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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第79話

「そこの剣士! 援護はいるか!?」

「頼む!」

 魔物の討伐に賞金がかかっている以上、勝手に手出しをすればトラブルの元となる。
 念のためにとかけた確認の声へ、緑髪の剣士は振り向くこともなく即答した。

「切り裂く風は白き淑女(しゅくじょ)(かな)でる調(しら)べ――――風切(シェルウィ)!」

 返事を聞くなりアルディスは風を繰り出しながら、同時に『刻春霞(ときはるがすみ)』と『月代吹雪(つきしろふぶき)』を魔物へ向け放つ。
 攻撃魔法を模した風は瞬く間に一体のディスペアを無力化する。鋭利な刃物で切り離されたようにその醜悪な首がボトリと落ちた。

「いっ!?」

 風切の魔法は牽制にしかならないと思い込んでいたのだろう。緑髪の剣士が驚きのあまりアルディスを振り返る。

 その隙を狙って襲いかかる二体のウィップス。
 だが間髪入れず、『刻春霞』と『月代吹雪』がその頭部を横から叩き斬る。

「なっ……!」

 絶句する剣士を横目に、アルディスは『蒼天彩華(そうてんさいか)』を手にして残るウィップスへ突進した。

「そっちのディスペアは任せるぞ!」

「え!? あ、……ああ!」

 残ったディスペアを緑髪の剣士へ押しつけ、あっという間にウィップスの懐へ入ると、その胴を真横に()ぐ。

「ブゥァアアアア!」

 断末魔の声を残してウィップスが地に倒れる。
 残った一体のウィップスは、それを見てアルディスが油断ならない相手だと本能的に理解したのだろう。

「フォーオフォフォー、フォフォーオフォーフォーオーフォー!」

 特殊能力『静寂の唄』を奏でて、アルディスの意識を刈り取ろうとしてきた。
 しかし、通常の傭兵にとって危険きわまりないその唄も、アルディスにしてみればただの鳴き声と変わりはない。
 緑髪の剣士が唄にやられていないか視線を向けてみるが、どうやらあちらも意識はハッキリと保っているようだった。

「そんなに唄ってたいなら、死ぬまで唄ってろ」

 剣士の無事を確認したアルディスは、手向(たむ)けの言葉を口にすると無慈悲にウィップスの首をはねる。

「フォ――」

 鋭い一撃をかわす暇もなく、ウィップスは唄を口にしながら息絶えた。

 剣士の方を見れば、そちらもディスペアを倒し終わったようだ。
 倒した獲物に近づいて、討伐の証である印を頭部に貼りつけていた。
 それを確認したアルディスも、同じようにウィップスたちの頭部へ『付札(つけふだ)』と呼ばれる印の札を貼りつけはじめる。

 この付札は戦場で荷物を抱えて戦うわけにもいかない傭兵や兵士が、自分の手柄を証明するために使う呪術具だ。
 貼りつけた者と()がした者を記録し、特定の手順を踏むことでそれを確認することができる。
 また破り捨てたり燃やしたりすると、それを行った者に呪術でマーキングをするという念の入れようだ。

 他人の手柄を横取りしようとする不届き者を排除し、かつ功績を正当に評価するため、戦場では一般的に使われているものだった。
 最初は傭兵たちの間だけで使われていたが、その有効性が証明されるにしたがって正規軍でも採用されたという経緯がある。

 付札をひと通り張り終えると、緑髪の剣士がアルディスへ近寄って来た。


《――――パキッ》


「いやあ、助かったわー。さすがに逃げるしかないかと思ってたけど……、あれ? お前さん……、確かお嬢のところで会ったよな……?」

 命の危険にさらされていたとは思えないほど軽い調子で口を開いた剣士は、アルディスの顔を見てそう確認してきた。

 アルディスにも剣士の顔は見覚えがある。
 年の頃は二十半ばを少し過ぎたあたり。軽薄そうな見た目とは裏腹に、そのたたずまいはしっかりとした実力を感じさせた。
 アルディスに顔を向けていながらも、髪の毛と同じ色の瞳が周囲の戦況を把握しようと時折動いている。

 リッテ商会のマリーダと初めて会った日、その護衛として応接間に入ってきた男の顔だった。

「あんたは……、マリーダの護衛をしていたやつか? 名前は確か……」

「ニコルだ。まあ護衛といっても、あんときは早々に部屋を追い出されちまったけどな」

 ははは、とニコルが笑う。
 生と死がその立ち位置をめまぐるしくうつろわせる戦場で、ずいぶん剛毅(ごうき)なことだ。アルディスは呆れるよりもむしろその図太さに感心する。

「助けてもらったお礼に、生き残ったら酒の一杯でもおごらせてもらうよ」

「ずいぶん安い命なんだな。お礼だったらもっと奮発して良いんだぞ?」

 アルディスも一度助けたくらいで(たか)るつもりなどない。
 本気で言っているわけではないが、この状況でも余裕が崩れないニコルを冷やかしたい衝動が冗談となって口を出た。

「いやあ、俺の命なんて安い方が良いんだって。せいぜい安酒で一晩飲み明かすくらいがせいいっぱいだね」

 何か事情があるのか、ニコルは自嘲(じちょう)めいた笑顔を浮かべる。
 自分の命を軽んじるような雰囲気を感じる一方で、アルディスはついいらぬ差し出口をききたくなった。

 今回の討伐では魔物一体の討伐で金貨三枚の報酬が出るのだ。命を賭けても給料しかもらえない正規兵とは事情が違う。
 金に汚い傭兵はあまり長生きできない。
 いくら傭兵が金のために戦っているとはいえ、金のためだけに戦っているわけではないのだ。

 仲間を金で売る、金額次第で裏切るという行為は当然のこと、金に固執するあまり仲間をないがしろにする傭兵もまわりから(うと)まれる。
 傭兵は自分の力をよりどころとして生きているが、周囲全てを敵に回して生きられるほど強い人間などそうそういない。
 金をケチっているともとられかねないニコルの言葉は、他人との軋轢(あつれき)を呼び込み命を危険にさらしてしまう可能性すらあった。

 だがここは戦場の真っ只中。
 そんな悠長に会話を続ける時間はなかった。

「とりあえず、向かってくるあの一団を叩くのが優先か」

「うーん……多いなあ。お前さんが強いのはわかるけど。あれはちょっと多すぎないか?」

 ふたりの目が向いている先には、大小様々な魔物が群れをなしている。
 どうやらこのあたり一帯には傭兵がほとんどいないらしく、前線の空白地帯となってしまっているようだ。

 これまではニコルが傭兵五人分の働きを見せ、なんとかしのいでいたようだが、さすがに五体以上の魔物が相手ではつらいのだろう。
 深い緑色の瞳を群れへ向けながら、撤退という選択肢の含みを持たせてアルディスへ問いかける。

「百を超えなけりゃ、なんとでもなる」

「うわあ。やっぱりお前さん、敵に回しちゃいけない人間だったんだな」

 平然と言ってのけるアルディスに、ニコルは乾いた笑いを浮かべた。
 向かってくる魔物の群れは、ざっと数えたところ十五から二十の間。普通の傭兵なら即座にきびすを返して逃げ出す数だ。

「足の速いヤツから順番に倒せば全てを同時に相手取る必要もない。あんたも二、三体なら相手できるだろう? 俺の知り合いならそれくらいはできるぞ?」

「……ヤバくなったらすぐ逃げるぞ?」

「ああ、構わん。ヤバくなったら、な」

 諦めたようにニコルが鞘から剣を抜く。
 アルディスは再び『刻春霞』と『月代吹雪』を浮かべると、『蒼天彩華』を手に魔物の向かってくる方向へ駆け出す。


《――――ピキピキッ》


 まずは先頭に立って突進してくるディスペアを剣でいなし、体制の崩した背後から氷塊の魔法をぶつける。
 傍らではニコルがハウンドと対峙し、隙のない剣さばきで斬り捨てていた。見ていて危なげのない、実力を感じさせる戦い方だ。

「しかし、あんたは護衛だったんじゃなかったのか? マリーダの側についていなくて良いのか?」

 アルディスが魔物の攻撃を剣で受け止めながら訊ねる。

「そのお嬢からの指示なんだよ。護衛は良いから魔物の討伐を優先してくれって」

 二体目のハウンドへ突きを繰り出しながらニコルが答えた。

「どうも状況が判明するにつれて、商会の利益うんぬんにこだわってる場合じゃないって思ったらしくてな。『商売も儲けも大事だけど、死んじゃったら元も子もないにぃ! 荷抑えや私の護衛なんかより、ニコルは討伐軍に参加して魔物をどんどん狩っておいで! できれば素材が高く売れる魔物をたくさん狩ってくれると助かるにぃ!』だとよ」

 マリーダ独特の口調をまねてニコルが再現する。

「あんたくらいの実力があれば、マリーダを守ってレイティンから逃げることもできるだろうに」

 宙に浮かべた『刻春霞』と手に持った『蒼天彩華』で、挟み込んだトロンを瞬殺しながらアルディスが問う。

「そりゃ出来ない事はないだろうけど……。どっちにしてもお嬢がそれを望んでれば、の話だな」

 自分がここに居るって事は、そういうことだ。とニコルが戦いながら器用に肩をすくめる。

「ふーん。あのマリーダがねえ……」

「口調はキテレツなお嬢だが、心のあり方は至ってまっとうだぞ? 自分の事しか考えない利己主義の娘っこなら、俺だって護衛を引き受けたりはしない」

 言葉を交わしながらもふたりは次々と魔物を(ほふ)っていく。

 アルディスはもはや詠唱するのも面倒になり、剣を振るう片手間に魔力で炎を放ち、敵の足を絡め取っては『蒼天彩華』でトドメをさしていった。

「しかしお前さん。魔術師なんだか剣士なんだかわかんねえな、その戦い方見ると」

 詠唱なしで魔法を使っていることに気が付いているのかいないのか。ニコルは見慣れぬ戦い方をするアルディスにチラリと目をやって感想を述べた。

「……人間相手に試合をやってるわけじゃないんだ。魔術師の一般像に固執する必要はないだろう?」

 やはりニコルほどの使い手となれば、アルディスの剣術が付け焼き刃のまねごとではないこともわかるらしい。

 別に剣で戦う方が本来のスタイルだと知られて困るようなことはないが、この先敵に回るかもしれない相手へ必要以上にこちらの手を空かす必要もないだろう。
 相手がアルディスを魔術師と勘違いして油断してくれているのなら、それは対人戦において大きなアドバンテージとなるからだ。

 だからアルディスは魔物を斬り裂きながら、肯定とも否定ともとれない言葉を返す。


《――――ペキッ》


 互いに軽く言葉を交わしながら戦う事、十分あまり。
 さすがに疲れて肩を上下させるニコルは、周囲の状況を見てしみじみとつぶやいた。

「いやあ、大猟大猟。このあたりの魔物は全部倒したんじゃないか? お前さん、討伐証明用の付札足りるか? 足らなきゃ、俺のを分けてやっても良いけど」

「問題ない。百枚束を持ってきた」

「そうか。そんなに持ってきてるんなら数が足りないって事は…………ん? おい、まさかさっき『百を超えなけりゃ』とか言ってたのはそれのことなのか?」

 驚きと感嘆と呆れを混ぜ込んだような表情で、ニコルがアルディスを見る。

「さすがに金貨三枚の獲物を捨て置くのはもったいないからな」

 さらりと答えて倒した魔物に付札を貼っていくアルディスだった。
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