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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第81話

 アルディスとニコルが異変に気付いたのは『精霊の導き』が倒れ、『竜の尖兵』が見慣れぬ魔物へと攻撃を開始したタイミングだった。

 それまで勝利を目前として勢いづいていた味方の雰囲気が、突然一変したことにアルディスは気付いて周囲の状況を確認する。

「なんだりゃ?」

 ニコルも異変に気付き、その原因とおぼしき魔物を発見したようだった。

「見慣れない魔物だな……」

 ニコルの視線を追ったアルディスが目にしたのは、体高三メートルほどある異形の魔物。

 二本の足で立ち、太く長い尾でバランスをとっているその姿は、ディスペアのような爬虫類型魔物に似ている。
 だがディスペアとは違い前足は持っておらず、その体長も尾を伸ばせば軽く五メートルを越えそうだった。
 体は青みがかった灰色で染まっている。頭から脊椎(せきつい)部にそって、尾の先までたてがみのような毛が生えている。

 巨体にもかかわらず、その動きは素早い。
 周囲を囲む傭兵たちを尾で牽制しつつ、長い首が立て続けに『竜の尖兵』をついばんで行く。
 魔物が一歩踏み出す度に誰かが吹き飛ばされ、その首が突き出される度に赤い花が咲き乱れた。

「まずいな。普通の魔物じゃなさそうだ」

 劣勢となった傭兵たちは浮き足立っている。


《――――ビキッ》


 援護するべく踏み出したアルディスだったが、時すでに遅かった。
 アルディスが駆け寄った時、目の前に広がっていたのは『竜の尖兵』全員が魔物の前に沈んでいる姿だ。

「うへえ。これは……ひどいな」

 遅れてやって来たニコルが周囲の状況を見て声をもらす。
 血だまりの中に立つのは、ただ一体の魔物のみ。
 まわりに居る傭兵たちは、様子を伺うように遠巻きで魔物を囲んでいるだけだ。

 それは仕方ないだろう。
 『精霊の導き』と『竜の尖兵』。討伐軍の最高戦力とも言って良い傭兵パーティが立て続けに倒されたのだ。
 それをなした魔物の強さが尋常(じんじょう)ではないことくらい、誰にでもわかる事だった。

「で? お前さん、アレと戦う気かい?」

 ニコルが指し示す先にいる魔物が、その首を左右に動かして次の獲物を見定めていた。

 首の先についているのはアルディスが予想もしていなかった形の物体だ。肌色の小さな卵形球体が首の先端についている。
 球体には横並びでふたつのくぼみがあり、その中間部下にはひとつの突起が、さらにその下へ目を向けるとパックリ横に切れ目の入った穴が見える。

 それはまるで人面のような造形だった。

 さらに人面からやや離れた場所には二本の腕らしきものが見える。
 青みがかった灰色の体とは違い腕も人間の肌色をしており、巨体には不釣り合いな細腕の指は五本にわかれていた。

 おそらくあれが魔物の前腕なのだろう。本体に前腕がないのも当然である。
 その様子は、まるで巨大な魔物の口へ人間が飲み込まれていく最後の瞬間を見ているようだった。

 人面についた瞳がギョロリとアルディスを睨む。
 どうやらあの目は飾りというわけでもないらしい。
 他に目らしきものが見当たらないところから考えるに、あの人面が魔物自身の顔なのだろう。

 アルディスは『刻春霞(ときはるがすみ)』と『月代吹雪(つきしろふぶき)』を浮かべながら、となりにいる緑髪の剣士へ言い捨てる。

「気が進まないなら下がってて良いぞ。俺ひとりでやる」

「いやあ、そういうわけにもいかんしなあ。正面に立つのはごめんだけど、牽制くらいなら、まあ……」

「好きにしろ」

 冷たい返事を残してアルディスが魔物へ向かう。


《――――パキン》


 二本の剣が空気を引き裂きながら飛び、魔物の両足を断ち切ろうと襲いかかる。

 だが魔物は巨体に似合わぬ俊敏さを見せた。
 横に飛ぶ事で『刻春霞』をかわしながら、太い尾をムチのようにしならせると『月代吹雪』をはたき落とす。
 わずかに尾の表面が白く霜に包まれるが、それもすぐに溶けてしまう。

 その間に距離を詰めたアルディスが勢いに乗って剣を薙ぐ。

「ちっ、意外と――!」

 『蒼天彩華(そうてんさいか)』の一撃すらも回避した魔物が、首をもたげてアルディスへ襲いかかる。

「ミ……!」

 魔物は人面についている口から声らしきものを発しつつ、両腕を伸ばしてきた。
 アルディスはそれをかいくぐりながら、『蒼天彩華』の切っ先を人面に向けて突き出す。

 その時だ。正面からその突きにさらされた人面がパックリと三つに割れ、中から赤い口内が姿を現した。

「何っ!?」

 得られるはずだった手応えを失い、アルディスの顔にわずかな焦りが浮かぶ。
 『蒼天彩華』の剣先は魔物の裂けた口に包まれ、その中にびっしりと並ぶ無数の歯によってつかまれていた。

 とっさにアルディスがその柄から手を放して後ろに飛び退ると、一瞬前までその体があった場所を魔物の太い尾が吹き抜ける。

「こっちにもいるんだけど、な!」

 アルディスへ追い打ちをかけようとした魔物に、横からニコルが一撃を放つ。
 その剣先は魔物の胴を見事に捕らえていたが、つけることができたのはわずかな切り傷のみ。

()ってえな、おい!」

 魔物の矛先が自分へ向きそうになり、慌ててニコルが後退する。
 攻撃は有効打とならなかったが、おかげでアルディスは魔物の追撃を受けることなく体勢を整えることができた。

 戦いの最中に獲物を手放すなど、本来であれば言語道断だろう。
 だが剣に固執していれば、身動きのとれなくなったところへ攻撃をまともに食らっていたはずだ。
 通常の傭兵なら武器を失い窮地(きゅうち)(おちい)るところだが、アルディスにはまだ宙を舞う二本の剣が残っている。

「見た目通りじゃないってことだな」

 『月代吹雪』を呼び寄せて右手にとると、アルディスは油断なく構えながら詠唱をはじめる。
 魔物に向けた手のひらを中心にして、腕を囲むように魔力で構成された硬質の岩が生成される。

「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」

 アルディスの意を受けて、一度に数十ものつぶてが魔物へ向け飛びかかった。

 通常はつぶてひとつで構成される『岩石』魔法とは似ても似つかない、完全に別物の魔法だ。
 魔物は身をよじってかわそうとするが、さすがに全てを避けることなどできない。いくつかの岩石が灰色の体に食い込み、少なからぬ傷を負う。

「シ……イ……!」

 魔物はくわえていた『蒼天彩華』を吐き捨てると、うめき声をあげる。

「返してもらうぞ」

 すかさずアルディスが持ち手のいなくなった『蒼天彩華』を回収した。
 真っ直ぐにその手へおさまった剣を右手に持ち替え、再び『月代吹雪』を頭上へ戻す。

 再び二本の飛剣を魔物へ向けるが、やはり力不足は否めない。
 並の魔物なら一刀両断にできる程度の威力は持っている。しかし目の前にいる魔物へ与えられるのはかすり傷ばかりだ。
 他の魔物とは格が違うということだろう。アルディスはそう判断して気を引き締める。

「漆黒の闇を貫く(きら)めき、央界(おうかい)へ至る白き道、行く手を(はば)む不可視の領域は望郷(ぼうきょう)を忘れし賢者の(しとね)――」

 飛剣で魔物を牽制しながら、アルディスが詠唱を開始した。
 掲げた掌の先にまばゆい輝きを放つ光球が出現する。

穿(うが)て、黒檀(こくたん)の空を、解き放て、翼捨てし者を、――届かぬを知りつつ尚もあがゐたる愚かな我らへ希望の一糸(いっし)を――――輝く光ティエール・セレ・クォヴィス!」

 光球はその大きさを増して行き、五十センチほどのサイズになると急に収縮へ転じる。
 膨れようとするそれは無理やり何らかの力で押しとどめられ、圧迫されて凝集していった。

 やがて拳大の大きさにまで押し固められた光が、刹那の溜めを見せた後、魔物に向かって目にも止まらぬスピードで放たれる。
 衝撃波が一瞬遅れて拡がり、周囲に突風が吹き荒れる。

「ズ……! ホ……シ……!」

 苦悶の声をあげて魔物の体がぐらりと揺れた。
 アルディスが放った一条の光は見事に魔物の胴を貫き、深手を負わせていたのだ。

 その隙を逃さずアルディスが『蒼天彩華』を手に距離を詰める。

「ミ……! シ……イ……!」

 人面へついた瞳に殺意を浮かべながら魔物が首をもたげた。
 アルディスは魔物の懐へと潜り込むと、輝く光でつけた傷へ追い打ちの一撃を放つ。

 さすがにこれは効いたのか、魔物が絶叫をあげながら身をよじる。
 だがその動きは尚も鈍らない。魔物はアルディスを捕らえようと人面の両側についた細い前腕を伸ばして来た。

 一本の腕を『蒼天彩華』で斬り落とし、もう一本をかわしながらアルディスは再び人面へ向けて突きを繰り出す。

「ズ……!」

 先ほどの再現とばかりに、人面が三つに割れて魔物の口が姿を現した。

「タネが分かれば手品と――!」

 次の瞬間、魔物の口が捕らえたのはアルディスが繰り出した『蒼天彩華』ではなく、その口へ飛び込んで来た『刻春霞』だった。
 突きを繰り出すと見せかけて、囮として『刻春霞』を魔物にくわえさせたのだ。

「同じ!」

 瞬時に身をひるがえしたアルディスは、地を蹴って飛び上がると、傍らで宙に浮いたままだった『月代吹雪』を足場代わりとしてさらに跳ねる。
 二段階の跳躍を経て上をとったアルディス渾身の剣閃が、魔物の首へと向けられた。

「魔力をまとわせれば!」

 生半可な剣撃では浅い傷しか与えられない。
 アルディスは『蒼天彩華』に硬質化の魔力をまとわせて力の限り振り抜く。

「ミ……! ズ…………」

 さすがの魔物もアルディスの全力を込めた一撃には耐えられず、太い首が両断されてしまう。
 人面をつけた頭部がボトリと鈍い音を立てて大地に落ちた。


《――――メキッ》


 訪れる静寂。
 戦いの結果を見守っていた傭兵たちが、やがて我を取りもどすにつれ、あたりが騒然としてくる。

「おい……、やっちまったぞ」

「マジかよ。あの化け物を……?」

「『精霊の導き』でも『竜の尖兵』でも歯が立たなかったってのに……!」

「ひとりで……、ひとりで討伐しちまったぞ!」

「すげえ! 誰だアイツ!?」

 やがてざわめきは歓喜の声に代わり、討伐の完了と勝利を高らかに叫ぶ者があちらこちらで現れはじめた。

「おいおい、お前さん。ホントにひとりで倒しちまったなあ」

 魔物から十歩ほど距離を置いて立つアルディスのとなりへやって来るなり、ニコルが呆れとも賞賛ともとれるような口調で言った。

「はじめて会った時から強いんだろうとは思ってたけど……。いやあ、敵にしなくてホントよかった」

 だがアルディスは振り向くこともなく、魔物の体を(にら)んでいた。

「ん? どうした? せっかく勝ったんだから、もうちょっと喜んでもバチはあたらないんじゃないか? 勝利の立役者がそんな仏頂面(ぶっちょうづら)じゃあ、まわりもしらけるぞ?」

 既に大半の魔物と獣は討ち取られ、戦場は残敵の掃討に移っている。
 新たに魔物や獣が現れる気配はなく、ここに来てレイティン防衛の成功は疑いようのないものとなっていた。

 しかし――。

「確かにあの魔物は首を斬り落とした。だが、だったらどうしてあの本体は立っていられるんだ?」

 アルディスの言葉に、ニコルが魔物の本体を見る。
 そこには首を斬り落とされた二本足の体が立っていた。

 そう。立っていたのだ。
 首を斬り落とされても倒れることなく、二本の足で大地をしっかりと踏みしめて立っている。

「体が硬直してるだけじゃあ……?」

 ニコルが口にした常識的な推測は、すぐさま打ち消される。

 ズシン、と重さを感じさせる音が周囲に響く。
 巨体の重量を二本の足に乗せたまま、爬虫類を思わせる足が交互に動きはじめた。

「首を落とされてるのに……!」

 近くでアルディスの見知らぬ傭兵が、悲鳴のような声をあげていた。


《――――メキメキッ》
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