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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第75話

 門を抜けた広場は騒然としていた。

 つい先ほどまで獣に襲われるかもしれないと、怯えて街の中へ駆け込んできた人々。
 混乱を捨て去ることもできず、ただ闇雲にわめくばかりの無力な人間の群れだ。

「手助け感謝する。お主らの助力がなければ間違いなく被害が出ていたことだろう」

 初老の隊長が言う通り、怪我人こそ多数いたものの、住民にも兵士にも死者は出ていない。

「なにぶん緊急事態ゆえ、礼はまた改めて」

 テッドたちの名と宿を確認すると、隊長は兵士たちを引き連れて王城へと向かっていった。

「さてと……。とりあえず何が起こって――」

「アルディスさん!」

 テッドがメンバーを見回して口を開いたその時、ごった返す人混みの中からまだ声変わりを迎えていない少年の声が聞こえてくる。

「キリル?」

 声の主はロヴェル商会の商人見習いであるキリル。アルディスがレイティンにまでやって来るきっかけとなった少年である。
 十二という歳のわりに小柄な少年は、今も周囲の大人たちをかき分け、人の間を縫うようにしてアルディスの前へとやってきた。

「アルディスさん、ご無事でしたか。討伐依頼を受けて朝から出て行ったと聞いたので、心配してたんです」

「見ての通り俺の方は問題ない。しかしキリル、一体何があったんだ? 半日レイティンを離れていただけで、ずいぶん物騒な状況になってるみたいだが」

「それが……、よくは分からないんです。お昼を過ぎるまでは特になにも変わったことはなかったんですけど、気が付いたらこんな事に……」

 キリルの不安が、濃紺の瞳に揺らぎとなって現れる。

「アルディスさん、外の様子ってどうなってるのか知ってますか? 噂だと大量の獣がレイティンに向かって来てるって話ですけど?」

「ああ。獣の群れ――、しかも異常なほどの数がレイティンを囲んでるようだ。俺が東門を見たときには千体を超える程度だったが……、今はもっと増えてるかもしれない」

「千体……!」

 想像以上の数に絶句するキリル。

「そんなの……、レイティンの正規兵よりも多いじゃないですか……!」

 もちろん、敵のほとんどはグラスウルフのような取るに足らない獣である。
 だが先ほどテッドが討ち取ったように、『獣王』クラスともなれば正規兵といえど荷が重いだろう。
 加えて遠目に見ただけではあるが、アルディスは魔物の存在も確認していた。

「レイティン軍の手には余るか……」

「確実にオレたち傭兵への参戦依頼があるだろうな」

 テッドがアルディスの考えを先回りして口にする。

「とにかく宿へ戻ろうよ。参戦依頼があるにせよ無いにせよ、可能な限り準備をととのえておくべきだよ」

「そうね、ノーリスの言う通りだわ」

 今後について話すテッドたちの横で、思い出したかのようにキリルが口を開く。

「あ! そうだ、アルディスさん! マリーダさんが探していましたよ。宿に戻ってからでも良いのでリッテ商会に行ってあげてください」

「……マリーダが? ああ、わかった。必ず寄るよ。キリルはどうするんだ?」

「僕は今から『荷抑(におさ)え』に行きます」

 外敵への対応で兵士の目が届かないのを良いことに、こういった混乱時には火事場泥棒が出やすい。
 ひどいときには一般の民衆が暴徒となって略奪をはじめることもある。

 そのため各商会は自分たちの荷を確保し守るために、すぐさま腕の立つ者を倉庫や荷下ろし場へ派遣する。これを商人たちの間では『荷抑え』と呼ぶらしい。
 見ればキリルの後ろに屈強な男たちが数人立っている。彼らを案内するのがキリルの役目なのだろう。

「そうか。足止めしてしまったな、すまん。そういうことなら急いだ方が良いだろう」

「はい、じゃあ僕らはこれで。リッテ商会へ行くの、忘れないでくださいね」

 そう言い残すと、キリルは男たちを連れて荷下ろし場のある方へと走って行った。

「よし、じゃあオレらも宿に急いで戻ろうか。アルディスはどうする?」

「俺は先にリッテ商会へ顔を出してから宿に戻る」

「わかった、じゃあ後でな」

 アルディスはテッドたちと別れて、リッテ商会へと足を向ける。

 普段は和やかなざわめきが聞こえる大通りも、今日ばかりは様子が違う。
 突き刺さるような怒号が飛び交う西門前の広場ほどではないが、人々の口からこぼれ出る声にはいつもの快活さが感じられない。

「マリーダはいるか?」

 リッテ商会の一階店舗へと足を踏み入れたアルディスが見たのは、野戦治療所のような慌ただしさだった。

「――そんな情報いらないにぃ! それより今は上層部の考えを探るのが優先だよ! お貴族様へ甘い汁吸わせてるのは、こういうときのためっしょ! 今そのパイプ使わないでどうすんのさ! ――木炭と石炭、油の確保が優先だにぃ! 食糧!? そんなのすぐに国が売買統制しはじめるっしょ! あからさまに買い占めると目をつけられるじゃないの! 第一それで住民に恨まれるのは下策中の下策だよ! ――はぁ!? なんで倉庫への荷抑えが出てないのかにぃ!? ロヴェル商会はもうとっくに人を出してるよ! なにトロトロしてんの!? さっさと傭兵の二人や三人とっ捕まえてくるんだにぃ! ――あ、アルディス君。良いところに来たねー!」

 右へ左へと立て続けに指示を出していたマリーダが、アルディスの来訪に気付いて声をかけてくる。

「ちょうど腕の立つ傭兵が欲しかったんだにぃ! 一日金貨一枚出すから、うちの用心棒やんない?」

「断る」

「考える素振りすら見せず即答!?」

「用事はそれだけか? だったらもう帰るぞ」

「ちょー、ちょっちょっ! ちょっと待って! そうじゃなくって、話は別にあるんだにぃ! とりあえず奥へ入って!」

 マリーダはその場の対応を中年の男性に任せると、アルディスを引っぱって二階へと上がっていく。

「おい、良いのか? 部外者の俺が言うのもなんだが、こんな非常時に責任者がいなくなったらまずいんじゃあ?」

「そりゃ、良いわけないっしょ。でもみんなには聞かせられない話だからにぃ」

 応接間へ入って扉を閉めるなり、座る時間も惜しいとばかりにマリーダが切り出す。

「状況はどれくらい把握してるかにぃ?」

「レイティンの周囲を大量の獣が囲んでいるって事くらいしか……。俺もさっき戻ってきたばかりなんでな。街に戻る時、西門でいくらか獣を撃退したが、獣同士が反目(はんもく)することもなく一直線に街へ向かってくるなんてどう考えても妙な話だ。そもそもどうして突然群れをなして襲って来たんだか」

 珍しくマリーダが神妙(しんみょう)にうなずく。

「それなんだけど……。例の剣が原因って事はないよね?」

「例の剣って、キリルが持ち帰った赤い剣のことか?」

「私とアルディス君が知っている共通の剣と言ったら、あれしかないっしょ?」

「さて……、俺もあの剣についてはほとんど知らないしな」

「あの剣が(まゆ)みたいな状態になって早々にこの異常事態。とても無関係とは思えないにぃ」

 確かにコーサスの森で入手したときから、夜ごと異形の人型にまとわりつかれていたのだ。怪しいという点では心当たりがある。
 マリーダの指摘通り、剣が繭に包まれてからとタイミングも合いすぎていた。

「あんたの夢ではどうなってるんだ?」

「前にも言ったけど、なんでもかんでも夢でわかってれば苦労はしないにぃ」

 今回のことは自分も全く予想していなかった、とマリーダが付け加える。

「……いまいち使い勝手の悪い力だな」

「ぬへっ! まさかのビミョー認定!?」

 ボソリと漏れ出たアルディスの本音が、地味にマリーダへダメージを与える。

「気になるなら確かめてみるか? あの剣が原因だとするなら、さっさと人里離れたところへ捨ててくれば良い。それでこの状況が解消されるなら話も早い」

「え? あー……。いいのかなあ……? でもアルディス君がそうする分には問題ないのかな……?」

 最初は躊躇していたマリーダだったが、捨てる捨てないはさておき、獣の群れが剣に反応するかどうかだけを確認するという条件で納得する。

「じゃあ、借りていくぞ。心配しなくてもちゃんと返しに来るって」

 もっとも、これが原因とハッキリした場合にはその限りじゃないがな。とマリーダの不安をあおるような言葉を残し、アルディスは繭で包まれた剣を手にリッテ商会を後にした。




「さて、と……。歩哨(ほしょう)が少なければ壁の外に出ても良いんだが……」

 大通りへ出たアルディスは、レイティンの街を四方から囲む城壁を見回す。

 城壁の上を隙間なくかがり火が埋め、さらにその横を小さなたいまつの炎が行き交っていた。
 平時も夜間は警戒の明かりや人員が配置されているだろうが、非常事態となっている今はその数も比べものにならないほど多い。

「……剣だけ飛ばすか」

 空を飛べばレイティンの城壁を越えることなど、アルディスには容易(たやす)いことだ。
 しかし空を飛ぶ獣への警戒も厳しくなっている今、いくら空で夜が拡がりつつあるとはいえ飛んでいるところを目撃される可能性は高い。
 実際、あちらこちらで散発的に空飛ぶ獣を弓矢で迎撃しているのが確認できた。

 アルディスはレイティンでも指折りの高さを誇る時計塔に昇り、壁外の様子を伺う。

「増えてるな」

 その眼に映ったのは、相変わらずレイティンの城壁へ群がっている獣の群れ。
 アルディスたちがレイティンへ戻る前に見た時は千体を越えていると感じていたが、今はその数がさらにふくれあがっていた。

 城壁は獣の体当たりで壊れるほど脆弱(ぜいじゃく)ではない。
 しかし長時間にわたって負荷を受ければどうなるかわからないだろう。まして強力な魔物がそこに混じればなおさらだ。

 さっそくアルディスは持ってきた問題の剣を魔力で宙に浮かべ、歩哨の目が届かないであろう上空を飛ばして壁外へと動かして行く。
 方向を変え、高さを変え、しばらく剣を操って獣たちの動きに変化がないか注視していたアルディスは、短いため息をついた。

「ダメか」

 獣たちは剣の動きになんの反応も見せず、ただひたすらにレイティンの街へ向け城壁に突進している。試しに群れのただ中へ剣を移動させてみても反応はなかった。

 やがて夜の拡がりが地平線へ到達するに至り、アルディスは剣を呼び戻して地上へと降りる。




「どうだった?」

 その足でリッテ商会に向かうと、待ちかねた様子でマリーダが訊ねてくる。

「獣の群れと剣はおそらく無関係だろう。あいつら、これになんの反応も示さなかったからな」

 アルディスが繭に包まれた赤い剣を見せながら答えると、若き商会長は珍しく難しそうな表情を見せる。

「ほら、約束通り返すぞ」

「いや、そのままアルディス君が持ってて良いよん」

 剣を差し出すアルディスへ、マリーダは手のひらを左右に振った。

「なんだ? 今さら手元に置いておくのが怖くなったか?」

「別にそういうわけじゃないけどにぃ。どうせアルディス君に渡すつもりだったしねー」

 しれっとした顔のマリーダに、アルディスはその黒い瞳を細める。

「それは予定通りのことだ、と?」

「どのタイミングかはわからないけどにぃ。それはアルディス君が持っておくべきものだよ、たぶん」

 マリーダがそう言うからには、おそらく夢の中でアルディスがこの剣を持っている場面があったのだろう。

「……そうか。そういうことなら俺が持っておこう。ただし、繭の中から妙なものが出てきたら、迷わず捨てるからな」

「どうぞどうぞ」

 にこやかな顔でふたつ返事をするマリーダだった。



 剣を手にしたまま、アルディスはリッテ商会を立ち去る。

 体よく厄介事を押しつけられたような気もするが、アルディス自身も剣のことが気になっていたのは確かだ。
 自らがコーサスの森にある遺跡から持ち帰ったということもあるし、ネーレの髪を提供しているということもある。

 ここ数日、剣の様子を見届けるためにレイティンに留まっていたが、自分で持ち歩くのならその必要もない。
 テッドたちと狩りをする毎日というのも、もちろん悪くない。だがそろそろ家に帰るべきだろう。

「さっさと外の群れを片付けて帰るとするか」

 庭掃除でもはじめるかのような軽い口調でつぶやくと、アルディスはテッドたちが待っている宿に向け、騒然とした大通りを歩いて行った。
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