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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第70話

 夜も更けた都市国家レイティン。
 すでに時刻は二十四時を過ぎ、明かりを灯している民家はほとんど見当たらない。
 昼間は賑やかなこの街も、寝ずの番がいる見張り台や一晩中酒盛りの続く酒場をのぞいて暗闇と静寂が支配していた。

 街の中央を貫き、中心部にある城へと続く大通り。
 大通り沿いに立ち並ぶ建物には、名のある商会が本拠や支店を構えていた。

 さすがに深夜と言うこともあり一階の店舗スペースは真っ暗だが、たいていの商会は空中階を事務所や従業員の宿舎として使っている。
 事務所と思われる部屋には、明かりがついているところも少なくない。

 そんな建物のひとつ、ある商会の一室にふたりの男がいた。
 窓から差し込む星明かりはひどく弱々しく、部屋を照らすのは揺らめくランタンの光だけだ。
 イスへ座って事務机に広げられた書類を見ているのは三十台半ばの男。背中まで伸ばした焦げ茶色の長髪を、事務仕事の邪魔にならないよう紐でまとめている。

「ロヴェル商会への貸付金をリッテ商会が肩代わりしただと?」

 手元の書類を読み終えた男が不機嫌そうに言い放った。

「はい。先日ロヴェル商会から、残金を一括で返済するとの連絡がありました。調べさせたところ、どうやらリッテ商会が動いたようです」

 部屋の中央で机に正対していた初老の男が返答する。

「ふざけるな!」

 長髪の男は苛立(いらだ)たしげに拳を机へ叩きつけた。

「それではロヴェル商会の販路をつぶした意味がないではないか!」

 男の腹立ちももっともである。
 債権(さいけん)放棄と引き換えにエリー・ロヴェルを(めかけ)として引き取り、跡継ぎのいなくなったロヴェル商会をジワジワと乗っ取る計画が破綻したのだ。

 ロヴェル商会を傘下におさめ、あわせてひとり娘のエリーを手に入れようと費やした金額は端金(はしたがね)ではない。
 レイティンでも老舗(しにせ)のひとつに数えられるロヴェル商会が手に入るからこそ、投資と考えて支払った金である。
 ロヴェル商会に返済余力がないのを承知で貸し付けた金額だったはずだが、期限よりも前倒しで返済すると言う相手に文句をつけることなどできはしない。

「まさかリッテ商会が支援するとは想定外でした」

 初老の男が淡々と述べる。

「いくらリッテ商会が順風満帆といえど、ロヴェル商会の債務(さいむ)を肩代わりすれば経営が傾きかねません。リッテ商会の会長とロヴェル商会のひとり娘が幼なじみということは知っておりましたが、さすがに介入はしてこないだろうと予想していたのですが……」

「あたりまえだ。リッテ商会の小娘……確かマリーダとかいったな。(かん)(さわ)る娘だが、商人としての嗅覚は鈍くない。情に引きずられて商会を危機にさらすとは思えなかったが……。案外感情で動くタイプだったのかもな」

 長髪の男が腕組みをして考え込む。

「いかがなさいますか、ジュリス様」

「……腹立たしいが、今はそればかりにかかずらってはおれん」

 悔しそうな表情を押さえ込み、ジュリスと呼ばれた長髪の男が深く息を吐く。

「ロヴェル商会を傘下に入れるのはまた別の機会にする。今回の件でリッテ商会も屋台骨がかなり傾いたはずだ。順番が逆になるが、リッテ商会から先に吸収しても良いし、やりようによってはロヴェル商会とあわせて傘下に入れることもできるだろう」

 どうやら頭の中で計画を修正し、成算ありと見たようだ。

「リッテの小娘が情に流される程度の輩なら、かえって今後やりやすくなるというものだ」

 不敵に笑ったジュリスは、ふと思い出したように初老の男へ問いかけた。

「たしかリッテ商会には鈴を付けてあったな? あれはまだ使えるのか?」

「はい。いまだ鈴は付いております。野心の強い鈴ですので、場合によっては針としても使えそうです」

「そうか……、ならばしばらくそのままにしておけ。当面そちらに手をかける暇はなくなるからな」

「はい」

 ジュリスの言う通り、以前より進めていた計画が大詰めを迎えている。
 今は他のことに手を割いてはいられない。

 気を取り直したジュリスが、初老の男に進捗(しんちょく)状況を確認する。

「資材の買い占めは進んでいるか?」

「修繕用の木材や石材、武具の補修に必要となる触媒の鉱石、治療薬用の薬草類、全て予定通りとは言えませんが順調です」

「よし。そのまま国や他の商会に悟られないよう続けろ。傭兵の集まり具合はどうだ?」

「半分、といったところでしょうか。やはり名うての傭兵ともなると、高額の報酬だけではつられない者も多いようです。昨日までに『自由雲』『竜の尖兵』『精霊の導き』『紅三剣』が、本日夕刻にトリアから『白夜(びゃくや)の明星』が到着しています。明日にはあと二組ほどが到着するでしょう」

「最近噂の『剣魔術使い』も呼んでおきたかったがな」

「『剣魔術使い』が普段から利用している宿は分かっているのですが、ほとんど街に居ないそうで連絡が取れませんでした」

「仕方がないだろう。ひとり減っただけだ。あまり気にする必要もあるまい。予定よりは少ないが、十分な人数は確保できるな?」

「はい。いずれも各地で名を馳せる熟練の傭兵たちです。レイティンの酒場でたむろする半端者たちとは違いますから、きっと満足のゆく働きをしてくれるでしょう」

「『魔惹香(まじゃくこう)』の効果確認は?」

「傭兵を使って試させたところ、しっかりと効果を発揮したようです。人目につかない森で試したところ、普段は山岳地帯に生息する魔物をおびき寄せることに成功しました」

 その結果、森の中で縄張りを失ったり、追い立てられた獣たちが平原に出没して旅人や周辺の村に被害を及ぼしているのだが、初老の男はあえてそれを口にしなかった。
 言ったところでジュリスという男がそれを喜ぶとも思えなかったからだ。
 それがどうした、と返されるのは分かりきっている。

「よし、計画に変更は無しだ」

 ジュリスの言葉に初老の男は深々と頭を下げ、部屋を辞していった。





 レイティンに到着したテッドたちは、ひとまず宿で一晩の眠りをむさぼった。
 翌朝、所用があるというアルディスを残してジンバリル商会へと三人で(おもむ)く。

 テッドたちがわざわざ遠路はるばるレイティンまでやって来たのは、この商会から名指しで依頼があったからだ。
 依頼の内容は山岳地帯へ入っての素材収集。
 特殊な治療薬を生成するために必要となる花の収集が、テッドたちに求められている仕事だ。

「なにぶんそれが自生しているのは、かなり山を奥に入った場所になりますので。しっかりとした実力のある方たちにしか頼めないんです。危険な獣や魔物と遭遇する可能性が非情に高いですから」

 人当たりの良い笑みを浮かべながら、ジュリスと名乗った長髪の男が説明する。
 柔らかい物腰と丁寧な言葉遣い、相手が荒くれ者でも崩れることのない態度は、見る者へ朗らかな好青年といった印象を与える。

「わざわざ『白夜の明星』の皆さんにトリアからお越しいただいたのも、その実力を見込んでのことです」

 依頼に基づきジンバリル商会を訪ねたテッドたちが通されたのは、商会の二階にある応接間。
 テッドたち三人は豪勢な装飾を施されたソファーに並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に座るジンバリル商会の若き会長と相対していた。

「そう言ってもらえるのは嬉しいがよ。俺たちだけじゃなく、『竜の尖兵』や『紅三剣』まで呼んでるんだって? ずいぶん気前の良いこった」

 テッドの表情は不機嫌そのものだ。
 自分たちの腕が買われ、指名依頼を受けたと遠路はるばる来てみれば、なんのことはない。他の街で活躍している傭兵のパーティも同様に声をかけられていた。

 要するにテッドたちだけが特別期待されているわけではない。単にその他大勢の一部として呼ばれているに過ぎないというわけだ。
 (あん)にそれを示されて愉快でいられるはずもないだろう。

「お気を悪くなさらないでください。必要とする素材はひとつふたつではないのです。確かに他のパーティにも依頼をさせていただいていますが、それは『白夜の明星』さんの力を軽んじているのではありません。それにあまり時間的猶予もないのです。複数の場所へ向けて同時に採取へ行っていただかないと間に合わないのです」

「まあ、俺たちもプロだ。報酬さえきちんと払ってくれるなら、文句はねえ。往復の旅費も前払いでもらってるしな」

「ありがとうございます。そう言っていただけ――」

「だが、まだ仕事を引き受けるかどうかは決めてねえ」

 終始にこやかな笑顔で受け答えするジュリスの言葉を(さえぎ)り、テッドが身を乗り出して告げる。

「依頼書には『依頼を受けるかの判断はレイティンにて詳細を説明後に』とあったな」

「はい、その通りです。お話を聞いていただいてから三日以内にご判断いただければ問題ありません。例え依頼をお受けにならない場合でも、レイティンまでの旅費はこちらで負担させていただきますのでご安心ください」

 その言葉を聞いて、テッドはソファーへと座りなおす。

「わかった。じゃあ詳しい話を聞かせてもらおうか」





 ――それから一時間後。
 テッドたち『白夜の明星』はジンバリル商会の建物を後にする。

 宿への道すがら、先ほど聞いた依頼の内容についてテッドが口を開いた。

「どうするよ? 報酬は文句なし。条件だって悪かねえ」

 ジンバリル商会の提示した条件は、控えめに言ってもかなり良いものだった。
 採取するのは『青いチューリップ』と呼ばれる花の花弁だ。

 花弁の採取に成功した場合は成功報酬として金貨百枚。
 花弁は一枚あたり金貨五枚で買い取るという。うまく群生地を見つけられれば金貨二百枚や三百枚は軽く稼げるだろう。
 期限は十日間。
 失敗時のペナルティは無し。旅費や経費の返却も不要。
 期間中の宿代や諸経費は商会持ち。
 しかも依頼遂行中に負傷した場合は、商会のツテがある治療院で治癒魔法を受けられるという。それも無料で。

「その割には浮かない顔してるわね?」

 フードで赤髪を覆い隠したオルフェリアがからかうように笑う。

「そんなこたあねえ」

「そんな事あるわ。なによ、その顔? 強面(こわもて)がポーカーフェイス気取ったところで見苦しいだけよ?」

 オルフェリアの言葉にしかめっ面となったテッドへ、横からノーリスが問いかける。

「テッドは今回の依頼、受けるつもりなの?」

「……気にくわねえ」

 ふたりの視線から逃れるようにそっぽを向きながら、テッドはつぶやく。

「報酬は文句ねえ。条件もだ。だが依頼主が気にくわねえ」

「依頼主が? でもジンバリル商会はこのレイティンでも指折りの大店(おおだな)って話よ? それにジュリスっていう会長も変な人には見えなかったけど……」

 オルフェリアは人さし指を唇に添えながら、先ほど会ったジュリスの様子を思い浮かべる。

「あはは。僕もテッドと同意見かな」

「ノーリスまでそんなこと言うの?」

「だっておかしいと思わない?」

「何がよ?」

「何のために素材の採取が必要なのか分からないけど、僕らみたいに遠方からたくさんのパーティを呼び寄せてるよね?」

「ええ。ひとつのパーティへ採取を全て任せるには採取対象が多いし、範囲が広すぎるっていう話だったわね」

「うん。それでひとつのパーティだけに任せると、依頼料は節約できるかもしれないけど時間がかかってしまう。だから同時進行で採取をするため、実力のあるパーティを各地から集めたって言ってたけど……。そもそも僕たちが到着するのを待つ時間があるなら、ダメ元でレイティンの傭兵に依頼を出すくらいはするんじゃないかな?」

「それは……、『危険な場所だから、実力のある傭兵じゃないと危険』って言ってたじゃない」

「でも、もしかしたら運良く採取に成功するパーティがあるかもしれないでしょ? 山奥に入ったからって必ずしも魔物に出くわすわけじゃないし。どうせ成功報酬なんだから、失敗しても商会の(ふところ)は痛まないでしょ? 僕だったら遠方から実力のあるパーティを呼び寄せるのと並行して、地元の傭兵にも依頼を出しておくけどなあ」

「確かに保険という意味ではそれもありよね……」

「それにさ。依頼を受けるかどうか、三日以内に判断しろって……。ずいぶん悠長(ゆうちょう)な気がするんだけど」

「そうね、そう言われてみれば……。テッドはどうして気が進まないの?」

 問われたテッドは立ち止まると、腕を組んで唸りはじめる。

「言葉にするのは難しいんだけどよ。なんつーか、意思が見えねえっての? 本気で俺たちに依頼達成を求めてるっていう気持ちが伝わってこねえんだよ」

「ああ、わかるわかる。なんか僕たちが依頼を受けようが受けまいが『どっちでも良い』みたいな感じがしたよね」

 男ふたりの意見を受けて、オルフェリアが困ったような表情を見せた。

「ふたりがそう言うなら、この依頼は辞退する?」

「ま、幸い返事するまで時間はたっぷりあるしよ。一晩ゆっくり考えてみようや。明日また話し合って決めればいいじゃねえか」

 テッドの提案にオルフェリアたちも同意し、三人は再び宿へ向けて足を進めていった。
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