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千剣の魔術師と呼ばれた剣士 作者:高光晶

第八章 レイティンの商人たち

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第69話

 王都グランから都市国家レイティンへ向け、アルディスは『白夜(びゃくや)の明星』の面々と連れ立って出発する。

 時間はすでに正午の手前。
 出発の時間が遅くなったのは、テッドたちがメリルの料理によるダメージから回復するのに少々時間を要したからだった。
 さすがに歴戦の傭兵であるテッドたちも、あの後すぐに動き出す気力が湧かなかったようだ。

 西へと続く街道は、地平線と真っ青な空を背にして延々と続いている。
 心地よいそよ風が吹き、陽光は強すぎず弱すぎずアルディスたちを照らす。
 そのおかげもあって一行の足取りは軽い。

「このまま順調にいけば、レイティンまで四日くらいよね?」

 オルフェリアの言葉通り、レイティンまでは徒歩で四日から五日といった行程である。
 途中で何のトラブルも起こらなければ、四日目の昼頃には到着する予定だ。

 もともと王都グランと都市国家レイティン間の街道は治安が良かったということもあるだろう。
 獣や野盗による襲撃を受けることもなく、時折追い抜いていく隊商の馬車や、すれ違う傭兵の姿があるくらいだ。

 変化があったのは二日が過ぎた頃。王都を出発して三日目の日暮れ時だった。
 太陽がもうすぐ沈み、『淡空(あわぞら)』になろうかというタイミングで、ノーリスが前方の異変に気付く。

「ねえ。あれって、襲われてない?」

「あん?」

 ノーリスの言葉に、テッドも手をかざして目を細める。

「確かに襲われてるな……。隊商か?」

「みたいだな。襲ってるのは……獣? なんだあれは?」

 アルディスの眼に映るのは、三台の馬車とそれを囲む十人ほどの護衛たち。そして襲撃者である影だった。
 襲撃者の数は一体。その大きさや形から明らかに人間ではないことが分かるが、平原では見慣れないシルエットだった。

「護衛もいるみたいだし、手出しはいらないかな?」

「いや、そうでもなさそうだ」

 護衛の姿を見て問題なしと判断したノーリスの言葉を、アルディスがすぐさま打ち消す。
 確かに武装した護衛はいるようだが、その力量はあまり高くないのだろう。襲撃者からの攻撃を受け、またたく間に二人の護衛が倒れていた。

「しゃあねえ、手ぇ貸すか」

 言葉と同時にテッドが駆け出すと、残りの三人もすぐさまその後を追う。
 その距離が縮まる間にも、護衛の犠牲者がひとり増えていた。

「ねえ……、あれって……、もしかして、ラクター、じゃない?」

 隊商との距離が半分になり、その様子がハッキリと見えるようになると、オルフェリアが息を切らしながら口にする。

「はあ? ラクター? そんなわけが…………って、ラクターに見えるな」

 即座に否定しかけて、テッドが言葉を改める。

 隊商の馬車を守ろうとする護衛たちに対峙するのは、薄紫色の巨大なヘビ。胴体は酒樽の直径よりもやや細いが、その体長は馬車を三台連結したよりも長い。
 コーサスの森でもおなじみの巨大な肉食獣ラクターだった。

「どうして、こんな、ところに、ラクターが?」

 疑問を呈するオルフェリアのとなりで、ノーリスが口を開く。

「どうしてかはわからないけど、相手が何であれ、することは一緒だよっと」

 テッドの剣は届かないが、弓士のノーリスにとっては十分狙いをつけられる距離だ。

 立ち止まったノーリスは弓を構えて矢をつがえると、狙いを定めて解き放った。
 ノーリスの放った矢は、駆け続けるテッドの横を通りすぎて一直線にラクターへと突き刺さる。

「シャアアアア!」

 距離が離れている事もあり威力は低い。さほど深い傷は与えられていないだろう。

 だが、少なくともラクターの意識を隊商からそらすことには成功したようだ。
 ラクターの表情などアルディスには判別することは出来ないが、ゆっくりと振り向く首の動きが大蛇の苛立ちを表現しているように感じられた。

「アルディス! 援護頼む!」

 顔を前に向けたままテッドが叫び、剣を抜いてラクターへ突っ込んで行く。

「燃えさかる炎は我が力と誇りの証――――火球(グライスト)!」

 偽装目的の短い詠唱と共にアルディスの指先へ小さな火球が灯った。
 その指がラクターへと向けられた瞬間、火球は爆発的に膨張し、五十センチほどの大きさに変化しながら高速で飛翔していく。

 突然現れた新たな敵に頭を向け、細長い舌を覗かせながらラクターが威嚇音を奏でる。

 そこへ容赦なく襲いかかるアルディスの火球。対峙している護衛たちへ影響が及ばないよう、狙い澄ました一撃がラクターの胴体後方へと着弾すると同時に、薄紫色の体表が炎で包まれた。

「ギシャアァァァア!」

 ラクターが焼けただれた身をよじる。

 目の前にいる獲物などもはや用なしとばかりに、感情の見えない瞳をアルディスたちに向けてきた。
 馬車を囲む傭兵たちよりも、アルディスたち四人の方が危険と判断したのだろう。

 その判断は決して間違っていない。
 ただ、あえて言うなら遅すぎた。

 ラクターが狙いを替えた次の瞬間には、バスタードソードを振り上げたテッドがその首を刈り取ろうとすぐそばまで近づいていたからである。

「あらよっ、と!」

 薪割りでもするかのような軽いかけ声と共に、重鉄(じゅうてつ)の塊をテッドが打ち下ろす。

「ギャ――!」

 断末魔の悲鳴もろともテッドに切り落とされた頭部が、ボトリと重々しい音を立てて地面を打った。

「ご苦労さん」

 追いついたアルディスがテッドの労をねぎらう。

「なあに、大したこたあねえよ」

 実際、テッドほどの実力があればラクターの一体や二体どうとでもなる。
 おそらくアルディスが援護をするまでもなく、余裕で片付くだろう。

 もちろんそれはテッドが熟練の傭兵だからであって、大半の傭兵にとってラクターは死を覚悟するほどの強敵だ。

「た、助かったのか……?」

 突然の乱入によって、かろうじて命を拾った傭兵がへたり込む。

「怪我は無えか?」

「俺は大丈夫だけど……、彼らが……」

 テッドが問いかけると、顔を歪ませて傭兵が答えた。
 その視線は、ラクターの犠牲となった護衛の傭兵たちに注がれている。
 脇腹を食い破られた者、首を咬み切られた者。すでに息絶えている傭兵が数人いた。

 彼らもまさかこんなところでラクターに襲われるとは、思ってもみなかったことだろう。
 話を聞けば、護衛をしている傭兵たちも平原をうろつく獣と遭遇することは想定していたが、さすがにラクターとの戦いは想定外だったらしい。

 本来であれば森を生息地とするラクターは、通常こんな場所で出くわす相手ではないのだ。
 森から迷い出てきたのか、それとも獲物を追いかけてここまでやって来てしまったのか、原因は分からないがイレギュラーな出来事であることは間違いない。

「グラスウルフやコヨーテなら、数が多くなけりゃなんとかなるんだけど……」

 普段は拠点にしている町の周辺で獣を狩って日々の糧を得ているという傭兵も、時折こうして街道を行く隊商の護衛依頼を受けることがある。
 街道沿いは危険な獣や魔物がでることも少なく、一度も剣を抜かず仕事を終えることもよくあるのだ。
 野盗の存在にさえ気をつけていれば、割の良い依頼と言えよう。

 傭兵の話では、今回の仕事もそんな軽い気持ちで請け負ったのだという。

「まさかこんな事になるとはなあ……」

 仲間が犠牲となっているにしては感情の抑制が効いた物言いだったが、もともと知り合いというわけではないらしい。
 この依頼を受けるにあたって、臨時で組んだ相手だと傭兵は言った。

「そりゃ、短いながらも一緒に仕事をした仲だ。残念な気持ちはあるが……、傭兵やってりゃこんなの日常茶飯事だろ?」

「そりゃそうだ」

 テッドもそれは分かっているのだろう。同意する言葉には苦い感情がにじんでいた。




 隊商を率いている商人から熱のこもった感謝の言葉を受けたアルディスたちは、レイティンまでの道中を同行することとなった。

「どうせ同じ目的地なんだ。だったらついでに護衛をしたところで大した手間じゃねえだろ?」

 テッドの言葉に反対をする者は居なかった。
 ひとりあたり一日銀貨三枚という護衛料はアルディスやテッドたちにとって物足りない金額だが、護衛を受けようが受けまいが同じ道を同じ距離歩くことに変わりはないのだ。

 加えて平原に出没する獣程度、アルディスたちにとっては何の脅威にもならない。
 テッドの言う通り、まさに『ついで』であった。

 しかも恩人ということもあって、アルディスたち四人は他の護衛と違い馬車に乗せてもらっている。
 歩く面倒も省けて、その上、護衛料までもらえるのだ。悪い話ではないだろう。

 一晩を街道沿いで明かしたアルディスたちと隊商の一行は、夜明けと共に西へ向かって進んで行った。

「そうですか、皆さんはナグラス王国から来られたんですか」

 アルディスは馬車に揺られてのんびりとくつろぎながら、御者席で馬の手綱を握る商人の話し相手をしていた。

「そういうあんたらはどこから来たんだ?」

 どちらかというと、世間話のように目的のない会話が苦手なアルディスだ。
 しかし、馬車にまで乗せてもらっておいてだんまりを決め込むのも大人げない。そんな思いから、しぶしぶ会話を続けている。

 テッドたちは他の馬車にわかれて乗車していた。
 ノーリスかオルフェリアが同乗していれば、会話を任せてひと眠りできるのに。などと、護衛にあるまじき考えを脳裏に浮かべながら、アルディスは必死で眠気に耐える。

「私たちは北の森に近い小さな町で、仕入れをして来たところですよ」

「荷は材木と……、この匂いは薬草か?」

「その通りです。良くお分かりで」

 馬車の中は見渡す限り材木で埋め尽くされている。
 だが、材木の独特な芳香に混じって漂っているのは、森で採取できる薬草の匂い。
 小さな子供なら嗅がされただけで逃げ出さずにはいられない、どぎつい臭気がアルディスの嗅覚を刺激する。

「薬草はともかく、材木なんて嵩張(かさば)るし重いし、儲けも薄いんじゃないのか?」

「普段はそうなんですが、今レイティンでは材木も薬草も高値で売れるんですよ。ジンバリルという商会へ持っていくと、普段の倍値で買い取ってくれるんです」

 何に使うのかは知りませんがね、と商人は話を続ける。

「レイティン周辺の材木は品薄になってしまったらしくて、最近では私たちのように遠方から持ち込んでくる商人も多いらしいですね」

「ふーん、そりゃまたご苦労なこってふぁああ」

 アルディスは大きなあくびを隠そうともせず、まなじりに浮かんだ涙を指でぬぐう。

「ハハハ。馬車の揺れというのは眠気を誘いますからな」

 まったくだ。と頭の中で同意しながら、アルディスは半分眠りに落ちていた。

 馬車の揺れにあわせて船をこぎ、街道の凹凸(おうとつ)で車輪が跳ね上げられる度に目を覚ます。
 商人の話に生返事を返しては、まどろみの中へと身をゆだねる。
 そんな事をアルディスが何十回と繰り返している間にも、馬車は確実に街道を西へと進んでいく。

 野盗に囲まれることもなく、獣たちに襲われることもなく。一行はその日の夕方にレイティンへたどり着くこととなった。
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