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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第76話

 宿に戻ったアルディスを待っていたのは、食堂の四人がけテーブルで向かい合って座るテッドとオルフェリアだった。

 傭兵相手に寝床と酒を提供しているこの店は、夜が更ければ酔客の声で騒がしくなることこの上ない。
 だが今日ばかりはいつもと様子が異なっている。
 騒がしいのは同じだが、陽気さとは無縁の空気が店内に充満していた。なぜなら酒杯(しゅはい)を手にしている人間が皆無(かいむ)なのだから。

「ノーリスは?」

 空いたイスへ腰を下ろしながら、アルディスがふたりに問いかける。

「情報を仕入れに行ってもらってるわ」

「あっちもこっちも大混乱中で、正確な情報が手に入るかどうかはわからんがな」

 ふたりも宿の主人や仲間の傭兵と情報交換をしていたようだ。
 しかし、他の傭兵たちはアルディスたちのように外の状況を直接目にしているわけではない。
 信憑性(しんぴょうせい)の薄いデマ程度しか耳に入ってこなかったようだ。

「ごめんごめん。待たせちゃったね」

 アルディスが給士へ料理と飲み物を注文したタイミングで、ノーリスが戻ってくる。
 机の上にあったコップの水を勝手にあおると、残った席へ乱暴に腰を落として息を整えた。

「おつかれさま」

 ねぎらうようにオルフェリアが水差しからコップに新しい水を注ぎ、ノーリスへ差し出す。
 二杯目の水も一気に飲みほすと、ようやくひと心地(ここち)ついたノーリスが報告をはじめた。

「上の方もてんやわんやみたいだね。でも、動きは早そうだよ。夜明けを待って打って出るつもりみたいだ」

「レイティン軍って、そんなに正規兵いたっけか?」

「そうよねえ。確か五百人とかそこらじゃなかったかしら? いくら獣が大部分とは言っても、あの数を相手にするのは……」

 テッドたちの疑問に、ノーリスがあっけらかんと答える。

「うん、正規兵は五百人くらいだったかな。しかも西門での戦いを見る限り、魔物相手は厳しいだろうね。獣が相手でも『獣王』クラスになると危ないかも。だから僕ら傭兵にも国からの参戦依頼が出るって話だよ」

「そりゃあ、当然と言えば当然の話ね」

「でもよう。レイティンにどれくらいの傭兵がいるのか知らねえが、多くてもせいぜい百とか二百だろう? 千も二千も居るわけじゃねえ。獣相手とは言っても、オレらだってそこまでの数は相手できねえぞ?」

「そこはまあ、不幸中の幸いって言うのかな? ちょうど今、この街には国内外から実力のある傭兵たちが集まってるみたいなんだよね」

 ノーリスが『自由雲』『竜の尖兵(せんぺい)』『精霊の導き』『紅三剣(くれないさんけん)』と高名な傭兵のパーティを指折り数えていく。
 いずれも国をまたいでその名を(とどろ)かせる強者たちだった。

「正規兵が五百。傭兵が百。民兵も招集するって話だから、数だけなら二千を超えると思うよ?」

 人口が五万を越えるレイティンである。本職の兵士ではなくても腕に覚えのある市民を集めるだけでもそれなりの数にはなるだろう。

 もちろん突然の事態で準備をする余裕がないため、装備も行き渡らないし事前の訓練もできない。
 だが、城壁を獣たちが突破して街に流れ込んでくれば、待っているのは家族や恋人たちの死である。
 民兵たちにとって絶対に負けることの許されない戦いなのだ。士気は高いだろう。

「俺たちが魔物を、正規兵が獣を相手取り、民兵は数に物を言わせて獣へ対抗する。そんなところか?」

「うん。アルディスが言ったとおりのことを国も考えてるみたいだね。僕ら傭兵には参加報酬としてひとりあたり金貨二枚。魔物を一体討伐するごとに金貨三枚を上乗せするってさ」

 魔物一体に金貨三枚。通常なら考えられないほどの高額である。
 だが討伐に失敗すればレイティンの崩壊すらありえる窮地に、国も報酬を出し惜しむつもりはないらしい。
 魔物が何体いるのかはわからないが、十体も討伐すればかなりの実入りとなるだろう。

「しかしよ? 傭兵たちの雇い主が首を縦に振らなきゃ、机上の空論だろうが? たしか『竜の尖兵』と『紅三剣』は例の――えーと、なんて名前だったっけな? ジン……なんとか商会――」

「ジンバリル商会よ」

「そう、そのジンバリル商会に依頼を受けて来てるんだろ?」

 テッドの言う通りだった。
 傭兵たちは雇い主からの依頼を受けて活動している。
 傭兵と雇い主の間には契約が結ばれ、契約期間中は他の契約を結ぶことがないよう求められていることがほとんどだ。

 雇い主にしてみれば、「あっちの方が報酬良いから」などと依頼を途中で放り出されてはたまらない。
 世間からならず者程度にしか見られていない傭兵は、契約を遵守することでかろうじて市民権を得ているのだ。

 もちろん傭兵の中には契約を平気で反故にする不届き者も少なからず居る。
 だがノーリスが口にした名だたる傭兵たちは、その辺にいるゴロツキ傭兵とは違うだろう。契約をおろそかにするような者ではあるまい。

 逆に言えば、契約に縛られるということでもある。
 もし彼らの雇い主が利己主義に走り、自分たちの命や財産の保護を優先させたなら、せっかくの実力を持っている彼らも戦力とはなりえない。

「それがね」

 よくぞ聞いてくれた、とばかりにノーリスが口を開く。

「ジンバリル商会は今回の事態を把握するなり、自ら傭兵たちへ討伐戦に協力してくれるよう依頼したらしいよ。ちなみに『竜の尖兵』と『紅三剣』だけじゃなく、『自由雲』と『精霊の導き』もジンバリル商会の依頼を受けてレイティンに来ていたんだってさ」

 もともとテッドたち『白夜(びゃくや)の明星』もジンバリル商会からの依頼を受けてレイティンにやって来ていたのだ。商会が『竜の尖兵』と『紅三剣』以外に声をかけていてもおかしくはない。

「そのジンバリル商会が、全面的に協力すると表明したからこその話というわけね。もし商会が傭兵たちを討伐に参加させないと言ってたら……」

 勝ち目はとても薄くなるでしょうね、とオルフェリアが口にする。

 獣たちだけなら正規兵や他の傭兵にもなんとかできるだろうが、魔物が混ざっている状態では難しい。
 いくらテッドたちが強いと言っても、あちこちにいる魔物をすべて引き受けるのは物理的に不可能だ。

「加えて民兵用の武器や城壁の補修用資材も積極的に提供してるみたいだね。国や軍でジンバリル商会の評価はうなぎのぼりらしいよ」

「他の商会はどうしてるんだ?」

 アルディスはリッテ商会の混乱っぷりを思い出す。

「さあね。他の商会については話も聞かなかったなあ。たぶん状況もわからなくて右往左往ってところじゃない? それだけにジンバリル商会の手際よさが引き立つよね。いやあ、すごいすごい」

 皮肉めいた口調でノーリスが笑う。

 事態が発覚してからまだ半日も経っていない。おそらく国の上層部以外は状況をほとんど把握できていないだろう。
 そんな中、素早く判断を下し、自ら協力を申し出るというのはどうにも『出来過ぎ』ている。

 加えてこんなにも簡単に情報が出回っていることを考えれば、ジンバリル商会の関係者がそれを触れ回っている可能性すらあった。
 商人として強かと言えばそれまでだが、そこにきな臭さを感じてしまうのはアルディスだけではあるまい。

 どうやらノーリスもそこが気にかかったらしい。言葉にはせずとも、ジンバリル商会への非好意的な感情がうかがえた。

「ま、ジンバリル商会の協力が得られるというのは、僕らにとっても悪い材料じゃないからね。まずは獣の群れを撃退することが優先だよ」

「ノーリスの言う通りだ。あのスカした商人は気にくわねえが、少なくとも勝ち目が見えてるってのは良いことだな」

 テッドにもノーリスの気持ちが伝わったのだろう。喜ぶついでに誹謗(ひぼう)めいた言葉を吐く。

「なあに? テッドたちったら、まだそんな事言ってるの? まさかジンバリル商会の会長が男前だったからって、やっかんでるわけじゃないでしょうね?」

「んなわけあるか!」

「断じて違うね!」

 オルフェリアの的外れな指摘にふたりはそろって強く反論した。

 軽く口論をはじめた三人を横目に、ジンバリル商会の会長に直接会ったことのないアルディスは我関せず、と出てきた料理に手を付けはじめる。
 温かそうな湯気を立てるスープは疲れた体へ吸い込まれるように染みこみ、カリカリに焼いたベーコンを挟み込んだパンの肉汁と塩味がアルディスの食欲を満たしていった。

 東西の食材が集まる場所柄だけあって、アルディスが見たこともないような料理もいくつかあった。
 言い争い続けるテッドたちをよそに、テーブルの上に並んだ料理を黙々と平らげていく。

 味はまずまずである。少なくとも『せせらぎ亭』の殲滅兵器(メリルの料理)に比べれば雲泥(うんでい)の差だ。
 もっともアレは料理という土俵に乗せてはいけない(たぐ)いのものだが、とアルディスは決して他人にもらさない感想を頭の中だけでつぶやく。

「お前なあ……。人が口論してる横で、のんびりメシ食ってんじゃねえよ……」

 そんなアルディスを見て、馬鹿馬鹿しいとばかりにテッドたちも(ほこ)を収めて食事を開始する。

 傭兵のたむろする街中の宿や酒場に、討伐軍の編成と翌朝の出撃を兵士が触れて回ったのはそれから一時間ほど後のことだった。
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