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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第80話

 アルディスとニコルが魔物の群れと戦っていたその頃。
 レイティンの街を囲む城壁の上では副指揮官が戦況を見守っていた。

「どうにか勝てそうですね」

 副指揮官の斜め後ろから声がかかる。
 振り返ると、焦げ茶色の長髪をかき上げる男が人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

 その男はレザーアーマーに身を包み武装こそしているものの、どう考えても戦いを生業(なりわい)とする者ではない。
 ひょろりとした体つきを見ても、三十代半ばの年齢という点から考えても、普段は戦いと無縁の暮らしをしている人間であることがわかる。

 明らかに場違い。
 一言で表現するならまさにそれであった。

「ああ。幸いなことにな」

 副指揮官は最低限の返答を口にする。
 本来なら罵倒を浴びせて追い返したいところだが、そういうわけにはいかない事情がある。

 その男は名をジュリスという。
 このレイティンでも大店と呼ばれる商会のひとつ、ジンバリル商会の会長だ。

 もちろんジュリスという男が、民兵に志願して戦っているというのなら問題ない。
 だが彼は戦うためにこの場所へやって来たのではなく、単に戦況を見極めに来ただけだ。
 武装しているのも、自分の身を守るため以外の理由はないのだろう。

 いくら武装しているからと言っても、危険な戦場に物見気分で来られてはたまらない。
 しかしジンバリル商会は今回の事態を受けて、全面的にしかも先頭を切って協力を申し出てきた商会だ。

 物資の提供だけではなく、商会が契約していた傭兵を討伐戦に参加させると自ら申し出てきた。
 その傭兵たちはいずれも国をまたいで名が知られる強者(つわもの)たち。
 戦場は人間側優勢に事が運んでいるが、その優勢も彼らの存在があればこそだ。

 現に最前線で次々と魔物を討伐しているのは『自由雲』『竜の尖兵』『精霊の導き』『紅三剣』といった、ジンバリル商会が呼び寄せた傭兵たち。
 もし彼らがタイミングよくレイティンに来ていなかったら、もしジンバリル商会が討伐軍への参加を許可してくれなかったら……、とうてい勝てる戦いではなかっただろう。
 だからこそジュリスの自分勝手な振る舞いも、咎めることができずにいた。

 まわりの兵士や傭兵からも苦々しげな表情がうかがえる。
 彼らにしてみれば、戦う意思もない人間がこの場にいるというだけで腹立たしいのだろう。

 とはいえ軍の上層部や国はジンバリル商会の協力を賞賛している。
 おまけにどこから流れたのか、商会が積極的に討伐軍へ協力しているという話が民衆の間にも拡がっていた。商会の英断を褒めたたえる声は予想以上に大きい。

 ましてこの戦いが勝利で終わったあかつきには、その声はさらに大きくなるだろう。
 現場の兵士や傭兵たちには申し訳ないが、腹立たしいからといって追い払うわけにもいかないのだ。

「傭兵たちがしっかりと役目を果たしてくれているようだ。協力してくれた貴殿にも感謝している」

 だが、と副指揮官は察しろとばかりに言葉を続ける。

「いくら空とぶ獣が少なくなったとはいえ、ここは危険だ。戦いは我らに任せて街に戻られてはいかがか?」

「いえ、ご心配なく。ご迷惑かとは思いますが、どうしても戦いの行方が気になりますので。この通り護衛もおりますし」

 ジュリスが後ろにいる男へ視線をやる。
 その男はおそらく傭兵なのだろう。ジュリスとは違い、戦う者独特の雰囲気が体から漂っていた。

 戦場ではいくら戦力があっても邪魔にはならないだろう。
 例えひとりでも傭兵が増えれば、それだけ兵士や民兵の犠牲も減るのだ。
 護衛につけるくらいなら、ジュリスには安全な場所で大人しくしてもらい、傭兵には戦場へ出てもらった方が良い。
 心の中ではそう思っていても、口に出すことはできなかった。

 ジンバリル商会は彼らの都合を後回しにして、大勢の傭兵を討伐軍へ送り出している。それも名うての強者ばかりだ。
 これ以上の協力を強いるのは、逆に軍の方が民衆から()(ざま)に言われかねない。

「あらかた魔物も片付いたようですね」

「ああ。そうだな」

 ジュリスの言う通り、戦場の趨勢(すうせい)は既に決していた。
 魔物はそのほとんどが倒され、獣たちも数に物を言わせた兵士と民兵たちによって駆逐されつつある。
 当然味方にも犠牲者は出ているが、それでも魔物を含んだ数千の獣に襲われた結果としてはまだマシな方だろう。
 副指揮官が気を緩めたのも仕方がないことだ。

 だが、事態は彼の思った通りに終わらなかった。
 数多くの魔物を倒し、その行く先に敵なしと思われた傭兵『精霊の導き』たち。
 その前へ見慣れぬ魔物が現れたとき、勝利を確信していた副指揮官は信じられないものを目撃することとなる。

 その魔物は二足歩行の爬虫類を思わせる姿だった。ディスペアを大きくしたような形にも見える。
 色は青みがかった灰色。前足は見えず、代わりに頭部へ何かがついている。

 先手必勝とばかりに飛びかかった剣士の体が魔物に捕らわれると、次の瞬間、周囲が人間を原材料とする真っ赤な花で彩られた。
 遠くからでもわかる戸惑いを見せた『精霊の導き』は体勢を立て直す暇もなく、襲いかかってくるその魔物に次々と捕獲され、血に染まっていく。

 それはまるで悪夢であった。
 数々の魔物を打ち倒し、大陸中に名を()せる強者が一方的な殺戮の被害者となっているのだ。
 誰もが自分の目を疑ったが、目をこすっても、凝視しても、網膜に映るのは受け()れがたい現実だけ。

「ま、まさか……、そんな……。『精霊の導き』が一方的に……」

 信じられないとつぶやく誰かの声が、静まりかえった壁上で妙に響き渡った。





 ジュリスは内心焦っていた。
 それは今の状況が完全に予想外だったからだ。

 高名な魔法使いの息子として生まれたジュリスには、魔法や魔術を使う才能がない。
 父親からは失敗作扱いされていたジュリスだが、その代わり商才に恵まれていた。

 実家を飛び出してレイティンで商売を開始すると、トントン拍子で身代を大きくし、今ではレイティン有数の大店として商会を構えるまでに至っている。
 家を出るときに無断で持ち出した父親の蒐集(しゅうしゅう)品が、商売の役に立ったことも大きい。

 父親を見返したい。自分を失敗作扱いした父親にお前の目は節穴だったと、所詮(しょせん)お前は魔法だけの狭い世界に生きる人間だなと、逆に見下してやる。
 それだけがジュリスの支えであり原動力だ。

 レイティンではジュリスのジンバリル商会を知らぬ者などいない。
 今は大店のひとつだが、さらに名声と支持を集めればレイティンでの地位も盤石だろう。
 そのためには何かきっかけが欲しい。

 だから今回の企みを思いついた。

 実家から持ち出した『魔惹香(まじゃくこう)』という道具は、父親が若い頃に古代遺跡で発見したものらしい。
 魔惹香は『香』と名がついている通り、獣や魔物たちを誘引する特殊な匂いを放ち、獣や魔物を呼び寄せることができるという。
 しかしその匂いは人間が無臭と感じるほど非常に微弱なものだ。魔力もほとんど発しないため使用しても気付かれる心配はなかった。

 魔惹香に惹かれて集まった大量の獣を見れば、レイティンの人間は上から下まで大混乱に陥る。
 そこで事前に別依頼の名目で雇っていた高名な傭兵たちを討伐軍へ協力させる。それも商会が自主的に。
 傭兵たちが功績をあげればあげるほど、ジンバリル商会の英断を讃える声は大きくなるだろう。

 さらに商会で貯め込んだ武器や資材を無償で放出することで、間違いなく商会の名声は高まるはず。
 無償提供で発生した損失は、密かに買い集めた触媒鉱石や薬草、治療薬を高値で売れば取り戻せる。
 ジンバリル商会の名を出さずに市場へ流す方法などいくらでもあるのだ。

 例え損失が埋められなくても、それだけの価値はある。
 今後は国も軍もジンバリル商会を無下に扱えなくなるだろうし、他の商会と比べて優遇されるよう、役人たちへは既に手を打ってあった。
 ゆくゆくはリッテ商会とロヴェル商会を吸収。レイティンを牛耳る巨大な商会に仕立て、故郷の都市国家へと手を伸ばしていく――はずだった。

「どういうことだ……」

 すぐそばにいた護衛へ届くかどうかという声でジュリスがつぶやく。

 さっきまで事態はジュリスの思惑通り推移していた。
 ジュリスが雇った傭兵たちは他の傭兵や軍の兵士たちと比べても、比類ない働きを見せていた。
 他の傭兵が苦戦する魔物を簡単に討ち取り、まさに討伐軍の中核として獅子奮迅(ししふんじん)の活躍をしていたのだ。

 その傭兵が、突然現れた一体の魔物らしき存在を前に蹴散らされていた。
 戦場の一角。『精霊の導き』たちの血で染まった場所を、ジュリスは呆然と見ている。
 いや、ジュリスだけではない。副指揮官も、他の兵士たちも、傭兵たちまでもが信じられないといった表情で立ち尽くしていた。

 そんな中、最初に動いたのは『精霊の導き』の近くで戦っていた『竜の尖兵』たちだ。
 放置して良い相手ではないと判断したのだろう。すぐさま自分たちが戦っていた魔物を屠ると、灰色の魔物へ向け戦闘態勢をとる。

 壁上の人間たちが息をのんで見守る中、勝敗はあっけなくついた。
 灰色の魔物は『竜の尖兵』たちが繰り出す攻撃をものともせず、またも一方的に殺戮を開始したのだ。

 剣は弾かれ、火球の魔法も傷を与えた様子がない。
 反対に魔物の攻撃は確実に『竜の尖兵』をひとりずつ仕留めていた。
 その巨体に似合わぬ俊敏さで、『竜の尖兵』は良いように翻弄(ほんろう)され、ひとりまたひとりと赤く染まっていく。
 状況を見て取った『自由雲』と『紅三剣』も合流しようと駆けつけているが、彼らがたどり着くまで『竜の尖兵』が耐えられそうにない。

(まずい……)

 このままでは計画が台無しになる。
 周囲が唖然としている中、ジュリスは護衛を伴ってひっそりと壁上から姿を消す。

 ジュリスにしてみればあんなのを呼び寄せるつもりは毛頭なかった。
 必要なのは傭兵たちの対処できる範囲で、しかも傭兵たちがいなければ最悪の事態を想定できるようなシチュエーションだ。傭兵が対処できないほどの強敵など必要としていない。

(魔惹香があんなのまで呼び寄せるとは……想定外だ!)

 内心の焦りをおくびにも出さず、ジュリスは足を早めて商会の建物へと戻った。

 ジンバリル商会の名を売り、存在感を高めることには十分成功している。
 成果は上々、しかしレイティンの防衛に失敗してしまっては元も子もない。
 一刻も早く魔惹香の効果を遮断してしまわねばならないだろう。

「さっきの魔物はなんだ?」

 ジンバリル商会の裏手にある倉庫へ向かいながら、ジュリスは護衛の傭兵に尋ねるが――。

「さあ……。あっしも長いこと傭兵やってますが、あんなのははじめて見やした」

 傭兵からは全く(えき)のない答えが返ってくる。

 お前なら勝てるか、と訊こうとしてジュリスは口をつぐんだ。
 確かにこの傭兵はそれなりの腕利きだ。
 しかし討伐軍に参加した高名な傭兵たちほどではない。
 『精霊の導き』や『竜の尖兵』が手も足も出なかった相手に、勝てるかどうかを訊くのは時間の無駄だろう。

「とにかく、早く魔惹香を止めなければ。くそっ、さっきまでは予定通りだったのに……!」

 護衛に加えて、留守を任せていた初老の男を引き連れると、ジュリスは魔惹香が置いてある敷地裏の倉庫へと荒い歩調で向かっていった。
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