん。ふっふっふ、アルディス君。レイティンでアルディス君の素材を買い取れるのは、もはやうちの商会だけなのだー」

「とかなんとか言ってるけどな、このお嬢、お前さんのこと心配して言ってるんだぞ?」

 悪人を演じる大根役者の方がまだまし、というセリフを口にするマリーダだったが、続くニコルの横やりで途端に慌てふためいた。

「ふぇ!? ちょ! ニコル何言ってんの!?」

「さっきも言ったように、既にレイティンで大量の素材を買い取れるのはリッテ商会だけなんだ。一方で城壁の外にはまだまだ大量の素材が回収されるのを待ってる状態だろ? このままだといずれ素材がダブつくのは間違いない」

「ちょっと、ニコル!」

 マリーダが抗議の声をあげる。

「そうするとどうなる? 売りたい人間は増える、でも買える人間はいない。結果、行き着く先は素材価値の低下。つまり安く買いたたかれるようになるって事だ」

「余計な、事を、言わなくても」

 何とかニコルの口を封じようと手を伸ばすマリーダだが、相手はディスペア三体を軽くあしらう腕利きの傭兵だ。伸ばした手もひょいひょいとかわされてしまう。
 その姿はまるでネコじゃらしに飛びつく子猫を思わせる。

「現に今もその兆候(ちょうこう)は出てるみたいだぞ。グラスウルフの毛皮は先週より二割も落ちてるそうだ。魔物の素材は獣と違って数が少ないから、そこまで落ちないかも知れないが、全く影響なしとは言えないだろう。価値が下がる前に適正価格で買い取ろうっていう、お嬢なりのやさしさを()んでやってくれよ」

 抵抗が無駄だと理解してとうとう大人しくなったマリーダは、バツが悪そうにニコルの後ろへ立ちあさっての方向を向いていた。
 その耳は酔いつぶれたオルフェリアの顔と同じ、真っ赤な色で染まっている。

 これまで見たことのないマリーダの不器用な一面に、アルディスは先ほどまでの腹立ちが消え失せてしまった。
 思わず吹き出しそうになったアルディスだったが、かろうじてそれをこらえると、苦笑しながら返事をする。

「わかったよ。仲間と相談してみる」

 結局アルディスは狩った魔物の解体と素材買い取りをリッテ商会へ依頼することになる。
 他に選択肢がなかったわけだが、ノーリスに「要するにアルディスはそのマリーダっていう会長が気にくわないだけなんでしょ?」と図星を指されたことも影響していた。マリーダに対する感情を抜きに考えれば、確かに悪い話ではないと思い直したのだ。

 その後、アルディスとテッドたち『白夜の明星』は、事後処理のためしばらくレイティンに滞在を続ける。
 報奨の受け取りと素材の売却を終え、アルディスたちが王都グランへ向けてレイティンを後にしたのは討伐から十日ほど後のことだった。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍化決定!
スニーカー文庫より2017年12月1日発売予定!
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